02
ご無沙汰しております。
すっかりお待たせしましたが、本日から本格連載開始です。
とりあえず、今日明日更新の「02」「03」の会議編です。
知り合いからは「読みづらいわボケ」と言われてしまいましたが、結局、大して直してません(ははは)。
え~っと、専門用語ばかりで読みづらいかもしれませんが、頑張って着いてきてください。お願い(涙目)。
では、ごゆるりとお楽しみください。
「まず事件概要から説明する」
薄暗い会議室の正面に据えられた、六〇型の大型3Dモニター。それと相対する上座の席に座る、新庄克也警視──警視庁捜査第一課重犯罪邀撃捜査班の指揮官は、胸を張るかのような堂々とした姿勢で告げた。細身の眼鏡がモニターの光を反射して、表情までは読み取れない。
「事件発生推定時刻は昨深夜〇時。都下八王子市高尾山中の山荘が銃火器で武装した何者かによる集団に襲撃され、そこに居合わせた在日朝鮮人系犯罪組織の幹部、構成員を中心に四四人全員が殺害された」
「………………」
今時、自然災害だって、一度にここまで大勢の屍者は出さない。やっぱり警察の仕事じゃないんじゃなかろうか。
そう胸で呟きながら、由加里はそっと周囲の様子を伺った。
モニターを正面にコの字型に配置されたテーブルの上座には、いかにもパワーエリート然とした趣の新庄。横には、それとは対照的に、「ドレスコードなので仕方なく付き合ってやってるのだ」といわんばかりにだらし無くスーツを着崩した武藤が仏頂面で腕を組んでいる。
その横──由加里から見て正面斜め前の席に薄いノートパソコンを開いて座る車椅子の青年が、電子情報収集と技術支援担当の結城武史。スレンダーな体躯にこざっぱりとした私服を着こなした眼鏡男子で、歳の頃は見たところ二〇代前半。昨日の着任の挨拶時に聞いた話だと正規の警察官ではなく嘱託職員。
更にその横、由加里から見て正面の席に座るのが、久住裕次郎。いかにも人の好さそうな近所の小柄なお爺ちゃんといった風情で、こちらも嘱託職員。もっとも、前歴は一刑事として警視庁捜査一課を定年まで勤め上げ、現役時代に取った警視総監賞は一ダースを下らないという「伝説の刑事」とまで謳われた人物だ。昨日の着任時には本部に不在で挨拶できなかったが、今朝の現場で初顔合わせとなった。
そして由加里の隣、上座側に座るスーツ姿の青年が、劉秀英。香港警察特捜部からの出向で警視庁に赴任してきているとかで、やや童顔ながら短くカットした髪にすっきりとした華流スターばりの顔立ち。多少幼く見えるが年齢は三〇歳。昨日少し話した限りでは、日本語の発音もネイティブ並に危なげがない。
スカウト時から教官役の武藤も含め、ここまでは既に顔合わせ済みの面子だったが、よく判らないのが、由加里の左隣り、モニター寄りの末席に座る白衣の美女だ。
肩より下まで伸ばした黒髪に、ちょっと日本人離れした肌の白さで、目鼻立ちもくっきりとしている。瞳の色も少し青みがかっていたような気もするが、あまりまじまじと観察する前に会議が始まって部屋の明かりを落とされてしまったのでよく判らない。あるいは欧米人との混血なのかもしれない。
白衣の上からもはっきりと判るくらいボディラインも見事で、脚もすらりと長い。日本人離れ云々以前に、ファッション誌のモデル並みのプロポーションだ。……とかくそちら方面の資質に著しく欠くと評価されがちな由加里にしてみれば、世の中の理不尽さを物理的に煮詰めて具現化したかのような存在だった。
挨拶も事前情報も抜きで、ついさっきいきなり会議室に駆け込んできたこの彼女だけが、何者なのかよく判らないままだった。
しかも定刻になっても始まらなかった会議が、一〇分押しで駆け込んできた彼女の到着を契機に始まった。よほどの重要人物らしい。おまけに詫びの文句もなし。席についた彼女の「始めてちょうだい」の一言で会議が始まったのだったが、あの武藤ですら嫌味のひとつも口にしないというのは、よくよくのことである。由加里が同じことをしていたら、二~三発ぶっ飛ばされるくらいでは済まないだろう。
そのくせ新庄の説明をあまり気を入れて聞いている様子もない。入室時に持ち込んだバインダーを開いて、ぱらぱらと挟んだ書類をめくったり、時折、何かを書き込んだりしている。そのことに気後れしているふうもなく、いきなり参加した会議で堂々とくつろいでいる感があった。
何しに来たんだ、この人……?
気になってそちらをちらちらと見ていたら、不意に背筋を悪寒が走り抜けた。
はたと我に返って顔をあげると、武藤が氷点下の目線でこちらを睨みつけていた。
「………………」
例によって、後でどんな目に遭わされるかを想像し、暗澹たる気分に突き落とされる。
おかげで、確かに隣の謎の美女のことなど、どうでも良くなりはしたが。
事件発生から一二時間後──
警視庁のある桜田門にほど近い、虎ノ門界隈。独法(独立行政法人)のいくつかが雑居するいわゆる「独法ビル」のひとつに居を構える重犯罪邀撃捜査班の本部会議室にて、主要スタッフを集めての捜査会議が開かれていた。
「捜査会議」と言っても、正規の捜査本部は警視庁捜査一課主導で現場最寄の高尾署に設けられている。だが、そこへの参加は丁重に断られており、そっちの捜査会議からは完全に締め出されてしまっていた。ただでさえ警備部(公安)からも人員をねじ込まれたいびつな編成となっているところへ、得体の知れない新参者が首を突っ込む隙間はない、ということらしい。
邀撃捜査班は形式上、捜査一課の預りとなっている組織だったが、本庁庁舎内に本部を置かせてもらえなかった時点で、その扱いは推して知るべし。事実、一課課長に報告義務もなく、国家公安委員長に直接報告と指示を仰いでいる。既存の警察官僚機構からすれば、身内の皮を被った外部から侵入者も同然だった。敵視と排除の対象でこそあれ、決して身内ではない。
もっともその代わり、捜査会議の録画データと議事録に目を通す権限が彼等には与えられていた。各捜査官が警視庁の捜査支援データベースにアップロードする資料にも、フルアクセスの権限が与えられている。鑑識結果は捜査本部と同じものがほぼ同時に届けられることになっているし、何より〈グランドスラム〉への優先アクセス権がある──それこそが、既存の警察機構から蛇蝎のごとく嫌われる、最大の理由でもあったわけだが。
勿論、そうした電子的な情報収集の網からこぼれ落ちる情報があるにしても、既存の警察官僚機構とは異なる手法で捜査を行うことを求められている彼等邀撃捜査班にとっては、必ずしもそれは致命傷とはなりえない。
この場に集まった遊撃捜査班の主要メンバーは新庄を含めわずか七人──その内、ひとりは由加里の隣りに座る正体不明の白衣の美女で、ここで彼女を頭数に入れてしまっていいものかどうか、由加里には今ひとつ判断がつかなかったが──だが、元よりこの人数で地道な地取り捜査や戸別訪問作戦なぞ望むべくもない。大勢の捜査員を動員しての人海戦術が効果がある場面では、正規の捜査本部がその役割を果たせば良いのだ。少数精鋭の遊撃部隊には、それなりの戦い方がある。
それぞれ特異なキャリアの捜査員達が力を合わせれば、大人数の捜査本部の鼻を明かすことだって不可能ではないだろう。
……もっとも、その「少数精鋭」に自分が含まれていることが、いまだまったく腑に落ちていない人間も、約一名、この場に参加していたりもしたが。
そんなごくごく一部の困惑をよそに、新庄は概要説明を続ける。
「被害者の内、事件当夜のこの集まりを主催したのが、横浜で貿易業をフロント企業として営む李元碩」
モニター画面上に、浅黒い肌に禿頭の中年男──李元碩の顔写真が表示される。
「外事二課(警視庁公安部外事部二課)に保護を求めて逃げ込んできた李元碩の部下の話によれば、北朝鮮本国政府高官の口利きで、組織の息の掛かった貨物船が、アフリカ・ソマリア北部の港湾都市ボサソでコンテナ三基を積み込んで日本まで運び込んだのが昨年暮れ。新潟で荷降ろしした時点で、本国からの指示があり、封印された積荷のひとつを開いたところ、大量の銃火器が満載されていたことが発覚した。
本国政府からの指示は『そのまま公安当局に通報し、手を引け』というものだったそうだが、李元碩はこれを無視した」
「アホだ」武藤が呆れきった口調で呟く。
新庄は無視して続けた。
「李元碩はレアメタルの先物取引で、本国から預託されていた資金に数億もの大穴を開けていた。おそらくその穴埋めを狙ったのだろう。荷主への引渡しを拒否し、料金の再交渉を行おうとしたらしい。
だが、荷主の逆襲に遭って、コンテナは強奪された。
そしてその際に犯人側に誘拐された幹部の生首が、横浜の李元碩の事務所に届けられたのが昨日。口には『戦線布告』の一文を書いた紙が突っ込まれていたそうだ。
慌てた李元碩は在日朝鮮人系の各組織に連絡をとり、緊急の対策会議を招集した」
「──で、その場所の情報が洩れていた、と」
武藤がつまらなさげに口にする。
「そのようだな」
「捲きぞい喰らって殺された奴らはいい面の皮だな」
「その荷主は一体何者なんですか?」
劉が訊ねる。
「不明だ。元々は本国から持ち込まれた話で、詳しい話は誰も聞かされてなかったらしい。途中で契約が反故にされた理由も不明だが、何等かの形で犯人側の正体に気付いたのかもしれん」
「待ってください」劉は疑問を口にした。
「犯人の動機は何なんです? 積荷のことで李元碩の口を封じるためにやったにしては、筋が通りません。他の組織の幹部まで捲き添えにして彼を殺しても、その実、こうして日本の公安当局は李元碩の部下から情報を入手しています。
李元碩本人だけでなく、在日朝鮮系犯罪組織全体に対する攻撃が目的だったのでしょうか……?」
「劉よ、だとすれば、なおのこと犯人は何者だって話になるぜ」
武藤が不敵な笑みを浮かべて訊ねた。
「それは……?」
「彼等、在日朝鮮系組織は、北朝鮮本国政府だけでなく、日米韓の各国政府の暗黙の承認を受けて存在していた」
困惑する劉に代わって、新庄が説明する。
「承認……? でも暴力団なんですよね?」新庄の言葉を理解できず、由加里が首を傾げる。
「北朝鮮は前指導者、金正日の死後、中国政府の承認を取り付けた三男の金正恩が跡を継いだが、内部では中国政府の後盾を経済官僚団と核兵器を持つ軍との間で常時、熾烈な権力闘争が行われており、情勢は常に流動的だ。
事実上の核保有国である北朝鮮国内で今現在、どの勢力が権力を掌握しており、何を考えているのか、周辺国としては看過し得ない。
それを知るためのチャネルとして、彼等在日朝鮮人のアンダーグラウンド組織が機能していた。彼等は本国政府から見れば貴重な外貨の稼ぎ手であり、西側諸国政府との非合法な接点であり、技術や資源の調達手段だ。本国政府中枢による深いレベルでの管理と支配を受けている。
それは逆に言えば、彼等を監視していれば、北朝鮮政府中枢の動静を掴むことができるということでもある」
「……いや、でも覚醒剤とか武器とか密輸してる組織なんですよね? 前にテレビの報道番組でも──」
「アホぅ」武藤が呆れたように由加里に言った。
「そんなこたぁ、百も承知なんだよ。そんなの全部織り込み済みで、それでもメリットの方が大きいからあいつら目こぼしされてたんだろうが」
「いや、でも……」
「彼等からもたらされる情報の精度は高く、そのお陰もあって、我が国の北朝鮮情勢分析は古くから評価されてきている。少なくとも日米当局による北朝鮮情報の分析は彼等の存在に大きく依存していた。また拉致問題に依然として解決の目処が立たない以上、北朝鮮と日本はこれからも当面は国交断絶状態が続くと見ねばならない。そんな状況で外交のバックチャネルとして機能する彼等を潰すわけにはいかない──それが、彼等の存在が黙認されていた理由だ。
更に言えば、昨夜殺された連中は、いずれも日米韓の軍・公安・諜報機関のどこか、あるいは複数の息の掛かった貴重な『資産』たちだった」
「ま、対応窓口になってる連中にとっても、立派な『利権』だしな。パチンコ業界に毎年何人警察から天下ってるんだって話だし、そういや、十年位前に公安調査庁のお偉いさんが絡んだ汚職疑惑もあったよな」
めちゃくちゃな話だった。組織の持ち込んだ覚醒剤や拳銃で傷つく人たちのことは、どうでもいいのか──その問いが喉まで出かかったが、結局、由加里は黙って呑み込んだ。そっと周囲を伺うが、動揺しているのは自分ひとりらしい。皆、当たり前の話を聞くかのように平然としている。この場に常識人はあたしだけか? ますますもって己の存在の場違い感が募ってゆく。
「その辺にしておけ」新庄が憮然とした口調で武藤を黙らせた。
「いずれにせよ、自分から好んで己の『資産』を潰したがるバカはいない」
「………………」
由加里の困惑を遮るように、久住が口を開いた。
「しかし、となると、犯人は当局の対北朝鮮チャネルを潰して得をする人間ってことかい……?」
「あるいは、『それで困る人間の面が見たい』ってだけなのかもしれませんがね」
意地の悪そうな笑みを口許に浮かべながら、武藤が指摘する。
「結城」新庄が告げた。
「鑑識結果と電子情報関連についての報告」
「はい」
結城は肯いて手元のノートPCのマウスをクリックした。
「まず犯人側の推定人数について。
現場に遺された靴跡から犯行に直接関わったのは一六名前後、この内、屋内に侵入したのは六名前後と考えられます。犯人側と思われるほとんどの靴跡がイスラエル製の軍用ブーツで、ひとりだけ米国製ハッシュパピーのビジネスシューズ。これは被害者のいずれとも合致しないことは確認済み。またサイズからほぼ全員が男性だったと推測されます。
その靴跡から推測される犯行時の犯人達の動線がこちらです」
3Dモニター上に犯行現場である山荘の透過図と周辺の地形図が表示され、小さな黄色い靴跡のマークと被害者の位置とおぼしき赤い点がマッピングされてゆく。
画面左──北が上なので、西から侵入した犯人グループは山荘周辺に配置された警備要員六人に背後から襲いかかって殺害し、そのまま山荘を包囲。一方、画面下、南から侵入した一隊は駐車場の車輌に居残ったヤクザ一〇人を殲滅すると、一部が山荘に突入。玄関前のエトランスに居合わせた一一人を射殺。そこから一~二人が分派して警備室を襲撃してそこの警備要員三人を手榴弾で殺害。それ以外の人間は迷うことなくまっすぐに山荘中央部に向かい、途中に居合わせたヤクザを射殺しながら李元碩等のいる会議室に雪崩込んでその場の全員一二人を殺害。その間に屋外で待機していた要員の一部が、離れの別棟にいた管理人夫婦を外に引きずり出して射殺している。
最終的に確認された被害者数は四四人──一度に発生した殺人事件としては未曾有の数であり、しかも首都近郊で発生したこの大事件に、警視庁のみならずマスコミも震撼し、テレビは各局とも朝から特別報道態勢を敷いて大騒ぎになっている。
「しかし、本件が極めて特異な理由は、犠牲者数や自動火器の多用だけに留まりません。本件は高度な準 軍 事 作 戦として計画、実施された形跡があります」
「ぱらみり……おぺ……?」
結城の使う言葉について行けない由加里が思わず呟く。気にする様子もなく、結城はそのまま説明を続けた。
「たとえば犯人に関する画像情報が一切回収されていません。
ご存知の通り、五年前に施行された防犯カメラ設置規制法によって、公設カメラや公道に面した場所に配置されたカメラには、大規模都市防災システム〈グランドスラム〉への画像データ提供が義務付けられています。本来であれば、これにより犯行現場に乗り込んだ犯人グループの車輌の特定や、あるいは運が良ければ犯人の外見や容貌などの画像が得られたはずです。
しかし、周辺道に配置された公設カメラ、民間カメラともに事件発生の少し前から五分間のループ画像に差し替えられていました」
「〈グランドスラム〉が侵入されたのか?」
新庄が眉をひそめて訊ねる。
「いえ、そこまではまだ断言できません」結城は首を振った。
「今のところ判っている範囲では、近くの共同溝内に設けられた、周辺カメラの画像データを束ねているハブとルータが侵入されたようです。共同溝が開いた際に鳴るはずの警報も、回路をバイパスされて無効化されていました」
「デバイス側にデータが残ってるはずじゃないのか?」
武藤が訊ねる。
防犯カメラ設置規制法では、カメラ本体内にも記録媒体を設け、そこに最低七二時間分の画像データを保存することが義務付けられている。武藤が口にしているのはそのデータのことだ。
結城は再び首を振った。
「だめです。事件発生前に各カメラを巡回して強力な電磁石を設置していった人間がいます」
「電磁石?」
「こんなやつです」
結城がクリックすると、モニターに円筒形の部品の画像が表示された。
「大きさは五センチくらい。こいつの内部部品自体、既に焼き切れていてはっきりしたことは判りませんが、バッテリーと強力な電磁パルス発生装置が内蔵されていて、外部からの始動信号を受けると電磁パルスを発振し、瞬間的な過電流で電子回路を焼き切る仕掛けらしいです。
警官とメンテナンス業者を装った二人組が、事件前にミニバンで辺りを巡回して、こいつを仕掛けて廻ってました」
「何者なんだ?」
「判りません」久住の問いに結城は首を横に振った。
「捜査本部の方で似顔絵を作ってるそうなので、その内、何か見つけてくれるかもしれませんが、現時点ではおそらく犯人側の一味という以外はまったく不明です。カメラ本体の記録媒体もこいつで焼かれてますし、彼等が巡回を始めた時点で周辺地域の〈グランドスラム〉への画像も乗っとられてしまっており、それらしい画像も残っていません」
「……通信飛行船からの地上監視映像は?」
「それも、問題のひとつです。これを見てください」
新庄の問いに肯き、結城はマウスをクリックした。
モニターに山荘周辺の地域を上空から俯瞰で写した夜間映像──だが、山荘の周囲は白い雲のようなものに覆われており、下の状況が判別できない。
「これが光増幅映像、次に熱分布画像、さらに合成開口レーダー画像です」
次々と表示された映像のいずれにも、白い雲が映っている。
「ご覧のように、すべての画像にこの白い雲が写っていて下の様子が判りません。勿論、人工的なものです。昨夜の関東上空はシベリア寒気団の影響で見事な快晴でした」
「どういうことなんですか?」
劉の質問に、結城は困ったような表情で答えた。
「判らない──ではさすがにまずいので、一応、調べましたよ。それで出てきたのが、これです」
結城がマウスをクリックすると、モニター上に中国語の標記の入った荒い画像で、移動レーダー車のような画像が表示された。
「いろいろ探しまわった結果、何年か前に香港の軍事系サイトに掲載された記事を見つけました。中国軍が米国の偵察衛星に対抗するために開発した装備だそうで、地上から電子ビームを打ち上げて衛星のカメラにノイズを載せるという理屈みたいです」
「……こんなでかい代物を持ち込んだってのかい?」
呆れたような久住の声に、結城は慌てて否定した。
「いや、違いますよ。衛星軌道上の偵察衛星を相手にするのと違って、上空二万メートル程度を飛ぶ通信飛行船を狙うなら、ここまでの大きさはいらないはずです。そもそもこいつは想像上のイメージ画像ですし、中国政府が公式に存在を認めたわけでもありません。正直、胡散臭い与太話ではあるんですが、実際に残された画像を見る限り、この手の技術でも使ったんじゃないかと思われます、という話でして」
「結城、実際に犯人グループがそいつを使ったとして、大きさはどれくらいで、操作要員は何人必要になる?」
武藤の問いに、結城は眉間に指を添えながら探るように答えてゆく。
「う~ん、ここ最近、バッテリーの小型化が進んでるし、さっきも言ったように高度二万くらいの標的を狙う程度なら車載程度の大きさの発振器で足りると思うので、運転手と機材の操作要員で最低二人──」
「通信飛行船の座標はどうやって追跡する?」
武藤が重ねて訊ねた。
「あらかじめ飛行計画が出てますから、航空管制の情報を入手できればいけるんじゃないですか? まぁ、専用機材は必要になりますけど」
「上空で風に流されれば、座標がずれるぞ」
「『電子ビームで狙い撃ち』といってもそんなピンポイントに収束させなくてもいいはずですよ。上空である程度拡散しても。
それでも、やっぱりレーダーで追跡する必要はあるかな。でも、ある程度、方角が絞り込めてるなら、そんな広域の捜索能力は必要ないだろうし、レーダー出力はそれほど強力じゃなくていいとして……。レーダーと電源はトラック一台に収められるくらいのサイズ。これも運転手に機材操作員が最低でももう二人──」
「武藤、何が言いたい?」
考え込む結城をよそに、新庄が訊ねた。
「犯人グループの規模だよ」武藤は指摘した。
「現場の突入要員が六人、周辺の制圧要員が一〇人、電子妨害要員が機材関連で最低四人、さっきの巡回組が二人、共同溝で作業したやつも別に分けるならそっちにも二~三人はいるな──ここまでで二四~五人。それ以外に、離脱用の車輌に残る奴、警察や消防の動きを監視し、必要なら妨害や陽動を行うチームがいる。
他に人員が必要な要素は?」
「携帯電話回線の妨害もやってるみたいだな」久住が告げる。
「犯行時間の前後で携帯が使えなかったという証言を、付近の住民から機捜が拾っとる」
「それもアンテナ立てた車輌が最低一台──いや、山間部だから、もしかするともう一台くらいないときついかも……」
「その他のバックアップの人員も見積もるなら、最低でも三〇人以上、あるいは四〇人ほどの規模になる。
その一方で、犯人は周辺道の道路封鎖に地元の警備会社を使ってる。総数で二〇人位だが、本音ではそこも自分たちで押さえたかったはずだ。強行突破でもされたら、素人の警備員じゃ対処の仕様がないからな。だが、そうしなかった。手が廻らなかったんだろう──つまりそこまでの規模じゃないってことになる。
いずれにせよ、それだけの規模の人間が組織だって行動し、相手はヤクザとは言え、大量殺人に参加して脱落者もいない。死刑制度が未だに残っていて、二人も殺せば絞首刑になるこの国で、だ。今時、その辺のヤクザでもここまでの度胸はないぜ。
だが、こういうことのできる組織形態が世の中にはひとつだけある──」
「軍隊か……」
武藤の言葉を引きとって、新庄が苦り切った声で告げる。
「そういうことだな。ざっと歩兵一箇小隊だ」
その結論は現場検証の時点で出ていた。だが、改めて聞くだに真剣にこの場から逃げ出したくなるな、と由加里は胸で呻いた。
「武藤、お前の所見を聞きたい」新庄がストレートに訊ねる。
「こいつらは何者だ?」
「スタイルとしては西側の軍特殊部隊、それも米軍かCIAの準軍事部隊っぽいな。後方支援活動に手間暇惜しまない辺りとか、テクノロジーへの過剰な執着とかがな」
「米軍が関与してる……?」
「断定はできんさ。米軍の下請けをやってる大手の民間軍事会社だって、米軍流のスタイルが身についた連中が少なくない」
「民間軍事会社って、傭兵のことかい?」
久住が訊ねる。武藤は肯いた。
「だとすると、問題は誰が雇ったかだな。よくよく金廻りがいい奴のようだが……」
「それも重要ですが、それとは別に考えなきゃいけない問題があります──おい、潮!」
「は、はい!」
いきなり名前を呼ばれて、由加里は思わず立ち上がった。
「ここまでの話で何か違和感を感じた点はあるか?」
「え……違和感……?」
いきなり話を振られ、混乱したまま由加里はしどろもどろに答えた。
「えと……軍隊が何でヤクザを襲うのかが、そもそもよく判らない──」
「どアホぅ!」武藤が怒鳴りつける。
「そんなことを聞いてるんじゃねぇ! ここまで何を聞いてやがったんだ手前は?」
「はぁ……」
そんなこと言われたって、こっちは話について行くだけで精一杯だっつーの。内心むくれる由加里をよそに、武藤は自分から答えを口にした。
「時間だ」
「……時間……ですか?」
「そうだ。今回の被害者どものような後ろ暗い奴らは、会議をやるからっていつも決まった場所に集まったりしねぇ。毎度同じ場所ばかりを使ってたら、待ち伏せされたり、盗聴器を仕掛けられたりするからな。なるべく土壇場まで場所は伏せるもんだ。だが、それでも事前の準備や、全員の集合までにかかる時間を考えると、さすがに何時間か前には場所を決めて、関係者に通知する必要がある」
「はい」
由加里は肯いた。そこまでは理解できた。
「犯人は李元碩の事務所に盗聴器を仕掛けたのか、内通者がいたのか、どうにかして会場が決まると同時に場所の情報を得た。そこはいい。
犯人はそこから作戦を立て、機材を用意し、人員を配置した。そこもいい。機材はあらかじめ手元にあって、兵隊も待機させていたんだろう。
だが、どうしても帳尻が合わない要素がある」
「何だ、それは?」
新庄の問いに、武藤は答えた。
「奴ら、どうして現地のカメラの配置だの、どこの共同溝に〈グランドスラム〉につながるハブやルータが敷設されてるだのという情報を知ってたんだ? どこかのホームページにでも乗ってたのか? それにその手の機械がどんな仕様で、どこをどうすれば情報をカットアウトできるだなんて知ってたんだ?」
結城が慎重に探るように口を開いた。
「……機材の仕様でしたら、今時はどこのメーカーも民生化が進んでますから、ある程度知識のある人間なら何とかなると思います。特注の仕様を出して発注金額が跳ね上がったら、担当者の人事評価に関わるご時世ですしね。警察や防衛関連機材だって、蓋を開けばほとんど民生品と変わりゃしません。
それと、カメラの設置は、まぁ、所詮は公道が映るような判りやすい位置に設置されたものですから。地道に調べてけばその内、判るでしょう。
共同溝の内部配線は、敷設に携わった業者か警察以外に知らないはずです。そこをクラッキングされたか、あらかじめ内通者を──」
「結城、俺はそんな話をしてるんじゃない」武藤は結城の言葉を遮った。
「今は『時間』の話をしてるんだ。たった数時間前に決まった襲撃対象の周辺インフラの情報に、何でこいつらはそこまで詳しいんだ?」
「ですから、あらかじめ調べてたんですよ、きっと」
「都内全域をこの調子でここまで調べ上げていたっていうのか? いつどこで行われるか判らない襲撃に備えて。何人掛りで、何年前から、いくら金が掛かるんだ?」
「………………」
圧し黙る結城に、武藤は告げた。
「こいつらはな、必要な時に、必要な情報を、必要なだけ──オンデマンドに情報を引き出す手段を持ってたんだ。都市基盤インフラに関するデータベースだ。それも自前で一から作るより手っ取り早い方法があるだろう」
「いや、それは──」
絶句した結城が、救いを求めるような視線を由加里に向ける。
え? あたし?
こんなところで話をこっちに振られても、引き取りようが──
「廻りくどいわよ、あんた達」隣で物憂げな女の声がした。
「それで私を呼んだんでしょ」
ぎょっとして視線を向けると、新庄が女の言葉を肯定した。
「そういうことだ、梶浦」