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竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第11章 幻
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11-2

港に臨む丘の上で馬車を降りたエヴァは、辺りを見回すとポカンと口を開けた。


ギースには、軍港とは別にティミリアの港よりも更に大きい商港があったのだ。


まあ、何て大きな港なんだろう!!


いったい何隻の船があるのかしら?


この中からどうやってティアベに行く船を探したらいいの?


堤防に囲まれた港湾に浮かぶ帆船を暫く眺めていたエヴァは、やがて決心したように頷いた。


順番に見ていくしかないだろうから、さっさと始めた方がいいわ。


エヴァは荷物を肩に担ぐと、一番近くに停泊している船に向って坂を下り始めた。


波止場には所狭しと帆を畳んだ比較的小さな帆船が並び、沖に錨を下ろした大型船と陸の間をボートが往復している。


並んだマストがすらりと伸びる青い空をカモメの鳴き声が過ぎっていく。


きらきらと春の日差しが眩しい日だった。


近くで見ると何と大きいのだろう。


中に誰かいるのだろうか?


目の前に聳え立つ帆船の船尾灯の下に書いてある名を読んでいると上から声が降ってきた。


「おい、そこの小僧! 何の用だ?」


びっくりしたエヴァは荷物を水に落としそうになり、危ういところで抱きとめると石畳の上に尻餅をついた。


慌てて立ち上がって甲板を見上げ、帽子を取って挨拶をする。


「こんにちは! この船はどこへ行くのですか?」


髭面の男は笑いながら答えた。


「おいおい、船に乗る前に海に落ちるなよ。俺達は南に行くんだ。仕事を探しているのか?」


「南ってどこですか?」


「ここらで南って言ったら南大陸のG国植民地に決まってるだろ」


「ティアベは通らないですよね?」


「ティアベ? 今時あんな田舎に商売しに行く船はないぜ」


がっかりしたエヴァは男に礼を言うとその場を離れた。




エヴァは荷物を足元に下ろすと、汗ばんだ額を袖で拭って溜息を吐いた。


空色の衣装は着ている時はそんなに感じなかったのだが、こうして背中に担いでいると驚くほど重たい。


一隻一隻船を見て回るのにかなりの時間がかかり、ティアベに行く船はまだ見つかっていなかった。


既に時刻は正午を回り腹も空いてきたが、船が見つからないと落ち着いて食事をする気分にはなれない。


今いる辺りは出港間近の船が多いのか、荷を運ぶ者達と多くすれ違うようになった。


大きな樽を転がしていた男がエヴァにぶつかりそうになって悪態を吐く。


「ぼやぼやしてんじゃねえよ!!」


トランクを担いだ別の男に突き飛ばされそうになり、慌ててその場から逃れた。


少しばかり休憩することに決めたエヴァは、波止場の周りを囲んでいる低い石垣に腰を下ろした。


潮の香りのする風が火照った顔に心地良かった。


辺りに人影はないが、遠くから時折船乗り達の叫び声や犬の鳴き声が風に乗って流れてくる。


ああ、気持ちがいいと目を細めたエヴァは、急にハッとして聞き耳を立てた。


カモメの鳴き声に混じって聞こえてきた歌声に心臓が止まりそうになる。


……水夫のなりをして


船に乗り込み職を得た…………


あの日、馬車の中であの人がティムさんと一緒に歌っていた曲を忘れる筈がない。


荷物を手に立ち上がったエヴァは、キョロキョロと辺りを見回して耳を澄ます。


…………船首楼に呼び付けて


微笑みながらこう言った………………


途切れ途切れに聞こえてくる歌に誘われるように歩き出した。




両替商の店をやっと探し当て金貨一枚を崩して貰ったエヴァは、重い荷物を担いで港町をとぼとぼと歩いていた。


あの後、歌声は途切れてしまい、いくら捜しても期待していた船は見つからなかった。


多分、皆が知っている歌なんだわ。


もしかしたらあの人の船かも知れないなんて思った私が馬鹿だった。


がっかりしたエヴァはその後もティアベ行きの船を見つけることが出来ず、港町に遅い昼飯を取りに行くことにしたのだ。


本当に私は馬鹿だわ。


あんなことされたと言うのに、あの人が今どう過ごしているのか知りたいなんて……


空腹で頭がくらくらするが、狭い通りには如何わしい酒屋が立ち並び、男の格好をしているとはいえ一人で入るのは躊躇われた。


着飾った女と腕を組んだ船乗りや、頭の上に籠や壷を乗せた女、家畜を引いた男などが埃っぽい道を忙しなく行き交う。


やっと落ち着いた雰囲気の宿屋の前に辿り着いたエヴァは、雨と風で色褪せた古い建物を見上げた。


ここで腹ごしらえをしてからまた船を捜すことにするわ。


そう決心すると重たい木の扉を押した。


薄暗い広間は早目の夕食を取る男達で混雑していた。


旨そうな魚のスープの匂いに思わず唾を飲み込んだエヴァは、暫く入り口に立ってベンチに座った男達を眺めていたが、隅の方に空いている席を見つけると、荷物を両手で抱えて歩き出した。


やっとのことで席まで行き着くと包みをベンチの下に押し込んで端に座った。


「すみません! 魚のスープを……」


山盛りの皿をいくつも持って近くを通る店の者を呼び止めようと叫んでも、エヴァのか細い声は周りの雑音に掻き消されてしまい給仕人の耳に届かない。


立ち上がろうとすると後ろを通っていた男に勢いよくぶつかってしまい、こっぴどく叱られる。


エヴァはがっくりとベンチに腰を下ろすと、虚ろな瞳で汚れた皿やコップの載っているテーブルを見つめた。


鼻がつんとして涙が浮かびそうになり、慌ててパシンと自分の頬を両手で叩いた。


その時、丁度エヴァの正面の空いた席に割り込んできた大男が、よく通る声で給仕人に呼びかけた。


「ビールをくれ! それからスープとパンとチーズを二人前頼む!!」


そしてどしんと腰を下ろすと目の前の泣き出しそうなエヴァを見て驚いたように声を上げた。


「坊やも食いたいのか?」


相手の答えも待たずに後ろを向いて給仕人に怒鳴る。


「おい、もう一人前追加してくれ!!」




やっぱり……!!!


エヴァは自分の前に座って二人前の夕食を平らげる男を目を丸くして見つめていた。


この人は『ラ・ソリテア号』の料理長だ。


ええと、何て名前だったかしら?


パンをちぎって湯気を立てているスープに入れながら考える。


では、やっぱりあの人の船はこの港に泊まっているのだわ。


料理長は行儀悪く丸太のような両腕をテーブルの上に乗せ、椀を持ち上げて直接スープを喉に流し込んでいる。


あっという間に自分の分を食べてしまった男は、袖で口元を拭いエヴァを見ると歯を見せてニッと笑った。


「美味いだろ」


「こくがあってとても美味しいです。これって魚だけのスープじゃないですよね」


「そうだろう! これは海老や蟹でスープを取っているのさ。よく分かってるじゃないか」


嬉しそうに笑った男にエヴァは勇気を出して尋ねてみた。


「あの、船に乗っていらっしゃるんですよね?」


「うん、そうだが。おまえさんは仕事を探しているのかね?」


「ティアベに行く船を捜しているのです」


「……ティアベねえ。この港ではティアベに行く船を見つけるのは難しいだろうな」


俯いてしまったエヴァをしげしげと見つめていた男は考えながら口を開いた。


「俺達は冬になったらティアベに向うから、それまでうちの船で働いたらどうか?」


驚愕に口も利けないエヴァを見て男は笑い出した。


「おまえさんみたいなひよっこには、水夫の仕事はきついだろうから。俺と一緒に台所で働くっていうのはどうだい?」


「はい! ありがとうございます!!!」


思わず大声で答えていたが、次の瞬間蒼白になった。


料理長は差し出したエヴァの手を握りながら言ったのだ。


「俺はジャック・グロセック『ラ・ソリテア号』の料理長だ。皆には『悪酔いブイヨン』と呼ばれている。一応面接を受けなきゃならんから一緒に連れて行ってやるよ」


面接って誰がするのだろうか?


ジャックさんは私のことが分からないようだけど、あの人にはばれてしまうだろう。


厄介払いした女が生きていると知ったらどうするのだろう?


今度は絶対に助からないように重石をつけて海に沈められてしまうのだろうか?


暗い顔で黙り込んでしまったエヴァを覗き込むようにして男が言った。


「心配することないぞ。面接って言っても簡単なもんだし、台所は人手が足りないって皆知っているから問題ないだろうさ」




連れて行かれたのはギースの牢獄のある通りだった。


「ここは囚人に会いに来た家族が使う宿屋だ。他が空いていなかったんで船の者はここに宿を借りているんだが、俺は最初の晩に食べたさっきの店の魚のスープが忘れられなくてね。出港前に今一度食べに行きたかったのさ」


『悪酔いブイヨン』は広間にエヴァを待たせると、ドシンドシンと音を立てて木の階段を上がって行った。


どうしよう?


逃げ出した方が良いのだろうか?


心臓が痛いほどドキドキと高鳴り、エヴァは緊張で冷たくなった手を握り締めた。


とてつもなく長く感じられた時間の後、やっと階段を下りて来る足音が聞こえてエヴァは顔を強張らせた。


『悪酔いブイヨン』の樽のように肥えた体の後ろから姿を現したのは、見知らぬ男だった。


「ああ、この子か?」


「そうだ。幼く見えてもちゃんと料理の味も分かってるんだぞ」


真面目そうな顔をした若い男はエヴァの前に来ると尋ねた。


「名前は?」


「マリ、えっとマリオです」


「歳は?」


「じゅうはっ、いえ15歳です!」


男はエヴァをジロジロ見つめると考え込むようにして言った。


「歳の割にはチビだな。おまえの顔をどこかで見た気がするんだが……」


「よくそう言われます」


「給料は出ないぞ。代わりに船に乗っている間の衣食住とティアベまでの旅費を約束する」


「はい、一生懸命働きます!」


「いいだろう。俺は『ラ・ソリテア号』の航海士のメレーヌ・デュ・マゴエルだ。出港は明朝六時だ。寝坊したらおいて行くぞ」


「ありがとうございます!」


エヴァはホッとした面持ちで頭を下げた。


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