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竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第13章 竜騎兵
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13-2

…………バーン!!!


辺りに反響する爆発音に傍らの藪からバサバサと翼の音を立てて野鳥が飛び立った。


「ほい、次はこっちだ」


手渡された短銃を遠く離れた木の枝に吊るされた的に向って構えるのは、質素な服装をした小柄な少女である。


ふっくらとした愛らしい顔をきりりと引き締め、的を狙って目を細めている。


脇に立っている男は的が真っ二つに割れて落ちるのを確認すると、満足そうに頷いた。


数週間前から雨が降らない日には、午後になると屋敷の裏の林でこの二人の姿が見られるようになった。


大抵は射撃の練習をしているが、稀に灰色の雲の隙間から弱い冬の日光が差すような日には、馬に跨り木々の間を縫うように進んで行くこともあった。


マテオは筒先から煙の出ている銃を受け取ると、代わりに装填した別の銃を少女に差し出した。


「大分慣れてきたようだな。こうやって繰り返し順番に撃って癖を体に教え込むのさ」


兵学校でも同じような訓練を受けたが、二人が今手にしているのは生徒が使っていた古びた火縄銃ではなく、最新の技術を取り入れた高価な短銃である。


それでも二挺の銃はそれぞれ弾が幾らか右上に逸れる、引き金を引いてから一瞬の間が空くなどの癖があった。


「よし。今日はここまでだ」


銃を片付けた二人は湿った落ち葉が敷き詰められた小道を歩いて屋敷の方に戻り始めた。


エヴァは大き過ぎる男物の毛皮のコートに包まり、悴んだ手に息を吹きかけている。


鼠色の雲に覆われた空は低く今にも雪が降り出しそうだった。


「早く家に入って温かいものでも飲もう」


マテオはそう言って笑ったが、それから真面目な顔になって尋ねた。


「前から聞こうと思っていたんだが、どうして君はあんなに上手いんだ? 何かコツがあるのかね? 他の武器、例えば弓などでも的に当たるのか今度試してみたいな」


暫く考えていたエヴァはゆっくりと口を開いた。


「……うまく説明できないのですが、以前学校で初めて射撃の練習をした時から、こう銃を構えて息を潜めると頭の中で今だって声がするのです。いえ、声ではなくて確信というか、こう今引き金を引けば絶対当たるという感じがします」


「ふーん、そりゃあ便利だな」


「でも外すこともありますよ」


「いや、それでもたいしたもんだぞ。うちの生徒にも皆君のような能力があればいいのにな。そうしたら世界最強の竜騎兵隊ができていたのになあ! 学校に来るまで銃を持ったことはなかったのだろう? もしかして子供の頃、投石具かなんかで遊んでいたのか?」


「投石具って何ですか?」


「こう編んだ革紐の中に小石を入れて振り回すおもちゃさ。俺はガキの頃、仲間の中で一番良く飛ぶ投石具を作る名人でな。それを持って狩りに行って鳥を仕留めたりしたこともあったぞ」


餓鬼大将のマテオを想像してエヴァは微笑んだ。


「いいえ。私には兄弟がいないので、そのような男の子の遊びはしたことありません。あ、でもサクランボの種を飛ばすのは得意でした。父には下品だと叱られましたけど」


マテオは愉快そうな笑い声を立てた。


「へえ、サクランボの種ねえ。まだはっきりとしたことは言えないが、まさか君に人を殺させる訳にはいかないからな。まあ、サクランボの種を吐き出すのと大差ないだろうよ」




数日後、アルテュスの実家に行っている二人から便りが来た。


オベルは城の使用人から行方不明になった女中の情報を聞き出し、早速彼女の故郷の村にひとっ走りして来たそうだ。


「こいつは本当にまめだからな。こういう時には役に立つよ」


マテオは感心したように頭を振った。


エヴァは笑わずに心配そうな顔をして聞いている。


サラは婚約者だった男にド・タレンフォレスト家よりも条件の良い仕事が見つかりそうだと話していたらしい。


「でも、サラが言っていた有力な方々って誰のことかしら?」


「女中がそんな人に出会う機会なんか滅多にないだろうから、多分アルテュスの家に関係のある誰かだな。方々ってことは夫婦なんじゃないかな」


その人達はちゃんと約束を守ってくれたのかしら?


サラはその家で働いているのだろうか?


でもその人達は船長さんと私を憎んでいて……


「そしてこっちがド・タレンフォレスト家を訪れた客人のリストか。一年半でこんなものか。でも一人一人当たっていたら時間がかかりそうだな」


「オベルとアルカンのことはお義父様にはどうやって説明しているのですか?」


「アルテュスの友人で、奴に頼まれて君が襲われた事件と女中の失踪が関係しているのか調べているとしているんだが、やっぱりまずかっただろうか?」


「船長さんが戻ったらばれちゃいますよね」


マテオはしかめっ面をして顎をぽりぽり掻いた。


「そうだなあ。奴の戻らんうちにさっさと解決させないとまずいな」


湯気の立つ飲み物の入ったコップを両手に持った二人は、居間の暖炉の前に座っていた。


香辛料を利かせた甘い葡萄酒は熱く、はらわたに染み渡るように冷え切った体を温めた。


屋敷に戻った時から難しい顔で、ずっと黙って考え込んでいたエヴァは教官の方を見た。


「ダヴォグール様、この前お話しした時には言わなかったのですが、サラは新しい恋人の子供ができたようなことを言っていました。いえ、はっきりとそう言った訳ではないんですけど、こうお腹を抱いて感謝祭の頃にはもう手遅れだみたいなことを言って。もし本当に妊娠していたのなら、いったい誰の子なのでしょうか?」


「つまり、サラは嘘は言ってなかったということかね? 君を騙したのではなく本当に別の男が好きになり婚約者と別れようとしていたと」


「私、サラのことがとても心配です。彼女は何か陰謀に巻き込まれたのじゃないでしょうか?」


「家出する女中はそんなに珍しいもんじゃないし、女中を孕ませる雇い主もごろごろしているぞ。だが、確かに彼女が書いてくれと頼んだ手紙がアルテュスに行ったのはおかしいよな。父親はアルテュスってことはないだろうな?」


「ダヴォグールさん、変なこと言わないでください!!」


「いや、だけど考えてみろよ。サラの新しい恋人ってのがアルテュスだとしたら? 君達夫婦の仲を裂こうとサラがでっち上げた話とも考えられるぞ」


「……」


「悪い冗談だよ、そんな顔をするんじゃない。君は奴を愛しちまってんだな。健気だなあ、あんな酷い目に遭わされたというのに」


唇を噛んで俯いてしまったエヴァを呆れたように見ながら男は言った。




「出発は明日の朝に決まった。一時課の時間に起こさせるからこの服を着て準備をしておいてくれ」


急にそんなことを言われたエヴァは、男の顔と渡された衣類を見比べながら尋ねた。


「えっ、どこに行くのですか?」


「首都だ」


いつもと違い口数少なくそれだけ答えたマテオはさっさと居間を出て行った。


エヴァは膝の上に服を広げてみた。


少しばかり蓄えのある農夫か職人が着るような男物の服と外套、床には長靴が置いてある。


では、とうとうお役に立てる時が来たのね?


身の引き締まるような緊張感を感じながら、真っ直ぐに座りなおすと両手を組み合わせた。


どうか、どうかちゃんとできますように。


ダヴォグール様はサクランボの種を飛ばすのと大してかわらないと言って下さったけど、どんなことをするのだろうか?


やっぱり誰かを撃たなければならないのだろうか?


今夜はとても眠れそうもないわ。


でもちゃんと眠らないと明日馬の上で居眠りしてしまうかも知れないから、台所に行ってサンザシの花を煎じてもらおう。


薄暗い廊下を与えられた部屋に向いながら、心は既に未知の世界へ飛んでしまっていた。


生まれてからまだ一度も行ったことのない首都に向うのだ。


有名な大聖堂を見たかったし、商店街や王宮にも行きたかった。


今まで立ち寄ったどの町よりも大勢の人が暮らしているのだろう。


嬉しくて思わず手を叩きそうになり、エヴァは肩を竦めた。


まあ、私ったらすっかり調子に乗ってしまって……


大事な任務に行くのよ、観光している暇なんかないわ。


寝室に入ると寝仕度をする前にいつもの習慣で暖炉脇の壁にかかっている聖母マリアの絵の前に跪く。


今頃どこにいるのかしら?


どうかあの人の船を嵐や災難からお守りください。


元気でいますように、無事で帰って来ますように……


それは、古代から漁師や船乗りの妻が、夫の無事な帰還を願い捧げた祈りと同じものだった。


エヴァはよく知っている『ラ・ソリテア号』の勇ましい姿を思い浮かべたが、ふと壁に体当たりを繰り返していた苦しそうな顔が脳裏に浮かび、慌てて頭を振って嫌な思いを打ち消した。


そして、船の上で最後に会った日のことを思い浮かべる。


どうか私の祈りが少しでも彼を守ることに役立ちますように。


強く強く祈れば、この想いが遠く離れた海の上にいるあの人の許に届くのではないかしら?




翌日まだ暗い内から屋敷を出た二人は、やはり平民の姿をした数人の兵を伴い、首都へと向う国道に向って馬を進めていた。


幸いなことに気温は思ったよりも低くなく、道は凍っていないようだ。


しかし、ルエー河の川沿いを行く頃には既に夜は明けていたのだが、霧が出て10歩先も見えなくなってしまった。


馬を駆けさせる訳にはいかず、マテオは悪態を吐いたがどうにもならなかった。


「予定より一日早く出てきて正解だったな。まあ何とかなるだろうよ」


皆、口数も少なく白濁した深い霧の中を進んで行った。


辺りの景色が見えないのが残念だったが、エヴァは目を輝かせ寒さに頬を赤く染めてしっかりと手綱を握り締めていた。


馬車に揺られるだけの旅よりも面白い気がしたのである。


昼頃になると一行は道端に馬を止め立ったまま昼食を取った。


パンと燻製にしたハム、山羊のチーズを葡萄酒で流し込む簡単な食事だが、朝早くから何も食べておらず空腹だった皆には素晴らしいご馳走に思われた。


川沿いの道を離れ国道を進む頃には霧はいくらか晴れてきたが、辺りは薄暗く冬の空は厚い雲に覆われている。


一人の兵が気分を盛り上げようと朗らかな声で歌を歌い始めると、続いて皆も合唱に加わった。


初めは軍隊の歌ばかりだったのだが、皆の声が途切れた時にエヴァがティアベの地方に伝わる民謡を歌い始めると、男達はその地方出身の者が多かったのだろう、懐かしさに目を細めて声を合わせた。


一行は順調に旅を続け、日が暮れると国道脇の村に多くある宿屋の一つで夜を明かした。


武装をした彼らが宿屋に入るとテーブルの周りで話していた皆が口を噤んだ。


キャベツの匂いのする広間には赤々と火が燃え、天井の梁には大きなハムやソーセージがぶら下がっている。


「この匂いは煮込みキャベツとソーセージだろう。皆それでいいかね?」


そう尋ねたマテオに兵達が熱心に頷く中、隣に座ったエヴァがおずおずと口を開いた。


「……生の塩漬けキャベツとハムを少しもらってもいいですか?」


「本当にまあ、健気なことよ!」


マテオが呆れたように叫ぶとエヴァは顔を赤くして黙り込んだ。


「厚切りハムは火で焙ってマスタードを塗ったパンの間に挟むのだろう?」


それはアルテュスの好物であり、ティアベからティミリアに向う旅の途中で泊まった宿屋でエヴァの為にも注文してくれたのだった。


とても美味しいと言った自分にアルテュスが向けた子供のような笑顔にドキドキしたのを覚えている。


こんな小さなことでも彼と繋がっていたいと思う私はおかしいのだろうか?


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