紺鎧の心拍
ユウは刃こぼれの酷い大太刀を両手で握りしめ、真正面に構える。苛立つミスガルドも大剣を下段に構え、跳ね上げる姿勢に入った。この殺気漂う空間に、アキとフラメルは息を飲み、バルトスですら何ら口を出せずに傍観している。
刹那、大きく深く踏み込んだユウの切っ先がミスガルドの肩を、鋭く貫いた。規格外のリーチに反応出来なかったミスガルドは、低く唸り上げながら肩に突き刺さっている太刀を素手で引き抜く。
「うぐ……ああぁ!」
刃こぼれがノコギリの役割をして、引き抜く際もミスガルドを執拗に痛めつける。引き抜いた傷口からは、非常にリアルに表現された鮮血が流れ出す。
ユウは思わぬ出血に呆然としつつも、太刀の刃を不自然な動きで伝う血液を見下ろした。
「血、血だと……な、なんでだ。ふざけんな、ふざけんなよ。俺に何した落ちこぼれぇえ!」
激昂したミスガルドは、大剣の面の部分を盾にし、木の床を軋ませながら突撃した。横幅の狭いこの場所では、左右に回避することすらままならない。止むを得ずユウは、受け流す構えに入る。
しかし、ミスガルドはその場の誰もが予想し得ない動きを見せた。本人ですら想定外の事故。大剣で視界の多くを遮断していたため、雑に片付けていた喫茶店のテーブルにつま先を引っ掛けてしまった。ユウの眼前で、前のめりになり、ユウを押し倒す形で床に倒れた。
その時、ユウの太刀を持つ手に、何か柔らかいものを突いた感覚があった。ユウは起き上がろうとして、一向に動かないミスガルドを横に退かそうと体を引き剥がすと、二人の紺色の鎧が黒々と染まっていた。
「あが、あがっ……」
「ミ、ミスガルドさん……?」
倒れた弾みで、大太刀がミスガルドの腹部を貫通していた。アキはミスガルドの背中から、まるで大太刀が生えているかのように見えた。
痛みのあまり、ミスガルドは痙攣しつつ意識が混濁としている。
「あ、あぁぁあ! ぼ、僕そんな、そんなつもりじゃ……」
焦った様子でミスガルドを仰向けにしたユウは、大太刀を引き抜いた。その痛みによってとうとう白目を剥いたミスガルドは、やがて息をしなくなった。床には血だまりが出来つつある。
「し、しし、死んじゃった? ぼ、僕がPK? 僕が殺しちゃったの……?」
「落ち着け、ユウ!」
その光景を目の当たりにしたバルトスは、小さく悲鳴を上げながら尻餅をつき、フラメルを手放してから、店を四つん這いになりながら出て行った。
ミスガルドを揺さぶるユウだが、なに一つ反応がない。アキとフラメルは、その傍らに置いてある大太刀に、血だまりが集まり始めていることに気がついた。
「ユ、ユウ、お前の刀。血を……」
「う、うあぁっ! 僕の刀、血液を……吸ってる。どうして、なんで、わけわかんないよ!」
「ユウ!」
混乱し切ってしまったユウは刀を持ったまま立ち上がり、涙目を浮かべつつ店から逃げるようにして出て行ってしまった。
少しの間、数秒の出来事を整理出来ずに固まっていたアキだったが、フラメルがミスガルドの横にしゃがみ、死体の様子を観察し始めたことでふと我に返った。
「死体がなくなっていないということは、つまり死亡確定はしていません。出血表現がリアルすぎるあまり、なかなか想像もつきませんが、もしかしたら……」
「復活薬で、ってことか」
アキはあらかじめ、ミスガルドの死体に『絶対服従の糸』を使用して、その白銀の糸を死体に巻きつけ、拘束しておいた。その上で、アイテムチェストから数ある復活薬の一つを取り出し、通常時に使用していた通り、黄金色の液体を死体に振りまいた。
「……っかはぁ! な、なんだ、俺どうなってるんだ? う、動けな……」
「やりました! 本当にペナルティタイム中でしたね!」
「ミスガルド、さん。あんたは一度、ユウに殺されてペナルティタイムの状態になったんだ。俺があらかじめ拘束しておいて、それから復活薬を与えた。わかった?」
「助け、てくれたのか?」
アキは腕組みしながら得意げに笑って見せた。
「目の前で本当に死なれちゃ、寝覚め悪いだろ。そら、騎士団に連行するから、大人しくしておいてくれよな」
「────という経緯があったわけ、か」
アキとフラメルは、今回の事件の詳細を説明するために天馬騎士団の団長室まで赴いていた。騎士団に所属する二人が関わっているからか、兜を外しているテンマは、いつもより若干苛立っているように見えた。団長室の窓からは、月夜が街を優しく照らしていた。
「ユウにはメッセージを送っておいたけど、まだ返事がない。それともう一人のバルトスって奴の行方もさっぱり」
「別室のミスガルドは牢獄行きにしておこう。味方への攻撃は禁忌。それ相応の期間、牢獄に居てもらう。ユウに関しては見つけ次第、尋問する。ただし、事故であることは信じよう。ユウが進んでPKなどするはずもない」
「ありがとうテンマ。事後処理はよろしく頼むよ」
「礼を言うのはこちらの方だ」
「ん? なんで?」
「仲間の命を、助けてもらった。……感謝する」
座っていたテンマは立ち上がり、両手をぴしりと脚の横につけ、深々と頭を下げてきた。




