運営の激震
────その頃、エタニティオンライン運営部に激震が走っていた。
「西倉部長……どうして」
「修、やっぱりお前が……」
相良良太と三枝美月は椅子に座りながらうなだれていた。運営部出入り口付近の警官達は慌ただしく動き回っている。
一人の警官が無線でどこかへ指示を出す。
「西倉修が脱走しました! 繰り返します、西倉修が脱走しました!」
運営部の部長席は空いていた。
買い出しに行くと言って、見張りの警官とともに会社から出て行った修は、警官の目を盗んで逃走した。
エタニティオンライン内の三都市にログアウトホールが出現したことで、現実世界に多くの人々が帰ってきていた。そんな朗報があった直後のことであった。
「相良先輩、『やっぱり』って西倉部長を怪しんでいたんですか?」
「……まあな」
「でも、じゃあ誰がクラッキングしたんです? 確かクラッキングされた時、西倉部長は休憩室で他の部署の方とコーヒー飲んでました。私、見かけたので間違いありません」
良太の顔がより一層険しくなる。デスクの中から事前に調べていた修の個人情報に関するプリントを取り出して眺め見ながら、ぶつぶつと呟く。
「時限始動のクラッキングソフトウェア……。違うな、その後も操作が続いてるってことは、修に『協力者』がいるってことだ。一体どうして……何がしたくてこんなこと」
「……私、西倉部長のデスク調べてみます!」
美月は修の部長席へと向かって行った。他の社員達はいまだにクラッキングを解除する方法を探しているが、疲弊もあってあまり手は進んでいない。
良太はプリントを手に持ったまま美月のあとを追う。美月が引き出しの資料を全て見ていたが、やはりここには何もないようだ。
「こっちには、何かデータが残されているかも!」
美月が机上を軽く叩くと、半透明、翡翠色の大きなディスプレイが浮かび上がり、机の手元側に仮想キーボードが浮かび上がる。
この次世代型コンピュータは会社から貸与されており、起動するためのIDと四桁のパスワードは統一されているため美月にも容易にわかった。
キーボードの左上部分にある音声認証のボタンを押しながら、ディスプレイに向かって話しかけた。
「今日開かれたデータをリスト化して列挙」
数秒も待たないうちに、不規則な英数字で名付けられたデータがずらりと縦に並ぶ。名前でどんなデータか判別されないよう、無茶苦茶な名前にしてあるようだ。
キーボード操作で、試しに最近のデータを開こうとしたところで文字入力の画面に移行した。パスワードが必要なようだ。
「パス……ひとまずさっきのやつで」
「おいおい、そんな簡単にいくか?」
起動時と同じパスワードを入力すると『認証完了』と画面に表示され、データが開かれる。
「……いったな」
そのデータは『観光スポット』のパンフレットだった。
「先輩、西倉部長は観光に行ったのでは?」
「警察に追われながらか? 冗談よしてくれ」
「ですよねぇ。でもこのデータ全部見るわけにもいきませんよ……。削除されてたらサルベージしなくちゃいけませんし」
良太はしばらく画面を睨みつけている。その間、美月は試しに次のデータを見てみるが『ご当地名物』のパンフレットだった。
「普通重要なファイルを残してはいかない。けど、持ち出しの荷物は現金のみだった。今は警察の手荷物検査があるからな。データ保存できる金属系ならすぐにわかる。
あいつの第一優先が脱走だとすれば……。バレるかもしれない一発アウトのリスクを犯してまで、そんなファイルを持ち出すこともないと考えるのが妥当か。
それなら削除されてない可能性だってあるな」
「どうしてですか?」
「きっともう必要ないんだ。この会社にあるもん全てが」
良太は試しに『観光スポット』のパスワードを適当に打ち続ける。最大桁数は八桁のようだ。
「会社指定のパスワードは四桁だから、それで全てなら八桁まで入力できるのはおかしい。データを二階層以上にしてる証拠だ。つまり会社のパスワードで開いたのはダミー。この八桁のパスワードを入力出来れば、もしかしたら事件の真相について何かわかるかもしれない」
「おー! といっても何を入力すれば良いんですかね。社員証の番号なら八桁ですけど」
「とりあえずそれから始めるか」
美月が社員番号を入力すると、意外にもデータが開いた。しかしそれは『海の幸堪能ツアー』のパンフレットデータだった。
「私達がここまで来ること、見越してますね」
「……美月、次はこれ入力してみてくれ」
不意に良太が差し出したのは、修の個人情報が記載されているプリントだった。その中の二箇所を指差す。一つは修の誕生日、そしてもう一つはすでに亡くなったとされている織笠の誕生日だった。
「……色々聞きたいことありますけど、なりふり構ってられません」
二つの誕生日を合わせた八桁の数字を入力するとデータが開かれる。
『e38193e3828ce38292e8a68be381a4e38191e3819fe88085e381b8……』
最上部にそう書かれたページには、アルファベットと数字が上から下までスクリーン一杯に所狭しと並んでいた。良太は今にも画面から溢れ出してきそうな文字の大群に目がくらんでしまった。
一瞬戸惑った美月だったが、その規則性にいち早く気づく。
「十六進数……?」
「なんだかわからないが、ひとまずこの十六進数を解析してみるか!」
良太と美月は目を合わせ、頷きあった。




