前へと進む覚悟
アキは後退りした。ひんやり冷たい壁に寄りかかると、全身にぞわりと鳥肌が立った。
「逃避は無意味だ……」
白虎の無機質な低い声がアキの動きを止めた。沈痛な面持ちで俯くアキに、クオンが静かに寄り添う。
「ユウが犯人である可能性は極めて高い。ほぼ確実だと言って良いだろう。いくらお前がユウの親しい友だろうと、お前達をディザイアへ連れていく時間はない」
「と、私達が知っているのはここまでよ。あなたがどうしても行きたいと言うのなら止めないけれど、今感情に任せて動くことは賢明ではないでしょうね」
「なら、俺はどうすれば良いんだ! 何が正解で、何をすれば賢明なのか教えてくれ……」
「まだ皆には今後のことについて話していなかったな。玄武の二人と白虎には、もう一つの三大都市最後の街、ヴァルカンへと赴いて欲しい。報告こそないが、そちらにもログアウトホールが開いている可能性がある。それにヴァルカンの現状も知っておく必要がある。
朱雀と青龍はアドルフとともにアビスに残り、ログアウトホール出現場所の調査や街の様子を逐次報告。
三大都市に精鋭隊が散らばれば、それぞれの把握も迅速に済む。私にはこれが最も賢明な行動であると思うが、どうだ?」
ユウ……俺はどこへ行けば良いんだ。お前はどうして……。
「僕はまあ、移動にも飽きたし、この街でログアウトホール開くまで待ってたいし、賛成ー」
「それがいち早くログアウト出来る方法であるなら、私も賛成ね」
「賛成だ……」
「テンマさんに異論はありません」
アキは迷いもなく、テンマの決断に賛同できる彼らがわからなくなってきた。ただ偶然ウマが合っているだけなのか、それともあえて合わせているのか。
どうして人の命がかかっているのに、こんなにも平然としていられるのか。わからなかった。
「一時間で良い。考えさせてくれ」
そう言い残してから、アキは支部を出て行った。日差しが強く、現実世界ならば日焼けしそうなほどだ。ほんのりと潮風が香り、港町であることを思い出させる。
先程送られてきたメッセージを開くと、それはフラメルからのものだった。
『アキさん、無事アビスへ着いたとの報せ、心底安心致しました。ディザイアでの天馬騎士団の一件はご存知でしょうか。何者かが騎士団を襲撃、数名が亡くなったそうです。
私は今日もフラメラーズホテルを施錠して、一人立てこもっています。時折サダオさんが様子を見に来てくださいますし、私のことは心配いりません。是非とも、ご自分の仕事を達成してください』
まだ知らないんだ、フラメルさんは。
返信する気にもなれずメッセージ画面を閉じたアキは、俯きながら歩き出した。その後ろからクオンがすぐさま追いかけてきた。
「置いてかないでよー!」
「……わからないことだらけなんだ。それを受け止められない俺が悪いのか。全部流しておけば済むのか、わからない。なんであいつらは、あんなに平然としているんだ?」
後ろで手を組みながら、クオンは青い突き抜ける空を見上げている。
「多分みんな覚悟してる。この世界が、殺すか殺されるか、生きるか死ぬかだから。精鋭隊に入る時点で、その覚悟をしてきたんだと思うよ」
「そう……なのか。そうだとしたら、みんなすごいな」
「私はそういう難しいこと考えられないから、きっといつも通りでいられる。でもアキは真面目で優しいから、悩んじゃうんだよね。エタオンの良い部分と悪い部分を割り切って考えて、アキの個性は個性として守っていくべきだと、私は思うなぁー」
横を歩くクオンはとびきりの笑顔を見せてきた。クオンの言葉にアキは妙に納得させられた。クオンは難しいことを考えられないと言うが、ずいぶん相手のことを考えているようにアキは感じた。
「なあ……じゃあ、クオンはどうして俺について来てくれる?」
明確な答えを求めたことはなかった。ただ楽しいからとか、そんな感じのことは聞いた気がする。
やはりどこかで見覚えのある笑みを浮かべながら、クオンは道の先を見据えた。
「アキは私を見つけてくれたから」
「え?」
「こんなに地味な人を、ちゃんと見てくれた。それが純粋に嬉しかった。だから、せめてそのお礼に手助けがしたくて、一緒にいたかった。そして楽しい時間を過ごしたかった。それだけだよ!」
どこが地味なんだか。十分華やかな顔立ちだ。
それに、偶然クエストが一緒になってから話すようになっただけで、俺が特別見つけたわけじゃないと思うけどな。でもまあ、何かがクオンにとっては嬉しかったのかもしれない。
「ありがとう。なんか、わだかまりが少し解けた気がする」
「いえいえー。あ、ほら海!」
力強く走り出したクオンは、真っ先に透き通る海へと入っていった。水面は太陽の光に反射して、輝いて見えた。
「アキもおいでよ!」
「えぇ、俺はいいや」
「いいからいいから!」
水浸しのクオンに手を引かれ、アキも腰まで浸かった。クオンがアキの足をすくい上げ、水中に転ばせた。水面の上で笑うクオンが水の中から見える。アキも負けじと、クオンの細く白い足を両手で掴み、思い切り引っ張った。
二人は水中から一斉に飛び出し、大きな笑い声をあげた。
「おりゃっ!」
クオンが突然アキの顔に水をかけた。
「うわっ、この……!」
何かを受け入れ、何かを解放するように、二人は一心不乱に水を掛け合って遊んだ。
────その日の午後。既にテンマがディザイアへと出発してから三時間経っていた。アキとクオン、白虎は、カトレアと青龍に見送られながらアビスを発った。
ユウのこと、精鋭隊のこと、事件のこと、正直まだ納得しきれてないとこは色々ある。けど今は、俺のすべきことをする。それが、賢明な行動であると信じて。




