表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第4章 馬車の旅
18/90

4-1

季節はあっと言う間に過ぎ、木枯らしの吹く頃となっていた。


朝食の後、校長室に呼ばれたエヴァは、何事が起こったのかとびくびくしながら、呼びに来た兵の後をついて大理石の階段を上った。


校長とは言っても、軍人で王の寵臣であるリュスカ公は、滅多に兵学校に顔を見せることはない。


エヴァも会うのは初めてだった。


エヴァの前を歩いていた兵が広間の扉を開き、中に入るように促す。


「公爵様、エヴァン・ド・タレンフォレストです」


兵の言葉に暖炉の前に脚を伸ばして座り、猟犬を撫でていた男が顔を上げ頷いた。


窓から外を眺めていたもう一人の男が振り返り、公爵に近付く。


その男は不安そうな顔をしたエヴァを見ると、安心させるように頷いて見せた。


アルテュスの親友のマテオ・ダヴォグールである。


エヴァは二人の前に来ると、帽子を取って片膝をついた。


「立ちなさい」


ジル・ド・リュスカは、3年前に父親を暗殺された後、ド・リュスカ家を継ぎ、王軍の将校として活躍していた。


軍服ではなく流行のぴったりしたビロードの上着にレースの飾り襟を着けた男は、神経質そうな顔に鋭い目付きで、尖った顎鬚を蓄えていた。


エヴァをジロジロと観察していた男は、教官の方を見ると言った。


「健康そうな少年だな。これなら使い物になるだろう」


「エヴァンの腕前をご覧になりますか?」


「ああ。俺は目を瞑って買い物するのは嫌いなんでね」


マテオはついて来るようにエヴァに手招きすると、公爵と前に立って部屋を出た。


公爵がピュ―と口笛を吹くと、猟犬が駆けてきて主人の斜め後ろにぴったりと寄り添う。


二人の男の後をついて、銃の訓練に使われている野原に向かいながら、エヴァはドキドキしていた。


私の腕前って射撃のことよね?


どうなるのかしら?


教官が距離を測って的を置くと、公爵は自分の銃を寒さに身を縮めているエヴァに差し出した。


「これで撃ってみろ」


訓練で使っている火縄銃とは違って銃身が短く軽い銃だった。


金属の部分には細かい唐草模様が彫ってある。


指先に息を吹きかけて温めた。


口元を引き締めると銃を構える。


火縄も何もないけれど、このまま撃てばいいのかしら?


「撃て!!」


エヴァは引き金を引いた。




「ダヴォグール様、待ってください」


公爵の馬車を見送った後、さっさと踵を返した男にエヴァが呼びかけた。


泣き出しそうなエヴァの顔を見たマテオは驚いたように眉を上げた。


「そんな顔してどうしたんだ? 素晴らしいことじゃないか、リュスカ公に認められるなんて。荷物を纏めておけよ。アルテュスも秘蔵っ子の手柄を聞いたら喜ぶぞ。俺は早く行って奴に手紙を書かなきゃならん」


「とても、とても有難いんですけど、その話は受けられません」


通りかかった兵が不思議そうな顔をして二人を見る。


マテオは兵を睨みつけ一喝すると、エヴァの背中を押した。


「俺の部屋で話そう」


教官の書斎となっている部屋で、マテオはエヴァに自分の前の椅子に座るように手で示すと口を開いた。


「ちゃんと分かるように説明してくれ。公爵様は、おまえを竜騎兵として自分が指揮する部隊に迎えたいと仰った。普通なら後4年は逆立ちしたって望めない幸運だぞ。竜騎兵って言ったら制服も格好いいもんだぞ。おまえの好きな馬にも乗れるし、確か武器は銃と剣と斧だったと思う」


「はい、とても有難いと思っています。でも……」


「もしかして、怖いのか? おまえの歳では戦が怖いのは当たり前だ。だが、軍人として成功する為には、それを乗り越えていかなきゃならないんだぞ。アルテュスはどうか知らんが、俺も初めて前線にやられた時は、ちびってしまう程怖ろしかった。でも戦場では頭を空っぽにして上官の命令だけを聞いて動いていれば、そのうち恐怖を感じなくなるんだ。まるで麻痺してしまったようにな」


「はい、ですけど……」


「アルテュスはおまえを一年だけ兵学校に預けると言っていたが、奴だってこの話を聞いたら喜んで受けるはずだ。公爵は来週にでもおまえを寄こすようにと希望されてるから、奴が戻って来るのを待つ訳にはいかないが。だから手紙を書いて、奴が港に着いたら直ぐに見れるようにしておこうと……」


ぺらぺらと話し続ける男に、口を挟めない少女は両手を揉み合わせ泣き声を上げた。


「ダヴォグール様!!」


エヴァの様子にマテオは驚いた顔をした。


「どうした?」


「どうか、私の話を聞いてください」


エヴァは立ち上がると頭を下げた。


「今まで貴方を騙していたことをお許しください。私はその話をお受けすることはできません。その理由は……」


「その理由は?」


いっそう深く頭を下げる。


「……私が女だからです!」


「……」


何も言わない教官に少女はおずおずと顔を上げた。




「そんな馬鹿な! 性質の悪い冗談は止したまえ」


男は少女を頭から爪先までジロジロと不躾に見ながら叫ぶ。


「冗談ではありません」


小さな声でエヴァが答え、服の中に隠していた三つ編みにした髪を見せた。


マテオは顔を真っ赤にして立ち上がると、部屋の中をのしのしと歩き回り始めた。


「畜生!!! アルテュスの野郎、一杯食わせやがったな!!!」


耳を塞ぎたくなるような暴言を吐きながら、荒々しく目の前を行ったり来たりする教官を、少女は怯えたように見ていた。


でも、船長さんが悪いんじゃないわ。


私が望んだことを船長さんは叶えてくれただけ。


勇気を出すと教官の傍に駆け寄り叫んだ。


「ダヴォグール様!! 悪いのは船長さんではなくて私なんです。私が兵学校に行きたいなんて言ったから……」


マテオはエヴァの前で立ち止まると言った。


「ばれたら俺の首が危ないってことを、あの馬鹿は知っていて……」


「私がダヴォグール様は、何も知らなかったって証言します。罰は私が受けますから」


いきなり大声で笑い出した男に少女は目をぱちくりさせた。


そして、いつか冬の夜に同じように笑っていたアルテュスを思い出した。


やっと笑い止んだマテオは、手を伸ばしてエヴァのふっくらとした頬を抓んだ。


「あの詐欺師め。だからベタベタ触るなとか言っていたんだな」


それから、何かを思い出したように目を細めるとエヴァの顔を見た。


「もしかして、奴が結婚する相手って貴方のことか?」


「……結婚して欲しいと言われています」


エヴァは頬を薄っすらと赤らめて答えた。


「まだ承知していないってことか? あんな親友を騙す男なんか止めちまえ!!」


「でも……」


「それよりも竜騎兵になった方がよっぽどいいと思うぞ。貴方が奴に惚れているって言うんだったら別だが」


真っ赤になったエヴァを見て、マテオはニヤニヤした。


「図星か、そりゃ残念だったな」


急に真面目な顔つきになった男は言った。


「冗談はさておき、これから奴が迎えに来るまで一月ある。貴方が女性だと分かった今、知らぬ振りして兵学校に残ることは無理だ。リュスカ公に断るのにもっともな理由を考える為にも、貴方はここにいない方がよい」


「家に帰った方がいいのでしょうか?」


「いや、俺はアルテュスの野郎に二言三言、言いたいことがある。奴が恋人を迎えにのこのこと現れるまで、貴方には俺の屋敷で暮らしてもらう」




その日の内に荷物を纏めたエヴァは、10ヶ月暮らしたトリポルト陸軍兵学校を去った。


厩と鍛冶屋の小屋に行き、馬丁のブリス、装蹄師のオベル、鍛冶屋のセラファンに別れを告げた。


友達ができてからは、彼らの所に行く回数は減っていたが、それでも別れはとても悲しかった。


俯いてぽろぽろと涙を流すエヴァの肩を叩いた三人は、困ったことがあったらいつでも力になることを約束してくれた。


エヴァが別れの挨拶をすると、仲良くしていた少年達は羨ましそうに言った。


「竜騎兵になるなんて、エヴァンはいいなあ!」


だが、前広場に送りに出たアルカンは、エヴァの手を握ると言った。


「達者でな。またいつか会えるだろうか?」


少女は少年の緑色の瞳を真っ直ぐに見つめると頷いた。


「今まで本当に有難う。また会えるかどうか分からないけど、君のことは忘れないよ」


広場に止まっている馬車に乗り込むと、既に中にはマテオが座っていた。


馬車が出るとマテオは窓のカーテンを閉めて、向かいに座ったエヴァに布の包みを投げて寄こした。


「これに着替えてくれ」


包みの中は地味なドレスと外套が入っていた。


赤くなって自分の兵学校の制服を見下ろしたエヴァを見て、男は目の前で手を振ってクツクツ笑った。


「いや、制服を脱ぐ必要はないさ。そんなことしたら奴に殺されちまう。上から羽織ればいいんじゃないか?」


ガラガラと揺れる狭い馬車の中で、制服の上になんとかドレスを着たエヴァは溜息を吐いた。


女の格好をするのは、とても久し振りだから何だか変な気持ちだわ。


外套を着てフードを被ったエヴァを見ながらマテオは呟いた。


「何で今まで気が付かなかったんだろうな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ