第36話 本心
「ああ……ダメだ。いや、大丈夫だ。いや、ダメだ。やっぱり大丈夫だ。いや、やっぱりダメ……」
「どうしたの、メイタロウ?」
いよいよ決勝の時間は迫って。
ロドとメイタロウは、再び競技用フィールドへと向かっていた。
しかしその道中、後ろを歩きながら小声でブツブツ言うメイタロウに、さすがのロドも首をかしげる。
メイタロウはぎゅっと拳を握りながら熱弁の格好をとった。
「緊張がマックスだと術もうまく使えないだろ? だから少しでも緊張をほぐすために『僕は緊張してない』と自分に暗示をかけてるんだ。でも、緊張してないと言い聞かせれば言い聞かせるほど逆に緊張してきて……。それをほぐすためにまた暗示をかけるから結局……」
青年の言葉にロドは一瞬口を半開いたまま黙ったが、
「そんなときは体から緩めた方がいいんだよ。ほら、深呼吸。すーはー、すーはー」
と、結構オーソドックスな緊張解消法のお手本を見せてくれた。
オーソドックスだけど、やっぱり緊張にはそれが一番かも知れない。
メイタロウも両腕を開くと、ロドを真似て深呼吸を始めた。
「すーはー、すーはー」
しかし、そんなふうにすーはー、すーはー歩いていると……。
「何してんの、兄貴……」
「あ」
向こうから歩いてきていた弟と遭遇してしまった。後ろにはペアのセリーンもいる。
スオウは若干面食らったような表情で足を止め、セリーンもぽかんとした顔でこっちを見ていた。
メイタロウも思わずその場で足を止めてしまった。恥ずかしいところを見られた……。
いや、そうではなく。
ロドとメイタロウ。スオウとセリーン。
決勝進出ペアが、ロビーから会場への入り口で鉢合わせになったのだ。
一瞬変な空気になったが、すぐにその場は試合前の両ペアにしかない緊張感に包まれた。
スオウとがっつり目が合う。
しかし鉢合わせで時間が止まっていたのも束の間だった。
「おい、決勝進出ペアが揃ってるぞ!」
四人に気付いた記者達が、すかさず周りを取り囲む。瞬く間に、その場にフラッシュの嵐が巻き起こった。
即席で決勝進出ペアの囲み取材が始まってしまったのだ。
「すいません、こっちにも目線お願いします!」
「決勝の意気込みを! 意気込みを聞かせて下さい!」
そう矢継ぎ早に要求やら質問やらが飛んでくる。先ほどマスコミにもみくちゃにされたメイタロウは、まるでサバンナでハイエナに囲まれたシマウマの気分だ。
反対に、スオウはそれはスマートに取材に対応している。決勝を控えている身にも関わらず、決して記者達を無下にしたりしない。
セリーンはいかにも新人っぽく、緊張の面持ちながらも質問には爽やか笑顔で回答する。この貫禄、さすがプロ魔術師達だ。
メイタロウなんてさっきまでの深呼吸が意味をなさないほどがっちがちなのに。
そしてロドは……緊張していないというより、これは完全に慣れている。
記者の要望に答えて杖を構えてみたり、無表情ながら口角を上げてみたり。……全く笑えてないよ。
でもある意味スオウと同等にスマートだ。こんなときまでマイペース。やっぱりただ者じゃないな。
「そうですね。今回の優勝賞金はりんごパフェ……個分なので当然やる気も……」
そのように個性的にインタビューに答えるロドのとなりで、全てに慣れない、挙動不審のメイタロウにももちろん記者は質問をぶつけてくる。
中でも、
「試合の意気込みを是非お聞かせ下さい。弟さんと戦うのはやはり心苦しいものがありますか?」
「……」
その質問に、青年は動揺を超えてまばたきすら出来なくなってしまった。
スオウはこちらに視線こそ向けなかったが、兄がその質問をされたのを確かに聞いたはずだ。
弟と戦うのが心苦しいか。
もし本音を言うなら、それ以上だ。心苦しいなんて言葉じゃ言い表せない。
パートナーを助けるためなら、ペア戦でなら、それでも向き合うことができる。しかし胸に宿るわだかまりは決して消えたりしない。
目を開いたまま、何も言えなくなってしまいそうだった。
しかし胸を押さえようとして、その右手の袖に付いたものが視界に入ったとき。そのときに、手の震えは握り拳に変わったのだ。
まぶたを閉じて、一つだけ深呼吸する。
「スオウは実力も精神面も含めて、僕の尊敬する魔術師です。この街で彼と一緒に苦労してきたし、……彼が一人で苦労したのも知ってる。だから、戦うのが心苦しくないと言えば嘘になります」
「兄貴……」
「でも今は、その誇りに思う弟にこういう形で挑めることを、一人の魔術師としてとても嬉しく思います」
するすると、普段なら言えないような言葉が口から漏れ出した。
でもこれは今のメイタロウのもう一つの本心だ。
もしわだかまりがなければ、何の足枷もなく弟に向かっていけるなら、どれだけいいかと思う。もしそうなら……。
右手のカフリンクスは、最後に青年がこう言うのも助けてくれた。
「今の僕の持てる力で、全身全霊で試合にのぞみます。スオウはそれだけの選手です」
セリーン越しに、弟がちょっと微笑んだのが見えた。
「次、杖を掲げる感じでお願いします!」
カメラマンの声がして、シャッターが一際激しく切られる。
記者達がロドとスオウの並びの写真をリクエストし、二人が快くその求めに応じたのだ。
今大会最強アマと新進気鋭のプロ魔術師。当然マスコミにも注目されるべき二人だ。
決勝の試合の流れを作るのもこの二人になるだろう。
カメラのフラッシュを浴びる両者は、そろってくせ者の風格だ。和やかな雰囲気で並びあっても、全く相手に踏み込ませない。
記者達は二人に一通り聞きたいことをぶつけていく。
そしてそれもひとしきり終わったと思われる頃だった。
「兄弟お二人の写真も撮らせて下さい!」
その言葉に、スオウとメイタロウはそろって目を見開く。
二人が何か言おうと口を開きかけたとき、
「すみません! もう試合開始時刻になりますので、取材の方はそこまででお願いします!」
大会の係が、記者達をかき分けて声を張り上げた。
取材は終わり。いよいよ決勝だ。
何だかんだ、メイタロウは緊張を解く暇も与えられなかった。
言葉もなく、兄弟はそれぞれその場を後にしていく。
最後にスオウがかすかに、本当にかすかに兄の方を振り返った。
その姿を、ロドはさらにさりげなく視界におさめていた。




