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竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第8章 新世界へ
41/90

8-3

「ほう」


思わず感嘆の声が漏れる。


蝋燭の明かりで浮かび上がった女の姿は、大層魅惑的であった。


あの粗暴な大男とどんな夜を過ごしているのだろう?


男に組み敷かれても雛菊のような清楚な感じはそのままなのだろうか?


いつかティミリアの港町で声をかけた時から、エヴァのうぶで愛らしい様子は、男達の嗜虐心を煽り色々と妄想を抱かせていたのだ。


今、女は枕を両腕で抱えるようにして、うつぶせになって眠っている。


蝋燭の光にキラキラと輝く金髪が辺りに散らばり、シーツに覆われた身体は丘のようにこんもりと盛り上がり、魅力的な線を描いている。


そして暑かったのか、捲れたシーツの裾からは雪のように白いふくらはぎと小さな足が覗いていたのである。


指先でシーツを抓むとそろそろと剥ぐ。


男達はごくりと唾を飲み込んだ。


シーツと一緒に肌着が捲り上がり、白く丸い尻が露になったのだ。


燭台を持っている方が、女の身体に顔を近づけて囁いた。


「女房に家畜のように烙印を押すとは、趣味の悪い男だな」


男達の目的はエヴァを部屋から連れ出して、自分達の屋敷の地下牢に監禁することだった。


そして自分達は楽しみながら、アルテュスに脅迫状を出して身代金を搾り取ってやるつもりだった。


だが、眠っている女の艶かしい様子を見ているうちに、この場で味見をしてしまいたくなったのである。


「残念だが、折角あんたの物だと書いておいても、何の役にも立たなかったな」


目をぎらつかせた男達は薄ら笑いを浮かべると、エヴァの方に手を伸ばした。




アルテュスの背後に忍び寄る影に気付いたエヴァは、叫び声を上げようとした。


でも、舌が口蓋に張り付いてしまったようで声が出せない。


どうして?


焦ったエヴァは大きく手を振って、夫に危険を知らせようとする。


お願い、こっちを見て!


そうしているうちにも、影は音もなくアルテュスに近付くと、鋭く尖った短剣を振り翳した。


自分の不甲斐なさに涙が溢れる。


逃げて、アルテュス!!!


掠れた悲鳴が漏れた。


その瞬間、何者かに乱暴に枕に頭を押し付けられたエヴァは夢から醒めた。


それとも、これは悪い夢の続きなのだろうか?


息ができなくなり、自分を押さえつけている手から逃れようと必死でもがいた。


やっと顔が自由になったが、叫び声を上げる前に大きな手に口を塞がれてしまう。


無遠慮な手が自分の身体を彷徨うのを感じ、気が遠くなりそうになる。


お願い、誰か!!!


夫にしか許したことのない肌を弄られ絶望的になった。


無我夢中で口を塞ぐ手に噛み付き、手が離れた隙に大声で助けを求める。


目の前に火花が散った。


ベッドに崩れ落ち、意識が遠のくのを感じながら、エヴァはアルテュスに許しを請うていた。


……ごめんなさい。


自分を守ることもできなくて、ごめんなさい。




男は眉間に皺を寄せ、鷲ペンを片手に考え込んでいた。


手元の紙は既に半分程真っ黒だ。


上着を椅子の背にかけ、たっぷりしたシャツの袖を肘まで捲り上げている。


鷲ペンを握る手は大きく骨ばっていて、逞しい腕は褐色に日焼けしている。


男が手紙を書いている机には書類が山と積まれ、崩れ落ちそうになっていた。


古ぼけた木の机はインクの染みに覆われ、封蝋が点々とこびり付いていた。


ナイフで刻んだような痕もある。


書類が飛ばされないように大きな窓は閉じられている。


日光を遮る為にカーテンが引かれているが、それでも部屋の中は蒸し暑かった。


隣の部屋では何か怒っている男の声がしている。


手続きに思ったよりも時間がかかることに苛立った商人だろうか?


時折、事務員が駆け込んできて、両手に抱えた新たな書類の束を机の上に積んで行く。


男は深い溜息を吐くと、手紙の続きを書き出した。


3ヶ月か……


残念だが、これ以上早くは無理だ。


これでも十分な休息を得られなかったと、船乗り達には散々文句を言われるだろう。


もしかしたら、ここに残りたがる奴らもいるかも知れん。


書き終わった手紙を折り畳み、封印しながら男は思った。


この手紙を受け取ったら、妻は喜んでくれるのだろうか?




大人しそうな姿とは裏腹に手強い女だ。


男は舌打ちすると、くっきりと歯形のついた自分の手を見つめた。


蝋燭の明かりでも血が滲んでいるのが見える。


「おい、先を譲れよ」


もう一人の男がベッドに這い上がった。


気を失っている女の脚を抱え上げると、手早く自分の前を寛げる。


その時、どしんと扉が音を立てた。


そして、呼びかける声が扉越しに聞こえた。


「エヴァ様、いかがなさいました?!」


男達は顔を見合わせると女を放し、さっとベッドから飛び降りた。


窓に駆け寄ると、口笛を吹いて下で待っている家来を呼ぶ。


その間も部屋の前にいる者は、女主人に呼びかけてはがたがたと扉を揺さ振っている。


扉に体当たりでもしているのだろうか、次第に音は大きくなってくる。


「ずらかるぞ!!」


男達が窓から縄をつたって庭に降り立った頃、やっと蝶番が外れてド・タレンフォレスト家の召使が部屋に駆け込んできた。


「若奥様、どうなさったのです? 誰か、誰か早く気付け薬を持って来てくれ!!」


肌着姿の女中が酢の入った小瓶とハンカチを持って来た。


「エヴァ様、エヴァ様!!!」


別の女中がエヴァの手の甲を叩きながら泣き声を上げる。




エヴァは薄っすらと目を開くと、辺りを見回して顔を顰めた。


頭が割れるように痛む。


殴られた頬は既に腫れ出しているようで、ジンジンと熱く目が開け難かった。


「ああ、気がつかれたようだ」


「よかった、よかった」


「若奥様、大丈夫ですか?」


「これでお顔をお冷やしください」


口々に心配そうに話しかける召使達に頷くと、エヴァは皆に静かにするように頼んだ。


そして、ベッドから降りるとふらふらしながら窓辺に向かい、机の引き出しを開ける。


その中には、アルテュスにもらった短銃が入っていたのだ。


兵学校でリュスカ公に借りた銃に似て火縄がなく、金属の部分には唐草模様が描かれ、虹色に光る貝殻のビーズが嵌め込まれている美しいものだった。


銃を見た召使がぎょっとして何か言いかけるが、エヴァは手を上げて黙らせた。


月は雨雲に隠れ、窓の外は真っ暗だった。


エヴァは銃を構えると耳を澄ませた。


湿っぽい風が芝生を吹き抜け、木々の枝をざわざわと揺する音が聞こえる。


それから、遠退いて行く足音が地面に微かに響いている。


どうしても指が震えてしまう。


しっかりしなくちゃ。


エヴァは、目を瞑って深呼吸すると銃を構え直した。


召使達は、いつもの優しい表情からは考えられない程、厳しい顔つきをしたエヴァを驚いたように見た。


下唇を噛み、鋭い眼差しで闇を見つめる。


遥か遠くに消え去りそうな足音に意識を集中させる。


召使達は息も吐かずにその様子を見守っていた。


そして、皆の緊張が最高潮に達した時、エヴァは引き金を引いた。


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