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竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第14章 帰路
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14-1

その日は朝から雪が降っていたのだが、午後から風が強まり吹雪となった。


ド・タレンフォレスト家からの使者の到着が遅れており、エヴァは数日前からそわそわしていた。


「おい、いい加減に座りたまえ。俺はどうしてもこれを今書いてしまわなけりゃならないんだ。そんな夢遊病者のようにふらふら歩かれたら集中できないだろ」


先程からうろうろと部屋の中を歩き回っているエヴァに、書き物をしていたマテオが顔を上げて言った。


エヴァは小さく肩を竦めると窓辺に歩み寄った。


ガラスに息を吹きかけて擦り、そっと外を覗いたが何も見えない。


誰かが自分達の為に危険な目に遭っているかも知れないと思うと、落ち着いて本など読んでいられなかった。


「ちょっと玄関まで様子を見て来ます」


「寒いから外に出るんじゃないぞ。アルテュスの家の者ならどこか農家にでも避難しているだろうから、吹雪が治まったら着くだろうよ」


でも、何故か胸騒ぎがするのだ。


エヴァは頷いたが、黙ったまま薄暗く寒い廊下に出て行った。


床はアルテュスの家のように板張りではなく、磁器タイルが敷き詰められている。


辺りに誰もいないことを確認してから扉を開くと、ひゅうと音を立てて冷たい風と雪が玄関に舞い込んできた。


思わず身震いをして自分の体を両腕で抱き締めながらもエヴァは、屋敷の前の広場とその先に広がる枯れ木が両側に並ぶ雪の積もった道をじっと見つめた。


顔に吹き付ける風と雪が刺すように冷たく涙が浮かぶ。


「まあエヴァ様、何をなさっているのでございます!」


驚いた召使が大慌てでエヴァの方に駆け寄って来たが、丁度その時、遥か遠くの門の辺りで黒っぽい何かが動いているように見え大声を上げた。


「あそこに誰かいるわ! 早く行って助けてあげて頂戴!!」


エヴァの声に下男が二人外に駆け出して行った。


「……おーい、おーい!!!」


暫くして二人に支えられた男がやっとのことで階段を上がってきた。


召使が大きく扉を開き、主人に知らせる為に部屋を小走りに出て行った。


「早く台所の方に運んであげて!」


毛皮のついた帽子と外套の肩には雪が積もり、顔は寒さで紫色になっていたが、確かにアルテュスの家の者だった。




「何で大人しく海の上にいられないのか、あの馬鹿は!!!」


手紙を片手にイライラと歩き回っていたマテオが怒鳴った。


エヴァはちらとそちらを見たが、直ぐに使いの者の世話に戻った。


男は馬が雪に嵌り動けなくなってしまい、仕方なく乗り捨てて残りの道を徒歩で来たと語った。


その間にエヴァは凍えた男が手足を温められるように、女中に湯を張った桶と着替えを準備するよう頼んだ。


「途中で酷く雪が降ってきて、迷子になるんじゃないかとそれだけが不安でした」


「ずっと心配していたのよ。無事に着いてよかったわ」


男を台所に残してエヴァは居間に戻り、暖炉の前で頭を抱えているマテオに近付いた。


「どうしたのですか?」


「俺達の計画が台無しになっちまう。アルテュスが家に戻って来るそうなんだ」


「えっ、船長さんが?」


「奴の親友だと言って送り込んだオベル達はこのまま奴の家にはいられないだろう。本当に面倒くさい男だな」


「でも、お義父様のお仕事を継ぐそうだから、時々は戻らないといけないんじゃないかしら?」


マテオは仕方がないという風に頭を振って溜息を吐いた。


「どうやら俺が行かなきゃならんようだ」


そして、エヴァの方を注意深く見ながら言い難そうに話し始めた。


「エヴァ、君には本当のことを言わないといけないと思っている。行方不明となった女中のものと思われる死体が見つかったそうだ」


青ざめて息を呑んだエヴァにマテオは顔を顰めて続けた。


「君が彼女の死に責任を感じることはないぞ。この事件では君も彼女も被害者なのだから」


「……どうしてそんな酷いこと」


「領地内の林にある枯れた井戸の底に放り込まれていたそうだ。君も知らないか。城の者も殆ど近付くことのない一角だと書いてある」


マテオは震えているエヴァを見ると眉を顰めて手紙を畳んだ。


女の傍には井戸に落とされた時のショックで生まれてしまったのか、干からびた猫のように小さな赤ん坊の死体があったそうだが、こんなことは話す必要がないだろう。




「私も一緒に行かせてください」


思い詰めたような顔をして、荷造りをしている自分の所に来たエヴァを見上げたマテオは、床から立ち上がると膝の埃を払った。


「罪のない若い娘を騙して簡単に殺しちまうような奴らだ。それにルエの修道院の話も聞いただろ。危険だぞ」


「はい。でもちゃんと見届けたいのです」


「期待したようにすっきりと決着がつかない可能性もある」


マテオの言葉に頷いたエヴァはもう一度頼んだ。


「お願いです。一緒に行かせてください」


大袈裟な溜息を吐いた男は頭を振ると答えた。


「ああ、もう仕方ないな! 奴に知られたらまた君を危険な目に遭わせたとぶん殴られるだろうよ」


「ありがとうございます!」


だが嬉しそうに微笑むエヴァを見ると眩しそうに目を細めた。


「学校にひとっ走りして来るから荷物を作っておくといい。出発は明日の朝だ」


エヴァは与えられた部屋に駆け込むと数少ない自分の荷物を纏めた。


ずっと包んだままだった豪華な衣装をベッドの上に広げると艶のある生地をそっと撫でた。


光の当たる方向によってキラキラ輝き色が変わる薄い青の絹地はとても美しく、襟元と袖口は繊細なレースに縁取られている。


もうすぐあの人にまた会えるんだ。


元通りに戻ることは出来ないかも知れない。


それでも、私が生きていることを教えて彼を裏切ってなどいないことを説明したい。


信じてもらえるだろうか?


以前船の中で会った時のように許しを請うてくれるのだろうか?


それとも……




翌日、二人は凍った道を馬車でティミリアに向けて旅立った。


夜のうちに吹雪は治まっていたが、気温は氷点下で道には雪がかなり積もっている。


予定通りに進めないかも知れないとマテオは曇った窓を擦って外を覗きながら考えた。


馬車の中は寒かったが、寒いといけないとマテオに毛皮の外套と帽子を着せられその上から肩掛けやら膝掛けに包まれたエヴァは心地良い揺れにウトウトしていた。


昨夜学校から戻って来たマテオは興奮した様子でエヴァに話したのだった。


「急に休暇を取ると言ったら拒否されそうになったから、そこは生死を共にすると誓い合った友の危機を救いに行くとか国のお為に怪我を負ったか弱い女性を家に送り届けるとか色々な理由をこじつけて何とかもぎ取ってきた。驚いたことに、いやそれ自体はそんなに驚くことじゃないんだが、フェリックス・ド・ラ・クールという奴はティミリアの近くに領地を持っていて、丁度公爵様達もティミリアに向かうって言うからお願いしてご一緒することになった。その方が二人だけで旅するよりも安全だろうし、奴を捕らえる時にその場にいりゃ話をすることも出来るかも知れないしな」


そんな訳で馬車の前後をリュスカ公の部隊の兵に守られて旅することになり、まるで俺達は王族のようだなとマテオは愉快そうに笑った。


兵の中には万が一のことも考えてダヴォグールの家来も数人混じっていた。


マテオは公爵にも彼らと一緒に馬車で旅をするように勧めたのだが、男は歪んだ微笑を浮かべると手を振った。


「女子供や老人のように大人しく腰を下ろして運ばれるのは性に合わないのだ。君も大概にしておかないと怠け癖が付くぞ」


公爵がその場を離れるのを待って小さく肩を竦めたマテオは、目の前に腰掛けたエヴァにしかめっ面をして見せた。


「楽ができるのにわざわざ凍えて尻の痛い思いをすることはないよなあ?」


途中のジュアンの町でサン・アノエ公率いる砲兵の連隊と落ち合う予定と聞いている。


雪深い道を重い大砲を引き摺って進むのは楽ではなく困難な旅となりそうだった。


ジュアンからティミリアまでの道は安全と見られている為、そこからはマテオとエヴァは二人だけ一足先にティミリアに向うことになっていた。


アルテュスが家に戻るのと殆ど同じ頃に到着する予定である。


運が良けりゃ全員勢揃いして悪者は退治されめでたしめでたしとなる筈なんだが、どうなることやら……


まあ色々と慌しくなるだろうから今のうちにゆっくり休んでおくに限るさ。


マテオは楽しそうな顔をして目を瞑ると外套を口元まで引き上げた。




私ったらびくびくしているんだわ。


エヴァは硬い座席に座り直すと苦笑いを浮かべた。


ずっと会える日を待ち望んでいたのに今更不安になってどうするのよ。


様々な思い出が頭に浮かぶ。


父親と二人きりの慎ましいが幸せだった日々。


その頃は毎日の単純な生活に不満はなくても、父親の所に手紙を書いてもらいに来る旅人や船乗り達の話に聞く外の世界に憧れていたのだ。


そして、私掠船の船長との出会い。


アルテュスとの出会いから全てががらりと変わってしまった。


父親との生活を守りたい一心でトリポルトの陸軍兵学校に行った。


兵学校では生涯の友となる大切な人々と出会った。


だが家に戻った時、父親が必要としているのは自分ではないことに気付き、初めて親離れした雛のように途方に暮れた。


そんな時アルテュスに求婚され、彼についていけば外の世界に飛び出せると思って結婚を決めたのだった。


初めは兄に対するような感情を持っていたのだと思う。


しかしずっと傍にいるうちに彼の心が分からないことに悲しい思いをするようになり、優しくして欲しいと願うようになり、いつしか一人の男性として意識していた。


アルテュスは怖ろしげな外見と威圧的な態度に拘らず若い妻には優しかった。


ティアベで大切な人々に囲まれて結婚式を挙げて、自分は幸せだったのだと思う。


でも船乗りの妻としての宿命から逃れることはできず、別れの日は思ったよりも早くやってきたのだが。


アルテュスが新大陸に向って旅立ってから全てが狂ってしまったのだ。


城の中で何者かに襲われ、やっと帰ってきたアルテュスは……


愛する夫にボートで流され救い出してくれた中佐の家を追われ、故郷に戻ってみると父親は死んで家は既に他人のものとなっていた。


行く場所もない自分を快く迎えてくれたマテオに恩返しをしようと一緒に行った先で捕らわれ、顔を傷つけられて殺されそうになった。


エヴァは辛い思いを振り払うように頭を振った。


運が悪いのではないわ。


アルテュスと出会ったことを不幸だったなんて思わない。


私があまりにも子供だったのだ。


あの時、ちゃんと夫に説明をして私が不義など働いていないと信じてもらえていたら……


そしたら、これまでのことは起こらなかったに違いない。


今度は絶対に間違ったりしないわ。


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