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 銃声や爆発音が激しくなる西の方角と、逆に静まり返った北の方角を何度も振り返ってから、携帯(スマホ)上の敵の配置状況を確かめた武藤は、それこそ舌舐めずりでもしかねない勢いで顔をほころばせた。

「本格的に動き出したな。こっちもそろそろ動くぞ」

「え? ここで救援待つんじゃないんですか?」

「救援なんか来るわけないだろ」あっさりと武藤が言い放つ。

「『外』には、俺達が関わってることは伏せとるんだ」

「いやいや、知らせましょうよ! それで、助けてもらいましょうよ!」

 両手を振って全力で主張する由加里に、武藤はうんざりとした口調で告げる。

「教えたところで、『敵』の装備と人数を考えれば、警察ではおいそれと手が出せん。無理して手を出せば、屍体の山だ。結局は陸自の中央即応部隊(C R F)辺りが出張ってケリを付けることになるんだろうが、丸潰れの警察上層部(う え)の面子の落とし所に邀撃捜査班(う ち)がなってやらにゃならん義理はない」

「面子とか、そういう事を言ってる場合では──」

「お前が気にしなくても、上層部(うえ)が気にするって話をしてるんだ。文句があるなら、そいつらの(けつ)に火でもつけてこい」

「ここから生きて出られるんなら、直訴でも土下座でも何でもします!」

「じゃあ、とっととこの包囲網を喰い破らんとなぁ」

「……ああ、結局、そうなるんだ……」

 にたりと歪む上司の口元に、由加里は軽い眩暈を覚えて額に手をついた。

「それじゃあ、そろそろこっちから仕掛けるか」

「はぁ……」

 もうどうにでもしてくれ。



「アルツゥロ・アルツェラ?」

 聞き慣れない名を耳にして、浅田は思わずその場で訊き返した。

フィリピン新人民軍(N P A)の指揮官です。北米でアルカイーダが引き起こした米国家安全保障局(N S A)のサーバセンター襲撃事件の犯人グループに、戦闘訓練を施して自爆用爆弾の提供をした容疑で、国際刑事警察機構(ICPO)から国際指名手配を受けてます」

フィリピン新人民軍(N P A)は共産系だろう。なんでイスラム原理主義のアルカイーダと組むんだ?」

「この業界、金払いさえ良ければ思想信条は関係ない──そんなことより、そいつが何で、こんなところにいる?」

 手元のタブレット端末上に拡大表示された小柄なコートの男の姿を、浅田が指で叩いた。ハッキングした現地の街頭カメラ映像を加工したもので、眼鏡を掛けた理知的な表情まで鮮明に判る。

「自衛隊や米軍に支援されたフィリピン政府軍の掃討作戦の進展と、島嶼群まで都市化が進んだことで、フィリピン新人民軍(N P A)は地元で居場所をなくしかけてるんです。それで幹部クラスの海外脱出を兼ねて、各国に出稼ぎで来ているフィリピン人社会に潜り込んで、資金稼ぎと戦力の再編を図ってるらしく、どうもその一環かと──」

「それでわざわざ首を突っ込んできたのか……」

 忌々しげに浅田が呻く。

「対処戦術は?」

「距離を詰められると厳しいですね」

 現場で襲撃を受けた兵士の動画をコマ送りで解析していた戦術分析官が、モニターから顔を上げる。

「見てください」

 レーザーポインターで示しながら、正面の大型モニターに襲撃動画を表示する。

 黒衣のNPA兵士たちが、壁や電柱の突起を足掛かりに器用に駆け上がって、重装備の日本人傭兵たちに上から襲い掛かる。一瞬の交差とともに、ある者は脛骨をへし折られ、ある者は防弾ジャケットの隙間にナイフを突き立てられ、抵抗する間もなく屠られる。

「……何だ、これは?」

「『バルクール』とか『ヤマカシ』とかいう運動に動きが似てます。まぁ、どちらも元々は兵士の訓練に使われたものですが」

「出自だの来歴はどうでもいい。対処法を訊いてる」

「訓練すれば対処可能でしょうが、訓練抜きのいきなりの対応は無理です。身体以前に、まず目がついてこれない。戦闘中、それも夜間にいきなり想定外の視野角からの襲撃に無理して対応しようとすれば、今のフォーメーションや運動パターンが崩れてガタガタになります」

「…………っ!」

 それは浅田の見立てとも一致していた。

 現場の兵士たちは、想定される戦場と敵に合わせて、対処可能な視野角や身体の動きを最適化(チューニング)してある。それだけに、それ以外のこんな想定外の運動パターンで襲ってくる敵を前にすると、為す術がなくなってしまう。

「……UAVと街頭カメラの監視リソースを集中する。監視を強化しつつ、北側の戦線を縮小して火力と兵力密度を高めろ。敵の装備は軽装だ。早期に接近を把握して火力を集中して対処すれば、充分に迎撃は可能だ」

 だが、その分、他の方面の監視が疎かになる。特に〈14K〉と交戦中の西側の戦線の監視能力が落ちるのは痛いが、UAVの熱源映像(サーモグラフィー)で上空からNPA兵士の動きを監視して警戒できれば、損害は最小限に抑えることが──

 その時、耳障りな警告音がフロアに鳴り響いた。

「何だ!?」

「UAVが──」担当技術者が、蒼白な表情で報告した。

「撃墜されました」

「………………っ!?」

 更なる泥沼に足を踏み込んだ感触に、浅田は映像の途絶した正面モニターの一角を愕然と見上げていた。

今回はこの章だけだと短いので、もう1章続きます。

次はいよいよ、ハッキングだーっ!

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