復讐と愉悦
「ようやく扉が開いたか!」
「アキ、大丈夫?」
二人は惨劇を目の当たりにして、暫し硬直する。それと同時に死亡確定となったアドルフの体が輝く塵となって消えていった。テンマはそれを手のひらで掴み取ろうとするが、塵は無へと帰った。テンマの体は小刻みに震えている。
「ユウ、何故だ。何故アドルフを手にかけた」
「テンマさん、お久しぶりです」
「答えろっ!!」
「僕が殺したいと思ったから」
テンマは兜を外し、床に投げ捨てた。敵対心を見せつけるように正面からユウを睨みつける。
「他にもまだ殺すつもりか、貴様……」
「まだまだ足りない。今まで弱肉強食のルールに従ってきたんですから、この先も従うのは当然でしょう? いじめと同じです。そこにいじめたくなる人がいたから、いじめる。簡単な論理じゃないですか」
「……ユウ、私と決闘しろ。私の全力をもってお前を止めてみせる」
「あなたとの力比べですか。わかりました。せっかくなので外でやりましょう。ここじゃ、テンマさんのワームホールも不利ですからね」
「他の者は決して手を出すな。私の、けじめだ」
エタニティオンライン最強と言われるテンマとの決闘も、ユウは一寸の迷いもなく答え、二人は外へと歩いて行った。
アキは止めたい気持ちを抑え込んだ。もはや今のユウにはどんな言葉も通用しない。テンマが力ずくで止めなければ、力を示さなければユウが止まることはない。それがこの数分間で理解できた。
この決闘でユウの歪んでしまった心を僅かでも改善できるなら……とアキは奥歯を噛み締めながら、クオンへ指示を出した。
「クオン、カトレアさんと青龍を部屋に運んで傷の手当てしてあげてほしいんだ。まともに歩けるまで少しかかるだろうから」
「アキはどうするの?」
「俺は、二人の戦いを見届けたい。だから、頼む」
「……ん、わかった。二人の体調が良くなったら私も表出るね!」
一度頭を下げてから、アキは二人の後を追おうと扉から出ると、通路の影に何者かが潜んでいた。
アキは足を止め、よく闇に目を凝らした。背負っている細長い大剣を確認し、息を飲む。
「ラインハルト……! どうしてここに!」
ラインハルトは嫌らしい笑みを浮かべながら、影から姿を現した。
「アキさんもここに……。シンさんに仮面の奴らの居場所を聞きつけて追ってきたんです。仇なのでね。ところで、大惨事になっているようで」
アキは言葉を詰まらせた。ラインハルトからは、落ち着きのない常に狼狽しているような以前の口調は完全に消え失せ、ゆっくり、淡々とした口調に変わっていた。
「テンマさんと味方殺しの大悪人が決闘、ですか。一緒に観に行きましょう、決闘」
「……そんな呼び方、やめてくれ」
アキはラインハルトを振り切るようにして、早足で廊下を歩き始めた。それにまとわりつくようにしてラインハルトが後ろをついてくる。
俺はどうすれば良い、俺に何ができる? 得策なんて浮かびやしない。二人が自分の意思で行動してる限り、俺にできることなんて、せめてユウが死なないように応援することくらいしかできない。
エタニティオンラインのせいで、ユウもラインハルトもおかしくなった。西倉修とその協力者の身勝手な行いのせいで、全ての歯車が狂った。
「なぁ、ラインハルト」
「はい?」
「今テンマと決闘しようとしてる奴も、お前は殺すのか?」
「先程の話は勝手に聞かせてもらいました。快楽目的で人を殺す。悪人以外の何者でもない。なら潰さなくちゃ。……アキさんがその仲間だった場合であっても例外ではありません」
冷たい。その言葉に温かみの欠片も感じられなかった。明らかに間違っている道、しかし信じるしかない道をラインハルトもユウも突き進んでいる。
アキは、これ以上何も言うことができなかった。
支部の外へ出ると、太陽は少しずつ傾き始めていた。あと二時間もすれば夕方になる。周囲を見回すがテンマとユウの姿はなかった。耳をすますと遠くの方で金属のぶつかる音が響いている。
町角を曲がったところで、既に二人は戦いを始めていた。
────テンマとユウは刃を交え、テンマは鎧をつけたまま、ワームホールも使わずにユウと渡り合っている。
「本気で来なくちゃぁ死にますよ!」
ユウの素早い剣尖がテンマの兜を突き飛ばした。その衝撃で頭を後ろに振られたテンマは、背後に倒れながら右足を蹴り上げる。その一撃はユウの刀を弾き、追撃を遅らせる。テンマはそれらを確認してから背後に手をついて体勢を立て直した。
「ユウ、そのステータスでその動きはお前もまだ本気じゃないだろう。私に舐めてかかるとは良い度胸だ」
「なら本気を見せてください。テンマさん」
「……決闘は全力でやらなくては失礼というものか。ならば、遠慮なく戦わせてもらおう。ただしお前もだ」
「良いでしょう」
テンマはすべての鎧を外した。中からは富裕層用に作られたシルク製の洋服が現れ、その上に鎖帷子を装着している。テンマはその鎖帷子も外した。
「私にはスキルも防具も不要だ。この素晴らしい肉体の速さと攻撃力、そして大剣『バルムンク』こそが私の武器だ」
茶色がかった長い髪を風になびかせながら、バルムンクの切っ先を地面に突き立ててユウを見据えた。アキは、目に見えないゲームのシステムにもない闘志が、テンマの体から滲み出ているように錯覚した。




