経営難な薬屋
「今日の売り上げは、八十カッパーの回復薬が二本、四十カッパーの解毒薬一本、十シルバーの復活薬一本で、合計……十二シルバーです」
カッパーの銅貨を一とするとシルバーの銀貨は百、ゴールドの金貨は一万という価値で計算される。ちなみに、滅多に使用されないプラチナという白金の硬貨は百万もの価値になる。
つまり十二シルバーをカッパーに換算すると、千二百カッパーということになる。
それぞれの硬貨には通常の硬貨の右上に星のマークが彫られているものが存在し、それには同硬貨の十枚分の価値がある。これによって売買がより効率化されていた。
「俺が店にいるときには回復薬三本だけで二シルバーと四十カッパー。ベルのと合わせて十四シルバーと四十カッパーか。復活薬が売れても他の自営業の店の売り上げより三分の一以下とは……」
売り上げが圧倒的なまでに他店に負け、NPCが開いている店にすら負けている理由がアキにはいくつか心当たりがあった。それを心に思い浮かべていたところ、つり目をきつく光らせるベルがまさにそれらを代弁した。
「アキさん、常々言おうと思っていましたが今回は言ってしまいますね。あなたのお店である『オータムストア』には、他店より不利な理由がいくつもあります」
「は、はい……」
「まずはこの立地です。お店というのは普通、街のメインストリートや、せめてそこから見える位置に開くことがベターです。しかし、とにかく早くお店を開くことに執着したアキさんは裏道の裏道、つまりはひと気のない場所に作ってしまった。おかげで近所の方にしか利用されないようなお店です」
残念ながら、薬が整頓され並んでいる店先には人の気配はなく、肩を落とすアキと呆れるベルがレジの向こう側で向かい合っているだけであった。腕組みをしたベルは容赦なくオータムストアがいかに不利であるかを熱弁し続ける。
「それにアキさんのサブ職業である『アルケミスト』は、我々NPCの売るものしか作ることができません。つまり、お客様はわざわざこのお店を利用しなくとも、欲しいものはすぐに揃ってしまうわけです」
エタニティオンラインには職業がいくつかある。アクション要素が高く、人気職が多い前衛職。主に後方から味方をサポートする後衛職。戦闘には参加せず、基本的に商売や趣味を重んじる生産職。この三つとチュートリアル用の職業が一つで、合計四種類の職業がこの世界にはある。
そのうち、チュートリアル後にすぐ選択するメイン職業とレベルが一定に達してから選択できるサブ職業が、このエタニティオンラインにおけるプレイヤー達の職業である。サブ職業に設定した職業はメイン職業に設定したときより、使用できるスキルが減少する。
アキのメイン職業は、『経験値泥棒』として嫌われている後衛職のモンスターテイマー。サブ職業は、生産職であり『絶滅危惧種』と言われるほど不人気なアルケミストであった。
ただでさえ突出して避けられている職業を二つとも兼ね備えているプレイヤーは探してもなかなか見つけることはできない。その中でもエタニティオンラインリリース当初から参加し、二つの職のスキルをマスターして今もなお続けているプレイヤーといえば、街中を探してもアキくらいであった。
「そうなんだよなあ。錬金術に憧れて、今やこの地域で俺くらいしかいないアルケミストのスキルをマスターした頃に、ようやくそれに気がついちゃって」
「気がついちゃって、じゃありませんよ。更にですね、アルケミストが錬金術にて薬を生産するための材料費が売値を圧迫していることです。おかげでNPCのお店と変わりない値段で売らなければなりません。もっと安く仕入れてください! このままでは、ますますこのお店の利用価値がなくなってしまいます!」
これだけの長話をしていても、誰かが来店する気配はない。それでもお情けと言わんばかりに玄関をチラチラと伺うベルだが、音沙汰がなく、改めて深々とため息を吐いた。ぐうの音も出なくなっていたアキは、ただただしょんぼりと頷いている。