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39

3話連続掲載の2話目です。

引き続き、次話、第40話に続きます。

「全現場要員の生体徴候(バイタルサイン)が途絶……」

 続く台詞を一瞬ためらった末、副室長は苦く口にした。

「全滅です」

「……判ってる」

 司令室中央の指揮所に設置された金属製のサイドバーを掴んだまま、浅田は呻くように応えた。

 任務遂行に失敗しただけではない。

 二個小隊──八〇名近い兵士たちで編成された手練れの部隊を、たった一夜の戦闘で磨り潰したこととなる。

 しかも、全滅では、経験値の蓄積もへったくれもない。指揮官の選定や新兵のリクルートから始まって、膨大な資金と時間を掛けて、一からやりなおしだ。

 勿論、それもその機会が与えられれば、の話だが……。

「大阪から、連絡が入っています」

 副室長が背後から浅田に声を掛けた。

「………………」

「室長……?」

「……繋げ」

 意を決して告げる。いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。指揮官として、最後の仕事をしなければならない。

 正面モニターに大阪の久慈の姿が映る。ノーネクタイのラフなスーツ姿で、おそらく自分のオフィスのノートパソコンから繋いでいるのだろう。

『手ひどくやられたようやな』

「申し訳ありません」

 浅田はモニターに向かって頭を下げた。勿論、久慈との会話の音声は浅田のヘッドセットにしか繋がっていないが、それを見れば室内の人間には何が行われているのか理解できるだろう。

『呉の身柄は?』

「おそらく警察の手に落ちたものと考えられます」

『最悪やな』久慈が苦く顔を顰めた。

『おまけに手間隙掛けて育てた部隊が一晩でパーか。派遣先のプラントにも代わりの部隊を手配せなならんし、大損害や』

「この責任は、すべて私の──」

『あほう』浅田の謝罪を久慈は遮って言った。

『まだ終わっとらん』

「………………?」

 戸惑う浅田に、久慈が続けて訊ねる。

『兵隊の遺体はどないなっとる?』

「……現場に残ってます」

『回収は?』

「おそらく無理です」

『やろうな。と言うことは、東京司令室(そ  こ)が突き止められるのも時間の問題か』

「………………っ!」

 今夜、現地に送り込んだ兵士たちは、いずれも国が発行した戦闘従事資格を有している。民間警備会社の社員として、海外や船舶上での武器の使用を認める国家資格(ライセンス)だ。それがなければ、「表向き」の仕事がこなせない。

 ただし、それは同時に、国家にDNAや顔写真、指紋などの、個人識別(バイオメトリクス)情報を握られているということでもある。

 朝を迎えて、現場検証が始まれば、すぐに兵士たちの遺体は回収されるだろう。それが揃って特定の警備会社に所属していることも、すぐに発覚する。

 昼過ぎまでには、警察と検察の捜査官達が、重武装の機動隊とともに、強制捜査でこの場所に雪崩れ込んでくることだろう。

 営業許可証など、即日、取り上げられる。経営陣がマスコミの前に引き出され、カメラの砲列の前で土下座を強いられる。監督官庁の大臣と事務次官が国会の予算委員会に呼び出されて、自分たちは無関係だと強調して、他人事のような対応策をしらじらしく口にする。……。

 いっそ、生き残りの社員で、武器を取って抵抗するか……?

 それこそ無駄死にだ。今度こそ最初から自衛隊が送り込まれ、ビルごと更地にされるだろう。

 駄目だ。どうにもならない。

 それでも必死に突破口を探してあがき続ける浅田を冷ややかに眺め、久慈はあっさりと結論を下した。

『手仕舞いやな。その会社も』

「待ってください! まだ何か方法が──」

『そんなもんはない』容赦なく久慈が断じ、そして一転して笑みを浮かべた。

『勘違いすんな。使えなくなった会社なんざ畳めばええ。汚れた看板はとっとと捨てて、架け替える──それだけのこっちゃ』

「は…………?」

『判らんか?』

 理解できずにいる浅田に、久慈は苦笑しつつ噛んで含めるように説明する。

『わしらは昔からそうしてきた。ドジを踏んで、(けつ)に火が付いたら、さっさと所帯を畳んで、ばっくれるんや。それでほとぼりが冷める頃に戻ってきて、別な看板掲げれば、それで終いや』

「そんな──」

 絶句する浅田に、久慈は呆れるように言った。

『問題を起こした会社が潰れれば、それで世間は納得する。頭を下げる奴が必要なら、監督官庁から天下りで受け入れた、無駄飯喰らいの役員たちに下げさせればええ。それ以上は誰も問題にせん。世の中、そんなに暇じゃないからな。

 ……それに、わしらのような人種を必要とする人間が、必ずいる。そいつらが気にするのは、経歴やない。やりたいことを、今この場で実現する能力を、誰が持っているのか──それだけや。

 必要としてくれる人間がいる限り、わしらはこの渡世で何ぼでも生きていける』

「………………」

 まがりなりにも役人出身の浅田には、にわかには理解しがたい世界だった。

『あんたにも判りやすいように例を挙げて言えばな、昔米国の退役軍人が設立した「ブラックウォーター」っちゅう民間軍事会社があってな、国際レベルの問題を起こすたびにころころと会社名を変えて今でも存続しとる。

 そもそも、第二次大戦が終わった時も、米国は旧枢軸国の政治家や軍人、諜報要員から使えそうな人間を選んで戦犯からはずして、戦後の冷戦に備えた。中には、一国の総理大臣まで上り詰めた奴もおる。

 人殺しの上手い奴、金を稼ぐ奴、情報収集の得意な奴、人を騙して出し抜くことに長けた奴。そしてそういう悪党どもを、繋いで束ねることのできる奴──わしらみたいなそういう「特別な資質」を持った人間は、何ぼでも再チャレンジ可能なんや。この国は、元からそういう国や』

「ならば、私は……どうすれば──」

 困惑から立ち直れずにいる浅田に、久慈は命じた。

『店仕舞いの仕度に取り掛かれ。ひと通り片付いたら、地下に潜って連絡を待て。この場にいる全員や。金と(ねぐら)の手配が必要な者は申し出い。大阪(こっち)で面倒見たる。おまえらの今後の処遇も、悪いようにはせん』

「判りました」

 浅田は肯き、副室長に指示を下す。それを受けて、指令室内の全スタッフが、一斉に撤収作業に取り掛かる。

『浅田』

 騒然と動き出した司令室で、矢継ぎ早に指示を下す浅田に、久慈は目を細めて告げた。

『最後に出した指示──火ぃ着けさせるっちゅう、あれ、な。結果はどうあれ、悪うなかったで』

「………………?」

 久慈が何を言わんとしているのか理解はできなかった。だが、その口元のわずかな歪みを見れば、何か重要な──そして悪意にまみれた禍事(まがごと)を口にしようとしていることだけは、判った。

『結果的に朝には渋谷一帯は焼け野原になっとるかもしれん。何人死ぬかも判らん。大勢の人間から一生恨まれ、代々語り継がれるような極悪人として、名を遺すことになったかも知らん。外道、と罵られてもしょうがない。

 まっとうな人間なら、躊躇う。迷う。諦める。

だが、お前は違った。

お前は決断した。土壇場で、臆することなく判断した。それができると、自ら証明してのけた。

おめでとう。外道の誕生や。

人としての道を踏み外したお前を、歓迎する。全滅した八○人の兵士たちに成り代わって、お前を祝福する。今宵、血肉を散らして死んだ哀れな悪党どもとともに、お前という外道を産んだこの夜に、心から喝采を捧げよう。

 素早く、躊躇わず、容赦なく、下すべき決断を下せる指揮官、経営者、指導者の資質を持つ者は限られとる。お前はその最初の試練に合格したんや。

心配は、いらん。この世界は、お前のような男を必要としとる。

いずれまた、腕を奮わせたる。わしの片腕として、存分にその腕を奮わせたる。その場所を、このわしが用意したる。

 それまで、しばらく海外でほとぼり覚ましとれ』

「………………」

 祝福とも呪詛ともつかぬ言葉を残し、大阪からの回線は切れた。

 しばし、浅田は言葉を喪って立ち尽くす。脳の奥が痺れ、身動きが取れない。吐き気と恍惚感がめまぐるしく入れ替わり、酩酊したかのような目眩を覚える。

 それが正しいことなのか、間違っていることなのか判らない。

 それが自分にとって、前進なのか、後退なのか。成長なのか、堕落なのか。軌道に乗ったのか、足を踏み外したのか。

 判らない。何も判らない。

 判っているのは、自分が新しいステージへと足を踏み入れてしまったという感覚だけだ。

 そして、あの男──断末魔の現場兵士のカメラから送られてきた、あの邪悪な笑みの大男。

 どこのどいつか判らないが、いずれあいつを殺す。必ず見つけ出して、殺す。

 今の自分に無理でも、力をつけ、いつか必ず殺してやる。

 そのほの(ぐら)らい殺意を、胸の奥で遠い鬼火のように灯しながら、これから自分は生きてゆくのだと、浅田には判っていた。

 それが今日この時からの新しい自分なのだと、それだけはよく判っていた。

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