紅血の部屋
洋館の壁や天井は深い紫色に彩られ、床は灰色のタイル張りがなされてある。上品な香水の匂いが充満し、壁に等間隔に設置されているロウソクのみの灯りで薄暗い、どこか怪しい雰囲気を醸し出していた。
玄関を入ってすぐ、正面と左右の三方向に廊下が分かれていた。不気味なことに廊下には見張りなどなく、遥か向こうの突き当たりまで見える。
シンがヒゲを手で撫でつつ、思案し始める。
「狭い廊下だ。あまり多いと自由に動けなくなるね。では私とカグネは左の道を行く」
「御意。他はどうしますか」
「白虎は大柄な上に、武器は大槌だ。彼は単独のほうが力を発揮できると思うが、玄武や白虎、ラインハルト君はどう思う?」
「……俺は一人でも平気だ」
白虎は大槌を肩に担ぎ、右の道へ歩き出した。
「白虎! バーンウルフを貸すよ。邪魔にはならないはずだし、もしもの時の伝達役は必要だろ?」
「……ああ。助かる」
アキがバーンウルフに白虎の指示に従うよう言いつけると、そろりそろりと白虎の横に付いた。それを確認した白虎は一度アキと頷き合ってから、バーンウルフとともに右の道へと進んで行った。
シンとカグネは左の道へ慎重に進んでいく。
「ラインハルト、すぐにユリカさんを見つけ出そう!」
「あ、ありがとうっ!」
真ん中の道へは、ラインハルト、そしてアキとモンスター達が行くこととなった。
見た限り扉がない。怪しい内装、不自然な構造。『土地取引』によって得た土地から建築したんだ。いや……事件後に改装したのか? そうなれば、このタイミングで『人攫い』が頻発したのも頷ける。
アキとラインハルトが同じような光景の中を進んでいくと、上階へ続く階段が現れた。その奥に廊下はなく、真ん中の通路は上階へ行くためのものだったことがわかる。
息を潜めながら二階へ上がると凹の字型の壁に囲まれていた。袋小路かと思い引き返そうとしたが、ラインハルトがアキの腕を掴む。
「よく見てアキ。壁と同色のドアとノブだよ。カモフラージュしてある」
「……ますます怪しくなってきたな」
ドアを開けると三メートルほどの短い廊下があり、そこには見張りが立っていた。般若の面を被った男が、あたふたしながら真後ろのドアを開け放ち「侵入者ぁー! 侵入者ぁー!」、と力強く叫び始めた。
アキはコボルトに男をタックルで退かせ、すぐさま奥の部屋に踏み込んだ。
「なんだ、これ……」
アキの理解の範疇を優に超えていた。ラインハルトは絶句している。
その部屋はまさに地獄絵図さながら、血の海で満たされていた。老若男女問わず体を鎖で拘束され、地面に突っ伏し、身体中に見るも堪え難い傷を負わされている。
その虐待行為を行っていたのは二十人はいる仮面の集団だった。侵入者がいると知らされた集団は自らが虐待していたプレイヤーにトドメを刺し、あらかじめ脱出用に設置してあった二階のドアから次々飛び降りて行く。その中には先程の見張りも混ざっていた。
何から理解し、何をすれば良いのかわからなくなったアキは、ひとまず逃げ行く集団をコボルトとプチベビーワイバーンに追わせた。
凄惨な現場を目にした二人は数秒の間、立ち尽くしていた。
「む、惨すぎる……。ユリカは、本当にここにいるのか」
「そ、そうだ! 早くユリカさん探そう。それにみんなに復活薬を与えないと! 『ゴブリン』『インプ』喚起!」
緑色で腰ほどまでの高さあるゴブリンと、十五センチほどしかない黒色の鼻の尖った小悪魔が地面から這い出てきた。アキはアイテムチェストから取り出した復活薬をそれぞれに二つずつ持たせる。
「この薬を倒れている人達に片っ端からかけてくれ! 復活薬がなくなったらまた取りに来るんだ。よし行け!」
ゴブリンは素直に従ったが、小悪魔のインプが顔をしかめて渋った。アキはアイテムチェストに入っていたモンスターの肉を差し出して食べさせると、満面の笑みで倒れているプレイヤーの元へ飛んで行った。
「ラインハルト!」
一人ずつ顔を確認していたラインハルトに復活薬を投げ渡した。アキに「ユリカさんを早く!」と言われたラインハルトは頷き、確認作業をさらに進めていく。
アキ自身も両手の指の間に復活薬を挟んで持ち、四十人以上もの倒れているプレイヤー達を助けることに専念した。
改めて体を見てみると、身体中に痛めつけられた跡や斬りつけられた跡がある。徹底的にいたぶってやろうという歪んだ心が、その傷口からありありと知れた。
助け続けてはいるけど復活薬が残り少ない。全員分……ない。こんなことなら店の在庫も全部持ってきておけば良かった……。ラインハルトも未だにユリカさんを見つけられていないみたいだ。
あと約三分。それで五分間のペナルティタイムは終わり、復活できなかったプレイヤー達は死亡する。意識もないまま、永遠にネットワーク上を漂流するデータになってしまう。
『復活薬生成』のインターバルタイムは三十秒。少しでも、一人でも多く助ける!
アキは生成に必要なフラスコと、ありったけの材料をアイテムチェストから引っ張り出した。残り十数個となった復活薬もすべて床へ置いた。
ゴブリンの肉の一部、樹液花、黄金草をフラスコへ素早く詰め込み、復活薬を一つ生成した。地面に置かれた復活薬をゴブリンとインプが次々に持って行く。
「あと二分……!」
一つ、また一つと復活薬を生成していくが、わずか三十秒のインターバルタイムがアキを苛立たせる。ラインハルトはまだ見つけられていないようだ。
復活したプレイヤー達は意識を取り戻したものの、虐待の記憶のせいかこの地獄絵図のせいか、怯えたように体を縮まこませている。
「あと一分以内だぞラインハルト!」
「あ、あぁ……ユリカ、どこだ、どこにいるんだ」
明らかに焦り出したラインハルトは不安の色を顔ににじませながら、足早に一人一人確認していく。
その時、ラインハルトが立ち止まった。ある一点、部屋の最奥でうつ伏せに倒れているプレイヤーに視線を留める。そこから一番近いのも、ラインハルトであった。
「ユリカの、髪型……!」
初めは勘であったが、ラインハルトは近づくにつれその勘が確信へと変わるのを自覚する。
その途端、駆け出した。
「ユリカァ!」
「急げ! もう時間がない!」
アキの手元にはもう復活薬はない。あとはラインハルトを見守るのみだ。
ラインハルトは未だ倒れているプレイヤー達を踏み越え、部屋の奥へ奥へと全身全霊をもって駆け抜ける。




