10話 体育館の裏に呼び出し 1
「おれ達は冒険者です! 盗賊はおれ達にとっても戦うべき敵です」
ザックが少し興奮気味に話す。
「それを証明できるか?」
バカ隊長リンゼニー・ガータービェルト卿は自分の馬の轡を取りながら聞いてくる。
「もちろん」
ザックはギルドカードと一緒にジキール村村長の署名の入った依頼達成証明書を取り出した。
俺と他の二人もギルドカードを提示する。
「ふんっ、冒険者風情が盗賊に敵う訳があるまい、ゴブリンとでも遊んでおればよいのだ」
並べられたカードとゴブリンの討伐証明書を一瞥してから横柄な態度でのたまい、自分の馬に乗ろうとしている。
この馬がまた……思わず笑ってしまうような出っ歯で、白目を剥いた目の視線はアサッテを向いている。そのうえ毛並が所々に黒い毛がまだらに広がる葦毛なので馬というよりホルスタインと言う感じなのだ。
バカづらした牛のような馬という珍しい生き物であった。
「ぶっ、ぷふ……」
しまった。我慢しきれず思わず吹いてしまった。
だって……馬鹿面した牛のような馬に馬鹿が乗ろうとしてるんだよ?笑うよね普通。
それを案の定見咎められてしまう。
「貴様! 今笑ったように見えたが気のせいか?」
馬上から恫喝してくるおっさんのひげの先がプルプルするのと連動して髪の跳ねたところもプルプルしている。
やヴぁい面白すぎる。……なにか、なにか言い訳をしないと拙い。
込み上げる笑いを必死に押さえながら
「あ~いや違うんでぷっ、緊張すると笑い出す……ぷっ、呪いを掛けられてふ……ぷぷっいるんです……ぶっ」
胡乱な目で俺をみているリンゼニー・ガータービェルト卿は低い声で聞いてきた。
「貴様の名前はなんという」
「はい……ジョージ・クルーメーっふぇっ言いまふふ」
ギロッっと俺を一睨みしてから馬首を巡らせ町の方へ常歩で歩き出した。
それに合わせて兵士の集団も動きだし、小隊長みたいな人が号令をかけて行進を始めた。
兵の一団が離れたところで俺達4人は声をあげて大笑いした。俺が一生懸命笑うのを堪えてたのが他の3人にツボったらしく、みんなして笑うのを堪えてたらしい。
警護部リンゼニー・ガータービェルト……恐ろしい奴。
さて、一頻り笑ったあとは旅の再開だ。
1時間半ほどで森を抜けるとそこには、俺が初めてこの世に来た場所である遺跡のある丘が見えた。
この遺跡は大昔からあるそうで何の為にあるのか、誰が作ったのかほとんど分かっていないらしい。町の住人も単に遺跡と呼ぶだけだ。
しかし俺にとっては気になる場所で何度も足を運んでいる。特になにも発見はないのだが。
丘を回り込むように作られた街道抜けをひたすら歩いて、やっとの事で町にたどり着いたのは夕方になってからであった。
町の門番も顔馴染みでギルドカードを提示しながら5日間狩りに行ってた事を話したりしていると、昼に出会った連中の事を教えてくれた。
どうやら奴らは最近領内で暴れている盗賊団を退治しに行ったらしいのだが、目ぼしい成果もなくただの行軍訓練になってしまったようだ。
だからと言って人に因縁ふっかけても良いという訳ではないのだが。
町に入って真っ先に向かったのは冒険者ギルドである。
一般市民居住区の外れにある冒険者ギルドは2階建ての大きな建物で石作りのがっしりとした外観を誇っている。
重厚な扉を開けて依頼達成の報告と報酬をもらう為にカウンターに直行する。
ギルド内に併設された飲み屋ではすでに何組かの客が盛り上がっている。
カウンターには遅番の男性職員しかいないようだ。クレアたんはもう帰ったのだろう。
「おつかれさん」
職員が労をねぎらってくれる。俺達がなんの依頼を受けてるか知っているような態度だ。
村長直筆の依頼達成証明書をだす。
ゴブリンの耳は村長に確認してもらった後に処分しているのでギルドに提出するのは紙切れだけとなる。
俺達は報酬を4等分にしてもらい俺の取り分はそのままギルドに預けることにする。これでしばらくは宿を追い出される心配もなくなった。
それぞれが報酬を確認する中ライアーノがギルドカードの内容を更新をしたいと職員に伝えた。
魔法水晶を使ってスキルやレベルを最新の情報に書き換えることができるのだが当然手数料がかかる。
料金は大銀貨5枚、5千セル(5千円)である。細かい魔力操作が必要な魔法水晶を扱う職員への技術料と言ったところか。
皆も今回の狩りで結構な数を仕留めたから自分の成長が気になるようで同じように更新するようだ。
報酬も入った事だし俺も更新してみるか……。
ジョージ・クルーメー 人族 21歳
称号:なし
ランク:C
職業:ハンター (シーフ)
LV:23 (8)
スキル:忍び足(2) 聞き耳(2)
疾走(2) (死んだふり(1))
罠師(1) 直感(1)
(盗奪(1)) 穏形(1)
気配察知(2) 射撃(2)
鷹の目(1) 剛弓(1)
連射(1) 追跡(1)
加護:なし
賞罰:なし
備考:全言語理解 アイテム使用(5)
となっていた。
ハンターのレベルが一つ上がって22から23になっていた。
スキルの方は特に変化はないようだ。死んだふりや盗奪はシーフのスキルだから使用はできるが成長は難しい、でもそれ以外のスキルがどれも変化なしなのは少し残念だった。
がっかりしたのは俺だけではないようでライアーノなんかは中級魔法がレベルアップしてなかった事にショックを受けていた。
皆でカードを見ながら一喜一憂しているところにギルド職員から声がかかった。
「ところで君ら、警護部隊となんかもめた? ジョージに出頭命令がきてるけど?」
「え?」
ハトが豆鉄砲くらったような顔をして聞き返す。
「なんでも今日の一件について事情聴取がしたいんだってさ。明日の昼ごろに来いって言ってたよ」
まじか! あの程度のことで出頭命令とかどんだけ暇なんだよ。
「行かないと拙いのかな?」
「拙いと思うよ」
仲間達も口々に不満をもらし俺を気遣ってくれるが、しかたない行くしかないだろう。
その後併設されているバーで食事を取りつつ酒を飲みながら昼に出会っためんどくさい騎士の悪口を言い合ったが、一日中歩き通しで疲れている事もあり早めにお開きとなった。
別れ際に明日の出頭に付き合おうか、と聞いてくるザックに大丈夫だと断りをいれて解散したのだ。
5日ぶりに戻って来た宿は住み始めて間もないが、やはり自分の塒というのは安心するものである。宿の女将に夕飯は必要ないと告げて、代わりに湯とたらいを借り受けて自室に引き上げた。
体を拭いてさっぱりしたところで部屋着に着替えてベッドに寝転ぶ。
『明日あのおっさんと会って笑わずに済ませられるか……』
めんどくさい奴に目をつけられたもんである。
明日の予定を考えながら眠りについた。
ここクラマスの街には規模は小さいながらも貴族街が存在する。
なんの産業もない領地などの街には貴族街がない場合がほとんどなのだが、鉱山を抱え鍛冶師も多いここでは王都からの出張官僚や、よその領地の貴族が商談に使う別荘などもある程度建っている。
領主の館や豪商の自宅などもこの中に建っており一般市民の居住する地区とは高さ3m程の壁で仕切られている。
貴族と一般市民を仕切る壁に一か所ある門の横に建つ大きな建物がクラマス領近衛騎士団、クラマス警護部隊の共同屯所である。どちらもクラマス伯爵の私兵であるが、近衛騎士団は領主を守ることを第一としているが警護部は貴族や豪商などを守ると共に町の治安維持に影響力を持つ。
この他に商業ギルドと冒険者ギルドが共同出資しているクラマス自警団というのもあるが、こちらは専ら一般地区の治安維持に貢献しており屯所も別の所にある。
早朝目覚めた俺は目覚まし代わりのランニングを済ませ、朝食を取ってから買い物に出た。ポーションや携帯食の補充の為である。
昼までいろんな雑貨屋をまわって掘り出し物を探し昼食を取ってから、ここクラマス警護部に来たのだ。
受付で要件を伝えるとすぐに取調室の一室に案内された。そこで30分はゆうに待たされ、放っといて帰ろうかなと思い始めたところで奴がやって来た。
無言で室内に入ってきたリンゼニーが開口一番。
「ジョージ・クルーメー、貴様のことは調べさせてもらった。記憶喪失などと怪しい事を言っているそうだな」
「……」
「貴様には2つの選択肢がある。一つはここで聞かれたくない事を根掘り葉掘りたっぷり尋問される道と、もう一つは我に剣術の指導を受ける道だ。好きな方を選べ」
どっちもいやすぎる件について……。