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竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第11章 幻
61/90

11-6

「なっ、何だあれは?! 大変だ―――!!!」


見張り番の男の上げたけたたましい叫び声に辺りは騒然となった。


いつの間にか霧に紛れて軍船が3隻、『ラ・ソリテア号』を取り囲んでいたのである。


急に姿を現した威容を誇る船は3隻共、敵国の旗をマストに翻し、既に射程に入るまで接近していた。


アルテュスは自分が油断していたことを悔やんだが後の祭りだった。


「迂闊だった。敵は過去2度の敗北で相当な恨みを持っているだろう。一筋縄じゃ行かないぞ」


一目で状況を見て取った船長は、対決しても勝ち目がなさそうなことを確認すると、戦うよりも逃げ出すことを選んだ。


鋭い声で次々と命令が下され、何とかその場を脱出すべく舵手と水夫達が作業に励んでいる中、他の男達は武器を手に取り慌しく戦闘の準備を整えている。


だが、取り乱したりする者は誰もいなかった。


ニールとエヴァは、相棒のしゃもじをベルトに挟み斧を握った『悪酔いブイヨン』に船内に下りるように命じられた。


戦い慣れていない台所の小僧などは兵力どころか足手まといにしかならない。


ドーン―――!!!!!


凄まじい爆音に鼓膜がビリビリする。


敵の攻撃が始まったのだ。


顔を顰め額に汗を浮かばせながら一生懸命に綱を引く男達の頭上を敵の砲弾が唸りながら掠めて行く。


現在『ラ・ソリテア号』をまともに射撃できる敵船は一隻だけだが、残りの二隻も網にかかった魚を逃がすまいと素早い動きを見せている。


敵の弾が命中するのは時間の問題だろう。


アルテュスの船ではその頃やっと装填が終わり、緊張した面持ちの砲手達は号令に従い次々と大砲の音を轟かせた。


「おい、あれに接近しろ。火縄銃の準備をしておけ」


正面から立ち向かったら絶対に勝てない。


だったら不意をつき、こちらから体当たりをして行って、逃げ道を作るしかないさ。




方角を変える度に帆船は激しく揺れ、耳を塞ぎたくなるような大砲の音が連続して響き渡り、エヴァは生きた心地がしなかった。


どうなってしまうのだろう?


暗くて隣に座っているニールの顔はよく見えないが、震えているのだろう、カチカチと歯が鳴るのが聞こえる。


怖いけど。


ここに何も知らないでいる方がもっと怖いわ。


「上に行って様子を見てくる」


エヴァがそう言って立ち上がると、恐怖のあまり船酔いをしているのかニールは具合悪そうに頷いた。


甲板に繋がる階段を上ったエヴァはそろそろと外に顔を出した。


直ぐに目に入ったのは所々破れてぼろきれのように垂れ下がった帆と、斧で邪魔な縄や手摺りを壊しながら大砲を移動している男達である。


辺りには煙と火薬の臭いが漂っている。


船尾楼の方に向おうとするが、火縄銃を構えてマストの影に隠れている男に怒鳴られた。


「馬鹿野郎!!! そんな所でふらふらしていたら頭をぶち抜かれるぞ!!」


丁度その時、敵の砲弾がメインマストを掠めズタズタになった帆に火が燃え移った。


直ちに数人の男が水を汲んだ桶を担いで命がけでマストに登り、きな臭い煙を放つ帆に水をかけている。


幸いぼやで消し止められたが、敵に撃たれたらしい男が足場を失い甲板に転がり落ちてきた。


男は死んでしまったのか、変な具合に体を曲げたままびくともしない。


エヴァは青ざめて震えながら、唇を噛み締め四つん這いになって進んだ。


船長さんの許に行かなくちゃ……


彼が無事なことをこの目で確かめに行かなくてはならない。


勿論、恐怖を感じてはいた。


だがそれよりもアルテュスが危険な目に遭っている時に、自分がその場にいて役に立てるかも知れないということが嬉しかった。




船縁に寄り掛かり銃を構えたアルテュスは、険しい顔つきで近付いて来る敵船を睨みつけていた。


今すぐ敵の包囲を突破できなければ、『ラ・ソリテア号』は沈没してしまうだろう。


数週間前までは死んでもどうなっても構わないと思っていたのに、執拗に生命にしがみついている自分が不思議だった。


こんな所で死にたくない。


俺を信じてついて来てくれた仲間達を死なせたくない。


――畜生!!!


これでお終いか?


何とかならないのか?


…………生きて…………頭の中でエヴァの優しい声が聞こえた。


体に力が漲るのを感じる。


エヴァ、君に約束したようにこんな所で死んだりするものか。


傷付いた帆船は大きな曲線を描きながら敵の軍船に向って針路を変更した。


「よし、全速前進だ!!!」


『ラ・ソリテア号』は白い飛沫を上げ波を掻き分けてぐんぐんと相手に迫って行く。


敵の不審な行動に驚いた軍船も慌てて向きを変えようとするが、アルテュスは相手が躊躇したその一瞬を逃さずに叫んだ。


「撃て!!! 撃ちまくれ!!!!」


耳を劈くような爆発音が一斉に辺りに響き渡った。


その間も帆船は速度を上げ敵船に突っ込んで行くが、体勢を立て直した敵も負けじとばかりに反撃してくる。


弾丸を込める為に銃を下ろしたアルテュスは、その時、肩に焼けるような痛みと衝撃を食らって仰向けに倒れた。


「船長、船長!!!」


周りの部下達が慌てて駆け寄って来た。


すかさず敵船から鬨の声が上がる。


「大丈夫だ。掠っただけだ」


アルテュスは皆を安心させるようにそう言うと、船縁を掴んで体を起こそうとした。




エヴァは目の前に広がる悪夢のような光景を見つめて動けないでいた。


これが戦なんだ。


仲間が怪我をしても助けることもできずに戦い続けなければならない。


自分の身を守る為、まだ生きている仲間達を守る為に。


煙の中でアルテュスの姿をやっと見つけた途端、彼が撃たれて後ろに倒れるのを見たエヴァは放心したように立ち竦んだが、次の瞬間、死んだ兵の脇に転がっている火縄銃を手にしていた。


頭がカッと熱くなり、心臓がドキドキと高鳴って耳鳴りがする。


落ち着くのよ。


幸か不幸かその火縄銃は弾が込められ撃つばかりとなっていた。


船縁に駆け寄り銃を構えながらエヴァは祈りの言葉を口にしていた。


…………お願いです。


一生のお願いです。


この船をお守りください。


……船長さんを助けてください。


私が危険な目に遭った時、守ってくれたあの人を今度は私が助ける番だ。


騒がしい叫び声を上げる敵の兵達の表情もはっきりと分かる程、敵船は至近距離にあった。


この距離では的は外せないだろう。


周りの者の力を借りて立ち上がったアルテュスに狙いをつける男達を睨みつけ、エヴァは口を引き結び目を細めると引き金を引いた。


「撃て!!!」


ほぼ同時に装填し終わった敵と味方両方の大砲が撃たれる。


火縄銃もパチパチと賑やかな音を立てる。


「やった!!!」


敵の弾を巧みにかわして、軍船の船腹に大きな穴を開けることに成功した船乗り達の間に歓声が響き渡る。




脱出成功か?


男達は信じられないという顔で、見る見るうちに遠ざかる敵船を見つめている。


エヴァは火縄銃を膝に乗せたまま甲板にぺたりと座り込んでいた。


アルテュスの方に駆け寄りたい気持ちがあるのだが、膝が震えて立ち上がることもできなかった。


彼が撃たれた時、もう少しで取り乱して泣き叫びそうになってしまった。


大声で自分の正体をばらしてしまいそうになってしまった。


でも、そうする前に何故か銃を掴んでしまったのだ。


敵の指揮官と見える男に命中したかどうかは分からない。


あの人の受けた傷と同じく肩を狙ったのだけど。


エヴァは心配そうな瞳でアルテュスの赤く染まったシャツを見つめる。


普通に立って話しているけど、手当てをしなくて大丈夫なのかしら?


「おい、もっと早く進めないのか?」


イライラと歩き回りながらアルテュスが航海士に怒鳴った。


まだ逃げ切れた訳ではなかった。


残ったニ隻の船が憎い敵を逃がすまいとばかり迫って来ている。


メインセイルがかなりの被害を受けた『ラ・ソリテア号』は、いつもの速度で進むことができないのだ。


こんなにもたもたと漂っていたら直ぐに追いつかれてしまうぞ!!


そして、前方に振り向いたアルテュスは、顔を強張らせ失意に打ちのめされた呻き声を上げた。


『ラ・ソリテア号』の乗組員達は青ざめた顔で、風に吹かれて流れる霧の中から新たに姿を現した黒々とした勇ましい艦隊を凝視していた。


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