第一夢「ドリームワールド」
「ね――だ、起――な――」
「仕――だ―た――りだ」
遠くで、誰かが俺を呼んでいる。
「い――こと――しちゃ――しら」
「――め――い。それで―――神―――ん」
身体が、なんだか痛い。
「まあ、――んな―――――だし――――も――よな、って」
ふらりと、目を覚ました。
……ここ、どこだ?
どこもかしこも真っ白で、上と下の感覚が掴めない。
見れば、真上で、二人の男と二人の女が俺に靴底を向けていた。
固まった四人を一瞥すると、すっと立ち上がった。
……んん? なんか、おっぱいがあるような気がするんですけど……。
しかも、手には金色の剣まで握られていると来た。肩に、綺麗な金髪が一房だけ掛かっている。これは一体何だ?
俺を拉致してコスプレさせて、あまりにも似合わなさすぎるブ男の女装をあざ笑おうって事か。
身体を執拗に蹴られていたみたいだし、そうに違いない。
未だに固まっている男女にちょっとイラついたので、軽く睨みつけてみた。
「ひっ」
「やめてくれ! 俺は何もしていない!」
「あぁぁ……もう、終わりですね……」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、違う、僕じゃない」
後ろにのけずられた。どう見ても、過剰に怯えられている。うん、つまり。俺の絶望的に似合わない女装で吐き気を催しているってワケか。
苛ついた。
俺はやけに重量感がある剣を握って、四人に振りかざした。
「きゃあああぁぁぁ! 死にたくない、死にたくない、死にたくない!!!」
「やめろ! やめろやめろやめろおぉぉ!」
「……さようなら」
「助けて、誰か、助けて、僕は違う、違うから!」
……なんかイラついてきたんですけど。
俺の女装がそんなに似合わないか!? 言いたいだけ言っとけよ! お前らが着させたんだろ。責任取れよ、おぉ?
つーわけで。
まあ、半分冗談だけど。
でも、イラつくし、相手が反撃する気配はないし。
やっちゃえ、バーサーカー(俺)!
「死ね」
あれ? なんか思ったのと違う声と言葉が出た。
違和感は増していく。でも、怒りがその違和感をとうに追い越していた。
四人は、恐怖の色を顔に刻んで、死んだ。
血が、溜まっていた。
…………あれ?
と、思ったら、ゾンビみたいに生き返った。
意味がわからん。
――☆――
「新人イジメって、楽しいわよねぇ」
「そうですね」
「そうか? じゃあ、ちょっと巡ってみようか」
「僕も着いて行くよ」
金魚のフンのように、僕は彼等に着いて行く。
神様は僕たちに味方してくれたようだ、新人はあっさり見つかった。
端麗な顔をした美女。無防備な状態で、横たわっていた。
「まだ剣に宝石が刻み込まれていない……。つまり、こいつは新人ね。
目覚めるまで、せいぜい蹴り倒して、プライドをズタズタにしてあげましょう。
涙を流して私たちに懇願する姿、想像するだけでゾクゾクするわ!」
派手な女の声を皮切りに、僕たちは美女を蹴りつけた。
「ねぇ、まだ起きないの? つまらないわ」
「仕方ねぇだろ。まだ来たばっかりだ」
「いっその事、殺しちゃおうかしら」
「やめてください。それで何人の新人が精神を病んだと思っているんですか、クロユリさん」
「まあ、こんなにかわいい新人だし? お前も思わないか。首だけになっても魅力的だよな、って」
美女の美しい顔には、いくつもの痣ができていて、見るからに痛々しかった。
それでも、美女は身動ぎひとつしない。何かがおかしい、そう思った時だった。
ギョロリ。
無感情な目が、僕たちを捉えた。
身体が、金縛りにあったかのように動かない。
怖い。それが、僕が感じた感情だ。
美女は、音も立てずに立ち上がる。
その仕草一つ一つに、恐怖を感じる。
僕の身体は、動かなかった。
立ち上がった美女は、自分の身体を見下ろして、次は剣に視線を移した。
そして、僕たちを見た。
美女は、背筋が凍るような無表情で、見下ろしていた。
「ひっ」
「やめてくれ! 俺は何もしていない!」
「あぁぁ……もう、終わりですね……」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、違う、僕じゃない」
僕たちは、思いのままに訴えた。
でも、その想いは美女に届かずに。
美女は、剣を振った。
それは僕には届くには遠すぎた。でも、もういやだった。早く逃げ出したくて、仕方がなかった。
怖い。
死んでしまう。
嫌だ。
嫌だ。
もう嫌だ。
グルグルと、グルグルと。
「きゃあああぁぁぁ! 死にたくない、死にたくない、死にたくない!!!」
「やめろ! やめろやめろやめろおぉぉ!」
「……さようなら」
「助けて、誰か、助けて、僕は違う、違うから!」
「死ね」
そして、僕は一回死んだ。
――☆――
急に生き返ったと思ったら、あいつら逃げて行きやがった。ムカつくな、おい。
怒りがまたこみ上げてきた時、後方からメキメキと音が聞こえた。
「これはまた、恐ろしい新人が現れたものだ。
そうだな、お前のこの世界での識別名はラッカにするか。
ちなみに意味は無い」
振り返ったら、露出度の高いビキニのような服を着込んだ、小さな女の子が立っていた。
女の子の奥は、白い空間がはがれたように歪んでいる。
なんだこれ。
……ていうか、微笑ましいな。ナイチチを必死にアピールして、精一杯背伸びしてるみたいで、めちゃくちゃかわいい。
さっきまでの苛立ちはどこかに飛んでいった。かわいい女の子は癒やしだよね。
んん?
俺、さっきの人たち、殺しちゃったんだよね。
やばい、気持ち悪い。生き返ったから、そこまで罪悪感は無いけれど、未だに血溜まりは残っていた。
「ついてこい、新人。
この世界の説明をしてやろう」
女の子は俺に手招きする。
女の子は、空間の歪みにあっさりと入っていく。続けて俺も入った。
とりあえず、女の子に事情を聞こう。女の子も超常的な存在のような気がするし。
歪みをあっさりと抜けると、書類が散乱した事務机が並んでいる場所に出た。
ちなみに人はいない。それはそれで不気味である。
女の子は事務机の横の回転イスにぴょんと座る。足が床に届ないので、少しだけぶらぶら浮いているところが可愛い。
「この世界の名前は、ドリームワールド。夢の世界だ。直球だろう?」
……。これ、どう反応したらいいんですかね。
女の子はくいっと椅子で一回転すると、俺を見た。
「この世界に存在する人間は、全てが現実逃避だ。
現実が嫌で嫌で、この世界に現れる。
だがまあ、他の理由でここに生まれ落ちる者達もいる。
人間と、根本的な作りが違う。超越していて、周りと咬み合わない。
お前も多分、そのクチだろう」
……うーん? 何か勘違いされているような気がする。
でも、この女の子が言っていることは、嘘ではないと思う。
色々とありえない光景を見ちゃったし、これで信じるなって言われても、普通は疑うだろうし。
「ドリームワールド、夢の世界。
その実態は、『人間の夢』だ。
お前たち人間は、就寝中に必ず夢を見るだろう? その夢が、この世界だ」
へぇ。
じゃあ、あのヘンテコな空間の歪みも、夢だからの一言で済ませられるわけか。
「この世界に長く滞在する条件は、悪夢――バクを倒して、石を回収することだ
これが石だ」
女の子は、手のひらに、名前通りの「石」を俺に見せた。
茶色く、色が濁っている。長く見つめていると、ちょっと気分が悪くなってきた。
「バクというのは、お前たちの基準で言うと、悪夢だ。
悪夢を倒すのだよ。そうしたら、現実から永遠に逃れる事ができる
倒す方法は……お前なら既に分かっていることだろう?
その剣でバクを倒せ」
いや、倒せ、と言われましても。
「先程の愚か者共は、死んでも生き返った。
つまり、この世界にいる限りは、永遠に死ぬことはない」
ああ、あの失礼な奴らか。
くそっ、ブサイクだからって蹴りつけやがって。人を馬鹿にするにも程がある。
「私は神だ。
このドリームワールドの、管理者、神様だ。
お前がこうして私と会えるのは、とんでもなく低い確率なのだぞ。誇るが良い」
ドヤ顔で、幼女は胸を張る。
可愛い以外の感想が出てこないんだけど、何この天使。
「むぅ。お前、さっきから喋らないが、どうかしたのか?」
あ、これ喋った方が良かったんですね。
確認の意味も込めて、俺は『喋った』。
「喋ることは、できる」
……む?
いやいやいやいや、おかしいって! どう考えても!
何で俺の口から、凛としている女性の声が出てきたの!?
しかも俺今、『喋れるよ』ってフランクな口調で言おうとしたのに、勝手に変換しちゃったんですけど。
俺の意思を無視して、女の子は言葉を続ける。
「良かったよ。こちらに来る際、何か不手際があったのかと不安になっていたんだ。
それはそうと――私の配下にならないか」
へ?
「見たところ、お前は戦いが好きらしい。
私の配下になれば、思う存分暴れられる。
十分に良い取引内容だと思うのだけど……どうかな?」
丁重にお断りします。
俺は怖いのは嫌なんだよ! 死ぬぐらいなら現実世界に戻るね。
でも、俺の口は、俺の意識に従わない。動かそうとしても、岩のように動かない。
どうなってんだこれ。
「いい判断だ。
お前にドリームワールド中で暴れてもらってはこまるのでね」
えええええ……。
いや、俺無言だったでしょ。なんでそうなるの? 頭大丈夫? 神様なんだよね?
「これからよろしく頼む、ラッカ」
「……ああ」
どうやら、俺の名前はラッカで確定らしい。
ところで神様。頼みたいことがあります。
「鏡を貸してくれないか」
「うん? 鏡くらいいいぞ」
女の子――神様は、どこかから手鏡を取り出し、俺に手渡した。
鏡を覗いた。
金髪の美女がいた。
俺が横を向くと、美女はそれに連動した。
俺が髪を触ると、美女も髪を触った。
俺は、一つの考えに思い至る。
まさか、あのおっぱいは本物で、これは夢で、俺は女……?
どうしてこうなった。