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05

会議編が終わってほっと一息、ガールズトーク編です。

次回は年明け1月2日更新。いきなりテロ現場から始まります。

では、ごゆるりとお楽しみください。


 あの後、本部ビル地下にある射撃練習場で、夜中まで射撃訓練をさせられていた由加里は、へろへろになった身体を引きずって所轄時代からの住まいである向島の警察女子寮までたどり着いた。

 皆、心配してるんだろうなぁ……。

 由加里は女子寮の前で、感慨深くオレンジ色の玄関灯を見上げた。

 心持ち気後れするのは、この六ヶ月、寮監のおばさんや知り合いへの連絡もできなかったからだ。

 半年間の自衛隊研修を終えて東京に戻ってきたのは昨夜の話なのだが、夜遅い時間だったことと、高尾事件の現場に駆り出されたこともあって、結局自宅には帰り損ねた。つまり半年振りの帰宅な訳だが、そもそも自衛隊研修に放り込まれた時も拉致同然にいきなりだった。携帯も速攻で取り上げられてしまったし、放り込まれたのが自衛隊でも機密度の高い訓練施設だったとかで、公衆電話ひとつ置いてなかった。

「あたしの部屋、残ってなかったりして……」

 思わず自嘲気味に呟いてしまう。まるで家出娘が実家に帰るような心境だった。……いや、実家とかないけど、自分の場合。

「ただいま……」

 そっとドアを開けて中に入ると、玄関脇の寮監室に声を掛ける。

「あらあら、由加里ちゃんじゃない」

 寮監のおばさんが驚きもあらわにロビーに出てきた。

「何をやってたの、半年も! 皆、心配してたのよ」

「ええと、それが色々ありまして……」

「任務のことは守秘義務があるから、軽々しく口にすんじゃねぇぞ」と帰り際に武藤に凄まれてきたばかりなので、話せることはほとんどない。ちなみに「うっかり口滑らせたら、どうなるんですか?」と訊ねたら、「泣かす」と一言だけ帰ってきた。小学生か。だが、それはそれは半端なく泣かされる目に遭わされるんだろうなと思うと、確かに口も重くなる。

「晩御飯、今暖めるわね」

「いえ、外で食べてきましたから。それより、早く部屋に戻りたいんですが……」

「あー、そうか。そうよね……」

 おばさんは何かひどく想定外の質問を受けてしまったような困った顔をした。

「そのことなんだけどね、由加里ちゃん──」



 半年振りにたどり着いた自室のドアの前で、由加里はどさりと荷物を床に取り落とした。

「……………」

 室内は所狭しと段ボールが積み上げられ、とても横になれるようなスペースは見当たらない。

「ごめんなさいね。来週、着任する人の荷物が先に届いちゃったもんだから。日曜日に寮を出る人の部屋が空くまで、二~三日、荷物を置かせてもらおうって話になって。由加里ちゃん、いつ帰ってくるかも判んなかったし……」

 だからって、いくら何でも、これは酷いのではないだろうか。こっちは死ぬような思いで自衛隊研修を生き延びて帰ってきたというのに……。

 思わず涙腺が緩みかけたそこへ、

「あら、由加里、帰ってきたの?」

 風呂道具片手に頭にタオルを捲いた、ラフなジャージ姿の女が声を掛ける。

「せ、先輩~っ!」

「わっ、ちょっと何? どうしたのよ?」

 思わず泣きながら由加里が抱きついたのは、つい半年前まで一緒にコンビを組んでパトロールをしていた、向島署交通課勤務の婦警、三上(みかみ)香織(かおり)だった。歳はさほど離れてはいないが、高卒でそのまま警官になった香織の方がキャリアは長い。現場着任以来、業務をいちから教えてもらってからというもの、何かと世話になっている先輩だった。

「か、帰ってきたら、あたしの部屋が、段ボールで一杯で──」

「あー、ごめん。寮母のおばさんにあんたの部屋使うの提案したの、あたしなんだ」

「………………」

 ばつの悪そうに告白する香織に、ああ、確かにこういう人だったっけと、由加里は改めて自宅に戻ってこれた実感を覚えた。



「だから、悪かったって謝ってんじゃん。いつまでも拗ねてないで、こっち向きなさいよ」

「……別に拗ねてなんかないです。ただ先輩にとってあたしの存在がそんなものだったって事実を再認識して、寂しさを噛み締めてるだけです」

 自室から持ってきた枕をぎゅっと抱きしめて、由加里は香織に背を向ける。

 結局、今夜は香織の部屋に泊めてもらうことになり、寮母から借りた布団を床に敷いて寝床を整えた。

 で、風呂から戻ってきた由加里はさっそく不貞腐れてむくれているというわけだった。

「めんどくさいなー、もう」呆れたように告げると、だが香織はほっと安堵の吐息をついた。

「でも良かったわ、無事に戻ってきてくれて。いきなり姿が消えて、これでも心配してたんだから」

「すみません。ご心配掛けました……」

 振り返った由加里が、しおらしく素直に頭を下げる。

 そもそも香織とは半年前、パトロールから署に戻った際に署長室呼び出されて別れて以来である。由加里は、そこで待ち受けていたあの悪魔のような武藤にスカウト──というより、あれは充分「拉致」と呼んで差し支えない所業だったが──されてしまい、そのまま自衛隊に放り込まれていたのだ。

 つい昨日のことのように思えるが、その間に経験した諸々の出来事──まぁ、(おおむ)ね自衛隊で延々訓練受けてただけだったが──を思い返すと、万感胸に迫るものがあった。

 その苦労を理解してもらいたくて、守秘義務を無視して口を開く。

「先輩、聞いてください!」

「いや、聞きたくない」

「えー!?」

 耳を塞いで首を振る香織に、由加里が抗議の声を上げる。

「えー、じゃない。あのね、あたしはあんたの行方探ろうとして、酷い目に遭ってるんだから」

 由加里が唐突にいなくなった後、上司である交通課課長から「特別な任務で転属になった」とだけ聞かされた香織は、猛然と抗議したが聞き入れられなかった。署長室に殴り込み同然に押しかけてみたが、厳重注意の訓告処分と引換に得られたのは、どうも署長、副署長クラスでも何も聞かされてないらしいということのみだった。

 ここで引き下がるのも癪だったので、本庁勤務の知り合いの刑事に一日デートを交換条件に探りを入れてもらうように依頼したら、数日後に本庁警備部を名乗る人間が向島署に乗り込んできた。そして、その人物に取調室に丸一日監禁され、余計な詮索をするなと懇々と説教されたのだ。

「それは、また……」

 武藤が手を廻したのか。あるいは新庄の方だろうか。何にせよ、新しい自分の赴任先がどうもまっとうな職場ではなさそうな現実に、改めて戦慄する。

「……まぁ、それ自体は別にいいんだけどね。だけど、あたしの人生を微に入り細に入り調べ上げられてて、流石にびびったわ。高校のときに始めて付き合った彼氏から、こないだ振られた男まで、どこで調べたんだか、付き合っていた期間にどこでデートしてたかまで克明に指摘されるし。

 特に何がダメージでかかったって、最初の彼氏があたしと別れた後、歌舞伎町のゲイバーでドラッグクイーンやってる事実を聞かされたのが、一番魂削られたわね……」

 (かげ)を帯びた虚ろさで呟いた香織は、ふとある事実に気付く。

「あれ? でもあのバインダー、あのままあいつ持って帰ったってことは、今でも本庁のどこかにあるってことよね? あたしに何かあったら、誰かがいちいちあの資料に目を通すってこと?

 いやーっ! そんなの耐えられない!」

「えと、あの……ご愁傷様です」

 髪を振り乱して頭を抱える香織に、由加里から掛けられる慰めの言葉はそのくらいしかなかった。

 ひとしきりベットの上でのた打ち廻ると、やがて気が済んだのか、香織は身体を起こした。

「で、これからどうするの? このまま女子寮(ここ)に住み続ける気?」

「先輩は、あたしに女子寮(ここ)を出ていって欲しいんですか?」

「そんなこと、言ってないでしょ」涙目で訴える由加里を軽くいなし、香織は続けた。

「本庁勤務ならそっちの女子寮があるんじゃないの、って話。

 異動になったって聞かされても、誰も荷物を取りに来ないから、寮母のおばさんとは、当面はあんたの部屋をそのままにしとこうって話をしてたんだけど。

 その辺、どうなの?」

「ええ、まぁ、本庁勤務ってわけでもないんですけどね……」

 その辺は守秘義務に抵触せずに説明するのは難しい。だが、転属後の住まいはどうすればいいのだろう。特に何の指示もないので、当面はここの女子寮から通勤するつもりだが、いつまでも所轄の寮住まいというわけにもいかないだろう。

「たぶん、近い内に引っ越すことになると思いますけど……」

「そう……寂しくなるわね」

 ぽつりと香織が告げる。

 由加里は努めて明るい声で言った。

「でも、勤務先は都内ですし。またちょくちょく顔を出しますよ!」

「そうね。でも手ぶらでくるんじゃないわよ。ちゃんと土産くらいもってきなさいよ」

「はい!」

 由加里は笑顔で肯いた。何だか本当に久しぶりに人間らしく笑うことが出来たような気がする。戻ってきてよかった、と由加里は心の底から思った。

「よーし、じゃあ今夜は朝まで寝ないでガールズトークするわよ!」

「えー! いや、だからあたしは疲れてるんで、早く寝たい──」

「うるさい! 何の連絡もなしに、行方を(くら)ましてたあんたが悪い」

 香織は断言すると、交通課の誰それと捜査課の(なにがし)が付き合い始めただの、入院していた担当区域のお爺ちゃんが無事に退院できただのという話を次々に繰り出し始めた。

 最初は形ばかりの抵抗をしていた由加里も、すぐに身を乗り出して話に参加しはじめる。

 久しぶりのガールズトークは、そのまま夜が白み始めるまでいつまでも続いた。

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