猶予
「でも、どうして今なのか、それがわからない。確かに取引額が格段に上がるから、儲けもその分大きいけど。売れなかったら、ただの空き家なんだよ? そこまでのハイリスクハイリターンをする理由が僕にはわからないよ」
「逆ですよ、ユウさん。今だからこそ売れるし、売らなければならない」
相変わらず察しが良すぎるな、フラメルさんは。
「そういうこと。今も、運営側からは何も連絡がない。この事件が長引けば長引くほど、建物の需要は高まる。その理由は俺達が一番知っているだろ?」
ユウはそこまで説明され、ようやく理解したようだった。引きこもり、運営側がログアウトするまでの時間をそこで稼ぐ。そうすることで、比較的安全に待つことができるのだ。
扉さえ施錠してしまえば、建造物の破壊ができないエタニティオンラインでは、屋内にあのテンマの能力を用いても侵入することはできない。つまり、完全無欠の要塞が手頃で出来上がるわけである。
「もう少し時間が経てば、みんな家が必要になることに気付き始める。いや、既に気付かれてるかもしれない。その場合、俺よりも多くの資金を持ってる奴らが、独占して相場より格段に高く売りつけてくる可能性があるんだ」
「今の状況で、そんな荒稼ぎをしたがるプレイヤーなんているのかい?」
「事実、俺の営業を妨害してきた奴もいる。それに金はいくら稼いでも、損にはならないから、いないとは限らない」
「しかしアキさん、その売り始めるタイミングはいつになさるのですか?」
アキはフラメルのココアを勢い良く飲み干し、カウンターの木目を睨みつけた。
「もう少し、もう少しで二軒分の金が貯まるんです。それを達成したら、全ての商売を停止して、引きこもりましょう」
街は、現状に慣れ始めたプレイヤー達が闊歩していた。昨日とは違い、今出来ることをやろうと決意しているようにアキには見えた。あれからフラメルとユウに、アキの作戦を踏まえた上でこれからの行動を考えてもらうことになり、そしてまた今日も、別々に行動することにした。いつものようにメインストリートを歩いていると、隣を歩くクオンが何気なく聞いてきた。
「そいえばさー、ログアウト出来なくなってから、どのくらい経つっけ?」
「えっと……そっか確かフラメラーズホテルで現実時間十六時にアルバイトのある人がログアウトするって言ってて、それからログアウト出来ないのに気付いたっけか。それに、ユウの復活しないって噂を聞いたのがそれのもう少し前……ってことは十五時前後かな? それからまたしばらく経つし、擬似睡眠もしたから、現実ではもう深夜回ってるかもなあ」
「あちゃー、大変だっ」
「こういうときって、現実の体、どうするんだろう……」
「あ、それは調べたことあるよ! エタカプの中が生体保存液で満たされて、一ヶ月間は飲まず食わずでも生き延びられるようになってるんだってさ!」
この国の医療技術は相変わらず異様だ。そのおかげで、現実時間で一ヶ月、こっちの世界で二ヶ月間は延命出来るわけだけど。
そのままメインストリートを歩いていると視界に、見覚えのある狐のお面を付けた女を見つけた。ぼうっと空を眺めているようだ。以前と違い、格好が紺色に美麗な星々のある浴衣姿になっていた。
「おおーオルフェだっけ」
「ん、アキ……さん」
「この人誰ー?」
背中に相変わらず何かがパンパンに詰まったリュックを背負いながら、オルフェは深々と頭を下げた。
「オ、オルフェと申します……」
「うんっ、私はクオン、よろしく!」
「キュータと一緒でさ、初心者行商人なんだ。オルフェ、あれからユウには会った?」
狐の仮面が左右に揺れた。
「いえ……騎士団へ赴きましたが、いなかったので、アキさんに言われたとおり、回復薬を仕入れて、値上げして売ったら、儲かりました」
それもそうか。ユウは今フラメラーズホテルで引きこもり作戦を練っているみたいだし。
「あの短い会話から考えるなんて、センスあるんじゃないか? それでローブから浴衣に?」
「ええ……ただ、ログアウトが出来ないんです……」
この人もとことんついていないんだな。ユウに引き合わせてやれなかったのは、俺が悪いのもあるし……よし、ここは誘ってみるか。
「オルフェ、うちの店に来ないか?」




