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「何だ……?」

 指令室正面モニター上に表示された戦況マップを眺めていた浅田は、その異変に気付いた。

 北側の戦線──NPAからの圧力に晒されていたはずの戦線で、発砲回数が激減している。事実上、ほぼ戦闘が終息していると言ってもいい。現場にも確認したが、敵兵士の姿も視認されなくなっている。

 諦めて、撤退した……?

 何故だ。戦況はNPA側が優勢だったはずだ。ここで引く理由がない。

 それに、撤退するなら、現場周辺を包囲する機動隊との接触が発生するはずだ。だが、警察無線の傍受ログに目を通す限り、それもない──ならば、どこへ消えた?

 戦術を変えてきたのか──何か未知の、こちらに捕捉されないやり方で、戦線の浸透突破を図っているのではないか。

 有り得なくもない。

 しかし、異変は北側正面だけで発生しているわけでなかった。

<14K>と交戦中の西側の戦線でも、彼我の発砲件数が明らかに減っている。こちらはまだ戦闘自体は継続しているが、攻勢と呼べるほどの圧力はなくなりつつある。ほんのついさっきまであった隙あらば喰らいついてくるような、こちらの肌がひりつくような際どい積極性や柔軟性が見られなくなってきている。

 これは……何だ?

 足を引っ張る余計な邪魔がなくなったという意味で、歓迎すべき状況なのかもしれない。だが、原因がよく判らない以上、そうそう素直に喜ぶわけにもいかなかった。

 せめてUAVが健在なら、もう少し状況を的確に把握できたのだろうが、無い物ねだりをしても始まらない。

「………………」

 結局、違和感は違和感のまま残ったが、それはひとまず頭の片隅に留め置くこととして、この隙に本来の仕事を片付けてしまうべきだろう。

 呉と謎の男女の一行は、回収地点ピックアップ・ポイントとおぼしきカラオケ店のビルのすぐ近くまで接近してきていた。

 だが、そこまでだ。

 カラオケ店はひらけた大通りの三叉路交差点の先にある。直線距離で約二〇メートル強。そこを渡りきるまでの間、遮へい物の一切ない空間にその身を曝さなければならない。まさに撃ってくれと言わんばかりの地形(ロケーション)だ。

 ここで終わらせる。

 兵も配置した。大通りに飛び出したら、その場で蜂の巣だ。

 と言って、ここを渡らねば、すぐに追撃する兵達に追い詰められて、やはり蜂の巣だ。

 脱出を目前にこの状況は、さぞや辛かろう。絶望的だろう。天を仰いで、神の不在を呪うかもしれない。

 だが、死ね。全身を穴だらけにして、死ね。

 血だまりの中でのたうちまわって、無様にその身を捩って、死ね。

 こみあげてくる(くら)い愉悦が、浅田の口の端をわずかに歪ませたその時──

「何だ、こいつら……?」

「どうした?」

 現場の兵士からのカメラ映像を見ていた副室長に訊ねる。

 副室長が困惑した顔をこちらに向ける。副室長とは現役自衛官だった時代からの長い付き合いだが、ここまで困り切った表情を自分に見せるのは初めてだった。

「何が、あった?」

 浅田はもう一度、辛抱強く訊ねた。



「……何ですか、あれ?」

「知るか」

 憮然として吐き捨てた武藤と由加里の視線の先には、得体の知れない4~50人ほどの集団が道幅いっぱいに広がっている。武装はめいめいバラバラ。鉄パイプから日本刀まで、拳銃や古いライフル銃を手にした者もちらほらと見かける。服装に至っては、ホスト風の黒服あり、バイクのツナギ姿あり。中にはこの寒空に着流し姿の者までいる。統一感の欠片もない集団だった。

 あえて言えば、各自が手にした携帯(スマホ)やタブレット端末をしきりに覗き込んでは、きょろきょろと周囲を見廻している。

 回収地点ピックアップ・ポイントとして結城から指示されたカラオケ店のビルを挟んだ大通りの手前まできて、由加里たちはこのおかしな集団に行く手を阻まれた。

「あの、何だかすごく嫌な予感がするんですけど……。あの人たちの狙いって、もしかして──」

 通りに面した路地の角から覗き見ていた由加里は、そっと背後を振り返る。ここまで全速力で走らされてきた呉が、壁に手をついてげほげほと咳き込んでいる。

『ああ、多分それ、正解』回線越しに結城が指摘する。

「いや、まだ何も言ってないし」

『例のサイトを見て集まった連中だよ』

「うう、知りたくなかった……」

「待て」涙目で呻く由加里を、武藤はいつものように無視した。

「機動隊の包囲下で、こいつらはどうやってここまで来れた?」

 その問いに、結城があっさりと答える。

『入るのは自由なんですよ』

「何だと?」

『機動隊側に「武装して突破を図る連中は、無理せず通せ」という指示が下りてます。

 さっきの検問の強行突破で、死傷者が大勢出たみたいなんで、それでじゃないですかね』

「そんなわけがあるか」

『陸自が現地入りしている』武藤の否定を受けるように、新庄が会話に割り込んできた。

『官邸の判断で、防衛省に主導権が引き渡された。そっちから出た指示だ』

「そういうことは、早く言え。それで、動いてるのはどこの部隊だ?」

『具体的な部隊名までは掴めていない。判っても、この回線では口にできない』

「!?」

 武藤が眉をひそめる。陸自の秘匿回線を借りている以上、防衛省サイドにこちらの会話が傍受されているのは前提となる。うかつな話題を口にすれば、新庄が防衛省内に築いた情報源を危険に晒すことになる。

「充分だ。こういう状況に投入される部隊で、名前の出せない連中なら、だいたい見当がつく。とっととここから脱出しないと、そいつらの『実績作り』に捲き込まれるってことだな」

『そういうことだ』

「劉!」カラオケ店のビルの屋上を見上げながら、武藤は告げた。

「今から目の前の馬鹿どもを蹴散らして、そっちに行く。援護しろ」

「な──っ!」

 またまた何言い出しますか、この暴力バカ上司は──とどん引きする由加里の代わりに、劉が困惑した声で答える。

『無茶です。こんな統制の取れてない集団のひとりやふたり狙撃したからって、そちらに殺到する動きは止められません』

「何、心配すんな。こんな素人集団、片っ端からぶっ殺すなり盾にするなりしてやれば、いくらでも突破できる」

「無茶苦茶言うなっ!」「何考えてんだ、あんたっ!」

「ふん」喰ってかからんばかりの由加里と呉の渾身の突っ込みは、軽く鼻であしらわれた。

「どうせ、選択の余地なんざねぇ。ほれ、さっそく見つかったぞ」

「あ…………」

 集団の中のホスト風の男がじっとこちらを見ている。それを見て、周囲の男たちが次々にこちらに視線を向けてくる。誰も何も言わないのに、以心伝心で集団内にこちらの場所が伝わってゆくさまは、何やらゾンビ映画の一場面のようで、ぞっとする。

 と、その群集の脇からバイクが飛び出してきた。急なS字を描きながら器用に男たちの間をすり抜けて、こちらへと向かってくる。

 フルフェイスのヘルメットに上下ツナギのライダー姿の男が、鉄パイプを振りかざして武藤へ襲い掛かる

「もらったーっ!」

「うるせえ」

 武藤が無造作にバイク男の胸板に拳銃弾を一発叩き込む。男はバイクから吹っ飛ばされ、主を失ったバイクは横倒しになって路上を滑り、街頭の支柱にぶつかって静止する。

 それを見て、一瞬の迷いもなく由加里はその場で回れ右した。

 その襟首を掴んで、武藤は咆哮する。

「おら、死にたい奴からかかってきやがれ!」

「い~や~だーっ!」

 絶叫する哀れな部下を引きずって、上司は襲い掛かる武装集団のただ中へと飛び込んでいった。



「何をやってるんだ、こいつらは……?」

 3対50──実態は、事実上1対50に近かったが──で、唐突に路上で始まった乱闘騒ぎに、浅田が呆然と呻く。

「呉を賞金首扱いしているサイトがあるようで、それを見て集まった連中でしょう。警察も、あえて検問を通しているようで……」

「何を考えてるんだ……」

「後でまとめて拘束するつもりなのかも──」

「何でもいい、そんな話は!」

 苛立ちを抑えきれずに、思わず怒鳴り声を上げる。

 恐ろしいことに、明らかに数で劣勢のはずの例の男女の方が優勢だった。豪雪地帯のラッセル車のように、この大人数相手に真正面から殴り込み、前進するのを誰も止められない。より正確に言えば、浅田の部下5人を瞬殺してのけたあの男がひとりで暴れているようなもので、相方の女は拳銃で威嚇しながら背後をカバーしているだけ。勿論、へっぴり腰でふたりと一緒に行動する呉は、まったく戦力として機能していない。

 何でこんなことになっているのか?

 理由は明白だ。武装集団がど素人すぎるのだ。

 数で勝っているなら、一斉に襲い掛かって手足を押さえ込み、袋叩きにすればいい。飛び道具を持っている者もいるのだから、距離を置いて狙撃してもいい。──「戦術」などという高尚な話ではない。「喧嘩」の定道(セオリー)だ。

 それすらできないのは、結局、この場にいるのは欲に目が眩んだ「個人」の集まりでしかないからだ。まともな指揮統制が機能する「部隊」になってないのだ。

 まぁ、だからと言って、この人数に真正面から殴りこんで正面突破しようとする方の神経も、どうかしてるとは思うが……。

 いや、どうでもいい。心底、どうでもいい。

 何のことはない。あの正体不明の男女一行は、このボンクラ素人集団を盾にして交差点を渡り切ろうとしているだけではないか。

 仮に途中でこの素人どもに潰されても、呉の身柄を横から掻っ攫われるという状況に変わりはない。このまま座して眺めていても、こちらは何ひとつ得するものはない。

「……撃て」

「は……?」

 振り返った副室長に、浅田は吐き捨てるように命じた。

「構わん。まとめて片付けろ」

 もう、うんざりだ。



 呉一行を追って大通りまで進出したものの、乱闘騒ぎの様子を手持ち無沙汰に眺めていた浅田配下の傭兵たちは、司令室からの指示に従って、おもむろに自動小銃を構えた。

『警部!』

「!?」

 屋上の劉からの警告と同時に、傭兵たちが発砲──路上の武装集団がばたばたと(たお)れる。意識が武藤たちに向いていた分、誰ひとり警戒もしていなかった。完全に背後からの不意打ちの形となり、それがよけいに被害を拡大させた。

 突然の銃撃に浮き足立つ男たちを殴り倒しながら、武藤が叫ぶ。

「劉! 指揮官を見つけて、そいつを撃て!」

了解(ヤー)!』

 返事と同時に、射撃の指揮を執っていたと思しき身振りの大きな兵士の頭部が、ヘルメットごと撃ち抜かれる。

 だが、若干射撃の統制がばらけたくらいで、残りの兵士たちは動揺することなく発砲を継続する。指揮官をひとりふたり喪ったくらいでは、戦闘意欲は低下しない──それは、彼らの「兵士」としての職業意識(マインドセット)が、きわめて高度に完成されていることを示していた。

 傭兵たちによる組織的な射撃によって、発砲ごとに周囲の男たちの数がごっそりと減ってゆく。撃たれて即死した者、死に損なって路上でのた打ち廻る者達の血で、アスファルトの路面がびしょ濡れになる。

「これは、まずいか……?」

 既にこちらを襲おうという奇特な連中はいなくなり、残っているのはパニック状態になって逃げ損なった間抜けなボンクラだけだった。交差点を渡り切るまでの盾代わりにするには、いささか数が心許ない。

「急ぐぞ!」

「はい!」

 足をもつれさせる呉のそばにぴったり張り付きながら、由加里が応える。

 目的地のカラオケ店まで、あと少し。流れ弾で店頭のガラスが砕け散っていて、辿り着いたからといって安全とは言い難かったが、横殴りの銃弾に晒される往来のど真ん中よりは遥かにましだ。

 だが、こちらの目的地が読まれているのか、他に撃つものがなくなってきたのか、カラオケ店に近づけば近づくほど、銃撃の密度が増してゆく。

 路上から武藤と由加里が拳銃で反撃し、プラス劉が頭上から狙撃を加えるが、あまり効果があるように見えない。先刻の狙撃でいきなり指揮官を喪ったことで学習したのか、兵士たちは不用意に物陰から身を晒そうとはしなかった。

「っ!?」

 由加里の鼻先を銃弾が掠め飛ぶ。これは、いよいよもって切羽詰ってきた。

 と、兵士たちの一部が動き出す。路上の集団をあらかた撃ち減らしたので、本命の標的を狙うのに、もっと優位な射撃位置を求めての動きだろう。銃兵(ライフルマン)としての本能的な動きと言っていい──だが、それを見逃す武藤ではなかった。

「劉!」

 返事もなく、不用意に路上に身体を晒した三人の兵士を劉が立て続けに射殺する。高レベルの運動エネルギーを伴ったライフル弾を喰らって、兵士たちの身体が簡単にひっくり返る。

 ほとんど脊髄反射レベルの反応値で、残りの兵士たちが屋上の劉めがけて一斉射撃──その瞬間、由加里たちの存在が彼らの射線から外れた。

 そのごく一瞬の隙を衝いて、飛び込むように完全に店頭のガラスを喪ったカラオケ店に駆け込む。

 それを追って、外から兵士たちが放つ銃弾が襲い掛かる。カウンターに着弾したライフル弾が、細かな木片や卓上に置かれた調度品を弾き飛ばす。

「きゃあっ!」「うわぁっ!」

「先に行け!」

 悲鳴を上げる由加里と呉を、店の奥の階段に向かわせつつ、武藤が店外に向けて拳銃を速射する。敵を狙っての発砲ではない。時間稼ぎの牽制だ。瞬く間に弾倉に残る銃弾を全弾撃ち尽くすと、きびすを返して階段を目指す。

 交差点を素早く渡り切った兵士たちが、それを追って腰をかがめて次々と滑り込むように店内へと突入する。

 空になった弾倉を交換しつつ、武藤はこの手のビルにありがちな狭いステップを蹴って階段を駆け上がる。その矢先、さっそく二階の踊り場で立ち尽くす由加里と呉にかち合った。

「何やってやがる、手前ら!」

「警部……!」

 途方に暮れた表情で振り返る由加里の向こうに、二階フロアから店員と思しき青褪めた表情の若者の顔が見える。逃げ遅れた一般市民に捕まった構図を一発で理解したのか、武藤が即座に拳銃を突きつける。

「警部、ダメです!」

 由加里の制止を無視して、武藤は銃口を天井に向けて発砲する。

「奥のボックスに篭って、全部終わるまで引っ込んでろ!」

 発砲に驚いたのか、武藤の形相に怖れをなしたのか、店員が慌ててフロアの奥に引っ込む。その背後で、ぱたぱたとボックスのドアが閉まるのが見えた。様子見をしていた一般客か。

「あんなの引っかかってんじゃねぇ!」

「いや、でも、逃げ遅れた市民を放っておくわけには──」

「どアホぅ! このままだと逃げ遅れるのはこっちだ!」

 怒鳴りつけながら、階段の下へ向けて発砲──階下からこちらを覗き込もうとしていた兵士が、素早く頭を引っ込める。と、代わりに自動小銃の銃口だけを突き出して、撃ち始めた。

「きゃあっ!」

「とっとと行け! 上でヘリが待ってる!」

 応戦の銃撃を返しつつ、武藤が銃声に負けない大声で命じた。

武藤の挑発によって、狂気に浸食されてゆく日本人傭兵部隊の指揮官・浅田。

そして回収地点を目前にして、呉に懸けられた賞金を狙って集まった50人の武装集団が、由加里たちの前に立ちはだかるが……。


と言うわけで、今回は正面突破の殴り込みです(爆。

戦術的なリアリティとしてどうなんだという向きもおありでしょうが、本作は割とその辺は緩く設計してますので「あり」です。

この先もSFやファンタジーに片足突っ込んだような戦闘描写が増えてきます……というか、ひとつの作品内で、グラディエーションを描くように描写をシフトさせてゆくというのが、本作の戦闘描写に於けるテーマでもあるので、是非、お楽しみに、ということで。

さて次回のお話は──

屋上からヘリで脱出せんとビルを駆け上がる由加里たち。追いすがる傭兵部隊。

果たして、脱出なるや……?

乞う、ご期待!


次回は来週8月18日(月)6時更新予定です。

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