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竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第16章 エル・ドラド
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16-3

今こそ自分の気持ちを伝えるべきだと思った。


アルテュスは口元を引き締めると妻の方に向き直った。


エヴァは絵画を見つめたまま静かに涙を流していた。


父親のことを思い出しているのだろう。


俺の所為で亡くなった義父を想って・・・・・・


その様子を見ているうちに準備していた言葉が全て頭の中から消え去ってしまった。


アルテュスは自分が嘘を吐ききれなかったことがエヴァの父の死を早めたと信じていた。


いや、それだけじゃないだろう?


全てだ・・・・・・


「俺は・・・・・・」


そんな涙を一杯溜めた目で見るな。


分かっている。


君の受けた仕打ちは全て俺の責任だ。


アルテュスはきつく唇を噛み締め胸の痛みに耐えた。


エヴァは両手に顔を埋めて泣いている。


「もし、中佐と結婚しないなら・・・・・・行く場所がないならこの家に残れば良い。俺は家業は継がぬ。全て弟に譲って船の上で一生を終えるつもりだ」


頬を叩かれたようにハッと顔を上げたエヴァを見て慌てて付け加える。


「勿論不自由はさせない。一生楽に暮せるだけの財産は残すから」


「・・・・・・」


それでも黙って泣き続けるエヴァにどうしていいか分からなくなった。




「エヴァ! あ……いしてる」


急に耳に入ったしわがれ声にアルテュスはビクリと身を震わせた。


手の甲で涙を拭ったエヴァが目を丸くして鳥籠と自分を繰り返し順番に見ている。


アルテュスはその視線から逃れようと居心地悪そうに身動ぎした。


何てざまだ。


情けないにも限度があるだろう?


自分より先に鳥に告白されてしまうとは・・・・・・


「エヴァ」


「・・・・・・」


「こいつは自分の言葉を話さない。人の言ったことを繰り返すだけだ」


黙ったまま真顔で見つめてくるエヴァの澄んだ瞳を覗きこんだ。


何度も殺されかけるような怖ろしい目に遭ったというのに、どうして彼女はこんな静かな表情ができるのだろう?


・・・・・・・・・・・・まるで天使のようだ。


「エヴァ、君を愛してる。気が狂っちまうほど恋焦がれているんだ」


エヴァは息を呑んで目を見開いた。


「すまなかった。君の身に降りかかった災難は全て俺が原因だ」


「・・・・・・」


「許して欲しいとは言わない。俺がしたことは決して許せないことだから。だが、もし・・・・・・俺の傍に残ってくれるなら一生懸けて償うつもりだ」


「・・・・・・」


「行かないで欲しい。君が望むことなら何でもする。決して後悔させないから」


「・・・・・・」


「・・・・・・お願いだ!! 行かないでくれ!!! 二度と怖ろしい目に遭わせない。泣かせたりしない。絶対に大事にするから・・・・・」


気がつくと妻の足元に身を投げ出し衣装の裾に狂おしげに接吻していた。




エヴァは驚きのあまり身を竦ませていた。


ほとんど恐怖に近い気持ちに身が震えた。


だが、蒼白になった顔が次第に赤味を帯びてくる。


・・・・・・・・・・・・愛してる・・・・・・


・・・・・・気が狂っちまうほど恋焦がれているんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


耳の奥に残っている言葉に全ての感触が麻痺するような気がした。


本当なの?


本当にここに残ってもいいの?


アルテュスは呻くような声で謝罪の言葉を繰り返している。


やがて、エヴァは震える両手をそろそろと伸ばすと膝に縋りつく男の頭を抱いて自分の腹に押し付けた。


息苦しいほどに胸が締め付けられるが同時に暖かいもので満たされる。


ゆっくりと息を吐き出した。


やっぱり私は間違っていなかった。


半年もの間、夫婦として暮らし閨を共にしてきた関係でありながら、このように夫を身近に感じたのは初めてだった。


・・・・・・この人の許に戻って来て良かった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


男の逞しい肩が僅かに震えているように思えるのは気のせいか?


それとも自分の手が震えているのだろうか?


縮れた髪からざらつく頬に手を滑らせたエヴァは驚きに息を呑んだ。


その勇敢かつ残酷な振る舞いで『ラテディム海のオーガ』と恐れられている私掠船の船長の顔は、まるで土砂降りの雨に打たれたように濡れていたのである。


思わず自分も床に膝をつき大きな身体を抱き締めていた。


「アルテュス、泣かないで! 私はここにいるから。ずっと一緒にいるから・・・・・・」


エヴァは声を詰まらせ溢れる感情に身を任せた。


堰を切ったように涙が零れた。


燃え尽きた薪が崩れ落ちる音がして部屋の中は一段と暗くなったが、ふたりには全く気にならないようだ。


試練を乗り越えやっと巡り会うことができた夫婦は、固く抱き合ったまま静かに涙を流していた。




子供の頃からどんなに叱られても、どんな痛い目に遭っても決して涙を流すことはなかった。


絶対に弱い面を見せるものかという意地は、結局自分自身を守る為だった。


厄介者としか見られなかった幼年時代からずっと大人になっても異端者というレッテルから逃れることができずに海軍を脱退し私掠船の船長となった。


そのことを後悔はしていないが、ずっと傷付きやすい心を庇うように必要以上に頑丈な鎧で守ってきたのだ。


本当は誰よりも寂しがりやで愛情に飢えていたくせに・・・・・・


でも、もうこの女性の前では無理に振舞わなくても良いのだ。


やっとエヴァの肩から顔を上げたアルテュスは床に胡坐をかいて腕白小僧のようにゴシゴシと袖で顔を擦った。


その照れ臭そうに赤く染まった顔を見てエヴァは柔らかな微笑を浮かべる。


「エヴァ、君にまだ話さなければならないことがある」


「・・・・・・それって、小さなエヴァのお母さんのこと? 」


妻の不安そうな表情を見て慌てて首を振る。


「違う!! ちゃんと説明しないで悪かった! 小さなエヴァは去年の冬に立ち寄ったある港の近くの村で拾ったのだ。籠に入れられ雪の中に捨てられていたんだ。あの時、運良く俺が通りかからなかったら凍え死んでいただろう。明るい所で顔を見たら君にそっくりだったので育てる気になったのだ。君はもう生きていないと思っていたし、偶然には思えなくてな。信じられないかも知れないが、君のことは一度も裏切ってないぞ」


「信じているわ」


「君が嫌なら・・・・・・」


「嫌じゃないわ! 小さなエヴァはとても可愛いもの。貴方が許してくれるのなら自分の子のように大事に育てます」


アルテュスは膝に置かれた小さな手を取ると恭しく口付けた。


そして、手を握ったままずっと隠し通そうとしてきたことを話し出した。


「エヴァ、君と出会った時のことを話したかったんだ。あの日、ティアベに着く前に酷い嵐に見舞われ船が沈没しそうになってもう死ぬかと思い、港に着いて初めて出会った女を妻にするという愚かな誓いを立ててしまった」


「・・・・・・ああ、だから」


「どんなに馬鹿げていようと船乗りにとって海に対してした誓いは神聖なんだ。ただ君に対しては敬意に欠ける行いだったと認める。初めは確かにいい加減な気持ちで君に近付いた。そのうえ少し前に女に裏切られて恋愛などもう金輪際御免だと思っていたんだ。だが、君を知れば知るほど惹かれていく自分に気付いて、わざと君に辛く当たり心を閉ざそうとした。自分の身を守る為にな。また裏切られるのが怖かったのさ・・・・・・君の夫はこんなに情けない奴なんだ」


アルテュスは自嘲的に笑った。


エヴァは首を傾げて考え込んでいる。




「まだその人のことを想っているの? 」


おずおずと尋ねたエヴァに力強く否定する。


「いや、もう全然思い出すこともない。君だけだ、もうずっと前から・・・・・・」


信じて欲しいと言うようにきつく手を握り締めて顔を覗き込む。


「・・・・・・今度は」


「うん? 」


「今度は一番初めに私のことを信じてくれる? 」


「勿論だ」


「自分の意思で貴方を裏切ることは絶対にないから」


「ああ、分かっている」


そして部屋が暗いため、いつもよりも濃く見える大きな瞳を真っ直ぐに見ながら続けた。


「やっと気付いたんだ。君が俺以外の男との方が幸せになれると言うのなら我慢する。君の笑顔の為だったら、いくら苦しくても耐えられる。だが、もし、君がずっと傍にいてくれるのなら俺は世界中で一番幸福な男になるだろう」


あまりにも愚かだった。


取り返しのつかぬことをやらかして初めて自分にとって何が大切か気付くなんて。


だが、こんなに情けない俺にも運命はやり直す機会を与えてくれた。


二度と間違えたりしない。


今度は絶対に幸せにするから・・・・・・

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