16-2
美しい娘の過去の恋
娘は水夫のなりをして
船に乗り込み職を得た
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航洋船の船長は水夫を船首楼に呼び付けて
微笑みながらこう言った
おまえの優しい顔も
金の巻き毛も、たおやかな姿も
あの人を思い出させるのだ
遠い港に残してきた愛しい人を
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彼らはそのようにして七年間暮らした
同じ船の上、相手が誰かも知らないままで
彼らはそのようにして七年間暮らした
船を降りる時になって初めて相手に気が付いた
「考えてみると上手くいきすぎだよな、この船長」
酔っ払った仲間達の気持ち良さそうな歌声を耳にしながらアレンが言った。
向かいのベンチに座ったもう一人の航海士であるメレーヌは何も答えずに片方の眉を上げる。
「だってそうだろう。可愛い許婚が男装して自分の船に乗り込んできてよ。大体それだけでも現実的じゃないのに、七年間も気付かずに一緒に暮してただと? そんで船を降りる時になって初めて気がついて結婚しました、めでたしめでたしなんて、いくら何でも都合良過ぎるだろ? そんなに長い間、相手の女が黙っている訳ないだろうし、気がつくのに七年もかかったら愛想尽かして男前の航海士とでも浮気しちまうだろうよ」
「いやいや、この歌は男のロマンだろう」
相棒のしゃもじでテーブルを叩いて拍子を取っていた料理長の『悪酔いブイヨン』が言った。
メレーヌは頷くと遠い目をする。
「うちの船長は今頃どうしているんだろうなあ? 」
「心の傷を癒せる相手が見つかればいいんだが」
「船長の為に男装して船に乗り込むような可愛い娘がな」
「留守の間に別の船に仕事が見つかったら遠慮するなとか言っていたけど」
「俺は金が続く限り居心地のいいこの港に残るつもりだぞ」
「『ラ・ソリテア号』も決して乗り心地がいいとは言えないが、他の船には乗りたくないな」
「船長が戻って来るまで無駄遣いを控えにゃならんな」
「・・・・・・だが」
男達は顔を見合わせた。
「はたして戻って来るのだろうか? 」
カン、カン、カン・・・・・・!!!
熱気がこもる薄暗い小屋に繰り返し金属性の音が響き渡る。
炉の上に屈み込んでいた髭面の大男は火照って汗に塗れた顔を上げ、ハシで掴んだ斧の刃を傍らの水を張った桶に突っ込んだ。
ジュッと音がして蒸気が上がる。
斧の刃が再び金床に乗せられるのを待たずに小屋の片隅に立っていた痩せぎすの男が声をかけた。
「おい」
「ん? 」
髭の男は問うように相手に目を向けたが、同時にハンマーを振り上げ、力強く打ち付け始めた。
「セラファン」
おずおずと呼びかける声に手を止めずにトリポルト陸軍兵学校の鍛冶屋である『悪魔の親分』は鼻を鳴らした。
「悪いな、ブリス。こいつを仕上げちまうからちょっと待ってな」
「あぁ」
ブリスは兵学校の馬丁である。
至極寡黙な男で自分から口を利くことは滅多にないのだが、先程から仲の良いセラファンに珍しく話しかけようとしているのだ。
暫くして仕事に区切りのついた鍛冶屋は桶の水で手を洗い、皮の前掛のポケットに突っ込んでいた汚れた手ぬぐいで拭うと友人に声をかけた。
「飲むか? 」
煤で汚れた壁に取り付けた棚から水差しを取り真鍮のコップに葡萄酒を入れて差し出すと、自分にも腰に下げていた角杯になみなみと注いだ。
「あんたはオベル達のことを心配しているんだろう? 」
「ああ」
「ダヴォグールの親分がついているから大丈夫さ。それにド・リュスカ様の部隊も一緒なんだし」
「だけど、あの子は・・・・・・」
「ああ、エヴァン、いやエヴァのことか? 」
「危険な目に遭っていないといいが」
セラファンは厳つい顔に似つかわしくない優しい表情を浮かべる。
「それは大丈夫だと思うけど・・・・・・旦那には会えたのだろうか? 幸せになって欲しいよなあ」
「さて、俺達も寝に行くとするか」
そう言ってベンチから立ち上がったマテオは、テーブルに腕を投げ出して不貞腐れているアルカンの背中を小突いた。
「放っといてください! 」
「何だよ。本気だったのか? 」
「教官こそ無関心でいられなかったくせに・・・・・・」
ぼそっと呟いた生徒の頭を叩きながらマテオは怒鳴った。
「就寝時間をとうに過ぎてるぞ!! さっさと寝に行け!! 」
アルカンの姿が台所から消えるとマテオは頭を振りながら溜息を吐いてもう一度ベンチに腰を下ろした。
「口の減らないガキだ! 」
「ああ。俺達全員あの二人に振り回されているよな」
ルイスは怪我を負った腕を庇いながらマテオに近付いた。
「特にあの馬鹿男にな」
吐き捨てるように言ったが、どこか楽しそうな表情である。
「本当に人騒がせな奴だ」
「大胆不敵なくせに女のことになるとあんなに臆病になるんだから」
マテオは探るようにルイスの傷付いた顔を見た。
「だけど、あんたは二人が上手くいっちまってもいいのかい? 」
「俺はマリナ、いやエヴァが幸せになってくれさえすりゃどうでもいいんだ」
「まあ、あれでくっつかなかったらどうにかしてるよ」
「手取り足取りだもんな。いや、尻を蹴飛ばしたんだっけ」
「ああ、もう勘弁してくれ。俺たちゃまるでヨチヨチ歩きの幼児を見守る親じゃないか」
ふたりは声を合わせて笑い出した。
「・・・・・・エヴァ!! 」
「わ、私を呼んでるわ! 」
「黙れ!! この出来損ないめ! 」
そう怒鳴ると今にも泣き出しそうなエヴァの肩を抱いて窓の方に連れて行く。
「・・・・・・エヴァ!! 」
窓際には家具のようにも見えなくもない人の背丈ほどの黒い影が見える。
ガタガタと震えているエヴァを安心させるように自分の胸に引き寄せて言った。
「エヴァ、怖がることはない。これは結婚祝いに父上にもらった・・・・・・」
妻の体から手を放さずにもう一方の手で被されている布を剥いだ。
急に明かりが見えて驚いたのだろう。
バタバタと羽ばたく音と共に人間とは似ても似つかぬ鳴き声が上がった。
薄暗がりの中でも鮮やかな色が目に入る。
「覚えているわ! この鳥、鸚鵡というのでしょう? 」
ホッとした顔で見上げてくるエヴァから名残惜しそうに手を放しながらアルテュスが説明する。
「船の上では俺が飲んだ暮れて全然世話をしてやらなかったから、アレンが引き取ってずっと看ていてくれたんだ」
「アレンさんが? 」
「ああ。そのままアレンの処に残しても良かったんだが。家に帰るとなった時に奴に親からの贈り物は貴重だから連れて帰れと言われた」
エヴァは黙ってゆっくりと頷いた。
アルテュスは言い難そうに顔を背けながら暖炉の火に照らされるベッド脇の壁を指差した。
「義父上に頂いた」
彫刻を施し金箔を被せた立派な額縁に納まった絵の中の少女が優しげな眼差しで二人を見ている。
「・・・・・・捨てないで飾っていてくれたのですね」




