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うるうる大罪記 ――浜の真砂は尽くるとも――  作者: 川床 無庵
プロローグ
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プロローグ1

             


 この世界にきて2年がたった。

 日銭を稼ぐために毎日毎日ギルドの仕事をこなしてきた。

 

 最低限の生活。


 木賃宿の宿代と糊口をしのぐ為だけの食事代、それすらもままならない毎日であった。

 ここ半年ほどはそれなりに稼げるようになってはいるが贅沢な暮らしなど望むべくもなかった。

 おぼろげながらに残る前世の記憶に照らし合わせても今の生活は最下層、完全に負け組といえるものだった。


 2年前のあの日……


 郊外にあるストーンサークルのような遺跡の真ん中で俺は目覚めた。

 木がまばらに生えている草原の小高い丘の上に、途中で折れているらしき高さ2~3mほどの白い石柱が直径10mほどの円を描いてまばらに並んでおり、真ん中に置かれた直径3m程の丸い石の台座には円と幾何学模様を組み合わせた図形に文字らしきものがびっしり刻んであった。

 恐らくは魔法陣であろうその真ん中で目覚めたものの自分の置かれた状況が呑み込めずただただ茫然としていた。


『どこだここは?』


 あたりを見回すと草原の先に街道が伸びていて数キロ先には城壁を巡らせた町のようなものが見える。 遠すぎてよくは見えないが中世ヨーロッパの要塞都市のようで非常に違和感がある。

 反対側に振り向くと鬱蒼とした森が見え遠くの山の麓まで続いているようだった。


『なんで俺はこんなとこにいるんだ?』


『!!』


 記憶を手繰ろうとしてあること気づいて愕然とする。


『そもそも俺は誰だ?!』


 自分がこの場所に至った理由も見当がつかないが、何にもまして自分が何者で何処で何をしていたかのか記憶がない事に驚きと不安を感じた。

 じっと座ったまま過去の記憶を必死になって手繰ろうとしたが頭痛がしてきて、しまいには眩暈と吐き気までともなったのであきらめた。


 痛みや吐き気と引き換えに分かったことは、自分や家族や友人等に関する記憶は非常に曖昧でほとんど得られるものはないが、一般的な常識や映画や小説やゲームなどの記憶はちゃんと残っているというものだった。もっともどんなシチュエーションで映画を見たのかは思い出せなかったが。

 痛む頭にやっていた左手にふと視線がとまる。


『……Gショックか?』


 そこには使い込まれた黒色の腕時計があった。

 確認すると時計は23時を表示していたが天空を見上げると抜けるような蒼穹の所々に小さめの雲と太陽が見えその位置から正午前後と判断できた。

 時計をいじりながら時刻は完全に狂っているもののその他の機能に問題がないのを確認して立ち上がり自分の恰好をみてみる。


 某有名ブランドのトレッキングブーツ、ゆったりめのストーンウォッシュジーンズ、淡いオレンジのロンTの上から黒皮のシングルのライダースジャケットを着ている。

 晩秋から初冬の出で立ちといったところだが、先ほどから暑くて汗が滲んできている。

 ライダースジャケットを脱ごうとして深めのポケットから何かがはみ出している事に気付いた。

 ジャケットを足元に置きつつポケットから出した物をみてみる。


『こ、これは……』


 それは白いTシャツにくるまれた血塗れのナイフだった。

 刃渡り10cmくらいで柄の部分と合わせて20cm程のハンティングナイフは、オーク材を削りだしニスですばらしい光沢が出ている柄と、美しい曲線を描く肉厚な刃の部分と、両方に赤黒く固まった血がべったりとついていた。

 はっとして自分の手を見てみるが血はついていない。

 念のために体のあちこちを確かめてみるが刃傷はないし血も付いてないようだ。

 

 一目で高級品と分かるそのナイフに見覚えはないが血が付いている以上は何かを刺したのであろう。人を刺したのか、動物を刺したのか、自分が刺したのか、他人が刺したのか。

 くるんであったTシャツのほうも見覚えはないがプリントされた図柄とサイズから女物のようだ。赤黒く固まった血のせいでバリバリになっており再使用できそうにはない。

 

 何も思い出せないせいで嫌な想像があれこれと浮かんでくるし、他人に見られてはかなり拙いので元のようにTシャツにくるんでジャケットのポケットに押し込んでおく。

 

 ほかに何か持ち物はないか探した結果ジャケットの胸の内ポケットにスマフォ、ジーンズの尻ポケットに財布を発見した。

 スマフォは残念ながら電池が切れており全く起動しない。もしこれが起動すれば自分の事がかなり解明するだろうからどこかで充電させてもらえばいいだろう。

 財布のほうだがこちらには現金が1万3千円と硬貨が数枚、銀行のカードやお店の会員証等と共に運転免許証がでてきた。

 それを見て愕然とする。


『これが俺なのか!?』


 俺は免許証の写真に目が釘付けになった。

 そこに写っているのは頭の禿げあがった血色の悪いしわだらけの老人の顔だった。

 すぐさま自分の手を見たり顔や頭を触ってみたが、しわもなさそうだし髪の毛もあるのでこの老人と自分は別人のようである。


 久留米 丈二 昭和22年9月28日生


 と書いてある。60代後半の人のようだが写真の見た目は80代って感じだ。

 住所は新浜市となっているが聞いたことのない市だ。

 

 『しかし……拙いな』


 他人の財布と血の付いたナイフを持ちそのうえ記憶喪失なんて、犯罪の匂いがしすぎて気が遠くなる感覚に襲われる。

 警察に行って事情を説明したいところだが記憶のない間に何があったのか分からないうちは怖くて行けないだろう。よって財布とナイフの事は秘密にするしかない。久留米さんには悪いがお金も使わさせてもらう。

 

 まずは人に会ってここがどこなのか聞かねば、それからネカフェにでも行って事件や事故についてしらべてみるか。

 方針の決まった俺は街道の先に見える町らしきものに向かって歩き始めた。


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