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翔べない天使

作者: 小月 恵

小さな小窓から、月明かりが差し込む。

固く、鉄格子によって閉ざされたその場所は、まるで牢獄。


一人佇む少女は決して出ることのできないその窓から小さな空を見上げる。

その瞳には外界へのあこがれがありありと見て取れた。



「おい!サンプル07番、実験だ、出ろ」


少女は男に引っ張られ、ゆっくりと歩いてゆく。


「………だれか…………たすけて………」


少女の声は、暗い牢獄、その岩の隙間へと吸い込まれていった。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



俺、”剣士ゼロ”は今日も絶好調だ。

石畳の上で黒剣を構える俺の左右には、今も敵が二人。どちらも相当な手練てだれだが、俺には関係ない。

右から斬りかかってくる敵へ向かってしゃがみ込むように一歩踏み込む。

ふところへ入った俺はその胸ぐらをつかむと、逆側、つまりは俺の後ろから迫っていた敵へと向かって投げつけた。

もんどり打って倒れたふたりは、俺を恐れるような目で見ると、逃げていった。

――――――やれやれだぜ……

俺は、弱いものを殺したりしない。

例えそれが敵であっても。

それが俺の美学。




「くぅぅうう!……決まった。俺、超カッコイイ…」

「こらっ!クロ!あんたさっさと仕事しな!」

 突如、俺の頭にゲンコツが落ちる。

「誰だ!剣士ゼロ様に殴りかかってくるとはいい度胸じゃないか!」

振り返った俺の前にいたのは、母さんだった。

「なにが ”剣士ゼロ” だよ、だいたい、畑仕事もできないような奴が剣士なんてなれるもんかい」

ほれ。さっさと仕事しな。そう言い残して母は畑へと戻っていく。


俺の名前はクロト。ゼロなんて名前でもなければ、剣士ですらない。

そもそも、うちの家系は代々農家、剣士なんてなれるわけがない。

なれるのは幼い頃から修行を積んできた一部のおぼっちゃま、もしくは剣士家系の人間だけ。

俺は妄想ワールドの”剣士ゼロ”から現実世界である”農家クロト”へと意識を戻すと、投げ捨ててあった自分のくわをもって、畑作業に戻った。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



一週間後



俺は町へ来ていた。

町から少し離れたところにある俺の家では、二ヶ月に一度ほど、まとめて買い物に行く。

その期間一週間ほど。

俺が唯一、畑仕事から解放される時間で、最高に優雅に過ごせる時間だった。



「たぁぁぁああすけてぇぇえええ!!!!」



―――――その声を聞くまでは。



ベンチに座っていた俺が声の聞こえた方を見ると、細い横道から白いローブをかぶった少女が走ってきた。

そしてその後ろから白衣を着た研究員のような男が数人追いかけてくる。

「………!!」

少女は俺を見つけると目を輝かせて近づいて来る。

「うわっ!こっち来るな!」

「たすけてぇー!おにぃーさぁーん!」

ローブの少女は俺に飛びつき、そのまま手を引いて走り出す。

「あの男が仲間か!殺して構わん!Flanを捕えろ!」

「マジかよっ!俺殺されんのっ!?」

なぜか巻き込まれた俺は、ここ数年の買い出しで覚えた裏道や細い路地を多用して、なんとか逃げ切ることに成功した。



「はぁっ…はぁっ…やっと…撒いた…か…?」

「あと、一人。いるよ」

物陰から、ひとりの男が現れた。

その風貌ふうぼうは明らかに研究者とは違う。盛り上がった筋肉は明らかに戦闘用のそれだった。

「Flan、早く研究所へ戻るんだ」

「やーだよっ!それに私はフランじゃないもん!サーシャだよ!」

どうやらサーシャという名前らしい少女は、俺の後ろに隠れて舌を出している。

「お前はだれだ?邪魔をするなら……殺すぞ」

男はふところから大ぶりのナイフを取り出す。

「あーもうっ!俺は関係ないのに!!」

俺は、深呼吸を一つ。


俺はバックから紙袋を取り出した。中には球状のものが何個か入っている。

その中から一つを取り出して俺は声を上げる。

「これは爆弾だ。俺を殺した衝撃でこれが爆発したらこの子も死ぬぞ?」

男はわずかに表情を強ばらせた。

俺は、チャンスを逃さぬよう、畳み掛けるように言う

「この子が死んだら、お前の雇い主も困るんじゃないか?ここは一度引くのが懸命だと思うが」

「くっ……」

「やるってんならそれでもいいぜ……」

男は悔しそうな顔をしながらナイフをしまい、去っていく。



「爆弾持ってるなんて、すごいんだね、お兄ちゃん」

去っていく男をみながらサーシャが言った。

「ハッタリだよ。これは、オレンジと…りんごと…」

包み紙をはがすと、そこにあったのは買い出しした果物。

俺はその内の一つをサーシャに手渡すと自己紹介をする。


「ふぅん。クロトって言うんだ!ありがとうね、クロト!」

そう言ってフードを取る。

そこにいたのは白い髪と大きな瞳が印象的な少女。

りんごをシャリシャリとかじる少女はまだ十代半ば、幼い顔立ちだった。

「それにしても、何で追われてたんだ?研究所とか言ってたけど……」

「ん?それは私が研究所ラボから逃げ出したから」

サーシャはりんごを食べながら満面の笑みを向けてくる。

「逃げたからだよ……って。じゃあ俺もしかして悪いことしちゃった!?うぁー騙された!」

するとサーシャは心底不思議そうな顔になる。

「騙してないよ?あと、クロトは面白いから一緒にいてほしいな!」

「ほしいな…って言われても…もう…なんも言えねぇよ……」



「ねぇねぇクロト。」

サーシャが俺の服をつまんで引っ張る。

「あのね、私は研究所ラボから出たことないから、いろいろ案内して欲しいの!」

「……あぁ、いいよ」

俺は次に研究所の人間が来たら引き渡せばいいと思い直し、サーシャを色々な場所に案内してあげた。

「うわぁー!すごい!」

「なにこれ!美味しい!!!」

田舎暮らしの俺は穴場なんて知らないから有名な場所しか案内できなかったが、それでもサーシャはいちいち大声を上げて喜んでくれた。



「あ……キレイ………」

夕方、最後に向かった”黄昏たそがれの丘”と呼ばれる場所がかなり気に入ったらしい。

「すごいんだね、お日様って。また来ようね、クロト。」

「そうだな」

その時、背後に人の立つ気配を感じた。

俺は、サーシャを守るように前に立つ。

「探したよFlan。さぁ、研究所ラボに帰ろう」

目の前には30人近い研究員が並んでいる。

「いやだっ!帰らないよ!!」

サーシャは俺のシャツをつかんで後ろから顔だけを出している。

その手はフルフルと細かく震えている。

「サーシャは嫌って言ってるぞ?だいたい、なんの研究なんだ?それくらいいいだろ。」

研究者は誰も口を開かなかった。俺は、隅っこに控えている若い研究員にかまをかけてみることにする。

「なぁ、そこの君、教えてくれよ。あ、あぁごめん!お前みたいな若造は教えてもらえないのか、君に聞いた俺が馬鹿だった、忘れてくれ」

「なっ!貴様!私たちは”対モンスター用兵器開発班”だ!実験体(サンプル)を返せ!」

若い研究員は言い終わった直後、はっとした顔になると、上司らしき壮年の男のほうを向く。

見られた男は、やれやれといった様子で一歩前に出た。

「我々は、神”パド”様の命で生物兵器を作っている。ソレ(・・)は私達の所有物だ。速やかに返してくれたまえ」

「対モンスター用兵器?サーシャがそうだっていうのか?」

「そうだ、そいつは実験体(サンプル)ナンバー07。唯一の成功個体だ。我々にとっても非常に重要な個体だ。はやくソレ(・・)を返せ」

壮年の男は俺たちの方へ歩み寄ってくる。

そして、俺の目の前、男がサーシャに触れようと手を伸ばした瞬間。

「こっちだ!」

俺はサーシャの手を引いて逃げ出した。

男は一瞬(いぶか)しげな表情を浮かべたものの、なぜか追ってはこなかった。





■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



その日の夜、

サーシャを俺の泊まっているホテルへと招き入れた。

「ねぇクロト、なんで私のこと守ってくれたの?」

サーシャは部屋に帰ってくるなり、そう言った。

「別に。俺はただ、サーシャのことを。ソレ(・・)って呼ぶような奴らに渡したくなかったんだ」


「そっか・・・クロトになら、私の秘密、教えてあげる」

そう言ってサーシャは後ろを向いてローブを脱ぎ始めた。

俺は慌てて目を閉じ、後ろを向く。

「ななっ、なにして………」

「こっち向いて、クロト。私のこと、もっと知って」

俺は、ゆっくりとサーシャの方を向き、目を開ける。


肌着だけになったサーシャは、思っていたよりも、白く細かった。

そして、左の肩甲骨あたりには、翼があった。

白く美しい翼に、俺はしばし、見とれていた。

「驚いた?本当は両方あったんだけど、片方は実験中に取れちゃって………」

サーシャの右肩には、翼の名残らしき突起が残っていた。白い肌には、痛々しい傷跡が残っている。

「お前……これ…実験って……」

「片翼がないから、Flightless Angelus(飛べない天使)、略してFlan。笑っちゃうでしょ?私は生まれてからずっと実験実験実験……何度も死のうと思ったよ。でも、自殺さえさせてもらえなかった。」


サーシャは自分の右肩を擦る。

「ここ、ひび割れてるの、わかる?」

俺が見ると、右肩から首にかけて、陶器のようにひび割れているのがわかった、

「劣化っていうんだって、クロトが使っているものだって、長く使ってたら壊れちゃうでしょ?それと同じ、私は少しずつ壊れてる。だから研究所の人たちは、私を元に、新しい生物兵器を作りたくて、捕まえたいんだよ」

「………サーシャ」

俺が絞り出した声は、あまりにも小さかった。

「ねぇ、クロト」

振り返ったサーシャの頬には、大粒の涙が流れていた。



「私って、生まれてきた意味、あったのかな」



その晩、俺にはその小さな瞳からこぼれ落ちる涙を止めることができなかった。




■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■





それから数日間、俺達は遊んだ。

商店街を回り、たくさんのものを食べたり、いろいろな乗り物に乗ったりした。

研究員に見つかりそうになると、隠れてやり過ごした。そんなことも、楽しかった。

しかし、サーシャの劣化は着々と進んでいった。当初、右肩だけだった劣化は右腕や腰のあたりにまで回っている。

サーシャは毎晩、自分の話をしてくれた。

まるで、自分がいた証を、少しでも残すかのように。

「私ね、両方の翼があったときは、ちゃんと飛べたんだよ?」

どの話も、他愛のないものだったが、二人でいる時間は、幸せに感じられだった。



出会ってから五日目の朝。

俺は、サーシャの悲鳴で目を覚ました。

「痛い、痛いよ、クロト……」

劣化した右腕を抱え込むようにして、サーシャはうずくまっている。

「大丈夫かっ!?俺は、俺はどうしたらいい?薬っ!何かないのか!」

サーシャは、つらそうな顔で俺の方を見る。

「研究所に、いつも飲んでた薬が、あるの。きっとそれを飲めば………」

「じゃあ、それを取りに行こう」

サーシャを助けるためには、それしかなかった。

「でも、研究所に行ったら………」

研究所になんて行きたくない。サーシャの目はそう訴えていた。

「何かあっても、俺が守ってやる。ほら、おんぶしてやる」

サーシャを背負ったまま、朝の街をかける。

研究所へ向かっている最中も、サーシャの息は荒くなり、道には剥がれ落ちた皮膚が点々と残されていた。



町の外れ、俺の家と反対方向に、研究所はあった。

サーシャを確認した研究員は、すぐに駆け寄ってくる。

「サーシャが大変なんだ!ここに薬があるんだろ!早くそれをサーシャに飲ませてあげてくれ!」

研究員は一瞬サーシャの様態に驚いたものの、すぐになかへと入れてくれた



待つように言われたロビーにいると、すぐに黄昏の丘で会った壮年の男が現れた。

「きみの、せいだからな」

男は、俺の顔を見るなりそう言った。

「君が連れ回したりしなければ、Flanが、ここまで早く劣化することもなかった。君もわかっていたんだろう?」

俺は反論できなかった。サーシャの劣化は、彼女が活動すればするほど進んでいった。

たとえ彼女が笑顔で、どれだけ楽しそうであっても。

「君さえいなければFlanは、もっと長く生きていられた!君が、Flanの命を奪っているんだ!!」

男は初めて声を荒らげた

「クロトは、悪くなんてないよ」

口を開いたのは、サーシャ。

懸命に体を起こしながら、言葉を紡ぎだす。

「クロトは私のお願いをいっぱいいっぱい叶えてくれた。ここにいるときの私が死んでたんじゃないかって思えるくらいに。クロトといる時間は幸せだった」



男はしばらくだまっていた。

やがて、口を開く

「わかった。薬は提供しよう。ただし、こちらからも条件がある」

「条件?」

「Flanの、細胞を採取させてくれ、細胞さえ渡せば、薬もやるし、Flanも開放してやろう」

サーシャは強い目で男のほうを見ている。

「いいよ。これで最後なら、これでクロトと一緒にいられるなら、細胞でも何でもあげるよ」

「さすがFlanだ、物分かりがいいな」

サーシャは数人の研究員に支えられるようにして、奥の部屋へ連れて行かれた。


数時間後、男だけが俺の元へ戻ってきた。

「サーシャは!サーシャはどうなんだ?」

「採取は成功だ、薬もすでに投与した。今は眠っているが、Flanも、直に目を覚ますだろう」

「よかった………」

俺がソファに座ると、男も俺の横へと腰を下ろした。

「私は、君に話があってきたのだよ。」

「話?」

「サーシャが君に、どんな説明をしたかしらないが、まず、劣化を止める薬なんてものははない」

「なっ!」

「あるのは、痛み止めだ。多少は食い止められても、根本的な解決にはならない」

「ふざけるなよ!」

俺は男の胸ぐらをつかんで立ち上がる。

男は苦しげな表業を浮かべながらも、俺の手を払いのけ、俺の目をまっすぐと見つめた。

「そこで、君に決断してほしい。」



―――――――崩れゆくサーシャの最後を看取るか、ここで別れるか。



「Flanには、まだまだ利用価値がある。残していってくれるから、今ままでの迷惑料と、口止め料。それ相応の褒賞ほうしょうをやろう」

提示された金額は、俺なんかが一生かかっても稼げるような額ではなかった。

「俺は…………」




■■■■■■■■■■■■■■■■



俺は、沈みゆく太陽が見える黄昏の丘に、座っていた。

その横には、サーシャがいた。

「なぁサーシャ………」

―――――――俺、一瞬迷っちまった。

言おうとして、言えなかった。

「クロト、クロトは死ぬのって、怖い?」

俺は驚き、横を向く。

サーシャは、悲しそうな笑顔で、夕日を見つめていた。

「私は、怖いよ。まだ死にたくないって思う」

俺は、何も言えなかった。


「………実は私ね、夢があるんだ」

一度「えへへ…」と顔を伏せると、サーシャは俺に満面の笑みを向けてくれた。

「それはね……学校!」

「学校?学校って、小学校とか中学校とか…あの学校か?」

「そう!その学校!あの研究室ラボからね、町の学校が見えるの。毎朝、私と変わらないような年の子供たちが仲良さそうに歩いてる。夕方には、校庭で駆け回ってる。ずっとひとりぼっちだった私には、すごく羨ましかった。」

「じゃあ、今からやろう、学校!俺が先生でサーシャが生徒な!」

俺は、サーシャの願いを叶えてやりたかった。もうすぐ死んでしまうから、とかではなく、純粋に。

「え?」

両手を広げて勢いよく立ち上がった俺を見て、サーシャが不思議そうな顔を向ける。

「学校、やってくれるの?」

そして、笑顔になる。俺は、この笑顔を見ているだけで、幸せな気持ちになれた。


たいして頭も良くない俺の話をサーシャはずっと笑顔で聞いてくれた。

俺が話し終わると、サーシャは俺の目を真っ直ぐに覗き込む。

「はい!先生、質問があります!」

サーシャは律儀に手を挙げて俺に指名されるのを待っている。

「なんだね、サーシャくん」




「私は…私は、生まれてきて、良かったのかな」




俺は、言葉に詰まった。

初めて会った日、俺はその質問に答えられなかった。彼女の涙を止めてあげられなかった。

でも、今なら、答えられる気がした。

「この世に生まれてきて、意味のない生き物なんていないんだよ。人間とか、兵器だとか、関係ない。みんなサーシャに感謝してるんだ。町の奴らはみんな笑ってただろ?研究所の奴らも、それから、俺も」

「なんで?私、クロトになんにもしてあげてないよ?」

「俺は、楽しかったから、サーシャと遊んだ四日間、俺は最高に楽しかった、わくわくした、ドキドキした。こんなことできるのって、すごいことなんだぜ?それだけでも生まれてきた意味があるんだ。だからサーシャ」




――――――――――君は、生まれてきて、良かったんだよ。俺と出会ってくれて、一緒にいてくれて、ありがとう。




「わたし、、、わたし、、、」

サーシャの頬には、あの日と同じ、大粒の涙が流れていた。

「それに、サーシャは今、俺といるじゃないか、俺は楽しいぞ?サーシャは楽しくないのか?」

サーシャは、俺の言葉が終わらないうちに抱きついてきた。

右手は上がっておらず、左手も弱々しかった。

でも、一人の女の子は、あたたかかった。

「わたし、やっぱり死にたくないよ……もっともっとクロトと一緒にいたい。楽しいこともたくさんしたい。まだ、生きていたい。」

やっぱり俺は、その涙を止めるすべを知らなかった。


「それなら、いいこと教えてあげるな」

俺は、自分の声が震えているのに、初めて気づいた

「死んだ奴はな、みんな天使になるんだ。翼が生えて、空の上から俺達の様子をずっと見てるんだ」

サーシャは顔を伏せたまま、嗚咽を漏らしている

「でも、私は、もう飛べないよ………」

左肩に残っていた翼も、劣化によって半分以上が崩れ落ちていた。

「……飛べないんなら、俺のそばにいればいい。俺が守ってやる。背負ってやる、サーシャと一緒なら、どこへだって行けるさ」

「……クロト」

「まずは、龍の厩舎へ行こう!サーシャよりずっと大きな翼をもってる龍がたくさんいるんだ!きっと驚くぞ!」

「うん……」

「次は遊園地だ、観覧車なんて乗ったことないだろ?最高にいい景色なんだぞ、一緒に乗ろうな」

「うん」

「次は……次は、湖へ行こう。魚を釣って、焼いて食べるんだ!どっちがたくさん釣れるか勝負だぞ?」

「うん……うん……」

「次は、次は、な」


なにか話していないとサーシャが消えてしまいそうで、俺はサーシャを強く抱きしめた

「ねぇ、クロト」

「なんだ?」

「…クロトは、ずっとクロトのままでいてね?優しくて、面白い、クロトのまま」

「わかった。俺は、俺でいるから。サーシャはそんな俺のそばにいてくれ、絶対だぞ?約束だからな」

サーシャは、涙でグチャグチャの顔で、俺に微笑みかけてくれた。

「私ね、クロトのこと大好きだよ」

その笑顔を見てるだけで、幸せだった。

「目も、鼻も、口も何もかも。」

俺も、言いたい言葉があったのに、声が出なかった

「わたし、こうしている時間が、一番好き」

サーシャも、俺に体を預け、俺達はひとつになった。



少しでも長く、サーシャを感じていたかった。

目の前で消えかかっている命は、あまりにも重くて、あまりにも小さかった。

「ありがとう。クロト。私、、幸せだったよ」



―――――バイバイ、クロト




唐突な別れの言葉に俺はハッとする。

「サーシャ!!」

次の瞬間、俺が目を開けたとき、そこにもうサーシャはいなかった、



俺の頬には、いつからから涙が流れていた。

言いたくて、言えなかった言葉が自然と口からこぼれ落ちる。



―――――――――俺も、大好きだった




■■■■■■■■■■■■



二日後、家に戻った俺は、いつもどおりの生活を送っていた。唯一変わったのは俺が勉強と剣の修行を始めたこと。妄想だけのヒーローはもう終わりにしよう。

俺は、生きているから。俺に守れるものがあるなら、守っていこうと決めた。それがどんなに小さくてくだらなくても。



俺の中には、小さな翔べない天使がずっと生きている。

畑には爽やかな風が吹き、若草たちを舞い上げていく。



澄み切った空には、白い羽が浮かんでいた。


挿絵(By みてみん)

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[一言] こちらの短編を読ませてもらいました、masa-kyでございます。 翼をなくした飛べない少女、ヒーローに憧れる少年との心温まる触れ合い、そして切ないストーリー展開。短編という短い文章ながらも台…
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