かみくい
みんなどうてもいいわ
君は沢山の紙切れの中に埋れていた。僕が一つ一つ喋る度に、君は形を表していく。
ー例えば
僕が、君の髪は黒く艶やかなロングヘアだと言えば、その通りになった。
床に散らばった紙が舞い上がる。望みを一つ一つと叶えていくと、また舞い上がる。
この空間なら、ずっと彼女は、僕の思いのまま。
想像通りにできても、そのうち嫌になったり、飽きたりする。
でも、君は消してしまえば、また紙の中から新しいのを作り出せる。
真っさらな君に一から個性をつくれる。
僕の口元は勝手に緩んでいた。
狂ってる、そんな当たり前の感性すらとうに消えている。
初めは、軽い気持ちで、リセットを繰り返していた。
夏の夜、君の寝言が気に入らなかった。そしたら、朝の寝ぼけた顔も乱れた長い髪も気に入らなくなった。
次の夜、寝言は消えた。朝、君は僕より早く起きて、朝ごはんを用意してた。
挨拶をすれば、君は振り返っておはようといった。短い髪が揺れていた。
冬の朝。君が風邪をひいた。仕事が立て込んでいて、会社を休めなかった。
なんに、君が甘えてきた。行かないで欲しいとすがってきた。
数分でけろっとした君が僕を見送る。
正月。疲れた僕に甘えた君が面倒臭くなった。
丁度、会社でちいさなストレスがたまっていた。
そうしたら、だんだんと君を消すきっかけも些細なものになる。
何十回、何百回繰り返して、ようやく気付いた。
どんなに新しい君にしても、月日が経てばわずらわしい存在にしかならない。
なら、はじめから、つくらなければいい問題だ。
「始めまして。」
僕はもう理性の効かない頭で何度も削除しては新しく作り出した。
春の夜、とうとう、ストレスが爆発して実際の人間関係まで煩わしくなった。
自宅へ変えれば、僕の理想の君があたたくまっていた。
帰宅の挨拶もせず、表情をかえない僕に、君は異変をすぐに感じ取った。
僕がそう作ったから。
「何かあったの?」
愛らしい顔を不安で歪めた君がそう、尋ねる。
その、りんとした声は僕の一番のお気に入り。
でも、今は君ですらいらない。話したくない。
昨日作り直したばかりなのに、もうー
「いらない。何もいらない。もう、構わないでくれ。」
ぼうとした表情で返した。袖を引かれる。
「本当に?」
わずらわしい。僕の目を覗き込んできた君のその言動さえも煩わしい。
君の目にやつれた僕がうつった。ぼくなんかより、ずっと意思のもった瞳が今は辛かった。
だから、だまったままで意思表示した。
でも、君はその場から動かない。
また、それが苛立たせる。何だお前はと怒鳴り散らしたくなる。
睨みつけた。そうしたら、君は微笑んだ。
淋しそうに微笑んだ。
「いいんだよ、貴方がそうしたいなら、私はそれでいいよ。」
君は華奢な身体をぼくに預けた。
背中があたたかい。そして、少し冷たい。
目の前が霞んだ。
「よくないよ。」声が掠れた。
よくないよ。いやだ。一人は嫌だ。
背中の冷たさがひろがってゆく。嗚咽がしずかな部屋に響く。
そうして、欲しくなんかない。そんなの望んじゃいない。君は誰なんだ。
ぼろぼろと流れる涙が、たたみにしみをつくる。
違う、こんなの違う。
「また、消す?」
はなごえにしゃくりごえで君は尋ねる。
背中にいる君の表情はわからない。
何度も消したが、こんな反応をしたのは君が初めてだった。君は誰なんだ。
「嫌だ、何度もこんなこと、いやだ。もうリセットしたくない。でも、全部けしたい、もう、なにもかも嫌なんだ…。」
「私も嫌だよ。」
か細い声が聞こえる。背中の温もりが消えた。
自覚した瞬間、消える夢。始めから、何もなかった夢。
僕はその事をすっかり忘れたいた。
だけど、知らぬままにその恐怖を感じて避けていた。
向き合うことが怖かった。だから、簡単に作れるものに縋った。