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竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第13章 竜騎兵
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13-6

マテオは黒い外套に身を包み、数人の兵と人気のない川岸を歩いていた。


夜が明けるまでまだかなり時間があるが、これ以上ベッドの中でじっとしていられなかったのだ。


何とかして手遅れにならないうちにエヴァを救い出さなければと気が急いてならない。


薄い雲の後ろに隠れている満月に近い月が辺りを青白い光で照らしている。


薄汚い傾いだ建物が立ち並んだ橋の下を通ると、こんな時間であるにも拘らずぼそぼそとした話し声が聞こえてきた。


マテオは部下達に合図をすると声の聞こえる方に向って行った。


奴らの力を借りなきゃならないようだ。


奴らとはこの町のどんなに狭い路地も寂れた区画も自分達の庭のようによく知っている宿無しのことである。


日中はスリや物乞いをして生活費を稼いでいる彼らは夜になると住処にしている橋の袂に戻って来るのだ。


彼らからは貴重な情報を得ることが出来る為、行政官も目を瞑っているとの噂だった。


橋桁の裏にはぼろと板で拵えた小屋のようなものが建っていた。


その脇に焚き火を囲んで腰を下ろしていた人々はマテオ達が姿を現すと一斉に立ち上がり、それぞれ棍棒や錆び付いたナイフを手に身構えた。


女子供は眠っているのか火の回りにいるのは男だけだ。


「我々は君らの生活を脅かしに来た訳ではない」


マテオが両手を広げて敵意がないことを示すと男達はジロジロと疑わしそうに見ながらそれでも武器を下ろした。


「力を貸して欲しい。勿論ただでとは言わない。この金である屋敷を探って欲しいのだ」


金の入った袋を差し出すと一人の男が受け取って、頭と見られる目付きの鋭い黒い顎鬚を生やした大男に渡した。


旅費を掻き集めて持って来ているのだ。


明日からの宿賃も払えなくなるが、マテオは自分の持ち物を質に入れればいいと思っていた。


髭の男は二つの樽に乗せた板の上に袋を逆さにして硬貨をぶちまけ、毛むくじゃらの熊のような手で数えている。


「ほう、あんたは金持ちだな。いいだろう、その屋敷の場所を教えてくれ。いったい何が知りたいんだ?」


しかし、相手の答えを聞いた男は顔を顰めると横を向いて唾を吐いた。


そして惜しそうに金を袋に戻すとマテオに押し返した。


「ラソン公の屋敷か。悪いがこの金額じゃそこまでの危険を冒すことはできないな」


「朝になったら残りの金を持ってくる」


相手の姿をジロジロと無遠慮に眺めていた男が目を光らせた。


「いや。その指輪を付けてくれるのなら考えてもいいぜ。何せ俺達は王宮にだって気付かれずに忍び込める自信があるからな」


マテオは自分の手を見下ろすと、母親の形見である大きなルビーの嵌めこまれた金の指輪を指から外して差し出した。




「何をしている!」


人に命令することに慣れているような良く通る声で問われた男達はハッとして慌てて体を起こした。


「公爵様」


公爵様と呼ばれた男は50歳ぐらいだろうか。


火の灯った蝋燭が立てられた燭台を手に白いレースの襟に黒い線の入った深い緑色のビロードの服を身に纏い、ベルトには宝石を嵌めこんだ銀細工の柄の剣を吊るしている。


髪にも髭にもかなり白いものが見られたが、軍人らしく筋骨逞しい体は姿勢正しく力強い声は凛としていた。


「旧教徒のスパイを捕らえたので口を割らせようとしていただけです」


立ち上がって身繕いをしながらエヴァを殴った男が答えた。


口調は丁寧だが、不満そうに口を尖らせ相手の顔を見ようとしない。


公爵はそんな男の様子を気にしていない風で、床に倒れているエヴァを指して言った。


周りには引き裂かれた服が散らばり、蝋が垂れた跡や血と思われる黒い染みが点々とあった。


「この女が?」


「はい、先刻屋敷を襲った一味の者と見ました」


「屋敷の部屋を汚すのは勘弁してくれ」


「分かりました。連れて行きます。ほら、さっさと立て!」


エヴァの尻を蹴って立つようにと命じた男の肩を掴んで公爵は言った。


「いや、彼女は私が尋問するよ。女子供を虐待したり嬲り殺すような君のやり方は感心しない。ルエの町でも随分と派手に暴れてくれたそうじゃないか」


若い男は赤ら顔を更に赤くして相手の手を振り払った。


「貴方が煮え切らない態度だからです。面と向かって王と敵対して不興を買うのが怖ろしいのでしょう? 我々はこの国の新教徒の繁栄を守るという神聖なる使命を負っています。我々が指導者としての貴方に求めているのは堅固とした意志と行動です」


「フェリックス・ド・ラ・クール、口を慎まれよ。ルエの修道院で院長を含む尼僧を強姦したうえ皆殺しにし、礼拝堂に放火したことを神聖なる使命とでも言うのかね?」


冷たい口調で返されフェリックスは不満そうに口を噤んだが、腫れた頬と鼻から血を流しながら肘をついて身を起こし散らばった布切れで体を隠そうとしているエヴァを見下ろして言った。


「この女は私が連れて行きます。殺さなければいいのでしょう?」


「……お願いです! この男に連れて行かせないで!! 死ぬよりも酷い目に遭わされます」


床に膝をついたまま公爵の方ににじり寄るエヴァに怒りで顔を赤紫に染めた男が手を振り上げた。


「止せ! 何度も繰り返さすな、この女は私が尋問する。お引取り願いたい」


公爵は片手でエヴァを庇うと、周りの男に目配せをして扉の方に目を向ける。


男達は僅かに頷いて見せるとフェリックスの肩に手を置こうとした。




「止めろ!!」


「危ない!!!」


「放せ!!」


怒鳴り声とバタバタと床板を踏み鳴らす音が薄暗い部屋の天井に響いた。


「フェリックス殿! どうか、どうか、お静まりください!」


「放せ!!! おまえらは誰の味方だ?!!」


短剣を握った手を掴まれ腕を背中に捻られながら、男は顔を怒りと痛みに歪めて吼えた。


「このようなことでご自分のお命を粗末にしないでください!」


「さっさと出て行け! 今後は勝手な行動を慎んでもらうぞ」


男達に殆ど抱えられるようにして外に連れ出されながらフェリックスは公爵の方に首を捻じ曲げた。


「公爵様、このような形で私を追い出したことを後悔させてあげますよ!」


怒鳴り声は段々と遠退いてやがて消えた。


「本当にどうしようもない奴だ」


公爵は首を振りながら床に蹲っているエヴァを見下ろして口を開いた。


「分かっているだろうが、あんたを逃がしてやるつもりはない。明日の朝までこの部屋にいてもらう」


部屋を出ると扉に外から鍵を掛け見張りの兵を立たした。


そして不愉快そうに顔を顰めながら自室に向った。


ここは2階だ。


丸裸の女が窓から逃げ出すことはないだろう。


自殺でも図ってくれた方が簡単なんだがな。


明日は形だけの尋問をしてさっさと始末してしまった方が良いのだろう。


窓に石を投げた旧教徒の小娘なんかより処理すべき業務が山ほどある。




暗い部屋に一人取り残されたエヴァは、男の足音が聞こえなくなると四つん這いで前に手を伸ばしながらそろそろと窓の方に向った。


燭台は持って行かれてしまったが、窓から射している月明かりで家具が黒くぼんやりと滲んで見えている。


ここから逃げ出さなくてはならないわ。


どうしたらいいのだろう?


痛みに顔を顰めながらエヴァはテーブルに辿り着くと上に何も乗っていないことを確かめてからテーブルクロスを剥いだ。


布を抱えて窓際に行くとガラス越しに外を覗いた。


お願い、音を立てないで……


心の中で祈りながら窓に手を掛けた。


息を止めながら金属の取っ手を回すと両手に力を込めた。


幸いなことに手入れが良いのか窓は音もなく開いた。


だがその反動で部屋の扉がガタンと音を立てる。


体を強張らせて息を潜めていたエヴァは暫く待っても誰も様子を見に来ないので安心して窓から身を乗り出した。


壁伝いに降りることはできるだろうか?


古びた石の壁はでこぼこしており足場は結構ありそうだ。


兵学校でもこのような訓練をしたけれど、あれは昼間だったし……


でも、やるしかないわ。


そう決心すると初めにテーブルクロスを投げ落とし窓枠を跨いだ。


外の冷たい空気に素肌が晒され鳥肌が立った。


腿や腹にざらざらとした冷たい石を感じながら、エヴァはそろそろと壁を下り始めた。


長い髪が石の表面に引っ掛かり、腕や足が擦り剥けてひりひりするがそんなことに構ってはいられない。


神様、どうか……


見つかるのではないかという思いに焦って、かなりの高さからドサリと地面に落ちてしまった。


どうやら足を挫いてしまったようだ。


声を立てないようにきつく唇を噛み締めるとエヴァは立ち上がってテーブルクロスに包まった。


立てるのだから折れてはいないのだろう。


早く、早くこの場を離れなくては!!!


エヴァは痛む足を引き摺りながら駆け出した。




「おいっ!」


何者かに肩を掴まれたエヴァは悲鳴を飲み込んだ。


見つかってしまった!!


もうこれでおしまいだろう。


頭がまるで痺れてでもいるように何も考えられず顔が熱くなり涙が溢れた。


「こりゃ酷いわ。あんたの名前はもしかしてエヴァじゃないのかい?」


頷く間もなく髭面の男に担ぎ上げられ、もがいていると相手は低い笑い声を上げた。


「おい、おい、暴れるな! 元気な娘っこだ。俺は頼まれてあんたを助けに来たんだ」


信用してもいいのだろうか?


また怖ろしい目に遭わされるのではないか?


しかし、散々な目に遭って疲れ切っていたエヴァはそれ以上抵抗することはできなかった。


男の肩の上で力なく揺れながらいつしか意識を失っていた。


…………この揺れは波だろうか?


ここは海の上。


アルテュスに一人ボートの上に乗せられて……


「エヴァ、エヴァ!! 許してくれ!! あんな所に置き去りにしてすまなかった!!!」


耳元で何度も何度も自分の名前を呼び許しを乞う声にエヴァは現実に引き戻された。


薄っすらと目を開くと、無精髭を生やし髪をぼさぼさにした男が自分の手を両手に挟んで擦りながら謝っている。


「……ダヴォグール様」


微笑もうとしたが、頬の焼けるような痛みに眉を顰めた。


「おお、気がついたのか! よかった、よかった!!!」


自分の手を握ったまま泣き出した大男に目を丸くする。


「ご心配かけました」


「いや、謝るのは俺の方だ。怖い思いをしただろう。今は何も考えずにゆっくり休め」


エヴァはホッとしたように体の力を抜くと目を閉じた。


それから思い出したようにまた目を開くと起き上がろうとした。


「ダヴォグール様! 敵に貴方や公爵様との繋がりは漏れていませんから」


マテオはエヴァの髪を撫でると肩を抱いてそっとベッドに横たわらせた。


「君は勇敢な戦士だよ。話は明日にでもゆっくりと聞かせてもらうから、安心してお休み」


そしてエヴァが眠りに落ちるまでその枕元に座って、幼子を寝付かせるように優しく布団の上から肩の辺りを叩いてやった。


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