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08

向島住宅街でいよいよ市街戦開始。

次回は凄絶な屋内戦バトルです。


次回は1月23日(日)深夜零時の更新を予定しています。

よろしくお願いします。


では、ごゆるりとお楽しみください。

 城島を乗せたレクサスは、住宅街の中にある食品加工会社の廃工場の中に入って停車した。元々、さほど大きくもない零細企業の工場だったが、作業機械類はとっくに売り払われてしまっており、内部は思いの外、広かった。

 レクサスから降り立った城島が、眼前に整列した完全武装で固めた六人の兵士達の顔を順番に見据え、言った。

「これから始まる戦闘は、この国の法執行機関との最初の接触となる。貴様らの戦力であれば、苦もなく捻り潰せるだろう。だが手加減はするな。彼らに、我々への畏怖と恐怖を植え付けろ!」

 兵士達は、復唱の代わりに一斉にタボールAR21のコッキングハンドルを引いた。見事な金属音の調和が、何もない廃工場に響き渡った。



 武藤のBMWは、城島のレクサスの入った廃工場の二ブロックほど手前で停車した。

 運転席から降り立った武藤は、周囲を見廻して舌打ちした。

「住宅街のど真ん中かよ……」

「本当にこんなところで始める気なんですか?」

 ヘルメット姿の完全武装で、個人携行の制圧火器として独H&K社製MP7A1を抱えた由加里が、泣き出しそうな声で言った。武藤も既に戦闘装備に着替え、MP7A1を背中に背負っている。

「小人数で待ち伏せするには住宅街は最適のロケーションだ。特に攻め込む側が住民に配慮せざるえない場面ではな。イラクのファルージャでは、それで米海兵隊が苦しめられた」

「そんなこと言ってるんじゃありません!」由加里はかっとなって叫んだ。

「この近くには小学校もあるんですよ! もうすぐ下校の時間だし、流れ弾に子供が当たったら──」

「だったら、流れ弾なんか出さないよう、敵が撃つ前にお前が先によく狙って撃て」

「ふざけてるんですか!?」

「ふざけてるのはどっちだ?」

 武藤が由加里の胸倉を掴んで言った。

「『始める』んじゃねぇ。もう『始まって』るんだ。子供を捲き込みかねないロケーションを選んだのは敵だ。ここでビビって俺達が逃げ出したら、俺達が戻ってこざるえないように奴らは地元住民に手を出すぞ。

 それが嫌なら余計な被害が出る前に、先に敵を潰す。選択の余地なんざねぇ」

 武藤が断言して、手を離す。

 言い返したいのに、言葉にならない。自重一キロ強とこのクラスの火器にしては、驚くほど軽いはずのMP7A1がやけに重く感じる。自分が見知った人達、言葉を交わした人達を護らねばならない──この銃で。だがそれは、この手で人を殺すことを意味するのだろうか。

 こうして見ると、高尾事件や歌舞伎町のビル爆破事件で何十人ものヤクザが命を落とした現場に立った時、痛ましさや恐ろしさは感じていても、「人が死んだ」ということ、「生命が奪われる」ということをあまり実感を持って捉えてきていなかったことを思い知らされた。殺されたヤクザ達にだって、家族があり、友人があり、それぞれの人生があったはずだ。罪を負うて生きる者であっても、償う機会すら与えられずに理不尽に人生を摘み取られねばならない(いわ)れはなかったはずだ。

 勝手な話だと思う。その暴力が身近な人々に向けられたと知った瞬間に、由加里は犯人達が行った行為の恐ろしさを初めて実感しつつあった。

 だから、この銃を使って、それを阻止する──と単純に割り切れるものでもないのも事実だった。

 この半年間に経験した警察官としては特異な日々は、スイッチさえ入れば自動的に敵を倒すためのさまざま技術を解放できるように由加里の心身を作り替えている。

 だが、それを使って犯人を「殺す」のか?

 いや、「殺そう」とする意志を持たねばならないのか?

 頭の中をぐるぐると渦捲く答えのない問いに、由加里はいっそ吐きそうだった。武藤の命じた「(はら)を括れ」という言葉に、まったく応えられていない自分に愕然とする。

 しかし状況は待ってはくれない。由加里の心の準備どうあろうと、もう間もなく戦闘に突入してしまう。

 蒼褪めて硬直する由加里をよそに、武藤は戦闘服の襟元につけた喉頭(スロート)マイクを押さえて囁いた。

「結城、マップ情報! それと付近の防犯カメラ映像をこっちに廻せ」

『住宅地図をそちらの端末に表示します。防犯カメラはダメですね。地元自治会の設置した防犯カメラは、犯人の逃げ込んだ廃工場を中心とする周囲のブロックで全部潰されています』

「端から期待しちゃいなかったがな」

 武藤は舌打ちして、右腕の裏側のホルダーに納めたスマートフォンに視線を落とす。歌舞伎町で使っていたようなタッチパッドPCは戦闘中の使用には適さないので、こちらに切り替えている。

 そこに表示される小さな民家が密集する地形に眉をしかめた武藤は、画面をタップして無人偵察機(UAV)からの俯瞰映像に切り替えた。新木場から飛び立った警視庁航空隊保有の無人偵察機(UAV)は翼幅九メートル──米軍の使用する無人偵察機(UAV)グローバルホークの約四分の一の大きさで、上空一〇〇メートルの高度をゆったりと旋回している。そこからの映像に目をやり、不機嫌な唸り声を上げた。

 屋根と屋根が接近していて、家屋の間の路地がよく見えない。この下を敵に走り廻られたら、上空の無人偵察機(UAV)からではまず補足できない。敵はむしろ、この地勢を利用するつもりで、ここに誘い込んだに違いない。

「………………」

 しばらく無言で考え込んでいた武藤が、不意に天を仰ぐ。そのまま、何かを探すように真剣な表情で四方へ首を巡らせた。

「警部?」

「結城、警察(うち)の物以外に付近を無人偵察機(UAV)らしき機体は飛んでないか?」

『? いえ、今の所、それらしき機体は……?』

無人偵察機(UAV)がどうかしたんですか?」

 訊ねる由加里に、武藤は言った。

「これだけハイテクを使いこなしている敵が、予定戦場の上空に無人偵察機(UAV)も上げていないのはおかしい。昼間なら、ラジコン機にカメラと送信機を載せた程度のもので用が足りる。今時、そんなものはソマリアの海賊だって使ってる。連中が無人偵察機(UAV)を飛ばしてないのは、飛ばす必要がないからだ──結城、無人偵察機(UAV)の映像が抜かれてるぞ!」

『!? そんな、バカな!?』一瞬、驚きの声を上げた結城が、すぐに反論する。

無人偵察機(UAV)の通信は上空の通信飛行船(コムシップ)へのアップリンクですから、上方向にしか向いてません。地上から傍受するのは不可能ですよ。搭載機器から洩れる微弱な作動電波を拾うにしたって、シールド対策は厳重ですから、よっぽど大規模な受信設備でもないと──』

「そうじゃない。〈グランドスラム〉から直接抜かれてると言ってるんだ」

 武藤は結城の反論を遮って断言した。

『それは……いや、ありうるか。少なくともそれを前提にしなきゃ、ダメだな。

 それで、どうします? 無人偵察機(UAV)を引き上げさせますか?』

「いや、俯瞰映像はこっちでも必要だ。そのまま飛ばしとけ。ただし、こちらの所在が知られないようにコースは調整しろ」

『了解』

「それより、マップに表示されているこちらの所在情報は、〈グランドスラム〉にも上がってるのか?」

『いいえ。そいつは警部が今使ってるスマートフォンのGPS機能を使って、携帯キャリアから得た情報を本部(こっち)結合(マージ)したものです。〈グランドスラム〉には上げてませんし、固有の携帯番号が判らない限り、どこからも追跡できません』

「よし」肯き、武藤は続けて問うた。

「住民からの通報は?」

『今の所ありません』

「高尾と同じ犯人なら、防犯カメラを潰して電話回線をそのままにしてるとは思えん。確認しろ。それと付近の交番に駆け込んだ住民などがいれば、その情報もこちらに廻せ」

『了解しました。──複数の住民宅に電話を掛けてみていますが、確かに回線が途絶しているみたいですね。携帯電話については、今のこの回線が維持出来ている間は繋がっているって保証になりますが』

 武藤は由加里を一瞥した。

「潮、お前、交通課時代にこの辺りの担当だったと言ったな」

「はい。この辺の住民とも顔馴染みでした」

「この時間帯、この付近の住民構成はどうなってる?」

「高齢者が中心です。子どもはまだ学校ですし、その親世代はほとんど共働きでこの時間は家にいません。犯人が逃げ込んだ食品工場が潰れるまでは、そこに勤めてた人もいたんですけど」

「防犯カメラと有線の電話回線は潰した。携帯の回線はそのまま。住民からの通報はなし。自前の無人偵察機(UAV)は飛ばさない……」

 ぶつぶつと呟いて考え込む武藤に、由加里が焦れたように訴える。

「警部、そんなことより、すぐに住民の避難を──」

「それは邀撃捜査班(う  ち)の仕事じゃねぇ」

 武藤がそっけなく言い放った。

「え?」

「たったふたりで避難誘導なんか始めても、住民の動きを管理できない。もたついてる内に、敵にそこを狙われるのが落ちだ」

「……だったら、所轄に連絡して応援を──!」

「装甲もない軽武装の一般警察を呼んでも、射的のマトになるだけだ──お前はそんなに屍体の数を増やしたいのか?」

 鋭い眼光で武藤がねめつける。圧し黙る由加里に、続けて言った。

「戦闘に突入する前に、彼我の状況と作戦目標について整理する。

 まず敵の状況だ。この先に待ち受けている敵は、廃工場を中心に周囲のブロックの防犯カメラと電話線を制圧しているものの、見る限り、目に見えるような形で封鎖線は敷いていない。住民からの通報もまだない」

「………………」

「おそらく、ここで持久する気は敵にはない。敵の目標は、威力偵察だ。自分達を追ってくる敵が何者かを戦闘を通じて情報収集することが目的と考えられる。だから、わざわざこの辺りを封鎖して占拠する必要はない。

 撤収の手間を考えれば、何十人もの大部隊を投入して、ということもないだろう。少人数で動きまわって、機動的に戦線を形成する戦術を取るはずだ。

 だから、住民を人質にとることもない。人質の対応に手を割く余裕は、おそらく奴らにはない」

「じゃあ、住民は無事──」

「いや、声を上げられる前に殺してるだけだろう。連中が動き廻れば動き廻るほど、行く先々で住民の被害が増えることになる」

「そんな……!」

 息を呑む由加里を無視して、武藤は訊ねた。

「潮、お前、この辺の路地について詳しいか?」

「えと……少しは。脇道から子供が飛び出したりするんで、結構、署に戻って地図を見直したり、非番の時に自分で歩いたりしてました」

「そうか、判った」ひとりで納得したように肯くと、武藤は命じた。

「お前が前に立って誘導しろ」

「え?」

 驚く由加里に、武藤は続ける。

「これから俺達は、この先の廃工場にいると考えられる、歌舞伎町ビル爆破の起爆コードを送信した犯人を拘束する──これが第一の作戦目標。次にその達成が難しい場合、第二の作戦目標として、敵の要員、可能ならば指揮官、幹部クラスの人間の身柄を拘束する。それによって敵の情報を得ること。その二点の内、どちらかが達成されれば、我々の勝利条件は満たされたこととする。

 その過程で我々の前に立塞がる者があれば、すべて速やかにこれを無力化する」

「……地元住民の救出は……?」

「重ねて言うが、それは俺達の任務じゃねぇ。地元住民の安全を考えるなら、さっさと仕事を片付けろ──他に質問は?」

「人を……」由加里が喘ぐように問うた。

「人を殺すことになるんでしょうか」

「『人』じゃねぇ。『敵』だ」

 武藤は冷ややかに告げた。

「『犯人』です──『人間』です!」

「心配はいらねぇ。お前は引き金を引ける」

「何でそんなこと──っ!?」

「そう調整済みだからだ」

 武藤が冷たい眼光を湛えた目で、由加里を見る。

「『調整』……?」

「お前が来る前に、SAT隊員を三人ほど試してみたが、どいつも使い物にならなかった。そいつらはあくまで『警察官』として意識設定(マインドセット)されていて、基本的に『敵』を殺すことを瞬間的に回避する訓練が骨の髄まで叩き込まれていたからだ。『警察の特殊部隊』としては正しいが、『邀撃捜査班(う  ち)』の前衛要員(フロント・アタッカー)としては迷惑だ。だから、多少射撃が上手いくらいで余計な色のついてないお前を、自衛隊に送り込んだ。そこでお前を、必要な時に躊躇(ためら)わず引き金が引ける──『兵士』として調整させた」

「な…………っ!」

 由加里は絶句した。人の人格を何だと思ってるんだ!

「警──っ!」

 叫びかけたそこへ、ヘッドセットから結城の切迫した声が流れた。

『警部! まずいです! そちらにパトカーが殺到してます!』



「何だと!?」

 耳のヘッドセットを押さえて武藤が叫ぶ。

 確かに遠くからパトカーのサイレンが急速に近づいてくる。

「誰が通報した!?」

『〈グランドスラム〉です』結城が唸るように告げる。

『僕らが見つけた犯人の所在情報を、〈グランドスラム〉が自己判定して捜査本部に通報。ついでに周辺の所轄からパトカーかき集めてそっちに向かわせたんですよ!』

「一般警察なんざ、数集めたって射的のマトじゃねぇか」

『〈グランドスラム〉なりに最大の脅威評価を行った結果です。市街地に立て篭もった重武装の傭兵相手にどうすべきかなんて、誰も対処法の論理(ロジック)プログラムなんか組んでませんよ』

『現場の人間、聞いているか?』野太いダミ声が割り込んできた。

『私は高尾事件及び新宿歌舞伎町ビル爆破事件の合同捜査本部の本部長を務める、警視庁捜査一課の川本管理官だ。貴様ら、犯人の所在を確認できたなら、なぜ我々に連絡してこない?』

「用がないから、呼ばなかっただけです」

 舌打ちしかねない不機嫌さで、武藤が答える。

『今のは武藤警部だな? その無礼な発言は忘れてやる。今からでも遅くない、犯人逮捕のために我々に協力したまえ』

 横で聞いている由加里から見ても、あからさまに尊大な物言いで言い放つ。

「お断りします」武藤は即答した。

「それよりこちらに向かっている連中をすぐに止めてください。単純に屍体を増やすだけです」

『武藤警部、口を慎みたまえ!』

 背後でもっと汚い罵り声が複数人数分、聞こえてくる。向こうは捜査本部の大勢を前にして通話しているのか。平巡査の由加里からすれば、本庁の管理官など雲上人もいいところだ。横で聞いているだけで、肝が氷点下まで急降下してゆく。

「失礼。必要なご忠告は申し上げた。結城、記録したな?」

『はい。まぁ、一応』

「よし。では、我々はこれから状況に突入します──おい、結城。もういい、切っちまえ」

『おい、待ちたまえ、武藤警──』

 ぶちりという雑音とともに川本管理官との通話が途絶する。信じられないことをする人達だ。改めてとんでもない部署に配属されてしまったことを由加里は実感する。

「結城、今後、この手の益体もないクレームは全部新庄の方に廻せ。こういうのを適当に煙に捲くのがあいつの仕事だ。現場に負担かけんな」

『判りました。以後、そうします』

 その間にもパトカーのサイレンがどんどん近づいてくる。少なくとも、先程の武藤との会話だけでは、川本管理官は現場に向かうパトカーを止める気にはならなかったらしい。

「まずいぞ! あいつらそのまま突っ込んでくる気か!?」

 言った先から、パトカーの車列が目の前を通り過ぎ──先頭車両がいきなりスピンして民家の壁に突っ込む。後続の車輌が玉突きで突っ込んで、次々に衝突する。

「おっ始めやがった!」

 不謹慎な笑みで口許を歪ませ、武藤が言った。

 事故ったパトカーから、警官がわらわらと這いでてくる。そこへ機関銃の乾いた連射音が続き、次々にのけ反って(たお)れてゆく。

「攻撃されてる!?」

 どこかから銃撃を受けているのだ。先頭のパトカーも、それにやられたのだろう。だが、どこから──道路を挟んで斜め向こう、二〇メートル先の民家の二階の窓から、ヘルメットをかぶった兵士が軽機関銃の銃身を突き出して発砲している。

「行くぞ、潮。自分から囮になりたいって奴らなんだから、こっちは乗っからせてもらえばいい」

「………………」

 非情に言い放つ武藤の言葉を、由加里は聞いていなかった。目の前で銃弾に(たお)れる警官達の中に、交通課時代の知り合いの姿を見つけてしまったのだ。

「おい、潮! 何してやがる!」

「……ダメです」

「何だと?」

「ダメに決まってるじゃないですか!」

 叫ぶやいなや、MP7A1を先ほどの民家の二階に向けて発砲する。窓の周囲に着弾し、機関銃の銃身が素早く中に引っ込む。

「バカ野郎!」

 ヘルメットの上からぶん殴られ、路上に叩きつけられた。

「自分からこっちの存在ばらしてどうする、このどアホぅ!」

「みんなを見殺しになんかできません!」

 怒鳴りつける武藤に怯むことなく、由加里が叫び返す。

 武藤は舌打ちし、忌々しげに告げた。

「立て、このバカ。この場所は敵に知れた。すぐに敵に包囲されるぞ」

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