表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第2章 代書人の娘
7/90

2-2

露店の古びた机の前に座ったエヴァは、悴んだ両手に息を吹きかけた。


客を待っているのだ。


簡単な手紙だったらその場でエヴァでも書けるが、難しい手紙や契約書などは客に家まで来てもらわなければならない。


馴染みの客は数人いたが、そうしょっちゅう仕事を頼みに来る訳ではない。


家で待っているだけでは、食べていけるだけの稼ぎがなかった。


その為、エヴァは父が働きに出られない冬の間、毎日露店に通うことを決めたのだった。


ショールに包まったまま、隙間風が冷たい小屋の中に2時間程座っていたエヴァは、大きな溜息を吐くと立ち上がった。


寒さの所為か今日は客は一人も来なかった。


これ以上待っていても無駄だろう。


エヴァは震えながら、机の上の紙の束とインクの入った壷、鷲ペン、封印に使う蝋を籠にしまう。


そして、外に出ると窓を開けていたつっかえ棒を外し、窓と戸に鍵をかけた。


一旦止んだ雪がまた降り出している。


だが、寒空に楽しげに舞う牡丹雪を見ても、凍えた少女は先程みたいに浮き浮きした気分にはなれなかった。


既に辺りは薄暗くなってきている。


宿駅に寄って用事を済ませて、早く帰らなくては。


馴染みの客に頼まれた手紙を出さなければならないのだ。


あんまり遅くなるとお父さんが心配するだろう。


夕飯は昨日のスープが残っているし、パンもまだ半分程あるから、買い物しなくても大丈夫よね。


エヴァは急ぎ足で教会の脇を通り、港町の商店街に向かった。




馬車の絵が描かれた看板がかかっている煤で汚れたハーフティンバーの建物が、ティアベの港町の宿駅だ。


重い木の扉を開けると、ムッとした熱気と煮込んだキャベツの匂いに包まれた。


冷たい風と雪が吹き込み、細長いテーブルに着いていた男達が一斉にエヴァの方を見た。


知らない顔ばかりだ。


きっと先程入港した帆船の乗組員なのだろう。


エヴァは皆に挨拶するように強張った微笑みを浮かべると、奥のカウンターで大きな素焼きのジョッキにビールを注いでいる、額の禿げ上がった小柄な男に近付いた。


「こんにちは、ジョシュア小父さん!」


周りの雑音に負けないように大声で挨拶する。


「おや、エヴァちゃん。寒いのにご苦労さん」


男はジョッキを乗せた重そうな盆を手伝いの小僧に渡すと、前掛けで手を拭き、エヴァが差し出した手紙と銀貨を受け取った。


そして手紙の宛先を見ながら言った。


「ああ、これは明後日の馬車で出るよ。家に帰る前に何か飲んでいくかい?」


「今日は儲けがなかったからいいわ」


釣り銭を受け取りながら少女は頭を振る。


「ほら、これを飲んで少し暖まりな。風邪ひいちまうよ」


横からジョシュアの女房のフランセザが、蜂蜜を入れて肉桂で味をつけた熱い葡萄酒の入ったコップをエヴァに差し出した。


フランセザは、少女から金を受け取ろうとした亭主を睨みつけて大きな声で言った。


「金はいらないよ。困った時は互いに助け合うもんだ」


「ありがとう」


涙が出そうになったエヴァは、急いで俯き葡萄酒を啜った。




やっと体も温まり、少し落ち着いた少女は辺りを見回した。


何て騒がしいのかしら。


酒を飲みながら大声で話している男達を呆れたように見ていると、奥のベンチに座っている若い男と目が合い、慌てて目を逸らした。


先程港で自分を怒ったように睨みつけた男だ。


何故睨まれたのか分からないけど、拘らない方が良さそうだわ。


だが、男は急に立ち上がると大股にカウンターに近付いて来た。


「おい、ビールをもう一杯くれ」


亭主にそう言った男を横目でそっと窺う。


男はエヴァに背を向けるようにして、カウンターに寄りかかっている。


まあ、何て大きな人なんだろう。


お父さんの部屋にある箪笥よりも大きいわ。


エヴァはクスッと笑った。


こんなに大きな男と結婚する女の人は、家が狭くなって大変ね。


「何が可笑しい?」


不機嫌そうな低い声が頭の上から降ってきて、エヴァは驚いて声の主を見上げた。


冷たい瞳で自分を見下ろしている男に臆さず答える。


「背の高い人と思っただけよ。別に貴方のことを馬鹿にした訳じゃないわ。さっきも」


男はふんと鼻を鳴らすと、亭主が差し出したジョッキを掲げてビールを一気に飲み干した。


そして袖で口を拭うと、エヴァの方を見ずにぶっきらぼうに尋ねた。


「おまえの家はどこだ?」


まあ、仕事だわ!!!


エヴァは目を輝かせた。


「ティアベの下町です。ご案内しましょうか?」


急き込んで答えたエヴァを嫌そうに見た男は、吐き捨てるように言った。


「随分と商売熱心だな」


褒め言葉なのかしら?


怖そうな人だけど、この仕事を逃す訳にはいかないわ。


顔を顰めているのは、こんな雪の日にわざわざ家まで来たくないからよね。


素早く考えたエヴァは男を見上げて言った。


「私でよかったらとても安く、すぐ近くでできますわ。行きましょう!」


急いでショールを被り、籠を手にしてカウンターの中の夫婦に声をかける。


「ご馳走様でした!」


「エヴァちゃん、お客かい? 良かったね!」


エヴァが嬉しそうに笑いながら二人に礼を言って扉に向かうと、後から男もついて来た。




「おい、待てよ」


ずんずん歩いていくエヴァの後ろから男が声をかけた。


エヴァは訝しげに振り返る。


「おまえ、いつもこんなことしてんのか?」


「ええ。お父さんが病気になってからは」


そう答えた少女に男は何も言わなかったが、少しばかり表情が和らいだように見えた。


露店に着き、エヴァは戸を開けると男に言った。


「どうぞ。狭いけど外にいるよりは暖かいと思うわ」


普通に立つと頭をぶつけてしまう為、男は屈んで小屋に入った。


窓を閉めたままだと小屋の中は真っ暗だったので、エヴァは鯨油のランプに火を点した。


「こんな所で客を取っているのか?」


エヴァが勧めた椅子に腰を下ろした男は、泥で汚れた床を見て顔を顰めながら尋ねる。


「ええ」


男に背を向けしゃがんで籠から商売道具を取り出しながらエヴァは頷いた。


「凍え死んじまうぞ」


「だから早くしましょうよ。どうぞ!」


椅子が1脚しかないので、立ったまま前屈みになり机に肘をついたエヴァの腰の辺りを男は何とも言えない顔で眺めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ