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竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第13章 竜騎兵
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13-1

暖炉脇の椅子に腰掛けたエヴァは、膝に置いた両手でギュッと服を握り締め俯いていた。


マテオがどこからか見つけてきた地味な色のドレスの上に白い前掛けをつけて髪は布に包んでいる。


への字に曲げた唇は振るえ今にも泣き出しそうな表情だ。


3人の男が椅子の後ろに彼女を守るようにして立っている。


そして正面には怒りに燃える瞳で少女を睨みつける赤毛の少年。


屋敷の主人は窓枠に寄りかかり、皆の様子を興味深そうに見守っている。


大きな暖炉には太い薪が勢い良く燃えているが、天井の高い部屋を温めるのには十分ではないようで、窓に格子縞に嵌め込まれている曇った小さなガラス板は所々凍っているようだ。


エヴァの後ろにいる男の一人が取り成すように言った。


「なあ、もういいじゃないか。死んだと思っていたエヴァンが生きていたんだ。エヴァンでもエヴァでも構わないだろうが?」


「君は僕らを馬鹿にしていたんだろう?! 急に消えてしまった君のことをあんなに心配して悲しんだ僕らのことを!!!」


男の言葉が耳に入らないように、そばかすの浮かんだ顔を怒りに染めて少年が叫んだ。


「そんなことありません!! ずっと騙していたことは何度も謝ります。でも、皆のことは本当に大切に想っていた。私だってどんなに本当のことを話したかったか。無事を知らせたかったか……」


必死で説明するが、アルカンは頭を振った。


「以前のように君を友人と思うことも、信用することもできないよ。大体、ずっと僕らを騙し続けていた癖に、急に姿を現して困ったことになったから力を貸して欲しいと言うのは虫が良過ぎるんじゃないか? 人の迷惑を考えたまえ!」


「……ごめんなさい。私、皆に甘えていますよね」


唇を噛んで俯いているエヴァにオベルが元気付けるように言った。


「そんな顔をしなさんな。頭の固い小僧なんかいなくても俺達で何とかしてやるから」


「そうだ、そうだ。弟と思っていたあんたが妹になっただけでさ。俺達はあんたの味方だよ」


普段は口下手なブリスが急き込んでそう言うと、大男で強面のセラファンが声を詰まらせた。


「生きていてくれてありがとうよ」


前掛けで顔を隠して泣き出したエヴァの肩をポンポンと叩きながらオベルがアルカンを睨みつけた。


「だから、おまえにはもう用はないぞ。さっさと竜騎兵隊でもどこでも行っちまえ!」


少年は顔を真っ赤にして怒鳴った。


「公爵に色々理由を並べてやっと離隊の許可をもらってここに来たのに、今更何て言って戻ったら良いのですか?!」


「馬鹿な奴め。理由ぐらい自分で考えろ」


「それなら代わりに私が行きます!!!」


その声に一同はギョッとした顔をする。


皆呆れたように口を開けたままエヴァを見つめている。


その時、パンパンと手を叩きながらマテオが沈黙を破った。


「はい、そこまで!! エヴァは馬鹿なことを言うんじゃない。アルカンは女の子を泣かすなよ」


少年は具合悪そうに目を逸らしたが、エヴァは顔を上げるとしっかりとした足取りで兵学校の教官に近付いた。


「お願いです。今急に思い立った訳ではありません。この前から考えていたんです」


マテオは困ったようにエヴァの澄んだ瞳を覗き込んだ。


「……もしかしたら君に頼みたい仕事があるかも知れないが、ちょっと考えさせてくれ」




「彼らにちゃんと事情を説明した方が良いようだな」


屋敷の主人は同意を求めるようにエヴァに言った。


「はい、ダヴォグール様から話してください」


頷いたマテオは男達に座るように椅子を示した。


アルカンも不貞腐れた顔で窓際の椅子に腰を下ろした。


召使が飲み物と人数分のコップを持ってくると、マテオは酒瓶の蓋を取り皆に注いで回った。


そして、自分のコップにも葡萄酒をなみなみと注ぎ一息で飲み干すとやっと口を開いた。


時折エヴァの意見を聞きながら、男は芝居がかった身振り手振りを交えて親友夫婦に降りかかった災難を一同に語った。


だが、話がアルテュスがエヴァを海に流した所まで進むと、大人しく聞いていた男達が揃って顔色を変え怒りの声を上げた。


「俺達のエヴァン、いやエヴァにそんなことをしたのか?!」


「かよわい女性にそんな仕打ちをするなんて最低の男だな!!」


「畜生、俺がその場にいたら殴り倒してやったものを!!!」


先程までエヴァを非難していたアルカンまで叫び出す始末である。


「その男に思い知らせてやるんだろう? 喜んで協力するぞ!!」


マテオは両手を広げて皆を黙らせた。


「いやいや、敵を間違えてもらっちゃ困る。アルテュスは確かに愚かなことをしたが、奴を罠に嵌めた人物を探すのだ」


そして不服そうな男達の顔を見回すと付け加えた。


「アルテュスは数週間前にここに来たのだが、既に十分な罰を受けていると見えたぞ。自分のしたことを死ぬほど後悔して見違えるようにやつれてな」


「病気だったのですか?」


エヴァの心配そうな声にマテオは笑った。


「自業自得だよ。まあ、頑丈な奴だから心配はいらないだろう」


「やっと生きていることが分かった小さなエヴァンが、実は女で人妻だったとはなあ」


「だけど、結婚する相手を間違えたんじゃないか?」


「そんな怖ろしげな男と何だって結婚なんかしたのかね?」


ざわざわと話し始める男達に向ってマテオが言った。


「まあ、言い訳にしかならないが、どうして奴が浮気の疑いだけで愛する奥方にあんなことをしたのか話しておいた方が良さそうだな」


澄んだ瞳を見開いて首を傾げたエヴァの方に頷くと男は話し始めた。




――――アルテュスには結婚する前に愛した女がいたのさ――――


真っ赤な炭を入れた長い柄のついた銅製の行火で程よく温めてもらったベッドの中に蹲り、エヴァは闇の中でそっと溜息を吐いた。


……やっぱりそうだったの。


アルテュスの船室で見つけた美しいレースのハンカチを思い出す。


あの夜、男の逞しい腕の中で初めての涙を流した時、狭い船室には甘い薔薇の残り香がずっと漂っていたのだった。


引き出しの奥に大切にしまわれていた愛しい人の思い出。


私が泣いたからあの人は捨ててしまったけど、本当はずっと取って置きたい宝物だったのではないかしら?


それから、ティミリアの彫師の家に行った日、意味深長な笑みを浮かべてジェニファーがアルテュスに言ったことを思い出した。


自分の大事な船に名前をつけるほど愛した女の人は、あの人を裏切って他の男と一緒になってしまったのね。


ああ、だから……


エヴァは立てた膝に顎を乗せ、ぼんやりした目でおきがちらちらと赤く瞬いている暖炉を見つめた。


時々私のことを苦しそうな顔をして見ていたのだわ。


だから、一度も私を愛していると言ってくれなかったの。


顔も知らない美しい女を抱き寄せ、優しい瞳で見下ろしているアルテュスを思い描くと、胸が苦しくて堪らなくなりエヴァは呻き声を立てて横に倒れた。


アルテュスが可哀想で仕方がなかった。


私だったら船長さんを決して裏切ったりしなかった。


絶対に一人になどしなかったのに……


熱い涙が溢れ頬を伝って流れ落ちる。


――――ずっと君を想っていた。いや、そんな生易しいもんじゃない。どうにかなってしまうほど君に恋焦がれていたんだ――――


あれは誰に向けた言葉だったのだろう?


私の幽霊にかしら、それとも別れたその人に?


貴方は今どこにいるの?


孤独と名づけた船に乗ってどこを彷徨っているのだろうか?


夫の乗っている帆船は、幼い頃に聞いた御伽噺に出てくる幽霊船のように思えた。


やがて泣き止んだエヴァは、ひんやりとしたシーツで涙を拭うと暗い天井を見つめた。


神様、どうかあの人をお守りください。


愛して欲しいなどと贅沢なことは望まない。


でも、私はあの人を裏切っていないと証拠を見せて安心させてあげたいの。




数日後、アルテュスの実家から使いの者が来た。


「奴の弟から返事が来たぞ」


居間に足を踏み入れたマテオは、暖炉の前に座って繕い物をしているエヴァの方に手紙を振って見せた。


そして、その場で封を切って丸まった紙を広げ、さっと目を通してから声を出して読み始めた。


エヴァは針を持った手を宙で止めて、赤い火に照らされている男の顔を見上げた。


読み終わったマテオは愉快そうに笑いながら言った。


「罠かも知れないが面白そうだから協力するだと? 流石、奴の兄弟だな。使いの者を待たしているので返事を書かなきゃならん。君も安心させるように何か一言書き添えてやったらいいだろう」


「元気そうで良かったわ」


「義姉上の為なら喜んで地の果てにでも地獄の底にでも行こう、か。若造らしい大袈裟な言い草だな。このヤン君は君に惚れているんではないのかね? 野蛮な兄貴が見たら嫉妬に狂って絞め殺しちまいかねないな」


「冗談は止してください。ヤンは船長さんのことをとても尊敬していて、だから船長さんの妻である私にも親切にしてくれるんです」


エヴァが非難するようにマテオを睨んだ。


「そうそう、今度アルテュスがやきもち焼くようなことがあったら、そうやって答えるんだぞ」


エヴァが手紙を書き終えるの待って、使いの者を呼ぶようにと召使に命じた男は言った。


「奴の家の者だろう。君も知っているのではないかね」


帽子を片手に居間に入って来た男は、屋敷の主人に近付くと頭を下げた。


マテオは封をした手紙を差し出し、ニヤリとして言った。


「ヤン君にここで見たことをそのまま伝えるがいい」


顔を上げた男は部屋の中を見回して暖炉の傍に腰掛けている女を見とめると、満面に笑みを浮かべて駆け寄って来た。


「エヴァ様!! 若奥様!! ああ、お元気そうで良かった!!! 城では皆とても心配していました」


エヴァも懐かしい相手に笑顔で挨拶を返している。


傍に来たマテオが金を入れた小袋を男の懐に押し込みながら言った。


「宜しく頼むぞ。彼女がここにいることはヤン君以外には絶対に漏らすなよ」


男は真面目な顔をして頷いた。


「ご心配なく」


使いの者は翌日の明け方にティミリアに向けて出発する予定だった。


そして、オベルとアルカンも一緒に行くことになっている。


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