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竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第13章 竜騎兵
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13-3

「これからある屋敷に向う」


マテオが汚れた皿の乗ったテーブルの上に身を屈ませ小声で話し始めた。


一行は首都の繁華街にある酒場で遅い昼食を取っている所だった。


辺りは食器のぶつかり合う音や客の話し声で大層喧しく、かえってこのような話をするにはうってつけの場所だった。


「目的は恐嚇だ。くれぐれも人を傷付けないように頼むぞ」


真剣な眼差しで男の口元を見つめていたエヴァがホッと肩の力を抜いた。


「だが、気を抜くな。見つかったら敵は容赦しないだろうから」


マテオは部下の一人一人に細かい指示を与えた後、エヴァの顔を見た。


「君は俺について来てもらう」


そして、席を立つと一同を見回して言った。


「待ち合わせの場所はここだ。時刻は晩課。しくじるなよ」


大きな外套の下に武器を隠した男達は、コップの酒を飲み干すとぞろぞろと店の外に出た。


一番後から勘定を払ったマテオが、鉄の鋲の打ってある色の剥げた木の扉を押して、頭をぶつけないように屈みながら出てくる。


皆の方に頷くとそれ以上は何も言わずに肩に麻の袋を担いで歩き出した。


エヴァもその後を小走りに追う。


だが、角を曲がると馬に乗った人々や荷物を担いだ商人が行き交う通りに出てびっくりして立ち竦んだ。


「馬鹿野郎、もたもたすんな!!!」


両手で抱える程大きなチーズを山積みにした手押し車を押していた男が、急に立ち止まったエヴァにぶつかりそうになり悪態を吐いた。


「おい、こっちだ。早く来いよ!!」


既に通りを渡りかけていたマテオが肩越しに振り向いて怒鳴った。


慌てて駆け出したエヴァは荷を積んだ騾馬と衝突しそうになり、また叱られてしまった。


「おのぼりさんは仕方がないな。迷子にならぬようにちゃんとついて来いよ」


冷や汗をかきながらやっと追いついたエヴァの頭をポンと叩きながらマテオが言った。


だが目に入るもの全てが珍しく、どうしてもキョロキョロしてしまうのだ。


「焚き付け、焚き付け、よく燃える焚き付け!」


焚き付けにする小枝を束にして背負った老女が甲高い声で通行人に呼びかけると、向こうの街角では銅製の鍋に酸化を防ぐ為のスズ箔を被せる鍍金屋が商売道具を荷車に乗せて押しながら負けじとばかり威勢のいい声で叫ぶ。


「スズ箔、スズ箔、さあさあフライパンや鍋を持っといで!!」


少し離れた所では、両手に持った木靴を打ち合わせて拍子を取りながら、大きな荷物を背負った木靴屋が声を張り上げている。


「木靴、木靴、履きやすい木靴はいらんかね!! 木靴、木靴、頑丈な木靴!!!」




二人は店の多い通りの喧騒を離れ、人影のない川岸を歩いていた。


川と城壁に挟まれたその地域は、上流階級の人々が住んでいる住宅地である。


外から見ただけでは分からないが、どっしりとした厳格な佇まいの屋敷の中心には中庭がありその周りに建物が建てられているのだとマテオがエヴァに説明した。


青味を帯びた黒いスレート瓦で葺かれた屋根のついた石の建物には、ガラスの板を嵌めこんだ大きな窓が通りに面して並んでおり、玄関は石の門の奥にあるようだ。


「人々が住んでいるのは二階から上さ。一階には厩、それから台所と広間があるんだ」


馬に跨った男が二人、石畳の上に蹄の音を轟かせて通り過ぎて行った。


道の脇に避けたマテオとエヴァは、黒い外套を着た男達の後姿を見送った。


「あれは、市長の下に勤める警備兵だ」


「顔を見られてしまいました」


エヴァが心配そうに言うとマテオは笑った。


「大丈夫さ。俺達は親方と見習いの小僧にしか見えないだろうよ」


やがて、ある屋敷の前で立ち止まった男が言った。


「さて、着いたぞ」


男は辺りを伺いながら、何かを言おうと口を開いたエヴァの肩を掴んで人差し指を唇に当てた。


「しっ! こっちだ」


玄関の方へ行かずに建物の裏に回ると小さな扉があり、マテオが取っ手を回すとぎいと軋むような音を立てて開いた。


中に入ったエヴァは目を丸くして辺りを見回した。


殺風景な庭だったが、奥の方には井戸と葉の落ちた楢が裸の枝を伸ばしている。


「ここは?」


「基地だ」


背負っていた袋の中から縄を出しながらマテオがニヤリとする。


縄の一方の端で小さな輪を作って結ぶと、もう一方の端を楢の枝に投げた。


そして反対側に落ちてきた縄を輪に通し、両手で引っ張って太い枝にきつく巻きつける。


「俺の後をついて来い」


そう命じた男は、綱を掴んで身を躍らせるとするすると木をよじ登り、軽々と隣の屋根に飛び移った。


ずっとその姿を目で追っていたエヴァは、深い息を吐くと楢に近付いて垂れている縄を手に取った。


それから、縄の先っぽを足に巻きつけると両手で縄を握り締め、脚と腕の力でゆらゆらしながらゆっくりと登り始めた。




マテオの手に縋ってやっとのこと屋根の上にあがったエヴァは袖で額の汗を拭い笑顔を浮かべた。


「さて、これから君の出番だよ」


瓦のでこぼこを腹に感じながら、エヴァは屋根の上に腹這いになって短銃を構えていた。


銃底には唐草模様が描かれ引き金の先には金属の丸い玉が付いているダヴォグール家の裏庭で練習に使った、撃った後に一瞬間が空く方の銃である。


運が良いことに雨は降っておらず、薄い雲の陰には午後の日の光さえ感じられる。


だが、風は冷たかった。


引き金から手を放し冷え切った指先に息を吹きかけて温めていると、急に右脇に同じように腹這いになっているマテオに肘で脇腹を突かれた。


ガラガラと音を立ててあまり広くはない石畳の道を走って来た馬車が丁度二人が見張っている建物の正面に止まった。


「来たぞ」


エヴァ達のいる所からは見えないがどうやら馬車から降りた人物は建物の中に入っていったようだった。


暫くすると通りに面している二階の窓に人影が映った。


ガラスが曇っている所為ではっきりとは分からなかったが、部屋の中央にあるテーブルの周りに何人かの人達が座っているようだ。


エヴァは引き金に指を添えると息を止めた。


相手に怪我をさせてはならない……


「今だ」


銃声が辺りに轟き渡った。


同時にガラスが割れる音がする。


マテオはエヴァから銃を受け取ると、楢の根元に置いた袋を目掛けて投げ落とした。


「逃げるぞ!」


屋根を滑り降りる男の後を慌てて追った。


「早くそこに摑まってぶら下るんだ」


先に地面に降り立ったマテオが怖ろしそうに見下ろしているエヴァを急かす。


やっと男の言う通りに両手で壁にすがり付いて体を伸ばした。


「受け止めてやるから飛び降りろ」


教官の言葉を信じてエヴァは後ろを向いたまま手を放して飛び降りた。


勢いのあまり二人して地面に倒れてしまったが幸いなことに怪我はしなかった。


マテオは片手で麻の袋を掴むともう一方の手でエヴァの肩を抱いて出口に向った。




思ったよりも屋根から下りるのに時間がかかってしまい、辺りは既に男の叫び声や犬の鳴き声で騒がしかった。


「走るぞ!」


二人は元来た道を全速力で駆け出した。


マテオにとっては予想外だったのは、馬に乗り武装をした男が5人程、射撃された屋敷の隣の建物から躍り出て来たことだった。


男達は辺りを見回し丁度角を曲がるエヴァとマテオの姿を認めると、鋭い叫び声をあげて後を追って来た。


マテオは舌打ちをすると遅れを取ったエヴァの腕を掴んで引き摺るようにしながら走り続ける。


「エヴァ、俺が囮になるから何とか逃げ失せろ」


一緒にいたら捕まってしまうと見たマテオはそう言うと、追っ手の方に大きく手を振って見せ、エヴァとは別の路地に逃げ込んだ。


口笛を吹き仲間にマテオが消えた方向を指差た男達は一斉にその道に馬を乗り入れた。


エヴァは真っ直ぐ前を向いて走っていた。


残念なことに追っ手はマテオの策略には乗らず二手に分かれたようだった。


背中に迫る蹄の音と犬の鳴き声がただ怖ろしく、せいせいと息を切らしながらがむしゃらに走っていた。


もうどこをどう曲がったのか、今どこを走っているのか見当もつかなかった。


顔が焼けるように熱く耳鳴りがする。


早く、早くあの賑やかな通りに戻らなくては。


あそこだったら追っ手を撒けるかも知れなかったのに……


狭い道を正面から馬車がやって来て、エヴァは慌てて道端に飛び退いた。


そして、馬車が通り過ぎるとまた駆け出そうとしたのだが、その時ヒュッと風を切る音がして頬に鋭い一撃を食らい仰向けに倒れてしまう。


起き上がる間もなく、歯を剥き出した獰猛な猟犬が唸り声を上げながら飛び掛って来て、エヴァは恐怖に目を見開き悲鳴を上げた。


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