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竜騎兵と花嫁  作者: 海乃野瑠
第1章 ラテディム海のオーガ
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1-1

……彼らはそのようにして七年間暮らした


同じ船の上、相手が誰かも知らないままで


彼らはそのようにして七年間暮らした


船を降りる時になって初めて相手に気が付いた……








その男はラテディム海のオーガと呼ばれていた。


その6フィートを優に超す背丈と筋骨逞しい体躯は、特に戦闘の際には迫力あるものだったが、別に鬼のような風貌だった訳ではない。


夜の海の色をした鋭い瞳や、短めに切った黒い髪、笑うと白い歯の除く赤銅色に日焼けした精悍な顔つきは、男慣れした女には大層魅力的に見えるのではないかと思われる。


また、子供の頃からよく人を食ったような奴だと言われてきたが、実際に人を食ったことはない。


その男の名をアルテュス・ド・タレンフォレストと言った。


中流貴族の家に次男として生まれ、学校に行く歳になると親にさっさと海軍兵学校に放り込まれた。


父方の祖父は一生を国の為に捧げた海軍将校だったのだが、その息子であるアルテュスの父親は軍人とはならず、香辛料の商いで成功していた。


仕事が忙しく留守がちな父親と、長男次男に続いて次々と子を生んだ母親は、長男ならまだしも丈夫な次男を構っている暇などなかった。


愛情に飢えた子供は、よちよち歩きの頃から周りの大人の気を引く為に悪さばかりしていた。


それが更に両親との関係を悪化させることは、子供心にも薄っすらと分かっていたのだが、どうしようもなかったのだ。


そして罰されれば罰される程、打たれれば打たれる程、アルテュスの悪戯はエスカレートしていったのである。


兵学校への入学が決まると、この次男の操行に散々悩まされてきた親は、やっとこのならず者を厄介払いできることを喜んだ。


アルテュスは学校を卒業すると同時に海軍に入ったのだが、3年程勤めると自主退職して故郷に帰って来てしまった。


親は驚いて何故そんな愚かなことをしたのか問い詰めたが、アルテュスはそれには答えずに父親に自分が相続する予定の金を貸してくれるように頼んだ。


金を貸してくれれば直ちに家から出て行く、そして返却できるようになるまでは絶対戻らないと誓ったのだ。


渋る父親から殆ど脅すようにして金を搾り取ったアルテュスは、約束通り家族の前から姿を消した。




それから数年後、アルテュス・ド・タレンフォレストは私掠船の船長として、24門の砲門を持つ愛船『麗しのマリルー号』に乗り込み、50人の部下と共にラテディム海をまるで自分の遊び場でもあるように荒らし回っていた。


敵国の商船の船長達は、嵐より反乱より何よりも水平線に不吉なフリュートの影を見つけることを恐れていた。


『麗しのマリルー号』が見えた時には、既にその船は運命の神に見放されたものと言っても良かった。


アルテュスが海軍時代に仕入れた知識を基に改造されたこの3本マストの帆船は、スルスルと敏捷に敵の船に近付き、奇襲をかけることに優れていたのだ。


敵船が速やかに降参しなかった場合、接舷し合っての戦闘では、アルテュスは敵に対して容赦しなかった。


銃を二挺ベルトに挟み、右手に剣、左手に短剣を持って襲い掛かってくるこの大男を目の前にすると、いかに勇敢な戦士であろうとも体が恐怖に慄くのを避けられなかった。


その豪胆な振る舞いや派手な捕獲によって、アルテュス・ド・タレンフォレストは着々とラテディム海一帯でその名を広めていった。


そして、敵国の水夫らは、血生臭い戦いの中をまるで楽しんでいるかのように暴れ回るこの船長を、いつしかオーガの名で呼び恐れるようになっていた。




その日、『麗しのマリルー号』は昼過ぎに無事ティミリアの湾に入港すると錨を下ろした。


アルテュスは数人の部下に船の警備を命じると、残りの者には上陸を許可した。


真夏の日差しが眩しい日であった。


男達は1年振りに故郷の土に触れ、受け取った給与をポケットに、喜び勇んで港町に向かった。


アルテュスは暫く男達と一緒に歩いたが、町に入る前に別れた。


「では10日後に港で会おう。あんまり羽目を外し過ぎるんじゃないぞ。約束の時間に船に戻っていない者は置いて行くからな」


船乗り達は満面の笑顔で船長に敬礼すると、女と酒が待っている港町を目指して道を急いだ。


部下達と別れたアルテュスは、久し振りに口笛を吹きながら町外れにある丘に登る坂道を急ぎ足で進んでいく。


嵐や悪魔を呼び寄せると言われる口笛は船の上ではご法度だったのだ。


後ろにはトランクを担いだ召使が汗水垂らしヒイヒイ言いながらついて来る。


途中、日差しを遮る植物は殆どなかった。


道の両脇の地面は青々とした羊歯に覆われ、潮風で捩れ曲がった松が所々に立っている。


海が見渡せる頂上には一年前にアルテュスが建てさせた大きな家があった。


そして家では許婚のマリルイーズが、彼の帰りを首を長くして待っている筈であった。




マリルイーズは港町の娼婦の娘だった。


幾許もしない内に死んだ母親と同様に客を取らなければならぬ運命だった所を、二年前のある日、この若く有望な船長に見初められ、娼館から連れ出されたのだ。


アルテュスはそんな環境で育ったとは思えない程、あどけなく朗らかな娘を愛しみ、服や宝石を与え彼女の為に家を建てさせた。


マリルイーズは美しい娘だった。


まだ幼さがいくらか残った顔は明るく、緑色の大きな瞳とつまんだような可愛らしい鼻、さくらんぼのような赤いぽってりとした唇をしていた。


髪は栗色でたっぷりとして艶があり、マリルイーズは梳ったまま自然に背中に垂らすことを好んだ。


そして幼い顔つきとは対照的に、大層男心をそそる豊満な身体をしていた。


アルテュスは自分の恋人をまるで海の泡から生まれた美の女神のように美しいと思い、肌を合わせた後マリルイーズが眠ってしまってからも、揺らめく蝋燭の光で恋人の姿をあきもせず見守るのだった。


だが幸せな生活も長続きはしなかった。


半年もしないうちに以前から冷戦状態にあった隣国と東部の国境近くで諍いが起こり、アルテュスは国王にラテディム海を敵国の船が通行出来ぬように封じることを命じられたのだ。


そして、別れを嘆き悲しむ恋人を慰める為、アルテュスは戻ったら彼女と結婚することを約束したのだった。


トランクの中には、大きなエメラルドのついた金の指輪と外国の市場で競り落とした珍しい豪華な生地で作らせた婚礼の衣装が入っている。


エメラルドはマリルイーズの瞳に良く合い、燃えるような赤の衣装は彼女の美しさをさぞかし引き立てることだろう。


アルテュスはそれを見て手を叩いて喜ぶだろう許婚を想いうかべ、厳つい顔に似つかわしくない優しい表情を浮かべる。


家に近付くにつれ段々足並みが速くなり、最後は殆ど駆けるようにして家に向かった。




錆付いた門を押して庭に入ると、アルテュスはずっと手入れをしていなかったように見える荒れた庭に眉を潜めた。


雇った庭師はどこへ行ったのだ。


マリルイーズには纏まった金を渡して、毎月召使達に幾ら渡せば良いかを教えている。


アルテュスは厳しい目付きで庭の真ん中にそびえ立っている家を眺めた。


日差しを遮る為だろうか、一階の雨戸は全て閉っている。


アルテュスは庭を横切ると、玄関の階段を駆け上がった。


嫌な予感がする。


直ぐにでも、マリルイーズの可愛い顔を見て安心したかった。


「おい、誰もいないのか?」


家の中は薄暗く、蒸し暑かった。


居間を覗くが誰もいなかった。


客でも来たのか、ブランデーの瓶と華奢なコップが二つ銀の盆に乗っている。


瓶の蓋は開いたままだ。


蝿が一匹コップの周りを飛んでいる。


「マリルイーズ?」


アルテュスは階段の方に行きながら許婚の名を呼ぶが、答えはない。


ギシギシと軋む木の階段を一息に駆け上がると、自分達の寝室に向かう。


その時、妙な物音が耳に入った。


アルテュスは顔色を変えると寝室のドアを蹴り上げた。


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