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竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第14章 帰路
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14-2

トリポルトを出発した一行は初めの数日は大雪で思うように進めずもどかしい思いをしたが、ジュアンの町に着く頃には道の雪もすっかり溶け早足で旅を続けていた。


ジュアンの町で一泊したマテオとエヴァは翌朝数名の兵を連れ、砲兵部隊の合流を待つ公爵達を残してティミリアに向けて旅立った。


旅が終わりに近付くにつれエヴァは段々口数が少なくなり、ぼんやりとしていることが多くなった。


マテオはエヴァのそんな姿を見て眉を顰めたが、気休めは言わない方が良いと思ったのかアルテュスのことは一切口にせず、学校で起こった事件や自分の失敗談を面白可笑しく話して何とか相手を笑わそうと骨折っていた。


早駆けでアルテュスの家に向わせた男が5日目の午後に戻って来て、オベルとアルカンが屋敷を出て隣村の宿屋に滞在していることと既にアルテュスが家に到着したことを伝えた。


「そうか。うーん、戻って来てしまったか」


唸るような声を出すと黙り込んでしまった男の傍からエヴァが問いかけた。


「お元気でしたか?」


「はい」


だが、そう答えた兵は少しばかり居心地悪そうに、澄んだ瞳で自分を見つめているエヴァから目を逸らした。


「何かあったのか?」


「……いいえ、何も」


相手の歯切れの悪い返事に片方の眉を上げたマテオは開きかけた口を閉じた。


何かエヴァに知られたらまずいことでもあったのか?


もしかしてあの馬鹿は再婚でもしちまったのだろうか?


マテオは不安そうな表情になったが、肩を竦めると首を振った。


まあいい。


今追求しなくてもあと数日すれば本人に会って全てがはっきりするのだ。




「何だ、もう食べないのか?」


骨の部分を手で掴み油の滴る鴨の腿に食らいついていたマテオが口をモグモグさせながら、肉の乗った皿を押しやったエヴァに尋ねた。


「あまり食欲がなくて……」


「食い溜めしとけよ。明後日から肉は食えなくなるんだぞ」


マテオの姿にエヴァはどこかの料理店でやはり素晴らしい食欲を見せていたアルテュスを思い出して寂しそうな笑顔で答えた。


「明日はちゃんと揚げ菓子も沢山食べますから」


四旬節、つまり灰の水曜日から復活祭までの期間は食事が制限され肉も卵も食べることができなくなる。


そのうえ食事は一日一回という決まりがあった。


軍人は戦ができなくては困るので免除されることもあるが、異端とされるのが嫌で従っている者が多かったのである。


もうすぐ2年になるのだわ。


エヴァは虚ろな瞳で、肉の皿を片付けパンとチーズの大きな塊を口に押し込んでいるマテオを眺めながら思った。


懐かしいティアベの教会での式を思い浮かべると鼻がつんとして瞼が熱くなり慌てて頭を振る。


二人は2年前の四旬節中日の謝肉祭の日に結婚したのだった。


私はお義母様のとても綺麗な衣装を頂いてレースの頭巾を被って、あの人は銀糸で刺繍をした胴着に黒い上着を着てとても立派だったわ。


大勢の人が教会の前広場に婚礼を観に来ていてとても驚いたのだ。


そして、夜はアルテュスがティアベの港町のお祭りに連れて行ってくれた。


船長さんはとても優しくて……


二人で踊ったことを思い出し、エヴァはそっと溜息を吐いた。


あの時、私は一番幸せだったのじゃないかしら?


この先あれ以上幸せになることなどないのじゃないのかしら?




黒いローブを身に纏った司祭がラテン語で正面に立つ男女に問いかけた。


「汝は何を神の家に求めるのか?」


「それは信仰です」


「信仰は汝に何をもたらすのか?」


「それは永遠の命です」


二人の名付け親が声を合わせると続けて司祭は祈りの言葉を唱えた。


冬の弱い日の光が色のついたガラスを通して薄暗い聖堂の床に模様を描いていた。


石の建物の中には暖房はなかったがそれでも外よりは随分暖かかった。


男の名付け親は火の灯った蝋燭を持ち、女の名付け親は赤ん坊を抱いている。


彼らの斜め後ろには一番前の席に子の父親とその両親が腰掛けていた。


司祭が赤ん坊の頭と胸に十字を切りその口に清めの塩を何粒か押し込んだ。


それまでは大人しく興味深そうに辺りを見回していた赤ん坊が顔を顰めて泣き出した。


甲高い泣き声が石の壁や高い天井にワンワン反響して、観客は顔を顰め両手で耳を塞ぐ者さえいたが、父親だけはどこか誇らしそうな顔でその様子を見ていた。


泣き声が少し治まるのを待って、司祭は子から悪魔を遠ざける言葉を言った。


「エヴァ、汝は悪魔を放棄するか?」


赤ん坊の代わりに二人の名付け親が揃って答えた。


「はい、放棄します」


司祭は服を脱がされた赤ん坊の胸に香油を塗りながら続けた。


「エヴァ、汝は天におられる全能の父なる神、天と地の生みの親を信じるか?」


「はい、信じます」


「エヴァ、汝は洗礼を受けることを望むか?」


「はい、望みます」


司祭は聖水を子の額に振りかけ三度十字を切りながら唱えた。


「父と子と聖霊のみ名によって我は汝に洗礼を施す」




小さなエヴァはしゃくりあげながら周りの大人の顔を見ていたが、立ち上がって傍に来たアルテュスの顔を見ると甘えるように小さな両手を伸ばした。


アルテュスはレースをふんだんに使った裾の長い白い服を着た赤ん坊を名付け親の母方の叔母から受け取ると、寒くないようにと自分の上着の中に押し込んだ。


更に肩に羽織った外套で包み込むようにする。


男の名付け親である『ラ・ソリテア号』の航海士のアレンと船乗り仲間が祝いを言いに集まって来た。


家族は軽蔑を露にした顔で男達を眺めているが、アルテュスは構わずに嬉しそうに皆と話している。


「とうとう『ラテディム海のオーガ』も父親ですか!」


「これで船長にも陸に戻る理由ができてしまいましたね!」


ぞろぞろと一同は教会から出ると待たせていた馬車や馬に乗って食事の用意してある屋敷に向った。


アルテュスは赤ん坊を連れているので馬車に乗り込んだのだが、その中には既に弟妹4人が座っていた。


子供達の興味津々の視線が照れ臭く顔を逸らしたアルテュスは、広場をうろうろしていた船乗りに一緒に来るように声をかけると空いている席に腰を下ろした。


後から乗り込んできた『髭の三日月』は愛想よく皆に挨拶するとアルテュスの隣に座った。


ヤン達は元気に挨拶を返したが、兄の部下にとても興味を持っている様子だ。


馬車が走り出すと男の懐で暫くもぞもぞと動いていた赤ん坊は、やがて自分の拳をチュッチュと吸いながら眠ってしまったようだ。


「奥さんの名前をつけたんですね」


頭巾に包まれた小さな頭を覗き込みながらそう尋ねた『髭の三日月』にアルテュスは苦しそうな笑顔を見せた。


「ああ。こいつは小さいエヴァ、『ティニ・エヴァ』と呼ぶつもりだ」




「この近辺には医者なんかそんなに多くないだろうと思ってあたってみたら面白いことが分かったぞ」


マテオはテーブルの周りに座った3人に言った。


「何の話ですか?」


アルカンが身を乗り出して聞いた。


マテオとエヴァは前日の夜にオベル達が泊まっている宿屋に着いて、マテオは今日は朝早くから調査に出かけていたのだ。


「エヴァが撃ち殺したという兄の方のことだ。医者が呼ばれたのはある秋も深まった夜で、既に患者には死相が現れていたそうだ。大金を積まれて口止めされたそうだが、異端者と見て捕らえるぞと脅したら直ぐに白状しやがった」


オベルが指を折って数える。


「撃たれたのは夏ですよね? すぐに治療すれば助かったのじゃないですか?」


「ああ、医者もそう言っていた。呼ばれた時には既に手遅れで、もし怪我をしたその時に切断していれば助かっただろうと」


そして真面目な顔をして聞いているエヴァの方を向いて言った。


「だから君は全然責任を感じることはないぞ」


エヴァは頷かなかったがどことなくホッとしたように見えた。


「公爵達が到着するまでには数日しかないだろう。その前に何とか敵に近付いて殺しはしないが痛い目に遭わせて……」


「ダヴォグール様、前にも言いましたが私は復讐は望んでいません」


エヴァの言葉にマテオは呆れたような顔をする。


「君の夫も同じ意見だと良いがな。奴には明日会いに行って来る。エヴァ、そんな期待を込めた顔をするなよ。君は一緒に行けないからな」


「でも変装して影からそっと覗く位なら……」


「明日は駄目だ。様子を見てそのうち連れて行ってやるよ」




翌日は謝肉祭だった。


朝から空は明るくこの季節には珍しく天気の良い日になりそうだ。


「日が暮れたら祭りに行くからな。それまでには絶対戻って来るから大人しくしていろよ」


マテオはエヴァのことをオベルとアルカンに頼むと二人の兵を連れて屋敷に向った。


ヤンに手紙を書いて自分が行くことを伝えてあるが、アルテュスは何も知らない筈だ。


マテオは親友の実家に行くのは初めてだった。


道順はオベルに聞いていたのだがどこかで間違えたのだろうか?


三人の男は枯葉の敷き詰められた薄暗い森に迷い込んでしまっていた。


「畜生! ここはどこだ?」


馬の首を返しながらマテオが叫ぶ。


オベルかアルカンについて来てもらうのだったと後悔したが後の祭りだ。


裸の枝を伸ばして来る木々は皆同じに見えるし、あったとしても枯葉の上からは道も足跡も分からない。


同じ所をぐるぐる回っているのではないかと思われてくる。


「ちょっと待て。何か聞こえないか?」


馬を止めて耳を澄ませるが森の中はしんとして何の物音もしない。


待ち切れないように馬がブルルと鼻を鳴らし足踏みした時、黄色く枯れた草むらの中でがさがさと眠りを妨げられた小動物か何かが動くような音がした。


「木に登って何か見えないか見て来ます」


傍らの栗の木にするすると登った男は、四方八方を見回していたがやがて下りてくると言った。


「多分こちらの方角です。あまり良く見えなかったのですが建物があるようです」




暫くして三人は石を積み上げた古い塔を見上げていた。


明り取りと矢狭間が高い位置にあるがそれ以外に窓はない。


「崩れ落ちることはないだろうな?」


「大丈夫だと思います。上まで登ったら何か見えるかも知れません」


「おい、馬の番をしていてくれ。ちょっと見て来る」


一人に見張りを頼むとマテオはもう一人の男を連れて狭い石の階段を上がって行った。


枯れた蔦が絡みついた塔の上は胸壁に囲まれており見晴台のようになっていて周囲が見渡せた。


「あ、誰かいる」


男の言葉に反対側の石の壁に近付くと東側の木々がまばらになった場所に数人の子供の姿が見えた。


地面に屈み込んで枯れ枝を拾っているらしいが、服装から見ても農家の子ではなかった。


子供達の後ろには中世時代に建てられたと思われる城が聳えている。


この塔も城の防御の為に建てられたものだろう。


「あれはアルテュスの弟と妹だな」


マテオは微笑を浮かべて屋敷の方に戻って行く子供達の後姿を見送っていたが、ふと自分の足元を見下ろすと訝しげな顔つきになる。


「何だこれは?」


そこには胡桃の殻が沢山転がっていたのだ。


木の実を割ったと見られる大きな石も見つかった。


鳥や栗鼠は石で胡桃を割ったりしないぞ。


ここにいた誰かはアルテュスの家を見張っていたのではないか?


マテオは身震いをすると一緒にいた部下を促して急いで階段を下り始めた。


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