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04

ようやく会議編終了です。おつかれさまでした。

次回は由加里の帰宅とガールズトークの回です。


では、ごゆるりとお楽しみください。

 つまり、邀撃捜査班とは捜査機関であると同時に、実験部隊であり、研究開発部隊でもある、ということらしい。

 驚くと同時に、なんでそんな特殊な組織に自分のようなミニパト婦警上がりの人間が紛れ込むことになったのか、ますます持って理解に苦しむ由加里だった。

「自己紹介はその辺でいいだろう」武藤が割り込んだ。

「そろそろ本題に移らせてくれ」

「いいわ」

 梶浦が肯く。

「俺は犯人グループが〈グランドスラム〉をクラッキングして、防犯インフラ情報を奪取したと想定している」

「ありえない──と言いたいところですけどね。まぁ、可能性だけなら何だってゼロではないわ。だからこそ、あなた方が組織されたわけだし」

「詳しく話が聞きたい」

「だったら、改めて社会安定化機能研究所(う  ち)の技術者へのヒヤリングの席を設けます。私はあくまで運用企画担当ですから。実装の細かな仕様まで把握してるわけじゃないもの」

「それはそれで後で結城と詰めてくれ。俺が知りたいのは、犯人が利用したと思われるレベルの情報にアクセス出来るのは、どこのどいつかって話だ」

「………………」

 梶浦は口許に手を当てて、しばらく考え込んだ末、じろりと武藤を睨んで訊ねた。

研究所(うち)の人間を疑ってるの……?」

「可能性のある奴は全員容疑者だ」

 無茶苦茶なことを言う。梶浦が溜息をついて、答えた。

「……まぁそりゃ、研究所(うち)で運用開発やってるSEチームのメンテナンス権限でも、このくらいの情報はさわれるでしょうけど。でもそれを言えば、警察(おたく)や防衛省にも同じくらい高位のアクセス権者はいるわよ」

「そっちはこっちで別に当たる。とりあえず今は研究所(おまえら)の話だ」

「自覚なしに踏み台にされてるだけの可能性もあります。必ずしも本人が自発的にクラッキングしているとは、僕らも考えていません」

「その可能性は低いわね」結城の言葉に、梶浦は首を振った。

「知っての通り、〈グランドスラム〉は一般のインターネットなんかとは完全に通信規約(プロトコル)の異なる、独自の仮想プライベート・ネットワーク(VPN)として構築されているわ。物理的に一般回線に相乗りしている経路があっても、専用のVPN設定がなされていないマシン以外では接続さえ確立しない。

 しかもそのVPN設定は動的に変更される仕組みだし、一般ネットワークからの侵入(クラッキング)の形跡があれば即座に遮断されるようになってるの」

「………………」

 専門用語ばかりで何を言ってるのか半分も判らない。とりあえず、〈グランドスラム〉には外からクラッキングができないようになってる──という理解で、いいのだろうか?

「となると、誰だか知らんが、犯人側に専用機材なり仕様書一式を引渡したバカがいるってことか」

「……判ったわ。一応、内部監査を掛けてみます」

「対象者リストをこっちにも寄越せよ」

「運用委員会の裁定もなしに、そんな勝手な約束出来ません──こら、舌打ちとかすんな。一応、要望は上げておくわ。それでいいでしょ」

「梶浦さん」結城が付け加えるように言った

「〈グランドスラム〉上の関連情報への接続記録(アクセスログ)を、加工なしの一次データで貰えませんか。こっちでも解析をやりたいんですが」

「それも裁判所命令が必要よ。私に頼む前に、あなたの上司に言ってちょうだい」

「すぐに手配する」

 新庄が肯いた。それを受け、改めて結城が依頼する。

「令状が届いたら、すぐに連絡します」

了解りょーかい。後で担当者の連絡先を教えるから、ここから先はそっちで詰めて」

「よし、各員の行動についてまとめる」

 新庄がはっきりとした口調で宣言した。

「結城、〈グランドスラム〉の接続記録(アクセスログ)の解析と、引き続き捜査情報の取りまとめ」

「はい」

「久住、(リュー)コンビは在日朝鮮系アンダーグラウンドの線を追って、犯人グループに関する情報を収集」

「はいよ」「了解しました」

「武藤、貴様は現場の指揮を頼む」

「おう」

「それと、潮ともども前衛要員(フロント・アタッカー)として、いつでも出動できるようにしておいてくれ。犯人が動き出したら、即座に噛みついてもらうぞ」

「………………」

 いやいや、「前衛要員(フロント・アタッカー)」って何ですか? こないだまでミニパト婦警やってた小娘にそんな物騒な肩書つけられて、「噛みついてもらう」とか言われても困りますから! それも正体不明の特殊部隊相手とか、ありえないから! それもう警察の仕事じゃないですから……!

 血の気の失せた真っ青な顔でひとり、痙攣するように小刻みに首を左右に振る由加里を知ってか知らずか、新庄は会議を締めに掛かった。

「本件は我が重犯罪邀撃捜査班にとって、設立以来、最初に取り組む事件となる。

 しかしながら、犯人は一、三〇〇万人の都民が住むこの東京で、堂々と大量殺人を行って姿を(くら)ました。しかも、自分たちの能力を誇示するかのような犯行スタイルから見て、この一件のみで終りとは考え難い。必ず第二、第三の犯行を企図しているものと推測される。

 我々の任務はこれを邀撃(ようげき)し、阻止するにある。

 犯人が軍人だろうと傭兵だろうと関係ない。これはこの国の警察機構に対する侮辱であり、挑戦だ。警視庁はその面子にかけて、全力で事件解決に取り組むことになることになるだろう。捜査本部も更に増強される。

 一方、それに対して、我々は設立早々の限られた資源(リソース)で挑まねばならない。

 だが少数精鋭の部隊には少数精鋭なりの戦い方がある。諸君等は、皆、それをよく知る者たちだ。大部隊の正規の捜査本部とは異なるアプローチで、必ずや事件を解決に導いてくれると確信している。

 本件は必ず我々の手で解決する──皆、その覚悟で捜査に臨んでもらいたい」

 裂帛の気迫を込めて、新庄が断言する。

 要するに大人数を擁する正規捜査本部を出し抜けと言っている。犯人への怒りや、第二、第三の犯行阻止といった話の最初の方の趣旨が、さりげなくすり替えられていた。

 この上、警察内部の生臭い権力闘争にまで捲き込まれつつあるのを肌で感じ、由加里は改めて目眩を覚えた。みんな仲良くしようよ。本当。いがみ合っても、いいことないよ。

 ただ、この激しさは何だろう、とふと疑問に思った。眼鏡の下から垣間見える眼光の鋭さには、武藤のそれとはまた異なった威圧感がある。単に設立早々の部隊の指揮官として、気負い立ってだけでは説明が付かない。部下にやる気を奮い立たせるための言葉というより、もっと(くら)い、ぐつぐつと煮え(たぎ)る怒りを無理やり押さえつけているような──



「以上だ。他に質問はないか?」

 いかん。余計なことを考えていたら、会議終了の宣言がなされようとしていた。

「あ、いや、ちょっと待ってください!」

 由加里は慌てて片手を上げて立ち上がった。このままなし崩しに現場に放り込まれるわけにはいかない。これだけは確認しておかないと、と焦りながら新庄に訊ねた。

「あの、警視、あたし、何で邀撃捜査班(こ こ)に配属になったんでしょうか?」

 しん、と会議室が静まり返る。

 ……あ、いや、そりゃあ今更な質問だとは自分でも思うけど。思うけども!

 だいたいスカウトされてから実際に着任する昨日まで、武藤からは「お前の才能を活かす専門の部署だ」としか言われてこなかったのだ。ずっと国体の強化選手かなにかにでも選ばれたのだとばかり思ってきた。

 ──確かに、自衛隊に放り込まれて、真夜中の富士山麓で行軍実習やら、自動小銃(ライフル)抱えて家屋突入の訓練やら、パラシュート背負わされて飛行機から突き落とされる降下訓練やら、水中(アンダーウォーター)の格闘戦訓練やら、軍事知識の座学やら……その他あれやこれやの訓練を何ヶ月も受けさせられた時は、さすがにどこかおかしいとは思いはしたが。

 だが、それも「きっと何かの間違いだ」と自分に言い聞かせて過酷な訓練をやりすごしている内に、傭兵部隊を相手に噛み付けだのなんだのという、いよいよ持って洒落にならない状況に追い込まれつつある。

 思い返せば気の小さい性格が災いして、小さい頃から周囲の状況に流されやすい子供だった。流されたら流されたで、ついついそれなりに頑張ってしまって状況に適応してしまうので、周りからは自分から望んでそこにいるかのように誤解を受けるのだが、決してそんなことはない。断じてない。いつだって、本人はそこから逃げ出したくてたまらないのだ。

 それでも、さすがに──今回ばかりはさすがに、このまま放置してはまずかろう、と思う。

 だから、「自分のような者がこのような場所にいるのはおかしい」と、今日こそははっきりと主張しなくては。

 重い沈黙に耐えながらまっすぐに向けられた由加里の視線を真っ向から受け留め、新庄はやがてぼそりと言った。

「君を選んだのは私ではない」

「は?」

 何だそれは?

「私からは選抜のための条件を提示しただけだ」

「……え? では誰があたしを──?」

「ああ、それ私。私があなたを選んだの」

「はいぃ!?」

 いきなり隣の梶浦がへらへらと苦笑しながら告白する。

「ほら、ここ男所帯でむさ苦しいじゃない。若い女の子のひとりもいた方がいいかなって」

「そんな理由っ!?」

 思わず声が裏返る。

 そんな理由で、あたしはこんな物騒な組織に放り込まれたのか!?

 あたしゃ、野球部の女子マネか──と思わず突っ込みを入れかけたそこへ、ふと背筋を悪寒が走り抜ける。

(うしお)~」

 地の底から聴こえてくるような男の声。慌てて振り向こうとするその首に、いきなり背後からヘッドロックが掛けられた。

「け、警部!?」

「手前ぇ、会議の間中、ずっとそんなくだらねぇこと考えてやがったのか!」

「いや、だって、誰もあたしの配属理由、まともに教えてくれなかったじゃないですか!」

 自衛隊研修で教わった格闘戦技(CQB)を駆使して、何とかヘッドロックから逃れようとする。が、何をどうしても、首に捲きついた武藤の太い腕がびくとも緩まない。それどころか、気を抜くとどんどんきつく締まってくる。

「手前が邀撃捜査班(こ こ)に来たのは、他で潰しが効かねぇ役立たずだからだ。何度言やぁ判るんだ、この間抜け」

「ひ、非道い! パワハラ……つか、この体勢自体、立派なセクハラですよ、警部!」

「うるせぇ。手前ぇみたいな薄っぺらい身体でセクハラ口にするなんざ、百万年早い」

「非道い! 非道過ぎる! 絶対に本庁のセクハラ対策室に訴えてやる!」

「生憎だったな。本庁のどこに駆け込もうと、邀撃捜査班(こ こ)には手出しができねぇようになってるんだよ」

「は……?」

 今、さらりととんでもない発言を聞いてしまったような──

 だが、そこに気を取られて気を緩めた隙に、武藤の腕が一気に締まる。由加里の意識は瞬時に刈り取られていた。

「お前はこれから夜まで地下の射撃レーンで射撃訓練だ。おら、いくぞ!」

 完全に意識を失った由加里の襟首を掴んで、武藤は会議室を出ていった。



「結構仲良くやってんじゃない、あの二人」

「……そう見ますか、あれを」

 梶浦の感想に、やや引き気味に結城が呟く。

 久住と(リュー)も武藤の後を追って既に席を立っている。

「梶浦さん、さっきの潮さんの配属理由、どこまで本当なんですか?」

「一応、嘘ではないわよ」

「そこで、一応、とかつけるし……」結城は眉をしかめた。

「武藤さんと組ませるなら、もっと別の人選があったんじゃないスか? いくら彼女が射撃の成績が良いって言ったって、年中、射撃訓練をやってる特殊強襲部隊(S A T)隊員辺りとは比較にならないでしょう。本来なら、そっちからスカウトしてくるのが筋なんじゃ……」

「それはもうやったのよねぇ、新庄クン?」

 梶浦がちらりと視線を流す。無視して手元の書類を整えている新庄の返事を待たず、梶浦は話を続けた。

「結城クンがここにくる前に、新庄クンが警備部の偉いさんに頭下げて、三人ほど隊員を廻してもらったのよ。皆、武藤クンが泣かせて追い返しちゃったけどね」

「泣かせてって……。どんだけ酷い目に遭わせたんですか?」

「聞きたい?」

 いかにも話したくてしょうがないという表情を浮かべる。

「いいです。そんな話、ディティールまで知りたくありません」

 結城は溜息をついた。

「でも、屈強なSATの猛者を追い返した武藤さんのお眼鏡にかなったわけですよね、彼女。それに陸自のレンジャー資格を取ってこれたり──何者なんですか?」

「所轄でミニパト転がしてた婦警さんよ。彼女の経歴書、見てるんでしょ」

「見たから言ってるんじゃないですか! そもそも武藤さんだって、前歴二〇年間小笠原の離島勤務だなんて、あんなあからさまに嘘くさい経歴書、誰が信じるんですか?」

「そこはさ、お互い様なわけだし」

 梶浦が満面の笑みで告げる。

「……ま、いいです。こっちで勝手に調べます」

「ほどほどにね。せっかく綺麗にした経歴、傷つけちゃもったいないわよ」

「そんなヘマはしません!」

 むっとした表情で結城が応える。

「その辺にしておけ」

 新庄が手元の書類をブリーフケースに入れ、席を立つ。

「俺はこれから本庁に顔を出してくる。それから──」新庄は冷たい眼光で結城と梶浦を一瞥した。

「潮の件は、武藤に一任してある。余計な詮索はするな」

「いや、でも、これから一緒に仕事をする仲間なわけですし──」

「仕事をするのに支障がない程度の情報は渡してある。それで不都合があるなら、その都度、俺に言え。必要なだけの情報を開示するか、貴様を任務から外す」

「はぁ……」

 あっけに取られる結城を残し、新庄も会議室を後にする。

 そこまでして隠したい新人の秘密って何だよ?

 結城は、傍らで紙コップの冷めたコーヒーを不味そうに顔をしかめてあおる梶浦を見た。

「何を考えてるんですか、あなた達?」

「大人はいろいろ考えなくちゃいけないことが多くて、大変なのよ」

 紙コップをテーブルに置き、梶浦も席を立つ。

「コーヒーごちそうさま。私もこれから霞ヶ関廻りでしばらく電話には出れないから。何かあったらメールで連絡して」

「はいはい。判りました」

 呆れ気味に言い、結城も手元のパソコンや資料を片付け始めた。

「ああ、そうだ」ふと思い出したかのように、梶浦が声を上げた。

「ここのコーヒー、酷過ぎるわ。次に来るときまで業者を変えておいてちょうだい。どうせ邀撃捜査班(こ こ)の経費の半分は研究所(うち)で出してるんだし」

「知りません。自分でうちの総務に掛け合ってください」

 憮然とした声で、結城は答えた。

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