表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/41

38

AH-64D(アパッチ)だと……!?」

「米軍──?」「いや、陸自じゃないのか?」「機体番号を確認しろ!」「何で、こんな所に──」「知るか!」

 突然の攻撃ヘリの出現に、品川の司令室は騒然となった。

 おそらく近場で待機していて、警察のヘリの接近に紛れて、現場上空に侵入したのだろう。技術的(テクニカル)な理屈は判る。

 だが、そもそも何故、そんな物がここにいる?

 いや、その結論もはっきりしている。自衛隊が投入されたのだ。

 警察による治安対策事案から、自衛隊による紛争鎮圧事案へと切り替えられたのだ。端的に言ってしまえば、こちらがはしゃぎ過ぎたから、とも言える。

 しかし、警察特殊部隊(S A T)の投入を飛ばして、いきなり自衛隊の投入だと……!?

 あまりの展開の激しさに、浅田の頭が真っ白になりかける。

 駄目だ。踏み留まれ。

衝撃と畏怖(ショック&アウィー)」戦略──どこの誰が書いた絵図(シナリオ)か知らないが、こちらの想定を超越した打撃をいきなり叩き込み、「衝撃と畏怖(ショック&アウィー)」で思考を停止させる。それこそが、「敵」の狙いだ。

 発狂しそうになる混乱の中、歯を喰いしばって、強引に思考を前に圧し出そうとする。

 司令室の正面モニター上で、攻撃ヘリが発砲を開始する。

 機首のM230 30ミリ・チェーンガンが咆哮し、〈14K〉の残存部隊十数名が、一瞬で消滅する。戦車の上部装甲をも撃ち抜く機関砲弾が大量に降り注ぐ中で、生存者どころか人間としての原型を留めた者も残っていまい。

「くっ……!」

 大通りは駄目だ。〈14K〉の二の前になる。高度なセンサーと強力な火器を積んだ攻撃ヘリに上空に居座られている以上、利用可能な地形は限られる。

 こちらの残存部隊が生き残るためには、ヘリが入り込めない、細い路地を使って脱出するしか──

 現場にそう指示を下そうとした矢先、外周に配置した兵士たちの生体徴候(バイタルサイン)がまとめて途絶する。警告や兆候もなし。まったくのいきなりだった。

 既に特殊部隊による包囲と襲撃が開始されているのだ。現場周辺の路地は、とっくに特殊部隊によって封鎖されているのだろう。

 完全に後手に廻っている。

 どうする? どうすればいい? ひとりでも多く、現場の兵士たちを生き延びさせるには──

「!?」

 雷撃のごとく降ってわいた着想を、浅田は深く斟酌する間もなく口にした。

焼夷手榴弾(テルミット)!」

「は……?」

 振り返る副室長に、早口で命じる。

「消防のデータベースから、現場周辺の高可燃物──プロパンやボイラーの燃料タンクなどの情報を抽出して、すぐに現場に送れ。そいつを焼夷手榴弾(テルミット)で焼き払うんだ!」

「それは……!?」副室長が絶句しながら反論する。

「逃げ遅れた民間人を捲き込みます!」

「だから、やるんだ!」浅田は言い切った。

「装備を捨てて、現場から逃げ出す民間人に紛れて脱出する。それ以外に現場から離脱する方法はない!」

「………………!」

 凍りつく副室長に、駄目押しの命令を下す。

「やれ。今すぐにだ!」



「現場で火災発生──複数個所同時です。消防庁の危険物データベースと照合しましたが、プロパンを導入しているレストランの厨房や、ボイラーの燃料タンクなどの設置箇所と重なります」

「あー、なるほど、そうきたかー」

 渋谷駅前の指揮テント村で、鹿屋が田尾の報告にとぼけた感嘆の声を上げる。

「まぁ、昔から放火も兵隊さんの必須技能のひとつなわけだし、追い込まれたら、それくらい思いつくよねぇ」

「何を落ち着いてるんだ、あんた達!」

 警察側代表としてこの場に残る第1機動隊副官が、声を荒げる。

「いやぁ、こっちのヘリの赤外線センサーも利かなくなるし、意外と悪くない手ですよ」

「そんなことを訊いてるんじゃない!」

「よろしいですか」田尾が淡々とした口調で割り込んできた。

陸自(うち)の気象班から、これから明け方に掛けて現場周辺で風速が強くなるとの報告が上がってきてます」

「湿度も低いし、延焼の条件が揃っちゃうなぁ。このままだと、明け方には渋谷一帯は焼け野原になってるかも……」

「大変だ……!」

 顔色を真っ青にした副官が、慌ててテントを飛び出してゆく。おそらく消防関係者が詰めてるテントにでも駆け込むつもりだろう。

 その背中を見届けてから、田尾は鹿屋を横目で見て訊ねた。

「我々はどうします?」

「そりゃまぁ、NPAのアルツゥロ・アルツェラなんていう、国際指名手配の大物テロリストの首も()げたことだし、ここで手を引いても文句は言われないだろうけどね。大臣室じゃ、今頃、祝杯挙げてるよ。米軍にどや顔で胸張れるって」

「その大物テロリストの入国を許して、潜伏させた挙句、あれだけの武装組織を編成するまで放置していたわけですが……」

「それは入国管理局(入管)と警察のお仕事。自衛隊(うち)の責任じゃないし」

 田尾からの冷静な突っ込みに、鹿屋がきっぱりと言い放つ。

「では、撤収しますか?」

「う~ん、そうだなぁ……」

 生え際が後退気味の髪の毛を、本人にしか判らないデリケートなタッチで掻き揚げながら鹿屋はしばらく考え、ふと思いついたように言った。

「そうだ。まだ試してないシステムがあったでしょ。こういう時に使える奴。

 せっかくだから、それも試しておこうか。技術研究本部(技研)にも恩を売っとくと、いろいろ後でいいことあるし」

 にんまりと笑いかける鹿屋に、田尾は呆れたように軽く肩を竦めた。



 各所で発生した火災に煽られるように、それまで屋内で様子見をしていた逃げ遅れた一般市民たちが路上に出てくる。

 あちこちに残る兵士の屍体や戦闘の痕跡に、一様に驚きはするものの、瞬く間に増してゆく火勢を目にするや、皆、我先にその場を離れようとする。

「よし。この被災者の流れに紛れて、ここから離脱する」

 戦闘装備を脱ぎ、戦闘服のアンダーシャツの上にカラオケ店員のシャツを羽織った兵士が、部下に命じる。手には拳銃が握られ、盾代わりに使う予定の周囲の客を威嚇している。

「二~三人づつ、外へ出るぞ」

 震える客の一団を銃口で促し、路上へと足を踏み出す。

 どれほどの一般市民が残っていたのか、足早に先を急ぐ人の流れが出来ていた。遅い時間にもかかわらず、年齢層がやや若めなのは、渋谷という土地柄故か。

 上空を低い高度でヘリが舞っている。それがマスコミのヘリなどではない、凶暴な面構えの軍用ヘリであることに気づいた者もいるようだったが、のんびりその意味を考える余裕は誰にもなかった。

 それでも、自分の頭上を火器を満載した攻撃ヘリに押さえられていると考えるだけで、兵士たちの神経が震え上がる。

 だが何事もなく大通りをいくらか進み、兵士はほっと胸を撫で下ろした。

 さすがに民間人を捲き込んでまで、自衛隊が襲ってくることはないか──

 このまま無事に脱出できると希望を抱き始めたその胸を、音も無くなく飛んできたライフル弾が貫いた。

 くるりとその場で弧を描くようにして、兵士の身体が転倒する。

 それを見て凍りつく別の兵士の額に撃ち込まれた銃弾が、頭蓋を破砕して内容物とともに後頭部から飛び出す。

 それとほぼ同時に、その場の一団に紛れ込んでいた最後の兵士が、背後から肝臓をナイフで深く抉られ、声も上げずに刺殺される。

 周囲の人間がそれと気づいたとき、兵士たちはひとり残らず殺害されていた。



「いやはや。便利な世の中になったものだね」

 田尾の背後から、大型モニターを覗き込んでいた鹿屋が、感慨深げに呟く。

 群衆の中に紛れ込んだ戦闘員や自爆テロ犯を、監視カメラが捉えた歩き方や行動パターンなどの画像で自動識別し、リアルタイムで現場の兵士と共有する暴動鎮圧システム──ガザやベルファストなどの占領地での民衆暴動(インティファーダ)に手を焼いたイスラエル軍が開発したものをベースに、前線の個々の兵士の持つ端末と情報共有できるように技術研究本部(技研)がコーディネートしたシステムである。

 集団的自衛権の行使容認に踏み切って以来、自衛隊が海外で米軍と共同行動に従事する機会も増えてきた。その中には、紛争地帯の占領地経営──国会答弁では「戦災復興事業への協力」で統一されているが──も含まれ、そうした場面で使用されることを想定して開発されたものである。

 本来なら、事前に監視カメラを設置する必要があったが、今夜の実積で既存の街頭カメラの映像でも充分に機能することが証明された。

 一般人に紛れて逃れようとする兵士たちをシステムが次々に見抜いて、座標コード付きで現場の端末に送り込む。画像ジャイロ技術によって誤差数ミリの精度で指定された座標コード情報を受け、現場では各種端末のモニター上に拡張現実(A R)的に標的情報が重ねられる。それを見れば、ひと目で(たお)すべき標的の判別がつくという仕組みだ、

 それを元に、現場部隊が片っ端から不穏な動きをする人間を狩り立ててゆく。鹿屋の言うところの「お片付け」が完了するのも、時間の問題だろう。

「ところでこれ、識別誤差ってどれくらいあるの?」

 画面上の各種パラメーター表示をしげしげと眺めながら、鹿屋が訊ねる。

「実戦では5パーセントくらいと聞いてます」

「結構高いね。まぁ、でも、導入当初はそんなものかな」

 その5パーセントの数字に含まれる民間人の犠牲者について、鹿屋はあえて触れなかった。それは軍事作戦上、付随被害(コラテラル・ダメージ)として片付けられる数字として、関係者間ではとっくに了解済みの話だった。

「こうやって『実績』を積んで論理式(アルゴリズム)をブラッシュアップしてけば、その内、いい感じの数字に下がるっしょ」

 鹿屋は堅くなった身体を大きく伸ばして言った。

「さて、技研への義理も果たしたし、後は現場の連中に任せて、そろそろ僕らも引き上げ──」

 そこに、ポケットの中で携帯(スマホ)がメールの着信を告げる。

 その文面に視線を走らせた鹿屋は、表情を渋く歪めた。

「どうされました?」

「……官邸からだ。今から報告に顔出せって」

「おつかれさまです」

 そっけなく告げて、田尾は手元のシステムの電源を落とす。

「えー、一緒に来てくれないの?」

「自分はここの片付けがありますので。おひとりで行ってください」

「えー、行こうよ~。俺、あの坊ちゃん総理苦手なんだよ~」

「子供ですか」

今回は3話連続掲載です。

引き続き、次話、第39話に続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ