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竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第15章 攻城
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15-1

灰色の雲に覆われた空が刻一刻と暗くなる。


黄昏時に聞こえる家畜小屋に戻る牛の鈴の音や烏の鳴き声の代わりに、のどかな景色にそぐわない大砲の音が辺りに響き渡った。


だが、砲丸4、5発ぐらいでは厳めしく聳え立つ頑丈な城壁はビクともしない。


その頃になってやっと城からも反撃が開始され、味方の兵が高く掲げている盾に鋭い矢が次々と突き刺さる。


戦いをできるだけ長引かせたくないというのが本音だろうが、ジル・ド・リュスカは直ぐには攻撃を開始しないことを選んだ。


まずはこちらに十分な戦力があることを見せつける為に相手の城に休みなく砲丸を浴びせる。


破壊力を持つほど距離は縮めていないが相手に精神的な圧力をかけるのには十分だろう。


その一方では堀を越える準備が進められていた。


近くの林から十分な高さの木々が切られ戦場に運ばれている。


突然、激しい爆発音と共に兵達の列が崩れた。


辺りは煙に包まれ逃げ出す男達の喚き声で騒然となった。


だが、皆が混乱に陥る前に鋭い声で次々と命令が下され味方の軍は射程を逃れた。


「やはり大砲を持っていたのか」


負傷者が後方に運び出されるのを見ながらマテオは口元を引き締めた。


「だが続けて撃ってこないから一門しかないのだろう」


アルテュスは鋭い眼差しで大砲が置かれていると見られる城の一角を睨みながら言った。


何とかして城に近づけないものか。


俺一人だったら闇に紛れて城壁までは何とか辿り着けそうだ。


しかし、その後どうする?


敵地に飛び込む自分を想像すると危険を好む男の心は勇み立ち胸が高鳴ってくる。


「マテオ、おまえだったらどうするか? 」


「そうだなあ。二人で偵察にでも行くか? 」


マテオの声からもわくわくしているのが伝わってくる。


「私も一緒に行こう。ここまで首を突っ込んだらもう後には引けないしな」


傍にいたルイスも口を挟んだ。


「よし! 戦略会議だ。纏まったら公爵に許可を願い出よう」


陣営の方に戻りながらマテオが友人の方を横目で見ながらそっと尋ねた。


「だが、いいのかね? エヴァからの手紙だったのだろう? 」


「ああ、絶対に生きて帰る。今はそれだけだ」




マテオがアルテュスの家から宿屋に戻って来なかった時、彼らが復讐の為にド・ラ・クールの領地に向ったのだと思い不安になった。


しかし、宿屋に迎えに来てくれたヤンの話で二人だけではなく海軍中佐のルイス・ド・クレリゴーまで一緒だったことを聞いてエヴァは大層驚いたのだった。


ヤンは三人が敵の城に向かったこと、ジル・ド・リュスカ公爵率いる部隊が予定よりも早く到着したことを話した。


そして、アルテュス達がどうなったのだろうと気を揉んでいる時に使いの者がシャツだけで飛び出してしまったアルテュスの武具を取りに来たのだ。


エヴァがド・タレンフォレスト家にいれば危険はないと見たオベルとアルカンは、自分達も戦に参加することを望んだ。


初めは武具だけを届けてもらうつもりだった。


だが戦となると何が起こるか分からない。


後で後悔しないように。


そう思って手紙を添えた。


自分の気持ちは伝えずに約束だけの手紙。


…………どうか、どうかご無事でお戻りください。


そうしたら………………


エヴァは小さな溜息を吐くと立ち上がって台所に向った。


お義父様は兵も金も出すことはできないが一月分のパンだったら供給してもいいと仰ったから……


奥方様の手を煩わすことはできないので全て私に任せると仰ってくださった。


でも、ヤンが言っていたけど、これは試されているっていうことよね?


ヤンと料理人のデヴィーの力を借りてエヴァは人数分必要な小麦の量を計算し、とりあえず3日分の穀物を納屋から風車小屋に運ばせた。


パンを捏ねるのは料理人5人に台所の下女と小僧、それに私も手伝えるし村から人を頼むこともできるだろう。


城のパン窯では足りないので、村の農家の共同パン窯も使わなければならないわ。


驚いたことにアルテュスの兄弟だけではなくマダレンも手伝わせて欲しいと言ってきた。


エヴァは父親の家にいた時のようにぴっちりとした頭巾で髪を隠し白い前掛けを腰に巻いていた。


時折ヤンにそれは奥方の仕事ではないから使用人に任せてくださいなどと言われながらも次々と仕事をこなしていった。


瞳を輝かせ頬を紅潮させてきびきびと働いている様は見ていて気持ちの良いものであった。


「忙しいほど義姉上は元気になるのですね」


ヤンが呆れたようにそう言うとユナが大きな籠を両手で抱えながら笑い声を立てた。


「でも義姉上と一緒だとどんなことでも楽しいわ! 」




「水は冷たいだろうし堀を泳いで渡るのは避けたいよな。何とか上手く城の中に入り込む方法はないものか? 」


頼りなく燃える焚き火の横で立ったまま黒パンとチーズの食事を取りながらマテオが頭を捻った。


「卑怯な奴らだ。夜襲をかけてくるのではないか? 」


焙ったらもう少し美味くなるのではないかとしゃがみ込んで短剣の先にチーズの塊を突き刺して焚き火に翳しながらアルテュスが友人を見上げた。


「まともに向かい合ったら勝ち目がないということは奴らも分かっているだろ? だったら絶対に何か仕掛けて来る筈だ。それが今夜か数日後の夜かは分からぬが」


溶け出したチーズをパンに乗せ一緒に口に押し込みながらアルテュスは続けた。


「そうだな。門の近くで跳ね橋が下ろされるのを待つと言う訳か。だが隠れる場所が必要だな」


ルイスがそう言うとアルテュスは口を動かしながら肩を竦めた。


「いや、月さえ出てなければ大丈夫だろう。そして夜が明ける前に戻って来れば」


攻城戦を短縮させる可能性のある案だということで公爵は三人に快く許可を与えた。


しかしその晩は何事も起きることなく、冷たい地べたに横たわっている男達にとっては耐え難いほどゆっくりと時間は過ぎていった。


明るくなる前に陣営に戻った男達は焚き火で悴んだ体を温めた。


「畜生、背中が痛くて敵わん! 一月もしないうちに俺は腰の曲がった爺になっちまうぞ!! 」


マテオは寝心地の悪い寝床の文句を言いながら、ひたすら熱い葡萄酒を喉に流し込んでいる。


「おお、こりゃはらわたに染み渡るわ! 」


騒いでいるマテオの方は見もせずに湿った寝床には慣れているアルテュスとルイスは、焚き火の前にしゃがんで黙ったまま固いパンと干し肉を齧っていた。


「奴らをさっさと誘き出す為に今日は精々煽ってやろうぜ」


やっと元気が出てきた様子のマテオがそう言ったがアルテュスは嫌そうに顔を顰めた。


「そいつはおまえに任せるわ」


挑発してやりたいが自分が冷静でいられる自信がない。


しかし、何か肝心なことを忘れている気がするんだが、いったいどうしたことだろう?


あの双子に最後に会ったのは何年前だろうか?


子供の頃は奴らと何度か喧嘩をしたのを薄っすらと覚えているが、あの頃の俺は毎日のように誰とでも殴り合っていたからな。


そんな昔のことを根に持ってやがるなんて何て心の狭い奴らだ。


アルテュスは眉間に皺を寄せ腹立たしげに舌打ちした。




「おい、貴様の母親はどうしようもない売女で不能の旦那じゃ満足できずに蹄の割れた化け物と乳繰り合って貴様を身篭ったと言われたら腹が立つか? 」


マテオに尋ねられたアルテュスは肩を竦めたが、ルイスは顔色を変えていくら憎い敵にもそれは酷いんじゃないかと言った。


「じゃあ、次の手紙はこれに決まりだ」


ルイスの反応に満足したマテオは紙片にその文句を書き付けると丸めて矢に結わえた。


そして、通りかかった兵を呼び止めてその矢を渡し、巧みな射手に敵の城内に射込ませるように命じた。


「これで奴らが怒りのあまり城を飛び出してくれたらいいんだがな。この遊びもいい加減飽きてきたわ」


男の背中を見送りながらマテオがぼやいた。


毎朝陣営に戻ってから敵を侮辱する手紙を書くようになり既に二週間が過ぎていた。


その間一度も城の門は開くことはなく、味方の軍は様子を見る為に時折攻撃をかける他は大部分は射程距離外にあったが、堀を埋める作業は着々と進められていた。


公爵の部下ではないアルテュスとルイスは嫌でも一緒に行動することが多かった。


互いにエヴァの話題は避けていたが、一緒にいるとどうしても彼女のことを考えてしまう。


ド・タレンフォレスト家からは三日毎に焼き立てのパンが届けられていた。


配られたパンに彼女からの手紙か何かが入っているのではないかと期待してしまう情けない自分にアルテュスはうんざりしていた。


諦めることを決心した筈だったのに、俺はどれだけ未練がましく女々しい奴なんだ!


その日も二人は殆ど口を利くこともなく馬で陣地を見回っていた。


数日前の雨で地面は泥濘んでおり空は厚い雲に覆われているが、風からは春の息吹を感じられた。


道端の草木は蕾を持っているものもあり、黒い土の所々から黄や紫のクロッカスがちんまりと顔を覗かせている。


復活祭までには果たして家に戻れるのだろうか?


アルテュスは谷間に流れる小川とその向こうに続く森を眺めた。


その日のうちに往復できる距離ではあるが、全てが終わるまで家に帰るつもりはなかったのだ。


「おい、あそこに誰か隠れたぞ! 」


ルイスの声に振り向くと確かに木々の間を走って行く何者かの姿が見えた。




二人は注意深く薄暗い林の中に足を踏み入れた。


罠かも知れないと思ったからだ。


「二手に分かれよう」


アルテュスはそう言ったルイスに頷くと手綱を引いて右に逸れた。


少しばかり飛ばしてから逃亡者を二人の間に挟むようにして踵を返した。


そしてゆっくりと馬を進めながら腰から銃を抜くと構えて叫んだ。


「大人しく姿を見せよ! 出て来なければ見かけ次第ぶっ放すぞ!! 」


追い詰められた人物は撃ち殺されては堪らないと思ったのだろう両手を上げて苔の生した岩の後ろから姿を現した。


それは袖無しの毛の胴着と継ぎ接ぎだらけのズボンを身に纏った痩せこけた少年だった。


青ざめてブルブルと震えてはいるが、馬に乗ったままのアルテュスの顔を真っ直ぐに見上げている。


「おまえは誰だ? 」


少年の喉がごくりと鳴った。


後ろからルイスが追いついて来た。


「ド・ラ・クールのスパイか? 」


ルイスの声に少年はぶるっと身を震わすとアルテュスの方ににじり寄った。


「どうか、どうか、お願いでございます! おらを使ってください!! 」


「おまえは羊飼いではないのか? 」


「……はい。領主様の羊飼いでした」


「ド・ラ・クールの羊飼いだと? それなら何故……」


「フェリックス様に復讐をしたいのです」


「ほう! それは何故だ?」


「領主様がお亡くなりになって、ある日領地を見回りに来られたジュード様とフェリックス様は羊が大嫌いだと仰っておらの羊を皆殺してしまわれたんです。そして仕事がなくなったおらの代わりに妹のアンを城の女中として雇ってやると仰って無理矢理に連れて行ってしまわれた」


少年は手に持った帽子をくしゃくしゃに丸めながら泣き出した。


「暫くして城から妹は病で死んだと知らせがきました。だけどかあちゃんもおらもアンの姿を見ることはできませんでした」


袖で涙と鼻水を拭った少年は顔を上げた。


目も鼻も赤くなっていたが瞳には強い決心が窺われる。


「納得できなくて城の台所の小僧が使いに出たのを捕まえて問い詰めたんです。やっと小僧から聞き出すことができたのはとても怖ろしいことでした。アンはあの二人に嬲り殺されたんです。死んだ時には素っ裸で体中傷だらけだったと……」


ルイスは怖ろしい顔をして丘の上に見える城を睨みつけている。


「よし、一緒に来るがよい」


アルテュスは目を細めると唇を歪めた。


「ははあ、そういうことか! 羊が大嫌いだとな」


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