ベテラン鍛冶師サダオ
まずは取引をするための物件を手に入れるんだ。プレイヤーから一軒、そしてNPCから一軒、既に見当はついてる。事前にメッセージで取引の話はしているから、抜かりはないはず。
アキは待ち合わせ場所である時計塔の下でメニュー画面を開き、待ち合わせ場所と時間を確認していた。焦げ茶のレンガ造りの時計塔は、街の中心部に位置し、そこからメインストリートが放射線状に広がっている。待ち合わせ場所に適しており、閉じ込められてから二日目ともなれば、多くのプレイヤーが待ち合わせているのが見られた。
アキの待ち合わせ相手はこのディザイアで、大手の鍛冶屋を営んでいるブラックスミスのサダオというプレイヤーである。エタニティオンラインでは別段珍しくはない、中年の男性プレイヤーだ。
屈強な見た目とは裏腹に、現実世界では銀行の営業マンだという。アキとはこれまでに、小さな取引を幾度か成立させており、互いにそこそこの信頼がある。そしてその男が、のしのしとアキの横から歩いてきた。アキとは対照的に、よく磨いてある鉄の軽鎧に身を包んでいる。
「十分前にいるたぁ、相変わらずきっちりしてんなぁ! アキ坊!」
「サダオさん、ご無沙汰してます」
「ま、こんなとこじゃあれだ。俺んとこの店来いよ!」
サダオは豪快な印象とは違い、必ず待ち合わせ時間の十分前に来るという几帳面な一面を併せ持っている。案内された場所は、時計塔のすぐ近くにあるサダオの店、『俺の工房二号店』だ。一号店は既に安定した業績を上げるようになっていたので、店舗を増やし、現在は不安定な二号店に居座り、様々な調整を行っているようだ。
その小綺麗な外観の二号店へ入ると、中は暑苦しい鍛冶屋かと思えば、白を基調とした洗練された雰囲気の、まるで高級アクセサリーを取り扱っているかのような内装であった。白い大理石の床に、タイルを隅々まで張られた壁。おまけに天井からは小さめのシャンデリアが吊るされている。
壁にはきっちりと軽装の肩当てから重装の鎧まで掛けられてあり、ショーケースの中には剣から弓から様々な種類の武器が収められていた。相変わらず繁盛しているようで、ログアウト不能状態になっても客が数人、商品に向き合っていた。
「おうアキ坊、こっちだ」
店の奥に案内されたアキは、客間のような部屋のソファに座らされる。ガラス製のテーブルの向こうには一際大きなソファが配置され、四隅には大きな壺が置いてあり、壁には名画のような風格のある絵が飾られていた。あらかじめ部屋で待機していたNPCのメイドが、アキに紅茶を差し出し、静かに部屋から出て行った。サダオはアキの対面にある大きなソファに座ると、指を組み、身を乗り出した。
「さて、アキ坊。俺の持つ物件が欲しいって話だったな」
「はい」
「既存物件取引ってわけか……アキ坊、お前さんの狙いはなんとなくわかるが、今はあまり勧められんな」
「どうしてですか?」
サダオはばつが悪そうにその短髪頭を掻きながら、深くため息をついた。
「このタイミングで、俺達との取引、そしてお前さんが誰かと取引したときに、万が一その話が漏れてもみろ。既存物件も不動産だ、大金が動いているってことくらい誰だって見当がつくってもんよ。まあつまり、この殺伐とした空気の中で大金を転がすってのはそれなりのリスクが伴うってことだな」
「俺がPKされるかもしれないと?」
「アキ坊が強えってのはよくわかってる。俺でも勝てた試しがねぇや。だが、迷惑を被るのが何もお前さんだけじゃねえってのは肝に命じておくこった」
そのゴツゴツとした太い人差し指を向けられた。下手をすればアキだけではなく、目の前にいるサダオ、これから取引していく相手、最悪クオンやユウ、そしてフラメルにまで被害が及ぶかもしれない。その可能性を考えていなかった。
「ま、俺の考え過ぎかもしれんがな! 大体この部屋は常に密閉してある。誰かに盗み聞きされるなんてこたねぇ。だから、俺を心配して取引を辞退するなんてしないでくれよ? 俺だって今回の取引は十二分に納得してんだ」
「もし何かあったときは、こちらで対処します。取引を続けましょう」
「ああ、強引なところも商売人には必要だぜ。余分な物件持ってたって宝の持ち腐れだ。格安で売ってやらぁ」
サダオの提示した紙に書いてあった請求金額は十五ゴールド。アキは目を真ん丸くし、その紙を手に取った。プレイヤー同士の場合、足もとを見られることがザラにあるものだが、どうやら本当に格安で売ってくれるようだった。
「おおっと、疑うなよ~? 何一つ嘘はねえ。これはれっきとした取引のつもりだ」
「信用しておきます」
「アキ坊とは少しばかり縁がなくてな、なかなか取引ってもんは出来なかったよな。そもそもブラックスミスとアルケミストは、その性質上仲が悪い。だが、今こんな状況下でんなこた言ってられんのよ。オータムストアのアキ坊、それにフラメラーズカフェのフラメル嬢、果ては天馬騎士団のテンマ嬢にまで繋がりが持てりゃ万々歳、勇気百倍よ」
「なるほど、そこまで知っていてこの取引に応じたんですか」
やられたとアキは感じた。それが商売人の取引、彼らのやり方なのだ。利がなければ、そもそもこの取引のテーブルにすら立たせてもらえなかっただろう。立派な戦略だ。しかし一方で、サダオの表情は冴えない。商売人の顔ではない、どこにでもいる中年のしょぼくれた顔をしていた。
「……なあアキ坊、どうかいやらしいと思わんでくれ。俺だって怖いんだ。出来るだけ仲間の輪は広げておきてぇんだよ。せっかくの休暇にログインしてみたらこれだ。今日だって仕事があったのに、無断欠勤。恐らく地方への転勤は免れないさ。だがそれならまだ良い。不幸中の幸いだ。もし、この世界で俺が死んだら、現実の俺はどうなる? 孤立無縁の俺の骨を、誰が拾ってくれんだ?」
「サダオさん……」
「弱音なんか吐いちまってすまねぇ。俺は正直、お前さんらが羨ましいんだ。こんなことになっても、前を向ける奴らがさ。アキ坊、お前さんはまだまだ稼げる。そんなプレイヤーだから、俺はお前さんに格安で売ったのかもしれんな」
「投資、と受け取っておきます。お望み通り、フラメルさんやテンマにも、贔屓にするよう伝えておきますよ」
「あんがとよ。既存物件取引、頑張るんだな」
アキは十五ゴールドをテーブルに置き、思い出したように十シルバーをゴールド金貨の上へと積み重ねる。そして物件の権利書を受け取り、アイテムチェストへと放り込んだ。
「十シルバー? この世界に税金なんてねぇぞ?」
「ほんの気持ちです。これで、何か役に立つ物でも買ってください」
サダオは少し間を置いてから大口を開けて豪快に笑った。
「おう、サンキューな! さぁてさて、いつまでも慰められてるわけにはいかんな!」
アキとサダオは固い握手を交わしてから、その場で別れた。約束を取り付けてるとはいえ、もう一人はNPCである。彼らは金額で物を考える思考があるため、こちらが元々提示した金額以上を払う相手が現れた途端にそちらへなびいてしまう。あとは時間との勝負であった。
アキはメインストリートの石畳を強く踏み出した。




