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今回残酷なシーンがあります。苦手な方はご注意ください。
アルテュスは書き終わった手紙に封をすると、見習い水夫に駆け足で宿駅に持って行くように命じた。
父親宛の手紙である。
3週間後には家に戻ることを知らせ、その前に幼子に乳を与えられる乳母を雇うことを頼んだのだ。
アルテュスは手紙を受け取った時の父の顔を思い描き苦笑いを浮かべた。
急に嫁を連れて来たと思ったら今度は子供かと怒られるだろうな。
歳の離れた弟妹には興味もなかったし、今まで子供の世話などしたことがない。
それなのに親に捨てられた赤ん坊がこんなに愛しく思える。
エヴァ、君がこの子を俺の許に届けてくれたのだろう?
俺があんなことさえしなければ、今頃君は俺達の子を胸に抱いていたかも知れないのに……
だから、俺は君の代わりに、君にそっくりなこの子を育てよう。
行き場を失った愛情を全てこの子に与えよう。
アルテュスは出港までは農婦に子の世話を頼み、船旅の為に農家の山羊を買い取った。
山羊の乳房に直接あてがうこともできず匙では殆ど周りに零れてしまうので、女は近所からいらなくなった牛の角をもらってきてくれた。
使い込まれ飴色に艶の出た角には先端に穴が開いており、中に入れた薄布が覗いていた。
角の中に山羊の乳を入れてやると、赤ん坊は母親の乳房にするように先のガーゼの部分に吸い付いて乳を飲むのである。
幸いなことに赤ん坊は腹を壊すこともなくヤギの乳を良く飲んでアルテュスの膝の上ですやすやと眠っている。
羽のように軽く柔らかな体から感じる体温は、膝だけではなく男の荒涼とした胸の中を温めてくれた。
真っ直ぐに育つようにときっちりと布で包まれていて手足は見えないが、頭巾を被せた頭も随分と小さく男の片手に納まりそうに見える。
港町で食事をして戻って来た『ラ・ソリテア号』の船員達はその様子を離れた所から見ていたが、船長のあまりにも似つかわしくない姿にニヤニヤしっぱなしである。
「人食い鬼と赤子なんて御伽噺にでも出てきそうだなあ」
アレンの軽口に少しばかり眉を顰めながら別の船乗りが言った。
「だが船に赤ん坊を乗せるのはまずいんじゃないか? それでなくても皆忙しいって言うのに。いったい誰が面倒を見るんだ?」
「それよりも敵船や海賊と戦うようなことになったらどうするんだ?」
「赤子を片手に抱いて戦うなんてさまにならないよなあ。絶対奴らに馬鹿にされるぜ」
男達の会話の断片が耳に入ったのかアルテュスが低い唸るような声で言った。
「ティミリアまでの間だけだ。それに航海中は子守を雇うつもりだ。それでも嫌だという奴は俺の船に乗らなくてもいいぞ」
乱暴に床に投げ出されたエヴァは背中と腕に感じた痛みに顔を顰めたが、口に布切れを突っ込まれていて悲鳴を上げることはできなかった。
テーブルや棚に置かれた燭台には何本もの蝋燭が灯っていたが厚いビロードのカーテンの閉められた部屋は暗く、壁や天井に映し出される男達の影は巨人のように大きく怖ろしかった。
「旧教徒のスパイかよ。こんな時間に面倒だな。武器を持っていないか確認して明日の朝まで地下室にでもぶち込んでおけ」
床に蹲っている少年を見下ろしながら頭と思われる若い男が周りの者に言った。
「おい、明かりを持って来い」
「何だ、まだ子供じゃないか」
手荒に引き起こされたエヴァは必死で抵抗するが、彼らの手に敵う筈はなく押さえつけられ瞬く間に上着を脱がされてしまう。
大きな手がシャツの襟にかかった。
恐怖に顔を引き攣らせている少年を見た男達は笑い声を上げた。
「そんなに怯えなくても今晩はゆっくり休ませてやるよ。明日になったらたっぷり可愛がってやるけどな」
「おい、結構可愛い顔をしているな。怖いんだったら一緒に寝てやろうか」
「ちびるなよ」
ニヤニヤしながら少年の半ズボンに手を入れた男の顔が固まる。
「……おい」
立ち上がった男は腰から短剣を引き抜くと、周りの者が止める暇もなくシャツを開きその下の布を切り裂いた。
「何てこった! 女だぞ!!」
その声に部屋から出ようとしていた男が立ち止り振り返った。
「ちゃんと押さえていろ! こりゃ楽しめるぞ」
「さっさと脱がせてしまえ!」
蝋燭の淡い光の中に浮かび上がった白い身体に男達は目をぎらつかせ舌なめずりをしている。
小柄でほっそりとしていたが、黄金色に染まった胸の柔らかそうな膨らみやすらりと伸びた脚の付け根の暗い影は絵画のように妖艶であった。
か弱い乙女を集団で陵辱するというその状況は彼らの加虐的な気持ちを掻き立て、期待に男達の欲望は熱を持ちはちきれぬばかりだ。
一人の男がエヴァの頭の脇に屈み込み口から布を引き出した。
「声が聞こえないとつまんないからな」
「助けて!!!」
掠れた悲鳴が暗い天井に響いた。
「誰も助けに来てなどくれないよ」
「ちっ、暴れるな!」
「いやっ、放して!!」
「おまえら足を押さえ込め!」
「腕だ、腕を押さえろ!!」
「畜生、噛み付きやがった! とんだじゃじゃ馬だな!」
死に物狂いで暴れる女を押さえつけようと男達は躍起になっている。
「アルテュス、アルテュス、助けて!!!」
女の声を聞いた途端、扉の前で立ち止まっていた男が一跳びに戻って来た。
「……アルテュスだと?」
泣いている女の顔を繁々と眺めていた男の顔に歪んだ微笑が浮かんだ。
「そこを退け」
部下達を追い払うようにすると、男は馬鹿にしたようなお辞儀をしてエヴァに手を差し伸べた。
「こいつは驚いた。ド・タレンフォレストの奥方」
エヴァは男の手を取らずに両手で身を隠そうとしながらふらふらと立ち上がった。
知っている人なのだろうか?
相手の顔は目が涙で霞んでよく見えないが、声は聞いたことがあるような気がした。
助けてもらえるのか?
その時、凄まじい勢いで頬を打たれたエヴァは半分気を失いながら床に崩れ落ちた。
「フェリックス殿。貴方はこの女を知っているのか?」
「ああ、俺の仇の片割れだ。あの男に捨てられてもしぶとく生きていたんだな」
朦朧とした頭で耳に入ってくる言葉を理解しようとする。
「あの男と結婚したのがあんたの不幸だったと思うんだな。一年半前にはしくじっちまったが、まさかあんたの方から俺の懐に転がり込んでくるとはな。あの夜のことを覚えているか? 召使に探らせたら銃を撃ったのはあんただと言うじゃないか。あの時の足の怪我が元で兄貴は壊疽にかかって死んじまった……」
一年半前って……
この人は何を言っているのだろう?
これはいったい誰なのだろう?
「……俺達はこの世に生れ落ちた時から一緒で一度も離れたことがなかった。兄貴が死んだ時、俺はいっそのこと一緒に死んでしまおうかと思ったんだ。あの男とあんたへの憎しみだけが俺をこの世に繋ぎ留めた。あれから俺は復讐の為だけに生きてきた。兄貴の死の責任をあんたに取ってもらうよ」
どこかで聞いたことがあるこの少し鼻声で気取った物言い。
エヴァは力なく床に横たわり、目をぼんやりと開けたまま顔を明かりの方に向けていた。
頭の回りに散らばった髪が溶けた黄金のように鈍い光を放っている。
ミシリと床板が音を立てた。
「拷問は明日の朝からだ。今夜は良い子にしていればそんなに痛めつけないでいてやろう」
声が近付いて来て黒い影に光が遮られた。
「あの男にどんな風に仕込まれたのか見せてもらおうか。楽しませてくれたら明日は苦痛をあまり長引かせないで殺してやるよ」
男は衣服の前を寛げながら部下達を振り向いて言った。
「俺の後に味見させてやる。順番を決めておけよ」
こんな所でこんな男達に犯されて殺されてしまうのか。
悔しさに涙が溢れた。
アルテュス、アルテュス、貴方をこんな形で裏切りたくない。
エヴァは最後の力を振り絞って逃げ出そうとする。
だがその姿は相手の欲情を更に煽ってしまったようだ。
足首を掴まれて引き摺り戻されながら必死に叫んだ。
「助けて!! 人殺し!!!」
床に夢中で縋りつこうとするが爪は徒に硬い木を引っ掻くだけだ。
背中に男が圧し掛かりエヴァは床に膝をついた。
「アルテュス、アルテュス!!!」
「黙れ売女!!!」
目の前が真っ暗になったその時、部屋の扉が乱暴に開かれた。




