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竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第15章 攻城
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15-2

「おい、アルテュス! どうして断言できるのだ」


―――今夜、城門が開かれる―――


キリキリと引き絞った矢が城に向って放たれ、放物線を描いて城壁を越えるのを眺めながらマテオは傍らに立っている友人に尋ねた。


アルテュスは同じく城の方を見ながら口元には残酷な笑みを浮かべている。


「やっと思い出したのさ、奴らが葬りたがっている過去を」


「羊がどうのこうのってさっぱり分からないが、もし貴様が言ってることが正しければ……」


「準備をしといた方がいいだろう」


マテオは公爵に話しに行き、日が暮れたら部下を5人ほど偵察に連れて行く許可を得た。


その日も朝から曇りだったのが午後になってから雨が降り出した。


視界を遮る霧のような細かい雨が泥濘んだ野原に降り注いでいる。


アルテュスは満足そうに空を見上げた。


冷たい雫を額に頬に感じながら胸一杯に湿った空気を吸い込んだ。


天気まで俺達の味方のようだな。


辺りが暗くなると簡単に腹ごしらえをした男達は鎧の上から黒い布を被り陣営を離れた。


一行は逸れないように列を組んで目の前にぼんやりと見える城の影に向かって進んで行った。


前線にいる味方の兵達が篝火を炊いて彼らの足音が城にいる者に聞こえないように騒いでいる。


やっと城門の前まで来た男達はそれぞれ決めてあった位置についた。


皆布にしっかりと包まって湿った地面や濡れた石の上にできるだけ楽な姿勢で腰を下ろした。


これから長い時間待たなければならないかも知れないからだ。




ギシギシと鉄の鎖が軋む音に、うとうとしかけていた男達は飛び起きると闇に目を凝らした。


城門はまだ閉じられたままだ。


城の前に潜んでいる男達は期待に胸を高鳴らせながら音を立てないように体を起こし、直ぐにでも攻め込めるように体勢を整えた。


息を殺してじっとしていると、やがて跳ね橋が下げられる音が辺りに鋭く響き渡った。


だが、アルテュス達は示し合わせていたように微動だにしない。


敵の気配を直ぐ近くに感じながら男達は蹲ったまま時が来るのを待っていた。


その時、鋭い掛け声と共に騎兵が数名城から躍り出て来た。


奴らは待ち構えている味方が片付けてくれるだろう。


最後の一騎が堀を越える間もなく跳ね橋が上がり始めた。


「それっ!!! 」


門番の兵は急に飛び込んで来た大男に切りつけられ呆気なく倒れた。


「鎖を切っちまえ! 」


命じられた男はスルスルと壁をよじ登り跳ね橋を吊っている鎖に斧を振るう。


その頃には騒ぎを聞きつけて出てきた護衛の兵とアルテュス達の間で激しい戦いが始まっていた。


………………アヴェ・マリア、グラティア プレナ、ドミヌス テクム……


……べネディクタ トゥ イン ムリエリブス…………


エット べネディクテゥス フルクトゥス ヴェントリス トゥイ イエズス………………


闇の中では敵味方の区別がつかない為、申し合わせたように味方の兵は剣を振り回しながら聖母マリアへの祈りを大声で唱えている。


だが、城の中から新たな敵の兵が現れ、彼らは門の方に押し返されてしまう。


「踏み止まれ!! 後少しだ、持ちこたえろ!!!」


アルテュスは味方を元気付ける為に叫び続けるが、その甲斐もなく仲間達は少しずつ後退して行く。


使い物にならなくなった銃を捨て、右手に剣、左手に短剣を構えて、獲物に追いついた猟犬のようにしつこく絡んでくる敵の兵を必死で払い除けた。


相手が地面にドサリと倒れる音を聞きながら複数の相手に対して身を守り易い壁際の窪みに飛び込んだ。


アルテュスは唇を噛み締めた。


畜生、もう駄目なのか?!


命あるうちに逃げ出すべきかと思わず堀の方に視線を移した男達は一斉に喜びの叫び声を上げた。


数秒後には跳ね橋に勇ましい蹄の音を轟かせてジル・ド・リュスカ公爵率いる竜騎兵達が雪崩れ込んで来た。




「フェリックス・ド・ラ・クール、反逆者の貴様を捕らえよとの王の仰せだ。この城は完全に包囲されているぞ!! 刃向かわずに大人しく降伏すれば城に火を掛ける事を止め家の者の命だけは助けてやろう!!! 」


公爵の部下が馬で主塔の前を行き来しながら大声で呼ばわった。


中庭には赤々と篝火が焚かれ激しく動く男達の黒い影を石の壁に映し出している。


鏑の目の穴に火薬を詰めた火矢が次々と建物目掛けて放たれた。


だが、敵は降伏する様子を見せず、主塔の銃眼から銃を撃ち味方の兵の列を乱そうとする。


アルテュスの前で銃を構えていた兵が声も立てずに崩れ落ちた。


舌打ちして横に飛び退いた男は主塔のアーチ型の門に向けて素早く屈んで走り出した。


辺りは傷付いた者達の呻き声や喚き声、武器のぶつかり合う音で騒然となり、誰も建物に入り込んだ男に気付いたものはいなかった。


銃眼からは続けて火縄銃が撃たれ味方の兵の甲冑を貫き傷つけていく。


「愚かな奴だ。これ以上味方の犠牲者を出す訳にもいかぬ。仕方があるまい」


とうとう公爵は主塔に向けて一門だけ引き摺ってきた大砲を撃つように命じた。


「撃て!!! 」


まるで頭上に雷が落ちたような凄まじい音が闇を切り裂いた。


続いて窓ガラスの割れる音が中庭に響き、瓦や瓦礫がバラバラと振ってきた。


大砲の音は地響きのような長い余韻を残して闇に消えた。


「装填開始!! 」


ジル・ド・リュスカは敵を生け捕りにすることを諦めたようだった。




アルテュスは松明のぼんやりとした明かりの中、振動する狭い螺旋階段を上っていた。


塔が崩れ落ちる前にあの男の所まで行かなくてはならない。


途中二階の踊り場で敵の兵を数人倒したが、他の部屋の中を確認することもなく最上階まで上がった。


不思議だったのはそれ以上誰にも出会わなかったことだ。


「おまえは! 」


呼吸を乱すこともなく階段を上りきったアルテュスは扉の前に立っていた兵達に体当たりを食らわし、相手に声を出す間も与えずに斬りつけ階段の上から突き落とした。


随分手薄な警備じゃないか。


こんなので俺達を阻むことができると思っていたのか?


随分愚かな奴らだ。


馬鹿にしたように肩を竦めたアルテュスは屈み込むと分厚い木の扉に耳を当て中の気配を伺った。


そして耳に入った物音に怪訝そうな顔をすると扉を蹴り上げた。


薄暗い部屋の中には何かを中心に固まっている数人の男の姿があった。


だが、閂が弾け飛ぶ音に驚いて振り向いた男達は、直ちに武器を手にするとアルテュスの方に突進して来た。


躊躇せずに部屋の中に踏み込んだアルテュスも扉から離れると剣を振り翳して相手にぶつかって行く。


肩に衝撃を受け兜が吹き飛ばされた。


腹の辺りを覆っている鎧が裂け肉に食い込むのを感じたが、構わずに突き進む。


鬼のような形相で髪を振り乱し薄暗い部屋の中ではどす黒く見える血に全身を染めた大男に敵は怯んだ。


鉄砲の弾が耳を掠め直ぐ後ろの壁に穴を開ける。


アルテュスは銃を撃った男を乱暴に引き寄せると片手で首を締め上げた。


同時に斬りかかって来た別な者の斧がその男の肩に食い込み、獣染みた悲鳴が上がった。


残りは一人か。


「よう、久し振りだな、ド・ラ・クール。俺の妻を相手に随分と勝手な真似をしてくれたようじゃないか」


アルテュスは目を細めて向いに立つ大柄な男を睨みつけた。


その時、部屋の真ん中に置かれた椅子から呻き声が上がり、アルテュスはそちらに一瞬目を向けた。


その隙を逃さずフェリックス・ド・ラ・クールは憎しみに顔を歪ませ短剣を片手に宿敵に飛び掛った。




「こんなにきっちり包んだら窮屈なのではないかしら? 」


赤ん坊を着替えさせている乳母の手元を覗き込みながらエヴァが尋ねた。


「子の姿勢が良くなるのにこれが一番なんですよ」


「でも、あんなに嬉しそうに手足を動かしているし可哀想だわ」


両手を伸ばすと小さなエヴァは抱いて欲しいというように、ここに来てから随分肉付きのよくなった小さな腕を上げた。


頬も健康そうに薔薇色でふっくらしている。


「若奥様、服が汚れますよ」


「構わないわ。少しこのままにしてあげましょうよ」


乳母は感心しないという風に頭を振ったが、赤ん坊を抱き上げたエヴァを見上げるとうっとりした眼差しをする。


「何てまあ、お母様にそっくりなんでしょうね」


「……」


「大きくなったら若奥様のように別嬪さんになりますよ」


誇らしげにそう言った乳母にエヴァは微笑んだ。


私ったら、やっぱりこの子の母親のことが気にかかっているんだわ。


船長さんは無事なのだろうか?


ダヴォグール様達は?


いつ頃戻って来るのかしら?


でも皆が戻って来たらどうなるのだろう?


私はこの家を追い出されてしまうのだろうか?


暖炉の前に座ったエヴァは、脇の下に手を入れて自分の膝の上に赤ん坊を立たせながら顔を曇らせた。


小さなエヴァは手足が自由になったのが嬉しいのかトントンと足踏みをして笑い声を立てた。


その姿があまりにも愛らしくて思わず抱き締めて頬擦りをしてしまう。


何ていい子なのだろう!


本当に天使のようだわ。


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