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 戦場には潮目の変わる瞬間がある。

 がっぷり四つに組んで膠着状態に陥った戦線で、そうであればこそ、優れた士官ならば気づくことのできる微かな変化の瞬間だ。

「………………」

 葉春烈(イェチュンリィェ)は、顔を上げて日本人傭兵たちの立て篭もる辻の向こうへ目をやった。

 数では明らかにこちらが優勢のはずだが、狭い街路では横に展開できないのでせっかくのその優位を生かせない。

 それでも力押しで強行突破しようと兵を突っ込ませたが、精密な射撃と、攻勢に出ようとする鼻先を確実に叩かれて、おびただしい損害を出すだけに終わった。足元で冬の冷たい路上に無造作に転がる部下たちの屍体は、その頓挫した突撃の結果だった。

 練度や火力の違い──というより、こちらの動きを、それこそ呼吸のレベルで正確に掴まれているらしい。顔を出した瞬間に、狙撃される。突撃のために路地に出ようと構えた時点で動きを掴まれてるとしか思えない。

 おそらくはUAVか何かで上空から監視されているのだろうが、よほど静粛性の高い機体らしく、エンジン音すら聴こえてこない。

 だが、不意に現場の空気に違和感が混じる。

 何、だ……?

 一瞬、戸惑ったが、すぐにその正体に気付く。

 敵の反応に遅れが生じている。ほんの微かな遅れだ。こちらの兵士が路地に顔を出した瞬間に狙い澄ましたように銃弾が飛んできていたのが、顔を出してから(、、、、、、、)銃弾が飛んでくる。……。

「!?」

 原因は判らない。だが、意味は判る。それで充分だ。

「RPG!」

 小声で命じると(チェン)が腕を掴んで制止する。

「ま、また撃たれるだけだから……」

「大丈夫だ。俺を信じて、言われたとおりにしろ──RPGの発射直前から、一斉射撃。発射の瞬間まで援護しろ」

 (チェン)がRPGを背負った若い衆を呼びよせる横で、ハンドサインで兵士たちに指示を出す。その指示に、特に反発する様子もなかったが、反応は微妙に鈍かった。繰り返された突撃の失敗に、気持ちが臆しはじめている。所詮はチンピラ上がりの連中だ。ここらで攻撃を成功させないと、その内、こっちに銃口を向けかねない。

 だが、今度こそうまくいくと葉は確信していた。

 ハンドサインでタイミングを合わせて、一斉射撃──案の定、敵の反応はワンテンポ遅かった。先手を取られたためか、数で勝るこちらの銃撃に押されている感すらある。

「よし! RPGを撃ち込め!」

 発射菅(ランチャー)を肩に背負った兵士が、伏せ撃ちの姿勢で弾頭を敵に向ける。ついさっきまでなら、この時点でこいつは射殺されていたはずだ。

 だが、そのまま派手な後方火炎(バックファイア)を閃かせて、RPGの太い弾頭が発射菅(ランチャー)から滑り出す。

 辻の向こうで敵兵が慌てて逃げる気配を追いかけるように、RPGの弾頭が飛び込んでゆく。

 爆轟──コンクリートの壁に着弾し、微細な破片を飛礫として周囲にまき散らす。

「ははははっ! いいぞ、いけいけいけいけっ!」

 歓声を上げて吶喊(とっかん)する兵士たちの背中を満足げに眺めながら、葉も前進を開始した。



「やだやだやだっ! 警部、何をするんですか? 止めてください!」

「うわーっ! こんなところで、いきなり何を始める気だ、あんた!」

「………………?」

 銃弾で穴だらけにされたBMWの車内から、由加里と呉が大声で騒ぎ出す。と言っても、いかにもしらじらしい叫び声で、監視にあてがわれた三人の兵士たちの誰ひとり本気にした者はいなかったが、一瞬でもそこに気を取られたのが命取りになった。

 何かが強引にへし折られる鈍い音に、兵士のひとりが振り返る。あり得ない角度に(くび)を捻った同僚の背後に、冷たい眼光の大男が立っている。

「あ………………!?」

 大男──武藤は無言で拳銃の銃口を向け、引き金を落とした。



三名死亡(スリー・ダウン)! 標的を監視してた兵が殺られました!」

「言わんこっちゃない……っ!」

 呻くように罵りながら、浅田は即座に指示を出す。

「さっきの狙撃地点から離脱するつもりだ。経路を先廻りして、兵を配置しろ。絶対に逃がすな」

「北の阻止線でも戦闘状況に突入! NPAが動き出しました!」

「そっちもか」

 UAVを撃墜した狙撃兵が呉を連れたあの謎の男女と繋がっているなら、連動して動き出すことは予測できた。

 だが、UAVの索敵能力が失われたとたんに、〈14K〉やNPAまで示し合わせたように一斉に攻勢に転じてきた。

 おそらく、こちらの動きが鈍ったことから、攻勢に出る好機と踏んだのだろう──それも同時に。まったく油断も隙もない連中だった。

 だがこちらの兵達も、熟練したプロなのだ。動きが鈍ったと言っても、素人に気取られるような下手を打ったわけでもないだろう。

 だが、それでもこいつらには通じなかった。いずれも戦場の指揮官として、恐るべき勘の鋭さだった。こんな奴らが、よりにもよって今夜この場所に集まってきている。……何なのだ、一体?

「予備のUAVはまだ上空に到着せんのか!」

「まずいです。このままだと支えきれません」

 副室長が小声で指摘する。

「見れば判る」

 機動隊に十重二十重に包囲されている状況下で、送り込める予備兵力などない。元より陣地を構築しての持久戦など考えてはいないが、これ以上、兵力を削られては組織的戦闘が維持できなくなる。

「標的がこちらの包囲を突破しました!」

 こちらも思ったより動きが早い。兵を廻すのに、ほんの少しもたついただけで、これだ。あっさり蹴散らして、現場から離脱しようとしている。

「運動戦に切り替える」浅田は副室長に告げた。

「西と北の兵を一気に引き下げつつ、標的の追撃に投入しろ」

「いや、それでは……」

 口ごもる副室長を睨みつける。急な兵力配置の変更は、敵の追撃を受けて損害を拡大させかねない。そんなことは、初めから承知の上だ。だが──

「このままでは、兵力を削られて身動き取れなくなる。その前に決着をつけるぞ。身柄の確保より殺害(エリミネート)を優先。必ずここで仕留めろ!」



「動き出しました」

「どれどれ……おー、やってるやってる」

 渋谷駅北口に機動隊が設営した巨大な指揮テント村の一角──持ち込まれた大型液晶モニター上に表示された、通信飛行船(コムシップ)からの地上監視映像を覗き込みながら、陸上自衛隊の制服を着たその士官は、薄く無精髭の散った顎に手を当てながら、元からたれ目気味の目元を更に下げる。

「あーあ、もうしっちゃかめっちゃかだな、こりゃ。UAVの監視機能を喪ったとたんにこれって、本当、陸自(うち)らも他人事じゃないな。今度、部隊の演習シナリオに組み込もう。

 ……で、何? 本当にライフルなんかであんな小型UAVを撃墜できんの?」

「着弾時の閃光を分光スペクトル解析した結果ではそう出てます。この夜中に、どうやって機体の位置を捕捉したのかまではわかりませんが」

 モニター前の折りたたみ椅子に陣取って情報分析のオペレーションを行っている、これも制服姿の短髪の女性下士官がそっけなく答える。

「小型の射撃レーダーか何か持ち込んでんじゃないの? 対UAV用の機材で何かあったでしょ」

「車載用のマイクロ波レーダーを応用した携行型の対空見張りレーダーなら、確かに技術研究本部(技研)で実証実験やってますが、接近を警戒する警報レベルのもので、迎撃に使えるような精度のある射撃レーダーではありません。そもそも歩兵に索敵域(レンジ)の広い対空射撃レーダーを持たせても、個人で携行可能な武器では標的を追尾しきれませんし」

「例の先進デジタル化歩兵(A  D  T)に担がせるっていうマイクロミサイル使えば、いいじゃない。あれなら撃墜できるでしょ?」

「あれは後方の指揮車の車載レーダーや、対地早期警戒機(J-STARS)からの情報をネットワークで共有してるだけで、歩兵自身に対空射撃レーダーを持たせるわけでは──」

 そこまで言いかけて、どオタクな会話をにやついて聞いている士官の顔に気付いたらしい。女性下士官はむっとした表情で軽く睨みながら、強引に話題を元へ戻しにかかった。

「……ともかく、今のところ、それっぽい電波(なみ)は確認されてません。仮にそうなら、それはそれで我々には未知の装備ってことになります」

「世界は我々の知らない知識で溢れてるってことさ。日々これ勉強だよ、田尾一等陸曹」

「……それ、言ってみただけですよね、鹿屋(かのや)二等陸佐」

「判る?」

 醒めた目で一瞥する田尾に、鹿屋はにやけ面を崩す。

「陸自さんの連絡所はここか?」

「隊長、マスコミの目もありますので、あまり大きな声を出されては──」

 どすの効いた怒鳴り声とともに、機動隊員の装備で固めたがっしりとした体躯の壮年男性が、同じく機動隊員の装備をつけた副官を引き連れてテントに入ってきた。

「この場を任されてる第1機動隊隊長の須藤警視正だ」

「陸幕情報部国際テロ対策情報課の鹿屋二佐です。こちらから伺わねばならないところを、わざわざおいでいただき、ありがとうございます」

 そういって差し出した鹿屋の右手を、須藤は無視して続けた。

「私の部下に勝手に指示を出しているそうだな?」

「『勝手』ではないですよ」にっこりと笑って鹿屋は答えた。

「一応、先ほど国家安全保障会議(N  S  C)の承認を得たばかりの交戦規則(ROE)に則ってます。田尾一曹──」

 田尾が軍用の頑丈な造りのタブレット端末を須藤に手渡した。総理大臣以下、NSC参加閣僚全員の署名の入った交戦規則(ROE)交付証が表示されている。

 その文面をざっと目を通し、須藤は顔をひきつらせた。

「こんな……事実上の戒厳令じゃないか!」

「地域も限定されますし、時間もとりあえず二四時間の限定です。長引くようなら延長も可能となっていますが、まぁ、朝までには決着をつけますよ。

 現場の指揮系統も全般的にはそちらにお任せします。ただ、個別の指示については、陸自(うち)の指示を優先していただくだけで」

「ふざけるな!」

「そう申されましても、私ごとき下っ端では何とも……。文句は官邸に言っていただくとして、ここはご協力いただけませんか」

 口調こそ丁寧ではあったが、須藤の憤激をむしろ(たの)しむかのように鹿屋は言った。

「だいたい、君らはここで何を始めるつもりだ? さっきの指示も、強行突破して中に入ろうとする連中をそのまま通せ、などと……何のための封鎖線だと──」

「射的の的は多い方がいいじゃないですか」

 表情ひとつ変えず、鹿屋は言い放った。

「……は?」

「せっかく東京中から悪党が集まってきてるんですから、これを機にまとめて掃除しちまえ、ってのが官邸の意向だそうで。ご心配なく、通していただいた連中は、朝までにひとり残らず始末します。

 まぁ、これも一種のオリンピック対策ですかね」

「………………」

 鹿屋の告げた言葉の意味をとっさに理解できず、須藤は絶句した。

「いや、待て……起訴や裁判もなしに、そんな──どこにそんな、法的根拠が……」

「まぁ、一種の国家的緊急避難措置とでも言いますか。細かい話は内閣法制局の方で面倒を見てくれるそうなので、そちらにお問い合わせを。

 先日の大規模テロのお陰で、株価は下がるわ、国際オリンピック委員会(IOC)からは懸念表明は出るわ、官邸もなりふり構ってられる場合じゃないんでしょうなぁ」

 鹿屋の口ぶりは、いっそ床屋談義でも始めるような気楽さだった。

「いや、ご心配なく。機動隊(みなさん)はこのまま周辺の封鎖を続けてください。陸自(こちら)は適当なタイミングで、勝手にはじめさせていただきますので」

「待ってください」蒼白な表情で言葉を喪う須藤の横で、副官が割って入る。

「地元住民の避難が完了してません。住民が捲き添えになる可能性がある」

「そこは、あれですよ……ええと、田尾一曹、こういう時使う言葉、何だったっけ?」

 鹿屋に訊ねられた田尾が、短く答える。

付随被害(コラテラル・ダメージ)

「そうそう、コテラテル……コテラテラ……? ま、いいや、それです。今回の交戦規則(ROE)でも、そういう被害もしょうがないってことになってますし」

「………………」

 唖然として立ち尽くす須藤と副官の前で、鹿屋は苦笑して続けた。

「いやいや、マスコミ的には陸自(わたしら)はいないことにしていただいて結構ですので。と言っても、マスコミ対策は初めから全部そちら任せでしたっけね」

「二佐」ヘッドセットを掛けた耳元を押さえていた田尾が、横から声を掛ける。

「現場部隊の配置が完了したそうです」

「じゃあ、ぼちぼち始めちゃって」

 宴会に先乗りした仲間への伝言のような気やすさで、鹿屋が指示する。

 そして須藤と副官の方へ振り返り、戦況を表示する大型モニターを指さして言った

「どうです。ここで一緒にご覧になって行きませんか。陸自対テロ特殊部隊(わたしども)の仕事ぶりを」

 その口元に薄っすらと浮かぶ肉食獣のような歪みに、ふたりの警察官は慄然とした。

UAV撃墜と同時に、一斉に反撃に転ずる諸集団。

そして遂に、陸自が参戦する──


そんなわけで、エスカレートする一方のお話は、行き着くところまで行き着いちゃった感もありますが……(わはは)。


実はこのパートで自衛隊を出すところまでやるかどうか、土壇場まで迷ってたんですよね。

後の展開で自衛隊を出す予定ではあったんですが、ここでそこまで一気に状況をエスカレートしてしまっていいものか、と。一応、刑事ドラマだし(たまに作者も忘れかけるけど)。

ただ、ちんたら書いている内に、政権が変わってオリンピックもやることになって、「オリンピック・イヤーに東京でこんな騒ぎが起こったら、早期解決のために自衛隊投入のハードルも下がるよな」と考えて、こういうことになりました。

この辺の政治状況の変化は、先々、ストーリーに微妙な影響を与えてきそうな気がします。


さて、次回のお話は……

ますます過熱する戦闘状況下で、待ち受ける日本傭兵部隊に武藤が真正面から襲い掛かる!

5対1の凄絶な近接戦闘(CQB)編です。お楽しみに!


次回は来週7月28日(月)6時更新予定です。

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