狂気の妖刀使い ユウ
青空の下、アキ達は門をくぐり真っ先に天馬騎士団アビス支部へ向かう。
町の様子は以前とあまり変わらなかった。今にも閑古鳥が鳴きそうなほどにどの道にもひと気はなく、NPCと思しき住民が平然と歩いているだけである。
しかし一方で、町に全くプレイヤーがいないというわけでもなさそうだった。
「ところどころ家の中にプレイヤーはいるようだな」
「窓からこっちの様子を窺ってるね。なんなんだろ」
家に潜むプレイヤー達は何かに怯えるようにしてカーテンを閉める。一行は状況を確かめるべく支部へ向かう足を早めた。
一刻も早く、と支部の玄関のドアをテンマが開け、踏み込んだ。
「朱雀!」
「カトレアさん……!」
玄関前にうつ伏せて倒れていたのは、紛れもなくカトレアであった。その金髪を振り乱し、荒く息をしていた。背中の茶色いローブには血が滲んでいる。
「ふ、お、遅いわよ……。油断、した」
「今、回復させる!」
カトレアのそばにしゃがみ込んだアキは、その容態を初めて正確に理解した。腕と足の関節数ヶ所を的確に突き刺され、痛みで身動きが取りづらくなるようにしてある。傷口は細いが、反対側へと貫かれていた。
アキが回復薬を飲ませると、少しずつ傷口が塞がっていく。カトレアは確かめるようにして両手足の挙動を確認してから、立ち上がった。
「助かったわ、ありがとう。まさか私が不意打ちを食らうとはね」
「犯人は誰なのだ?」
「……紅い刃の大太刀を持った男よ。アドルフと青龍のいる奥の円卓の会議室へ向かっていったわ」
ユウ、なんだな。あの知性的で優しいユウのことだ、何か理由があるに決まってる。そうだ、オルフェやタナトスを操ってた奴に脅されてるのかもしれない。
急いで真相を確かめないと。勘違いでみんなに殺されるかもしれない。
「急ごう!」
アキは返事を待たずに廊下を走り出した。
「待て! 焦るな! 朱雀歩けるか」
「まだ少しよろけるわね……。肩を貸してちょうだい」
背中にぶつけられる声も無視して、丁字型の廊下を左に曲がると、円卓の会議室の鉄扉が見えた。扉は半開きになっており、アキは迷うことなくそれを開け放つ。
「ユウ!」
鈍色の部屋は絵の具を撒き散らしたように赤かった。青龍が扉側の壁にぐったりともたれかかり、肩がしきりに上下している。まだ生きているようだ。
円卓の奥では何者かが剣と盾を持たないアドルフの首を締め上げていた。
「アキ……来たんだ。ドア、閉めておいて」
聞き馴染みのあるその声はアドルフを締め上げている男から発せられた。防具は騎士団の籠手と腕甲、鉄靴と脛当てしか身につけておらず、防具以外の部分には麻製の茶色い洋服を着ていた。
麻には新しいものから古いものの血がべっとりとこびりついている。
その手に持つ刀は、血が刃となって美しい緩やかな曲線を描いている。
アキは事を荒立てないようひとまず、指示された通り扉を閉めた。
「アキ、少し待っていて」
「ぐ、げ、玄武……」
「アドルフさん! ユウ、何してるんだ。手を放してやってくれ!」
ユウはアキの言葉に一切耳を傾けず、手に持った刀をアドルフへ向けた。
「アドルフ、ディザイアにいた頃から僕が嫌がらせを受けていたことを黙認していたね。リーダー格であるお前の一声で、収まる場面がいくつあったか計り知れないんだよ。
アビスの支部長へ就任した際に、主犯格のミスガルドからの同行の申し出を断ったのも知ってる。あの時奴を連れて行けば、僕への嫌がらせは止まっていたかもしれないのに。お前はそれを知っていて申し出を断った。何故だ」
ユウの尋問はひどく冷静だった。アキはこの尋問で理解した。ユウは操られていたのではなく、自らの意思で、事件に乗じて積年の恨みを晴らすことにしたのだと。
アドルフは若干声を震わせながら、ユウと視線を交わらせる。
「ど、どうして俺がお前の面倒を見なくちゃならない? 確かに嫌がらせは知っていた。それは認めよう。だからってなんで助けなくちゃならない? ミスガルドは面倒を起こすタイプだったから、アビスには欲しくなかった。それだけだ」
「そうか。それもそうだね」
「そ、そうさ。いつの時代も弱肉強食。弱い者は従い、強い者が権力を握っていた。君は弱かった、それだけのことだろう」
要はそれって、いじめは仕方ないって言いたいのかアドルフさん。
「一理あるね」
ユウは意外にも素直に納得した。ユウはアドルフの締め上げていた首から手を離す。アドルフは胸に手を置き、安心したように何度も深呼吸していた。
「困ったな。これじゃ殺す理由にはならないか」
「なに?」
「じゃあ、アドルフにクイズを出し、正解すれば見逃してあげるよ」
「ふざけるな。これ以上はただじゃおかないぞ!」
ユウは喚くアドルフの腿と肩に刃を突き刺し、引き抜く。飛び散った血のほとんどを刀が吸収してしまった。部屋中にアドルフの悲鳴がこだまする。アドルフを両手で持ち上げ、扉の前へ放り投げた。
「アキ、変なことしたらそこの二刀流の奴を殺す。良いね?」
ユウは円卓の上からアキを見下ろしながら、扉の前へ移動した。その瞳はラインハルトのような冷徹なものではなく、いつも通りのユウの瞳だった。それが逆に、アキの恐怖心を掻き立てる。
「頼むから……もうやめてくれユウ」
ユウが痛みに苦しむアドルフを内開きの扉に押し付けたと同時に、扉の向こうでテンマ達の声が聞こえた。
「なんだ開かないぞ。誰か押さえつけているのか?」
「ダメだ、固いや」
ユウはこれを読んでいたのか? テンマが真っ先に邪魔をしてくるとわかっていて……。
「アドルフ、クイズだよ」
「うっ、ぐ……」
「第一問、僕は虫を殺すでしょうか」
「…………知らない。殺せないだろ、汚い」
「不正解。殺せます。第二問、小学生の頃、僕は虫をどんな風に殺していたでしょうか」
「そんなの知るわけがない。ふざけるな!」
「不正解。答えは部位を切断する、でした。第三問、僕の考える虫の定義はなんでしょうか」
「玄武、玄武! 早く助けてくれ! 足が痛くて、動けないんだ!」
俺が何かすれば青龍にトドメを刺されかねない。俺の攻撃手段は喚起と水神鞭だ、どちらも突発的な攻撃には向かない。悔しいけど、俺は動けないんだ……。
「不正解。正解は僕が虫に見えるものすべて、でした。では最終問題です」
「玄武! 青龍のことは気にするな! こんな茶番早く終わらせてくれぇ!」
「虫にも魂はあるでしょうか」
「知らないと言ってるだろうが!」
「────答えは、自分で確かめて下さい」
ユウは容赦なく、そして落ち着き払った様子でアドルフの首を切り落とした。
「ユウ……! あ、ああ、どうして!?」
ユウはアキへ顔を向けた。頬に鮮血が伝っている。その表情はこの上なく穏やかだった。
「いつだって強い者が権力を握り、行使するんだろう? 前までは弱い者側だった。でも今は僕のほうが強い。だからね、今度は僕がそれを行使する番なんだ」
「そんなの、狂ってる……!」
「人を殺せば殺すほど僕は強くなれる。愉快だ。今僕は本当に愉快なんだよ、アキ」




