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桂の疑問

 その日、桂はカフェで男を待っていた。


 手元にはホットコーヒーのカップ。何も注文しないのは失礼だろう、という考えから注文したものだ。


(この店のコーヒーはまあまあだな)


 一応、桂の家にもコーヒー豆は置いてあるものの、緑茶を好む桂はあまり飲んでいない。主に消費しているのは鈴と千。最近では香澄もよく飲んでいた。

 三人に誘われた蘭がコーヒーを飲んで顔を顰めていたのを思い出し、口元に笑みが浮かぶ。


「珍しいねぇ。君がそんな風に笑うなんて」

「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ」

「ごめんごめん。こっちも昨日の事後処理があってね。席を離れるわけにはいかんかったのさ」


 へらりと気の抜けるような笑顔を顔に張り付けた男が桂の向かい側に座る。桂の類まれなる美貌に目を惹かれていた店の内部の人間は、関係性の見えない二人だと驚く。


 しかしこの場に香澄がいれば、納得したように頷くだろう。

 この場にいる者たちは誰一人として、その男相手に疑念を抱かない。表情に油断し、一時の交わりとして会話を紡ぐ。どこにでもいる人だと思いながら。使命に準ずる覚悟を決めた男が、その為ならば笑顔で会話している相手の首を搔き切ることなどまるで想像できぬまま。


 その恐ろしさに気づいているのは、この場でただ一人。同じく目的の為ならばどんな行動も躊躇しない妖怪だけだった。


「それで、僕を呼び出した理由は? 君が僕を呼ぶ理由の大半が面倒くさいことだから、極力呼ばないでくれると助かるんだけど」


 タッチパネルから桂と同じコーヒーを注文しつつ、男は用件を急く。


「調べてほしい人間がいる」


 端的に答えれば「それ本当に僕宛? 妖怪じゃなくて人間なら探偵とか雇いなよ」と至極全うな返しをされる。


「お前が理由を尋ねたんだろう」

「どうせあの妖怪に関することだと思ったんだよ。君の理由の大半はそうだから」


 男は飾らない口調で桂と話し、肩をすくめて面倒そうにため息をつく。


 もし妖怪庁の人間が彼の態度を見れば顔を青くさせ、妖怪が見れば肩を震わせ縮こまる。そのくらい桂という妖怪は、敬われるのと同時に恐れられているのだ。

 そして男はあえてこの話し方を選んでいる。桂は話し方一つで怒ることはないと分かっているからだ。


 逆に震えながら丁寧に話しをする方が桂は苛立つ。畏怖されるのは慣れているが、好んでいるわけではない。

 妖怪でも人間でも、相手によって相応しい形で接する。そうした方が得だと男は――虎尾平助は長年の経験から理解していた。


「で、調べてほしい人間って? わざわざ僕に頼むってことは、噂の新妻かな」


 口元だけに笑みを携え、平助はピタリと相手を言い当てる。桂は驚く素振りは見せない。そのくらいは予想がついたからだ。


「あぁ、倉橋香澄。それと、倉橋家についても調べてほしい」

「まぁ、君の一存で追い出すわけにはいかないもんね。国からのお願いだし。まさか、君が匙を投げるほど酷い子が来るとは……祓い屋達ももっと真剣に選べばいいのにね」


 平助の頭に浮かんでいる酷い子。妖怪を厭う、祓い屋として当たり前の少女。桂の前ではおべっかを使い、それ以外の下働きにはキツく当たる。


 それは香澄が来る前に桂が想定していたものだった。


「お前の考えてることはなんとなくわかるが違う」

「……違うって?」

「妖怪差別の酷い、祓い屋らしい祓い屋。俺を恐れながらご機嫌取りをしつつ、寝首を掻こうとする……そんな女の方がまだマシだ」


 平助は桂の言葉の意味を掴もうと数秒黙る。しかしいくら考えてもそれより最悪な子の想像がつかずに「どういうこと?」と率直に疑問を投げる。


「アイツがうちに来た時、家に入れと言った俺に何をしたと思う」

「質問に質問で返さないでほしいんだけど……。なんだろうね、いきなり倒れたりでもしたのかな。君はオーラで人の一人くらい殺せそうだし。それか、妖怪の家なんて汚らしいとか言ったり?」

「俺を殺そうとした」

「……聞き間違いかな。おじさん、最近耳の調子も良くなくてね。もう一回お願い」

「俺の首を狙い、隠し持っていた短刀を振るった」

「なんで? 君を殺しても倉橋家にも、祓い屋全体にも得はないよね。逆に死ねば面倒なことになる」

「そして何を言ったと思う」

「えぇ……当たる気がしないんだけど。うーん、殺そうとした理由が見えないから本当に何もわかんない。答えは?」

「処断しろ、と言った。俺に殺せ、と」


 平助は頭を抱えた。想像をとんでもない高さで超える少女に。もし相手が桂ではなかったら、自分の仕事量がとんでもないことになってそうだ。いや、なってそうではなくほぼ間違いなくなっていただろう。今回の件が桂に行ってくれて良かったと、心の底から安堵する。


「何その子?」

「俺が聞きたい。それからも事あるごとに暗殺を狙ってくる。手段は問わずにだ。毒も盛られた」

「倉橋家の無能が新妻に、としか聞いてないんだけど僕。あとで報告してきた部下とお話しをないとだなぁ」


 誰が伝達をしてしたのか。思い出そうと頭を回転させる平助。


 彼は今、自分が失言したことに気づいていなかった。


「倉橋家の無能……? それは、香澄のことか」

「え、倉橋家の次女でしょ。君のところに来たの」

「あぁ、だが無能? アレが?」

「前当主の忘れ形見の次女は、現代最強の祓い屋の才能を受け継がずにまともに術が使えない無能、だって話だよ。戦闘も得意ではなく、依頼一つまともにこなせない。主に連絡や雑用をしてるって」


 平助が語った香澄の話は、桂からすれば到底信じられない話だった。香澄が術を使えないのは本当だが、この間だって一人で依頼をこなしてみせた。桂はその目でしかと確かめたのだ。彼女の実力を。その可能性を。


(嘘……。しかしそんな嘘がなぜ当たり前のようになっている。香澄は、自分の評価にこだわらないだろう。嘘をつく必要はない。この嘘で得をしているのは――)


 そこまで考えて、桂は頭を振って考えを霧散させた。いくら今考えても憶測を重ねるだけだ。証拠も根拠もない。まだ考えるべきときではない。


「虎尾、その噂についても詳しく調べろ」

「えぇー、君は僕のことなんだと思ってるの」

「仕事はきちんとこなす男だと思っている」

「褒めても何も出ないし、君に褒められても嬉しくない」

「褒めてない。見たままのことを言っている」

「……君もタチが悪いよね。まぁ、お嬢さんに暗殺をしてくる以外の短所? がないなら、そのまま結婚しなよ。妻帯者でいれば、女性の涙の数を減らせそうだし」

「香澄の短所か……」


 考え始める桂を見て、平助は慌て始める。


「え、他にもあるの? 妖怪差別酷いとか?」

「いや、妖怪を尊重する頭のおかしい奴だ」

「なんでそんな子が君を殺そうとするの……」


 平助の中の香澄像。高飛車お嬢様は崩れ去り、いまいち想像がつかずに軟体になりつつあった。もはや人間ではないが、普通の人間なら絶対にしないことをしている以上、歪むのは仕方ないことかもしれない。


「イカれた人間だが、見ていて楽しくはあるし、太刀筋は綺麗だ。鈴や蘭とも仲良くしている。変人だが」


 香澄のことを考える桂を見て、平助は何かに気づく。まだ微かで、いつ消えてもおかしくない灯火。どこかできっかけさえあれば、一気に燃え上がってもおかしくないそれに、きっと桂は気づくことすらしていない。


(――まさか、あの桂がねぇ。果たして何者なのかね。噂の無能な新妻ちゃんは)


 香澄のことが気になりはする。しかし、祓い屋と実際に会う機会は殆どない。会いに行っても桂の機嫌を損なうだけだ。


 だから興味に蓋をし、粛々と命令をこなすことにするのだった。

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