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06

仕込みは終了。ここからが本番です。

軍用爆薬で吹き飛ばされた新宿歌舞伎町のテロ現場から、物語は加速を開始します。

そして次回は犯人追撃のエピソード。


なお今週から毎週日曜日深夜零時の更新となります。

よろしくお願いします。


では、ごゆるりとお楽しみください。

 新宿、歌舞伎町──

 この界隈で夜通し遊んだ客や、風俗店の深夜勤務明け従業員を狙った早朝サービスもぼちぼち手仕舞い。飲食店でランチサービスが始まろうかというちょうどその頃合に、それは起こった。

 突然の爆轟とともにビルの中層に位置するワンフロアが、一斉に内側から吹っ飛ぶ。

 支柱となる部分を残して、壁面のガラスやコンクリートがあっけなく砕け散った。内部の調度品の残骸がこなごなに砕かれて噴出し、目の前のビルの壁面に叩きつけられ、周囲の道幅の狭い路上に降り注ぐ。かつて人の身体であった血塗れの肉塊が、ベンツの屋根に落下し、天井やボディを大きくへこませて、窓ガラスを叩き割る。

 悲鳴は時間を於いて発生し、やがてほどなく怒号や泣き声とまじり合って混然となった。

 やがて爆発のあったビルから避難者や怪我人がふらついた足取りで出てくる頃には、最寄の新宿署から派遣されたパトカーが周辺の道路に殺到していた。



「………………」

 完全に吹き抜けとなってしまったフロアに立ち尽くして、(かすみ)を帯びた遠くの富士山を眺めながら、あー、何か、ここの所、こんなんばっかしだな、と由加里はひとり胸でごちた。

 現場は、新宿・歌舞伎町、風林会館裏の雑居ビルが集まる一角。元々、暴力団の金融系フロント会社が入っていたそのフロアは、きれいさっぱり吹き飛ばされて、事務所として使用されていた痕跡さえも残っていなかった。

 推定される犠牲者は三〇人以上。ただし、そこそこ人の出入りがあったらしく、正確な人数は不明。鑑識が総出でバラバラになった遺体をかき集めているが、それなりの結論が出るまで時間がかかりそうだった。ましてや、被害者の名前の特定に至っては目処すら立ってない。

 ほんの二日前に発生した、高尾での朝鮮系ヤクザの大量虐殺事件に引き続きの大量殺人だ。当然のことながら、新庄も武藤も、ふたつの事件を同一犯の犯行と睨んで、新宿署主導の現場検証に無理やり割り込んだ。

 そして所轄側担当者と武藤との殴り合い寸前の調整が行われた結果、由加里ひとりが現場に入ることが許されたのだった。

 いやいや。おかしいだろうそれは。

 鑑識の研修を受けたこともなければ、捜査の基本も知らないど素人の新人を現場に送り込んで、何を期待しようというのか。

 そう突っ込みを入れようとしたが、武藤の鬼のような一睨みで諦めた。

 本気で現場検証をやりたければ、捜査経験の豊富な久住や(リュー)を連れてくるべきだろう。だが、今ふたりは周辺の聞き込みを行っていて、ここにはいない。武藤本人はと言えば、新宿署担当者と揉めた結果か、何のかんのと理由をつけられて現場に足を踏み入れるのを拒否されてしまった。それで消去法で自分、ということらしい。

 それでもわざわざ素人の自分を現場に送り込んだのには、武藤なりの何か深い考えがあるのだろうか……?

 いや、ないな。由加里はあっさりと否定した。所轄と揉めて意地になってるだけだ、きっと。

 うんざりとした気分に陥る由加里の耳元で、いきなりデジタル回線越しに武藤の怒声が炸裂した。

『潮! 手前ぇ、ぼーっとしてんじゃねぇ!』

「……何で、ぼーっとしてるって判るんですか?」

 由加里が眉をしかめて訊ねる。

『手前ぇのことなんざいつもお見通しだ、どアホぅ』

 ……絶対、当てずっぽうで決め付けたな。畜生。

『それで、何か見つけたか?』

「何って……」

 周囲に視線を巡らせる。

 ものの見事に何もない。屋内の壁もきれいに吹き飛ばされて、粉々になった残骸が砂利のようにうっすらと床に積もっている。

 そこを、宇宙服みたいな防爆スーツを着込んだ鑑識員が、携帯電話みたいなサイズの小さな白い棒状のセンサーを持ってあちこちうろつき廻っていた。……というか、専門家があんなごつい防護服着ている現場に、何でただのスーツにコート姿なんかであたしはここに居るんだろう、という素朴な疑問がふつふつと沸き起こる。勿論、理由は単純で暴虐な上司の命令に逆らえなかったからだ。一刻も早く転職を考えないと、真剣に生命の危機に関わりそうな気がしてきた。

『潮?』

「あ、はい。えーっと──」慌てて周囲を見廻し、ついうっかり見たままを口にしてしまう。

「何にもありません。壁もなくなって、風が吹き込んで寒いです」

『どアホぅ!』

 また怒鳴られた。いい加減、鼓膜に障害でも残るんじゃなかろうか。その場合、これは労災として認められるのかしら?

『何でもいいから、犯人の手がかり見つけてこい。見つけるまで、降りてくんな』

 それだけ告げると、一方的に回線は切れた。

 とほほとぼやきながら、由加里は辺りを見廻す。

 鑑識員から「こっちくんな」と身振りで追い払われたりしながら、ふらふらとフロアをさまよう内に、足元に青い生地の布切れを見つけた。被害者の衣類の切れ端だろうか。そっと手を合わせて屍者の霊を弔ってから、鑑識用の白手袋をつけた手で布切れを引っ張り出す。

 しばらくぼろぼろのその布をひっくり返したり裏返したりする内に、それが何なのかふと思い当たった。

「帽子……?」



「帽子だと?」

『はい』

 爆破されたビルからワンブロック先に停めたBMWのボディに背を預けながら、武藤は回線の向こうの由加里に訊ねた。

「どこで見つけた?」

『エレベーターのそばです』

 武藤は眉をしかめて手元のタッチパッドPCの画面に視線を落とす。B5サイズの有機ELディスプレイには、爆破前のフロアの平面図が表示されていた。消防署が地元不動産業者を通じて収集している家屋建物データベースを、〈グランドスラム〉経由で検索して入手したものだ。

「その帽子には、何か手がかりになるようなものはないか?」

『えと、作業帽みたいな、布の薄い奴です。正面の鍔の上の方にワッペンがついています』

「ワッペン?」

『ええ、会社名みたいですね。今写真を送ります』

 由加里の携帯から撮影された映像が捜査資料データベースにアップされ、武藤のタッチパッドPC上にも表示された。だいぶぼろぼろになりながらも、そこから辛うじて「観葉植物・ガーデンセンターたちばな」の名前が読み取れる。

「結城!」

『聞いてますよ』回線越しにキィボードを叩く音を響かせながら、本部にいる結城が応える。

『「ガーデンセンター・たちばな」。非上場の株式会社で、新宿を中心にオフィスビルに観葉植物なんかをレンタルしています。本籍は横浜、ただし問い合わせ先は新大久保。こっちがメインの事務所でしょう。社員数は正社員が一二人、非正規が三〇人ほど。設立から一八年。税金もちゃんと納めてますし、経営者もまともそうです。どこかのフロント会社ってわけでもなさそうですね』

「………………」

 無言で考え込む武藤へ、久住が回線越しに会話に割り込んでくる。

『被害にあった東亜グローバルビジネスについてなんだがね』

「お願いします」

『表向きは、いわゆる街金だ。この辺の風俗業者なんかに開業資金やら運転資金を融通して、それで喰ってることになってる』

「表向き、というからには裏がある?」

『そうだ。本業は裏街道の在日外国人に活動資金を融通したり、海外に送金したりといった稼業で、そのために社員は全員、日本語、中国語以外にもうひとつどこかの国の言語が喋れたそうだよ』

『下手な日本企業より、国際化してるじゃないですか』呆れ気味に結城が呟く。

『それでだな。この会社の(たち)の悪いのは、ただ金を貸しているだけじゃなかったってことだ』

「それは?」

『犯罪を完全に投資ビジネスと見做していたらしい。中国系やその他のアジア系暴力団の実行する犯罪を金融商品よろしくファンドやらポートフォリオにして、日系の暴力団やそのフロント企業に売り捌いていたらしい。そこで調達された資金を元手に、在日外国人の犯罪集団は犯罪の規模を拡大したり、新しい犯罪を企画したりしていたそうだ』

『酷いな、それ』

「表の世界で起きることは、裏の世界でも起きる。別段、不思議な話じゃない」

 武藤はそっけなく言い放った。

「久住さん、吹き飛ばされた会社が海外との資金の動きを扱っていたというのが気になります。殺された李元碩(イ・ウォンソク)は犯人グループの武器の持ち込みに絡んでいた。こいつらも、犯人グループの資金を国内に持ち込んで用済みになって消された可能性がある」

『判った。生き残りを探して、その辺を探ってみよう』

「お願いします。手が足りなければ、本庁の捜査本部に情報を流しましょう。人海戦術なら連中にやらせればいい──それ以外に何か情報は?」

 その問いに、結城が告げた。

『爆弾の種類が判明しました』

「早いな」

G   Eジェネラル・エレクトリックの最新のガスクロマトグラフィーを導入したって、こないだ科捜研の知り合いが自慢してましたからね。それを使ったんでしょう』

 爆発物が炸裂した直後の現場周辺大気には、目に見えないサイズの爆弾残留物がガス化して漂っている。それを気体の成分分析に使うガスクロマトグラフィーを使って解析してやれば、爆弾の種類を特定することができる。また爆弾に限らず、あらゆる化学物質にとって分子レベルで完全に同一な存在はあり得ないから、うまくすれば製造ロットまで特定することだって可能だ。米軍や先進諸国の軍隊から横流しされたものなら、部隊名まで特定できる。

「鑑識が現場で使ってたあれか。あんな大きさで使い物になるのか?」

『大きさはあんまり関係ないです。国産でもっと小さなサイズのものもありますし。それよりも、採取した残留分子情報をFBIが持つ膨大な化学物質データベースと照合して、瞬時に解析を終えるサービスが売りだそうで』

『今時は、何でもデータベースだな』

「アホか。そいつは、どこでどんな爆弾が使われたかFBIに筒抜けって話じゃねぇか」

『……あぁ、まぁ、そうとも言いますね』

「そんなことより、何の爆弾が使われたんだ?」

C  4コンポジション・フォーです』

 米軍も使っている一般的な軍用プラスティック爆弾だ。可塑性が高く、粘土のようにどんな形にでも加工することができる。その反面、信管を使って起爆しない限り、叩いても火にくべても爆発しないという、軍用爆薬としては理想的な爆薬だった。

「……爆弾の設置箇所は判明したのか?」

『現場の鑑識から仮の推定設置箇所が上がってきてます。そっちの平面図に重ねます』

 タッチパッドPCの平面図上に爆弾の配置を示す赤い丸が表示される。妙に数が多い。C4の本来の破壊力からすれば、単にこの程度の規模のオフィスを吹き飛ばすだけなら、小包ひとつ送り付ければ済む話だ。だが、画面上の爆弾の配置は、オフィスの出入口だけでなく、役員室から会議室まで、トイレと給湯室以外、満遍なく各部屋にひとつかふたつ配置されている。よほど念入りにこのフロアを吹き飛ばしたかったらしい。

 武藤は結城に訊ねた。

「このビル界隈の継続監視映像はあるか?」

『自治会の防犯カメラに見せかけた、新宿署設置のやつがいくつか』

「それだけじゃねぇだろう。被害者企業の裏稼業を考えれば、本庁の組対(組織犯罪対策部)がビル正面をどんぴしゃで押さえた継続監視をやってるはずだ」

 組織犯罪対策部は、組織暴力団や外国人犯罪組織を捜査対象とする部署だ。東亜グローバルビジネスのような怪しげな企業を見逃すはずはない。

『……でもそれ、正式に組対に申し入れして入手しろ、って話じゃないですよね?』

「あたりまえだ」

『いいですけどね。また報告書に載せられない話が増えるな』ぼやくわりに、結果はすぐに出た。

『はい、押さえました。正規の捜査資料データベースには上がってなかったので、組対が〈グランドスラム〉から切り離して運用している専用サーバ内を漁ったらありました』

〈グランドスラム〉の導入後、すべての捜査資料は警視庁共有の捜査資料データベースにアップされ、警視庁全体で共有する建前になっている。だが、現場捜査員にとっては自分で集めた情報こそが命であり、その使い道も自分で決めたがる本能がある。個々人の捜査員でさえ情報を隠匿しがちなのに、〈グランドスラム〉を介して見ず知らずの余所の部署の人間に何もかもくれてやる義理はない。それで自分達の手柄が増えるわけでもないのだ。

 それを止めさせるためのクラウド・システム導入のはずだったが、何のかんのと理由をつけて、どこの部署でも自前のサーバを立ち上げてそこに情報を囲い込んでいた。結局、部内で出しても良いと判断された情報のみを、共有の捜査資料データベースにアップしているに過ぎない。

 典型的な情報システム導入の失敗例みたいな話だったが、それでも外廻りの捜査官とパソコンや携帯などで情報を共用しようと思ったらネットワークには接続せざるえない。そうなれば、後は結城の腕にかかればどうとでも料理のしようがある。

『……でもこれ、後でばれたら絶対組対に殺されますよ』

「構わん。それより事件発生の三時間前から遡って、こっちに転送しろ」

『組対データベース上の監視映像のパスを直接そっちに送ります。警部の端末ならストリーミング再生に支障はないでしょう』

 武藤は、タッチパッドPC上にぽんと浮かび上がったショートカットのアイコンを軽く叩く。動画再生アプリが立ち上がり、早朝のビル正面を捉えた映像が滑らかに動き出す。更に画面を叩き、再生速度を早廻しにする。

 やがて事件発生から一時間前の時点で一時停止をタップした。

「見えてるか、結城?」

『見えてます、「ガーデンセンター・たちばな」!』

 画面上には、横腹に「ガーデンセンター・たちばな」と大きくペイントされたトラックがビル前に横付けされ、後部ドアから複数の作業員が観葉植物の鉢植えを降ろし始めている。

「やっぱりだ。奴ら、観葉植物の鉢の中にC4詰めて持ち込みやがった」

 平面図上の爆弾の配置は、オフィス内の観葉植物の配置だったのだ。

「バクダットで官公庁のオフィスを吹き飛ばすのによく使われた手だ」

『搬入したトラックを指名手配します!』

「どうせ偽造だ、ほっとけ。それより起爆直前に現場周辺で使われた携帯電話の番号をリストアップしろ」

『携帯電話?』

『起爆コードの送信だ!』

 結城が興奮した声を上げる。

『待ってください』それまで黙って聞いていた(リュー)が指摘した。

『メールを使って起爆させた可能性もあるんじゃないですか?』

「それはない」武藤が即座に否定する。

「メールだと、メールサーバと回線状況の都合で延着し、時間通り(オンタイム)に起爆できない場合がある。誰を狙ったか知らないが、犯人はターゲットがオフィスに入ったことを確認してから起爆コードを送って、確実に殺害することを狙ったはずだ。犯人が紛争地帯でキャリアを積んだやつなら、なおのことメールなんざ信用するはずがない」

『携帯キャリア各社から通話記録を入手』結城が告げた。

「起爆直前に三○秒以内で回線を切った番号、起爆後に通話先の電源が切れた番号を条件に検索しろ」

 起爆コードを打ち込むのにそんな長時間の接続をするわけがないし、爆弾に組み込まれた携帯電話が起爆後に電源が入っているわけもない。

『番号を特定しました! 番号から端末の現在所在地を検索──所在を確定! 首都高中央環状線を港北 J T C(ジャンクション)に向けて移動中です!』

 タッチパッドPC上に表示された首都高のマップ上を移動する被疑者のマークを見下ろしながら、武藤は肉食獣のようにうっすらと口許を歪めた。

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