ハイジャンパー
校庭の隅にある体育倉庫には、既に水戸の姿があった。一人で準備を始めている水戸は、暁影の姿を見つけると控えめに手を振ってきた。暁影も手を振り返して駆け寄った。いつものように雑談をしながら、二人で体育の準備を始める。
「水戸先生は、夏休みは学校とか来るんですか?」
「んん。私は、部活動の顧問はしていませんし、補修の担当でもないので……学校にも多分来ないと思いますよ。基本家にこもってます」
「何か遊んだりは? 先生も若いんだから、彼氏とかいるでしょう?」
水戸は顔を真っ赤にして、首を大きく振った。
「かか、彼氏なんか生まれてこの方、いたことないですよぉ!」
「好きな人もいないんですか?」
「ん、ん……き、気になっている人なら……ってなんてこと言わせるんですかぁ……!」
目を固くつむり、顔を強張らせた水戸は肩で息をしながら暁影に叫んだ。
「いやただ、美人だし、実は運動神経抜群だし、勿体無いってことを言いたかったんです」
「もうっ……褒めても何も出ませんよ……?」
────準備を終えた頃には、ちょうど休み時間が終わり、校庭に暁影達二年三組の生徒達が集まってきた。
立ち幅跳びと走り幅跳び、それと五十メートル走にハードル走が用意されていた。まず手本として、水戸が走り幅跳びをやってみせることになった。
「で、ではみなさん、タイミングやフォームをよく見ていて下さいね」
スタートラインに立ち、目をつむりながら深呼吸した水戸は、瞼をカッと開いた。その表情は獲物を狩る鷹のようであった。大股で走り出した水戸は、徐々に速度を上げていく。トップスピードは気弱であった普段とは想像もつかないような、尋常ではない速さだ。
その流れのまま地面を強く蹴り出し、美しいフォームで砂場の上を跳躍していく。かかとで着地し、体を鋭角に斜めにしていたにも関わらず、慣性を利用してそのまま立ち上がった。
「やっぱ、すごいなあ水戸先生……」
「暁影、口開いてるよ。にしても、普段とのギャップがありすぎるよね、あの先生は」
生徒達はその完璧な走り幅跳びにただただ感嘆していた。それを顔を赤らめた水戸は、走り幅跳びを生徒達にやるよう指示した。
────体育の授業が終わり、水戸の誘導に従って、皆はそのまま体育館へと移動して行った。
「はあ、この集会なんとかしてくれないかな。何にもタメにならない話されても困るだけだ」
「通例なんだから仕方ないよ。また校長先生ホログラムで話すのかな」
「それなら尚更行きたくない……」
体育館に集まった全校生徒は、約五百人ほどまで達していた。教員が生徒達を整列させ、滞りなく集会が始まった。夏休みに向けての注意事項や、休み期間の有効利用法の例などを、壇上に立つ生活指導の松坂が読み上げた。その後、案の定学校に不在のため、ホログラムにて演説を始める校長の姿があった。その立体映像には色がついており、スピーカーから録音された音声が再生されている。
集会が終わり、気だるい感覚を覚えながらも教室へと向かった。体操着から制服に着替え直し、夏休み前最後のホームルームを受けた。夏休みの課題や、父母に向けたテキストが電子ファイルでそれぞれのタブレットに送信された。それから、ようやく学校が終わり、暁影は大きく背伸びした。
「暁影君、疲れてるねぇ!」
「久野さん。もう校長先生の話で疲労がピークに達したよ」
にやつく琴音が暁影の背中を強く叩き、元気を出させる。
「相変わらず痛いなあ……いてて」
「それでさ、これからクラスのみんなで集まって焼き肉パーティーするんだけど、真田君もどう? 宗方君は、誘ったら逃げて行っちゃったからね……」
「……あー、早くエタオンやりたいから、今日はいいや。ごめん」
「まーたエタオンかぁ。まあいいや、じゃあ新学期、もしくはエタオンで会おうね!」
手を振って去っていく琴音の後ろ姿は、やる気と元気に満ち溢れていた。暁影とは大違いであることを、自分自身で納得している。そんな彼女と自分が釣り合わないことも、十分知っていた。
悠も帰ったようで、パーティーのせいか教室からは生徒がいなくなった。そんな時、教室のドアから水戸が顔を覗かせた。




