憂慮の山岳都市ヴァルカン
────天馬騎士団ヴァルカン支部。
黒い石壁に幾多ものロウソクが設置され、天井からはカンテラがぶら下がり、煌々と無骨な廊下を照らす。
廊下の隅を右に曲がったところで、先頭を歩いていた騎士団の鎧を身につけている小柄な女が立ち止まった。
「皆様方、こちらです」
振り返ったその顔は、つり目とへの字に口角の下がった険しい印象であった。しかし、よく見れば二重のまぶたはパッチリと開き、顔は整っているようであった。
じろりとアキ達を値踏みするように見回したあと、目の前のドアを開いた。
その奥の部屋もまた黒ずんだ石壁、石床に囲まれ窓もない無骨なものだった。部屋の中心にはやはりアビスと同様、まるで床から生えたような石の円卓が設置され、また石の椅子がいくつか配置されている。
その奥に偉ぶった様子もなく膝の上に手を置きながら待っていたのは、騎士団の鎧を纏う中年ほどの男だった。
「やあ、よく来てくれた。ささ、座っておくれ」
人の良さそうな笑みで迎え、わざわざ立ち上がって両腕を控えめに広げる。アキ、白虎、ラインハルトが並んで席に着く。先程の女は中年の男の隣に立った。
「私は小室真一郎、こちらではシンという名で活動している。ちなみに天馬騎士団ヴァルカン支部の長だ。どうぞ、よろしく。ほら、カグネも」
シンの隣に立つ、真顔でこちらを向いたカグネと呼ばれた女は、ピシリと姿勢を正した。
「天馬騎士団ヴァルカン支部副支部長カグネ。メインはファイター、サブはナイト。年齢は二十。レベルは────」
「カグネ、その辺で」
シンの低い声が、カグネの淡々と続く自己紹介を中止させた。あごにわずかに生えたヒゲを撫でつつ、シンはアキ達に笑いかけてきた。
「すまない、彼女はとても真面目でね。アビスからの最短ルートだと山脈を超えてきたんだろう?」
「あ、はい」
「ならば疲れているだろうし、手短に話を進めよう。水神鞭の玄武、そして鎧の大男白虎。この二人はテンマから話は聞いているが、その話にはない人物が、一人いるね」
ラインハルトは体を少しばかり萎縮させた。白虎は弁解する様子もない。アキが渋々ラインハルトについて説明した。
「────なるほど。ヴァルカンの調査がてら、ラインハルト君の護衛をしていたわけ、か。そしてラインハルト君は、幼馴染を探しにここまで」
「あの、僕、今すぐにでも幼馴染の様子を見に行きたいんです! ここに通していただけたのは、ものすごく光栄なんですけど!」
暫し沈黙したシンは、おもむろにアイテムチェストから羊皮紙のような何か書かれたものを取り出し、ラインハルトに差し出した。
「これから話をしようとしている中に、現在ヴァルカンを脅かしている拉致事件も含まれている。そのリストは、近隣の知り合いが行方不明になった、という報告から作成した『行方不明者リスト』だ。もしその中に幼馴染の名前があるなら、我々と結託してはいかがかな」
ラインハルトは紙の、ある一点のみを凝視している。体が固まり、呼吸が徐々に乱れていく。
「ユリカ……? この名前、どうして……?」
「あるのかっ!」
アキは隣にいるラインハルトに体を寄せ、紙に記載されている『ユリカ』という名を確かに見つけた。その横にメイン職業のファーマー、サブ職業のブラックスミスとだけ書かれてあった。
ラインハルトは弱々しく紙をシンへ返した。
「シンさん、これはラインハルトの幼馴染で間違いないんですか?」
「定住している者のうち、ユリカという名でこの職業のペアは、この一人しかいないはずだ」
「じゃあ、じゃあ本当にユリカだ。助けなくちゃ……助けなくちゃ!」
「ラインハルト君、ひとまず落ち着くんだ」
「落ち着く……? そんなの、出来るわけが!」
「落ち着くんだ」
シンは真摯な眼差しでラインハルトを見つめ続ける。次第にラインハルトは呼吸を整えた。
「リストの中ほどにあるということは、まだ生きている可能性は高い。それに『人攫い』の隠れ蓑は、大方検討がついているんだ。今すぐにでも、向かうべきだ」
「ですが支部長、ログアウトホールや街の調査について精鋭隊に説明が……」
「カグネ、そんなものは歩きながらでもできる。それに、どうせこの問題はいつしか片付けなければならなかったのだから、良い機会をいただけたと、そう考えるんだ」
「……御意」
「精鋭隊の諸君は休ませてあげられずにすまない」
「構いませんよ。『人攫い』の件を最優先にしましょう」
シンは「ありがとう」と返事した後、席を立ち、仰々しく言い放った。
「これより、天馬騎士団ヴァルカン支部とディザイア精鋭調査隊の合同作戦を開始する」




