決意の背中
毒瓶を飲み干したアキは、次第に顔を歪めていく。やがて堰を切ったように唸り声を漏らした。
仮面の集団はニタニタと嘲笑いながら見下してきた。アキはそれを恨めしそうに睨みつけながら痛みに耐えている。
まさか、こんな痛みがあるなんて思いもしなかった。痛い、痛い。血管、神経をちぎられてるみたいだ。体が痛みを恐れて動こうとしない。手足を縛る縄が擦れるだけでも燃え盛るように痛い。頭が回らない。何も考えられない。
激痛が波のように襲いかかってくる。
「ぐぅぁあ……! あああ!」
「おぉー。良い声で喚く喚くぅ」
仮面の女がのたうち回るアキの顔面を強烈に踏んだ。一度では物足りないのか、何度も執拗に踏みつける。アキはその度に、嗚咽を漏らしながら体を捻じってそれを避けようとする。
ドアのほうへ、ドアのほうへと体を捻らせつつ移動していく。
「良い反応! ねぇ、こいつあたしのにして良い?」
「あーダメダメ。そんなんアビスまで引っ張っていけないだろ。それに、追っ手の処分は決定事項なんだよ」
女は長い髪を掻き上げ、苛立ったように男へ指差した。
「まーたあの人の指示ぃ? 竜使いだかなんだか知らないけど、そんな強いの?」
「お前新参か? 幻の竜使いと言やぁ、エタオンじゃ超有名人だろ」
「へぇー。なんでも良いけど、こいつ連れて行けないのは残念」
「それにしても残り二人を追っている奴らから連絡がないな。先に広場へ出ておくか。そこからお待ちかねのなぶり殺しだ」
部屋中に歓喜の声が溢れ、興奮に満ち満ちた。
アキの痛みにまみれた思考の中に『なぶり殺し』という言葉だけが聞こえてきた。アキに対するものなのか、それともクオンやテンマに対するものなのか、それすら聞き取れなかった。
「守らなくちゃ……」
「ああ?」
これはその場しのぎだけど……。頼むぞ。
「『ゴブリンロード』喚起……」
「こいつ、モンスターテイマーだったのか! 逃げられるぞ捕まえろ!」
アキは下唇を噛み締め、全身を駆け巡る痛みに耐えながらゴブリンロードを喚起した。ゴブリンロードは戦闘態勢に入り、アキは縛られた両手足を使い、背後にあるドアのノブへ飛びついた。
「俺には、守らなくちゃならない、ものが、あるんだ……。ここで死ぬわけには……いかない!」
呂律が回っていないことはわかっていた。それでも声を出して、自分を鼓舞してやらなくては膝を折ってしまいそうになる。仮面の男がアキのもとへ手を伸ばすが、ゴブリンロードが杖でその手を叩いて牽制する。
アキは決死の思いでノブを捻り、ドアを開ける。
「……よく耐えた。これを飲め」
ボイスチェンジ機能を使った声が聞こえてきたが、この時すでに瞼を閉じていたために誰かは視認できなかった。
仰向けに倒されたアキの唇に、何か冷たいものが当てられた。口を開けると痛みとともに何か液体が入り込んでくる。液体が流れるごとに食道や胃がキリキリと痛む。しかし少しずつ全身の痛みが痺れに変わり、やがて薄れていく。
手足が解放され自由になる。
「……あとは任せろ」
息を整えている間、金属と金属とがぶつかり合う音が遠くから響いてくる。肉を潰す音が何度か聞こえたところで、悲鳴とともに幾人もの足音がアキの横を素通りして行った。
アキは広場で起き上がった。周囲を見回すと、仮面の一味の逃げ行く背中が見えた。家の方へ目をやると、開いていたドアの中から、鈍く光る金色の鎧を纏った男が、大槌から血を滴らせながら歩いて出てきた。
「……治ったか」
「白虎!」
アキが近寄ろうとすると、白虎は背を向けた。
「……礼ならシンに言ってくれ。この場所を教えてくれたのは奴だ」
「どうしてここへ?」
「……この世界に残った善良なるプレイヤーを何人か知っている。俺はそのプレイヤー達を導く。その力がある。俺はディザイアに戻り、俺のすべきことをする。今日はどうしてもそれを玄武の二人に伝えたかった」
「それが、白虎の目的なのか」
白虎は頷いてから大槌を担ぎ直した。
「……三人、殺した。だが自分を罰するのは今ではない。全てが終わったあと何がしかの形で償うつもりだ」
そう言い残した白虎は、重い鎧を鳴らしながら歩いて行った。その決意の背中を、アキは静かに見送った。
「『ゴブリンロード』返還」
────しばらくして、アキはスキルメニューを凝視していた。アースイーターやゴブリンロード達と共に並ぶアイコン。それはあるはずのないアイコンだった。
ふと脳裏にマーベルの言葉が蘇る。
『オマケで一つ開放しといたよ。お姉ちゃんを喜ばしてくれたお礼にね』
「…………そういうことか」
遠くから誰かの声が聞こえた来た。アキがスキルメニューを閉じて振り向くと、クオンとテンマが走ってきていた。
「アッキー!」
「無事のようだな」
「二人とも!」
戦っていたのか、体のところどころに返り血を浴びていた。
「仮面の奴らの追っ手が来たはずだけど、倒したのか?」
「ふふ、余裕余裕!」
「雑魚がいくら集まろうと私を倒せるわけがあるまい」
あれだけの危機に陥ったのは自分だけと知って、アキは落胆した。
テンマによれば、元々村で活動していたプレイヤー達は既にアビスに移動していた、とアドルフから報告があったらしい。
「仮面の集団は結局のところ、村に潜伏していた。あの樹海で出会ったプレイヤーも奴らの仲間だった可能性が極めて高い」
そこまでして俺達を陥れようとしていたのか。奴らにとって俺達が厄介な相手だというのは知られてるな。それしても情報が早すぎる。ヴァルカンにも数人、紛れ込んでいてもおかしくない。
「ああ、それとアビスに本部があるらしいってのを聞いたんだ」
「……なるほど」
「よーし、ぶっ潰しに行こー!」
クオンは陽気に拳を振り上げながら、アビスへ向けて歩き始めた。
アキとテンマは一度視線を合わせて、笑いながらクオンの後をついて行く。
クオンの言う通り、奴らは絶対にぶっ潰さなくちゃならない。
『幻の竜使い』がいるなら、尚更だ。




