異変
オルフェと別れたアキは、気がつくとフラメラーズホテルへと足を運んでいた。自らの交友の狭さに嫌気が差しながら、その扉を開けて中へ入って行った。中はいつも通り落ち着いた雰囲気に包まれている。カウンターの向こう側に悠然と佇むフラメルは、アキを見つけたと思うとたちまち笑顔を浮かべた。
「あら! アキさん、今日はどうなされました?」
「少しお腹が空いたもんだから、ぶらついてたら自然とここに足が向いてました、はは……」
苦笑いしているアキは、頭に手を当てながら奥の喫茶店スペースへと向かって行った。その後ろからフラメルがついて来る。ほぼ満席であったが、カウンター席が一つ空いていたためそこに座った。喫茶店中からいつも通り、様々な雑談が聞こえてくる。
「そういやお前、そろそろログアウトしなくて良いのかよ。十六時からバイトなんだろ?」
「はぁー、かったる。まあこれ食い終わったらログアウトするわ」
雑談をするプレイヤー達の間をNPCが二人歩き回り、店を上手く回しているようだ。フラメルがそのうちの一人に宿スペースのカウンターをするように指示し、喫茶店のほうのカウンターに立った。
「さてアキさん、何を食べられます?」
「そんな、わざわざ。NPCで大丈夫なのに」
「今更遠慮なんてナシですよ」
アキが断ったのには遠慮も含まれていたが、周りの客の目が痛いのもあった。フラメラーズホテルにはフラメル目当てで来る客も多い。アキはその付き合いの深さからフラメルに贔屓にしてもらえるが、それは他の客からすれば面白いわけがなかった。渋々、カウンターの上にぶら下げられている木製の板に書かれた、フレンチトーストとココアを注文した。
優しい笑顔で頷いたフラメルが厨房へ入ると、一分もしないうちにフレンチトーストとココアが乗せられたトレイを運んできた。フラメルはサブ職業であるファーマーの料理スキルを用いるため、料理が出来るのにはそう時間はかからない。ちなみにその他の職業のプレイヤーが、エタニティオンラインにて料理を行うと、料理スキルがないために物理的に料理を行う必要があり、必然的に現実と同じだけの時間がかかってしまう。その場合HP回復効果もないため、あくまでおまけ要素であると運営側からも明示されている。
「さあ、熱いうちに召し上がれ」
「はい、いただきます」
卵によって黄色く輝く食パンの上にはいくつかのフルーツが盛られ、彩りを意識した料理となっていた。一口食べると、糖類の味付けとフルーツの酸味が絶妙にマッチして、アキを味覚を十二分に刺激した。
「美味しい……!」
「ふふ、良かった。お世辞でも嬉しいです」
「お世辞なんかじゃないですって。エタオンにログインしてから数十分ごとに、ゲーム内で何か料理を食べないとHPが少しずつ減っていくという設定上、適当な料理を選びがちになってしまうんです。だから、こういう丁寧な料理を作る人には感謝していますよ」
「それなら毎日来てくだされば、もっと贔屓にしますのに」
「い、今のままで十分贔屓にしてもらってますから……。ははは……」
アキは背後や真横から浴びる視線を身体中に感じていた。その視線の意味を、察しの良いフラメルも気づいていることを、アキは知っている。それを承知の上でそういった話題を振ることに、疑問しか浮かばなかった。
そんな些細なことを考えつつアキがココアの入ったマグカップを手に持ち、それを口につけようとしたところで、隣に座っていた男がアキの肩に手を置いた。
「おいガキンチョ。お前が誰だか知らねえが、フラメルちゃんとイチャついてんじゃねぇよ」
肩を掴んできた相手を確認すると、そこそこに見られる顔で、体育会系の短髪の男だった。がっしりとした銀色の鎧に、背中に担いでいる大剣。それは間違いなくファイターであることを示していた。アキはその全身の装備が、全てクエストの報酬であることを知っていた。腕はそこそこ立つようであった。
「喧嘩するなら、せめてここでない場所にするべきだろ。俺だけなら未だしも、ここじゃあフラメルさんにも迷惑がかかる」
「チッ、それにゃ一理ある」
「アキさん……」
二人が睨み合いながら立ち上がったところで、突然、体が揺さぶられるような感覚がした。何かされたかと周囲を見回すが、皆も同様の反応を示していた。目の前のフラメルや短髪の男も、驚きを隠し切れていない様子だ。
なんだ今の……。空間自体が振動したような、そんな感覚だった。
「フラメルさん……!」
「アキさん、今のは一体……。バグ、でしょうか」
「にしてもバグっぽくはない……。なんだったんだ」
そのとき、喫茶店の中の客が声を震わせながら立ち上がった。宙をスライドさせながら見つめていることから、恐らくメニュー画面を開いているのだろう。アキや、フラメル、他のプレイヤー達もその男に注目した。
「な、なんだよ、これ……。ログアウト出来ないじゃんか!」




