13話 教会でお茶会 2
後半で視点変更があります。
「……」
「お気持ちは察します。故郷に帰った者がいないと聞けばさぞ辛いでしょう」
「あ、いや違うんす、帰れないって事はたいして辛くないんです。前の世界の事ほとんど記憶がなくて、家族の顔さえも思い出せないもんで。それよりも気になったのは900年も前からチョー世界人がいるなら、今までに相当な数の人が来てるんだなーって思ったんですけど?」
「そう思うかも知れませんが実際はそれほど多くはないでしょう。きちんと記録が始まった400年前から現在までで30人くらい、教会の把握できなかった人を合わせても50人程度のはずです」
『うーん、だとしてももう少し文明が発展しててもいいような気がするんだが。こっちに来た人達は俺のような現代人じゃなかったのか?でもそれなら未来人が来ててもおかしくないって事になるし……』
俺の怪訝な表情に何かを察したのかアレックス神父が聞いてきた。
「あなたは元の世界の記憶をどの程度覚えているんですか?」
『やっぱりこの世界が発展していないのは技術や知識の独占が原因なんじゃないのか?』
教会は俺の記憶喪失がどの程度なのか興味があって接触したかったのかも知れない。秘密裏に俺の能力を調査できるような組織なんだから気を付けた方がいいかも。
「ほとんどないですねー。住んでた所も日本って言う国名くらいしか思い出せません」
実際には科学や医学の一般常識くらいはあるが黙っとくほうがよさそうだ。
「ふむ……超世界人の中には驚くべき発明をする者がいます。異世界の知識というのは毒にも薬にもなるのです」
「お役に立ちそうな知識はないですねぇ。ところで、さっきから気になってるんですが400年前って何かあったんですか?」
「そうですねぇ、教会の歴史ですがいつ頃からあるのかはっきりしません、一番古い記録では3000年前にはあったとされています。現在のような組織になったのは900年前で、一般には神魔戦争として知られる事件があった頃です。神魔戦争は神と邪神が七日七晩戦ったとされていますが、真相は超世界人どうしの喧嘩だったようです。それがきっかけで当時の教会は彼らの危険性を認識したのでしょう」
『ただの喧嘩がのちに戦争と呼ばれてるなんて、いったい何やらかしたんだ』
「そして400年前に一人の超世界人が現れます。彼は一般には勇者と呼ばれている人物で、確かに悪龍を倒したり、魔族を撃退したり、暴走したダンジョンを潰したり、大陸全土の地図を作って各国に配ったり、と他にもいろいろな功績があるのですが、そのあまりに強大な力で教会と対立し、当時教会の中枢があった神聖国家アルケナーレを一瞬のうちに消し去ったのです。その途轍もない破壊の爪痕が現在ケナーレ渓谷と呼ばれている物の正体です」
『うっは、勇者まじパネェっす。自分で調べた時には分からんかったがやっぱ異世界から来てたのね』
「教会本部を壊滅させた彼はその後歴史に登場しなくなりますが、代わりに台頭してきた組織があります。恐らく勇者の仲間や支援者等が作ったと思われるその組織は現在に至るまで連綿と続き、教会にとっての最大の脅威であり不倶戴天の敵なのです!」
若干興奮気味に話すアレックス神父には勇者とその組織に対する憎悪が垣間見えた。
「その組織は名前とかあるんですか?」
「本来は機密情報に当たるのですが、あなたには警戒していただく意味も込めてお教えしましょう。その組織の名は『ドラエモ』です」
「ぶっ!!『ちょwwおまww未来から来た青い奴ですやん!! これ……日本人確定だわー』」
「まさか! すでに接触を受けているんですか!?」
俺の反応に神父が慌てたように聞いてくる。
「あ、いや違います。なんかこう感情をかき乱すような響きの名前なんでちょっと驚きました」
「ほう! 興味深いですなぁ。もしかしたら超世界人にだけ伝わる呪文のような効果があるのかも知れませんな」
「間違いない! その通りだと思います」
神父は何かのメモを取り始めた。報告書にでも書くんだろうか。
「で、そのドラ○もんってのはどんな悪さをしてるんですか?」
「ドラエモです、最後にんはつきません。奴等の規模や所在地など詳しい事は分かっていないのですが極悪非道な組織であるのは間違いなく、教会の超世界人に対する調査、実力行使などを悉く邪魔してきます。それと帝国にも繋がりがあるようで我々はドラエモの本部は帝国にあると睨んでいます」
「という事は俺の調査にも妨害があったんですか?」
「いえ、今回は我々の方が初動が早く奴等を出し抜けました」
「へー、優秀なんですね」
「まぁあちこちに情報収集の連絡員がいますからな」
「それで、帝国っていえば教会の勢力が及んでないと聞きましたが、どーして帝国には教会がないのですか?」
「勇者のせいです。奴がケナーレ渓谷を作り出した為に陸路で帝国に入るのは困難になりました。その後強権を振るう皇帝によって宗教弾圧を受けたのです。それは非常に過酷なもので教会関係者は一族郎党皆殺しだったと記録されています」
『それって勇者のせいっていうより皇帝のせいな気がするんだが』
「その後教会はずっと謝罪と賠償、布教活動の許可を求めて帝国と交渉してきましたが、応じる気配もなく現在に至っています」
『400年前の事未だに賠償とか言ってる時点で布教は無理な気がする』
「なるほどだいたい分かりました。あとひとつ、900年前の争ってた人達ってどんなんだったか分かってるんですか?」
「本人達の告白により片方はこちらで生まれた転生者で片方は移転者であると判明した、と記されています。二人の戦いは7日どころではなく何年も続き、彼らが戦い始めると巨大な火柱が立ったり、恐ろしく強烈な竜巻がおこったり、海も無いところで津波が引き起こされたと書いてありますが、場所も時期もばらばらなため資料としての信憑性に欠ける部分が多いのです」
「なんというか、教会がちょー世界人を警戒するのも納得できますね」
「当然です。危険な力を持った人を野放しになど出来る訳がありません」
「という事は当然魔王とも敵対しているわけですね?」
勇者がいるなら魔王もいるだろうと思い聞いてみた。
「ん? マオーですか? それはなんの事なんでしょうか?」
「えっと……勇者と敵対する魔族の王とかいないんですか?」
「魔族の王ですか、ふむ、魔族自体がとても珍しいので、それらに王がいるとは考えた事も無かったですなぁ」
「今まで出会った人も知らなかったし教会でも記録が無いなら居ないんでしょうね」
その後も神父といろいろ話てみたが特に有益な情報は得られなかった。
話し込んだせいもあっていつの間にか夕刻を迎えておりお暇することにして席を立つ。
「アレックスさん今日は勉強させてもらいました。ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったですよ。またいつでもいらしてください」
握手をしながら別れを告げて部屋をでる。
帰る前にシスターミランダの部屋に寄ったが留守だったので、近くにいた年配の神父にミランダとエイダにお礼を伝えて欲しいと頼んで教会を後にした。
俺は軽く伸びをしてから、家路についた忙しなく歩く人々と一緒に、影の長くなった街並みを宿に向かって歩きはじめた。
部屋を出ていく若者を見送ってから観察官アレックス・ニールセンは軽くため息をついた。
いくら安全宣言が出されたとはいえ相手は超世界人である。多少の緊張をしたとしても責めるものはいまい。
アレックスは本部直属の観察官であり平時は聖地アマルリタスから出ることはない。それが調査部からの執拗な要請によりバレンティスの僻地にあるクラマスに赴任したのが一年前であった。
以来、調査部と共に調べを進め本部に送った報告書に対し、先日帰って来た返事が安全宣言だったのである。
そして今日初めて当人に会ったのだ。
観察対象者であるジョージ・クルーメーはアレックスの予想を裏切り、同年代の男性に比べても十分に落ち着いた人物であった。
アレックスは自分の出張の終わりを予感しながら帰るべき聖地に思いを馳せた。
大陸の中央にある巨大な湖、クルス湖。バレンティス、メギドラ、ブリステ の3国に挟まれたT字型をした湖のほぼ中央に浮かぶ島に聖アマルリタス教会の総本山がある。
毎年多くの巡礼者が船で訪れるそこはダルアーガ帝国を除く全ての国の民が生涯に一度は訪れたいとする聖地なのだ。
周囲5km程度の島に雲をも貫かんばかりの尖塔がいくつも立ち、ともすれば威圧感や圧迫感さえ覚える巨大にして荘厳な神殿が白い威容を誇っていた。
吟遊詩人に「その白き秀峰、見る者の心の曇り、洗い流すのは、見る者自身の涙」と詠わせる美しい殿堂であった。
「早く帰りたい……」
我知らず口をつく思いに微かな苦笑を浮かべ最後になる筈の報告書をまとめる。
この報告書には本部の重鎮共が興味を引く事請け合いの内容がしたためられていた。
――超世界人に於ける「ドラエモ」という言葉の呪文的効果とその反応――の部分がそれにあたる。恐らく新発見であろうその現象を克明に記録してある。
冬までに帰りたいという希望をもちつつ、書き上げたばかりの報告書をブリーフケースにしまい窓の外を眺めるアレックスであった。