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竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第2章 代書人の娘
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2-3

死の恐怖に負けて軽はずみな誓いを立ててしまったアルテュスは、嵐が治まった後、激しく後悔したが後の祭りだった。


自分の弱さを呪い、余計な入れ知恵をした航海士に当り散らした。


だがアレンはけろっとした顔で答えたのだった。


「船長よりも私の方がよっぽど犠牲を払っていますよ。何たって一生サイコロに触れないと誓ってしまったのだから」


「俺だってどこの馬の骨とも知れない女に一生縛られちまうんだぞ!!」


両手で頭を抱えながら絶望的に叫んだアルテュスに、アレンは鼻でせせら笑った。


「比べ物になりませんよ。船長は女に家と金を与えて、数年に一度、家に戻って夫の義務を果たせば良いだけじゃないですか。それに初めに会う女は若くて凄い別嬪かも知れないし」


誓いを守らないという選択肢は考えても見なかった。


そんなことをしたら、これから先どんな不幸が『ラ・ソリテア号』とその乗組員を襲っても、誓いを破った船長の所為にされてしまうだろう。


嵐の後、急に気温が下り、陸に近付くと雪が降り出した。


やっとティアベの港が見えてきた時には、九死に一生を得た男達はホッと胸を撫で下ろし、ソワソワと落ち着きがなくなった。


皆早く岸に上がり、美味い酒を飲みむっちりとした女の胸に顔を埋めて、自分達が生きていることを確認したかったのだ。


作業を指図する為、甲板に出たアルテュスは厳しい眼差しで近付いてくる陸を見つめていた。


帆船が港の入り口にある二つの塔の間を通った時、灰色の景色の中で鮮やかな花のようなものが目の隅に映り注意を引かれた。


それは赤い服を着た女だった。


崖から身を乗り出して船をじっと見つめている。


髪を隠しているが、まだ若く整った目鼻立ちをしているように見えた。


では、あの女を妻にしなければならないのだな。


アルテュスは苦い気持ちでそう思った。


その時、アルテュスと女の目が合い、女はアルテュスをジロジロと無遠慮に見つめた後、親しげに頷いて愛想笑いを浮かべたのだった。


何だ商売女か。


アルテュスは顔を顰めて女に背を向けた。


娼婦を妻にしなけりゃならない羽目に落ちるとは、俺はよっぽど呪われているのだろう。




嵐でかなりの被害を受けた『ラ・ソリテア号』は修理が必要だった。


乗組員に給与を支払い上陸を許した後、アルテュスは二人の航海士と共に海事当局に船を登録しに向かった。


その足で港の修理作業場に行き、帆船の修理代の見積もりを頼む。


どうやら建設中の船はないようで、以外と早く修理ができそうな話だったので、アルテュスは安堵した。


何ヶ月も足止めを食うのかと心配していたのだ。


その後、教会に寄り、主任司祭に会って嵐の海に落ちた水夫の為にミサを頼むと、やっと三人は宿屋に向かった。


アルテュスは、親友のマテオ・ダヴォグ―ルに手紙を書き、運よく彼が屋敷に戻っていれば馬を借りて会いに行くつもりだったので、先に行った『髭の三日月』に宿駅に宿を取ってもらうように言っている。


宿駅は小さな港町にしては、結構立派な建物だった。


案内の者の後についてギシギシと軋む磨り減った階段を上がり、やっと暖かい部屋に入ったアルテュスは随分久し振りに風呂に入った。


垢と塩でごわごわになった服を着替えて髭を当たり、さっぱりしたアルテュスは食堂に下りて行った。


既に席に着いていた数人の部下達の隣にどっかりと腰を下ろし、寛いでビールで喉を潤していると、入り口の扉が開いた。


急に冷たい空気が吹き込み、赤いショールに包まった女が入って来た。


隣に座っているアレンに脇腹を肘で突かれ、顔を上げたアルテュスは、先刻の女を見とめると心底嫌そうな顔をした。


客を漁りに来たのかよ。


初めは女を無視しようとしたのだ。


しかし、自分の妻になる筈の女が他の男を客に取るのは我慢ができず、気が付くと立ち上がり女の方に歩み寄っていた。




どう声をかけるべきかと考えながら亭主にビールを注文すると、後ろでクスクス笑う声が聞こえた。


「何が可笑しい?」


振り返り、思わずきつい口調で尋ねていた。


女は澄んだ青い瞳でアルテュスを見上げてきた。


傍で見ると、まだ少女と言ってもいいあどけない感じの娘だった。


「背の高い人と思っただけよ。別に貴方のことを馬鹿にした訳じゃないわ。さっきも」


少女は少しの媚も窺えない率直な口調でそう答えた。


こんなに純情そうな顔をして、生娘らしい格好をしている癖に娼婦なんだろ?


だから、女は一切信用できないんだ。


アルテュスは一気にビールを飲み干した。


さっさと片付けてしまおう。


運よく俺は女を娼館から貰い受けるのには慣れている。


「おまえの家はどこだ?」


そう尋ねると途端に女の顔がパッと明るくなった。


「ティアベの下町です。ご案内しましょうか?」


まるで飛び付かんばかりじゃないか。


客と見ればどんな男でもこうやって誘うのだろう。


嫌な気持ちになったアルテュスは、そっぽを向いて吐き捨てるように言った。


「随分と商売熱心だな」


返事がないので女の方を横目で窺うと、真面目な顔で何やら考え込んでいる。


そして、大きく頷くとアルテュスを見上げ、熱心に言った。


「私でよかったらとても安く、すぐ近くでできますわ。行きましょう!」


アルテュスの答えも聞かずに女はショールを被ると、テーブルの上に置いていた籠を手に取った。


「ご馳走様でした!」


扉に向かいながら女が宿駅の主人夫婦に声をかけると、亭主がアルテュスを見てニヤニヤしながら言った。


「エヴァちゃん、お客かい? 良かったね!」




亭主を睨みつけ、釘に引っ掛けてあった外套を掴むと、アルテュスは女の後に続いて外に出た。


外は既に薄暗く深々と雪が降っている。


まるで走るようにずんずん先に歩いていく女に声をかける。


「おい、待てよ」


女は立ち止まり、アルテュスが追いつくのを待っている。


「おまえ、いつもこんなことしてんのか?」


「ええ。お父さんが病気になってからは」


親が病気なのか。


アルテュスは女の後姿を見ながら考えた。


薬を買う為に仕方なく、という訳か。


多分、生きていくのに必死なんだな。


そう思うと最初はあんなに腹が立った女がいじらしくなってくる。


女は教会脇の道をどんどん進み、ある小屋の前で立ち止まり戸を開けるとアルテュスに言った。


「どうぞ。狭いけど外にいるよりは暖かいと思うわ」




天井に頭をぶつけそうになったアルテュスは、用心深く屈んで小屋に入った。


中は真っ暗で湿っぽい匂いがして、外にいるのと変らない程寒かった。


女が鯨油のランプに火を点した。


勧められた椅子に腰を下ろし、壁にゆらゆらと揺れる女の影を見ながら尋ねる。


「こんな所で客を取っているのか?」


こんな泥だらけの床に横になるのか?


こりゃ、いくら安くても客は嫌がるだろ?


「ええ」


女は準備でもしているのかアルテュスに背を向けてしゃがみこんでいる。


「凍え死んじまうぞ」


立ち上がった女は、アルテュスの方に尻を突き出すような格好で上半身を屈めると、急かすように言った。


「だから早くしましょうよ。どうぞ!」


これは、服を捲り上げて後ろからやれと言うことか?


俺達の身長差では無理だろ?


それに、この狭い小屋の中では俺は立つこともできないだろうが。


こりゃ座ったまま膝の上に乗っけてやるしかないな。


そう思ったアルテュスは女の尻に手を伸ばしかけたが、その時、急に女が体を起こして振り向いたので手を引っ込めた。


「金額をお伝えしていなかったわね」


「ああ。そうだな」


「紙一枚だったら2ゾルです」


紙一枚って何のことだ?


アルテュスは眉間に皺を寄せる。


2ゾルって言ったら、港町の娼婦より高いだろ?


こんな場所で、こんなちっこいガキみたいな女に2ゾルも出す物好きがいるのか?


それとも、よっぽど凄い性技を持っているのだろうか?


そして、女が手に持っている物に気がついた。


何だ、鳥の羽か?


俺は道具を使ったりするのはあんまり好みじゃないぞ。


そう思いながらアルテュスは尋ねた。


「そんなもんで何するつもりだ?」


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