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 手詰まりだった。

 ラーメン店から(いぶ)り出して、BMW(あし)も潰した。狙撃兵も追い払った。増援もすぐには来そうにない。「敵」は身動きがとれない。

 なのに、何故、こうも手詰まり感を感じねばならないのかと言えば、ひとつはこちらの装備。自動小銃のライフル弾ではBMWの防弾パネルを抜けず、RPGで呉ごと蒸し焼きにしてしまっては元も子もない。と言って、あのショットガンがある限り、兵に一定の損害はまぬがれない。せめて対物(アンチ・マテリアル)ライフルでも持ち込んでいれば、車体を少しづつ削ることもできたろうが、現実に現場に無い物を悔いても始まらない。

 しかし、それよりも何よりも、あの男──あの背の高い、黒いコートの男の存在が、こちらのすべての計算を狂わせていた。

 何なのだ、あの男は?

 あの男に接触した瞬間、あっという間に兵が死ぬ。

 高価な防弾装備で固め、実戦経験も豊富な兵士たちが、まるで赤子の手を捻るように殺されてゆく。何で拳銃一丁で、自動小銃で武装した兵士を三人も殺されねばならないのか。先ほどのショットガンでの反撃もそうだ。最高レベルに警戒して接近していたはずの兵が、あんな単純な手に引っかかってふたりも殺られるとは!

 どいつもこいつも、まるで、死神にでも魅入られたかのように簡単に──

 浅田は首を左右に振って、オカルトじみた妄念を振り払った。

 今はこんなことを考えている場合ではない。あの男の正体もいずれ知れるだろう。判ったら判ったときに、どうすべきか考えればいい。

「警察側の動きはどうなってる?」

 そろそろパトロール警官との接触の報告くらい、あってもおかしくない頃合いだ。

「こちらの装備や規模を通報した『善意の第三者』がいるようで、事件対処の主導権は、既に署轄から本庁に移管しています。署轄警官の現場突入が禁じられている一方で、新宿を拠点とする最寄りの第五、第八機動隊が既に出動して渋谷駅西口前交差点をはじめとする周辺道に展開中。他の機動隊及び特殊急襲部隊(S A T)にも出動待機命令が出ています」

「『善意の第三者』、ね……」

 警察無線の解析を担当する部下からの報告に、皮肉な表情で浅田は応じた。

「警察とは、連携はしなくとも利用はするのか」

 警察の動きは、こちらの想定よりも早い。だが、敵中で身動きが取れなくなった味方を急いで救出せねば、という切迫感は感じられない。とてもではないが、こんな動きでは「連携」しているとは言えない。

 今頃、おずおずと付近の道路封鎖から始めていると言うことは、こちらの配置展開や意図について正確な情報を持っていない──『善意の第三者』の通報内容を信用していないのだ。なので、まずは市民の避難誘導と、幹線道へと繋がる要地を押さえるのを優先した、か。……。

 となれば、この先も教科書通りに、索敵─包囲─攻撃のプロセスを踏んでくると見ていい。

 ならば、時間はまだある。

「防弾装備のある車輌を廻して、BMWに突っ込ませろ」

 こちらの防弾装備が通用しない火器を敵が持っているからといって、攻撃を諦めなくてはならない理由にはならない。どんな火器にも、射界があり、有効射程距離があり、連射速度があり、装弾数の限界がある。それらの要素(パラメーター)と、彼我の距離や、味方の兵の躍進速度を掛け合わせれば、想定される損害を正確に算出することができる。

 それを許容可能な損害(コラテラル・ダメージ)と見なせるかどうか。見なせない、看過し得ない損害とするなら、損害をもたらす要素(パラメーター)を丁寧に因数分解して、然るべくひとつひとつ手を打てばいい。

 この場合であれば、兵が敵のショットガンの攻撃に無防備に身を晒す時間を、どれだけ圧縮できるかで損害の規模は決まる。

 防弾車輌でその距離を圧縮する。ぎりぎりまで近づいて、閃光音響弾フラッシュ・グレネードでも車内に放り込み、呉と敵を引き離す。後は煮るなと焼くなと、こちらの自由だ。

 ここまでやっても、警察側の本格攻勢には充分間に合うだろう。

 これでいい。この戦術(プラン)でいこう。

 浅田は頷いた。

 ひとつひとつ、だ。ひとつひとつ、諦めずに対処してゆく者にのみ、戦場の女神は微笑むのだ。……。

「室長!」

 警察無線担当の部下が切迫した声を上げた。

「何だ?」

「中目黒方面から、山手通り沿いに民間トラック三台と武装したバイクの集団が北上中! 間もなく大橋JTC(ジャンクション)付近の警察の封鎖線(ピケット・ライン)と接触します!」

「………………!」

 戦場の女神は最後まで諦めない者を愛でる。

 だが同時に、その最後の一瞬まで、兵と指揮官を試し続ける存在でもあることを、彼は改めて思い出していた。



 中央環状線大橋JTC(ジャンクション)周辺の封鎖を割当てられた警視庁第五機動隊の下にその一報が届いたのは、現地到着早々、検問資材の積み下ろしも完全に終わる前だった。

「バイクとトラックの混成集団で、規模は二〇台以上。このままいくと、五分で接触します!」

「バリケードの展開は?」

「渋谷方面からの下り車線の封鎖を優先していました。今から上り車線の封鎖は──」

「構わん。足りない隙間は、警備車輌で塞げ! 急げ、時間がないぞ!」

 年配の隊長が険しい表情で、傍らの副官に命じる。

「隊長!」情報担当の若いキャリア幹部隊員がタブレット端末を差し出した。

自動速度違反取締装置(オービス)からの映像です。武装してます。それもかなり強力に」

「……向島の連中とは違うようだな」

 トラックを囲むように、自動小銃や青龍刀を隠しもせず、チンピラじみたラフな格好の男たちが、排気量もタイプも違うばらばらな車種のバイクに跨っている。その内の何人かは弾頭を装填したRPGまで背負っていた。

「何者でしょうか?」

「それは今はいい。それより今は迎え撃つ準備だ」

 頷き、副官が訊ねる。

「銃器の使用は……?」

「出場前に上に確認した。現場の判断に委ねられてる」

「では?」

「規則に則って対処する。各自、いつでも撃てるようにしておけ。

 ただし、命令あるまで、勝手な発砲は禁ずる。各中隊長には、若い連中の手綱をしっかり握るように伝えろ。ここが我が隊の正念場だぞ。引き締めていけ!」



 夜の山手通りを横浜方面から北上してきたその集団は、十数台のバイクを露払い的に先導させ、途中の一切の信号を無視して突っ走っていた。

 前方を走る一般車両があれば、バイクが銃で脅して道を開けさせる。言うことを聞かない車には、自動小銃を容赦無く発砲して、道路から排除する。

 若いカップルの乗っていたスポーツカーが、運転席を撃たれ、急にステアリングを切って中央分離帯に乗り上げる。視界の後方に流れ去ってから、ガソリンタンクに引火したのか、赤黒い炎と爆発音が後方から追いかけてくる。

 それに興奮したのか、バイクの男たちは奇声を上げつつ、空に向けて自動小銃や拳銃をぶっ放し始めた。

『あーあー、手前ら、春節の花火じゃねぇんだ、景気よくばんばん、ばんばんぶっ放してんじゃねぇ! おら、いい加減にしろ、バカ野郎ども!』

 中華黒社会の巨大犯罪結社群〈三合会(トライアド)〉系列下に属する組織〈14 K(サップセーケー)〉──香港を拠点とするその組織の中でも、殺人や暴力遂行を請け負う者たちを426(スーェァーリィゥ)と呼ぶ。

 その〈14K〉横浜支部で426の若頭を務める葉春烈(イェチュンリィェ)は、信号をことごとく無視して山手通りを北上する車輌集団の中心に位置する、トラックの助手席から無線機のマイクを手に北京語で怒鳴りつける。

「ったく、どいつもこいつも、はしゃぎやがって……」

 苦虫を噛んだような表情で、葉は無線のスウィッチを切る。

 吹き飛ばされた東亜グローバルビジネスに〈14K〉も資本参加していたが、京都の高級料亭で行われていた後始末を巡る関西ヤクザ組織との協議は物別れに終わって──と言うより、経理システムを握る呉の身柄を誰が抑えるかで、話の落としどころがまったく違ってくることがはっきりしただけで終わった。

 横浜に戻ってきた日本支部の香主(ジャンシュ)(首領)は、自ら葉を呼び出し、426を招集して呉の身柄を拘束するよう命じたのだ。

 しかし、情報収集と連絡を担当する415(スーイーウー)による必死の捜索にも関わらず、呉の行方は一向に知れず、葉も426も身動きが取れなかった。

 それが知れたのが、ほんの三〇分ほど前の話。

 詰所に使っている横浜の倉庫に415の連絡員が飛び込んできて、呉の現在所在地を表示するタブレット端末を見せたのだった。

 既に日本のヤクザ組織の傘下にある傭兵部隊も動いているという。とりあえずかき集められるだけの426の若衆を引き連れて、こうして飛び出してきたのだ。

 だが、426の若衆のほとんどは、元軍人の葉から見て、まったく当てにならない連中だった。中国本土で食い詰めて居場所をなくした黒社会のチンピラか、在日中国人二世、三世の落ちこぼれの若者たちだった。銃を持たせたくらいで、簡単に我を失ってはしゃぎだす。

 一応、軍歴のある者たちを中心に部隊も編制してあるが、バイクで銃を撃ってはしゃいでるような連中については既に諦めていた。部隊としての統制の重要性など話して聞かせても、理解する頭もあるまい。弾除け代わりにでもなれば御の字だ。

 葉自身は、元中国人民軍下級士官上がりで、西方辺境のウイグル自治区でイスラム住民弾圧とムスリム狩りに従事していた。作戦遂行に一切躊躇や容赦をしなかったことで、着実に実績を積み、優秀な若手士官として中央に呼ばれるのも時間の問題と噂されていた矢先、それは起きた。

 ムスリム・ゲリラを裁判にも掛けずにその場で処刑していた現場をイスラム側抵抗組織によって撮影され、動画配信サイトで全世界に配信されてしまったのだ。

 捕虜の管理の手間を厭う上級司令部から半ば推奨され、日常化した処置だった。葉の部隊だけではなく、どの部隊でもやっていることだった。

 だが、欧米マスコミが大きく取り上げ、更に国連人権委員会で議題に取り上げられて外交部の中国代表が会議への出席を突っぱねるなどの騒ぎになるに至り、軍管区司令部は葉ひとりに責任を負わせて事態を収拾することに決めたのだ。

 あっけなく軍を追放された葉は、それから一〇年、いつしか黒社会の食客に身を堕としつつ、中国大陸を東へ東へと流れてゆき、ついには海を渡り、こんなところでこんなチンピラどもの指揮を執っている。士官学校で共産党と中華民族復興の大義を熱く語っていた紅顔の士官候補生時代には、こんな人生になるとは予想もしていなかった。

 己の流転ぶりに苦い感情が臓腑に滲みだす。

 だが今は呑気にそれを味わっている暇はない。

「あ、大哥(ダイゴー)(兄貴)……ま、前……警察の検問……」

 運転席でハンドルを握る弟分の大男、陳英凡(チェンインファン)が、どもりながら指摘する。

 三車線の幅広い道路を、大小の車両とジュラルミンの盾を持った機動隊員達が塞いでいる。

「ああ、見えてる」葉は再び無線機のマイクを握った。

「野郎ども、このままスピードを落とさずに突っ込め!」



『そこの車両とバイク! 速度を落として停車しなさい! 繰り返す、速やかに停車しなさい! さもなければ、発砲します!』

 ランドクルーザーをベースとする警備指揮車の屋根についたラウドスピーカーから、接近する車両群に向けて、大音量の警告が流れる。

 だが、案の定、速度を落とす様子はない。

 双眼鏡で自らそれを確認した隊長は、副官に命じた。

「やむを得ん。警告射撃を撃て」

「は! 警告射撃よーい──撃て!」

 機動隊員たちの手にするリボルバー式の拳銃や、一部の隊員の持つライフルや自動小銃が一斉に上空に向けて放たれる。そのタイミングの見事な一致は部隊の練度の高さを物語っていたが、接近する車両群には通用しなかった。

 どの車輌も速度を落とさない。それどころか、二人乗りのバイクの後ろでRPGを構えている者さえいた。

「ライフル班、RPGを撃たせるな!」

 警備車輌の上に陣取るライフル班員が狙撃する。バイクの後ろに乗っていたチンピラが、RPGの発射筒ごと路上に転がり落ちる。

 が、既に発射されたRPGの弾頭が警備車輌の一台の横腹に着弾し、車体ごと派手に吹っ飛んだ。

「な……っ!」

 一瞬、機動隊側の反応が凍りついた。それは彼らが日々積み重ねてきた訓練や日常任務とは懸け離れた状景だった。

 だが、そのわずかな思考停止の時間が、機動隊側にとって致命的な空白となった。

 次々にRPGの弾頭が着弾し、自動小銃が撃ち込まれる。

 混乱する機動隊員が爆風に吹き飛ばされ、ライフル弾がジュラルミンの防弾盾を簡単に貫通する。

 それでも各級の指揮官がすぐに部下を掌握して態勢を立て直そうとするが、その時には機動隊側の封鎖線(ピケット・ライン)は大きく崩れていた。

「しまった!」

 バイクが擦れ違いざまに火炎瓶や手榴弾をばら撒き、あちこちで炎が吹き上がり、爆発が発生する。

 そこへ速度を緩めずトラックが突っ込んでくる。激しい衝突音とともに警備車輌の隙間を強引にこじ開ける。

 それと気づいた機動隊員たちがトラックに向けて発砲するが、統制の取れていない散発的な射撃ではあまり効果はない。フロントや運転席周辺に銃撃が集中するのをものともせず、トラックは遂に封鎖線(ピケット・ライン)の突破に成功した。

「抜かれた!?」

 最初の一台がこじ開けた隙間に、二台目、三台目のトラックが続く。

 残存の機動隊員たちがトラックに向けて発砲しようとするのを、バイクが自動小銃を乱射してけん制する。

 結果、機動隊員たちは去りゆく車輌群を、なすすべなく見送るしかなかった。

 かくして、第五機動隊による封鎖線(ピケット・ライン)はあっけなく蹂躙され、突破された。



「大橋JTC(ジャンクション)付近の検問が突破されました!」

「『本命』のご登場、か……」

 無人偵察機(UAV)から送られてくる現場映像の惨状に眉を顰めながら、浅田が呻くように呟く。

 おそらくは横浜の〈14K〉の戦闘部隊──彼が現場に送り込んだ兵士たちは、むしろこちらの「敵」に対処するための戦力であるはずだった。

 それが想定外の事態の連続で、既に戦力の五分の一を喪失してしまっている。近代戦で組織的戦闘が継続できるかどうかの判断基準である、三○パーセントの損耗に近づきつつある。

 だが、ここまで来て、そう簡単に手を引けるものか。

 周辺地図に目をやる。トラック三台から兵隊が降車できるような空間(スペース)を考えると、現場近くの交差点だろう。そこから、呉とあの男女が立て篭もるBMWまでを隔てるのは住宅街──この地形なら、数のメリットはそう簡単に活かせない。

 ならば、まだ諦めるべき状況ではない。

「西側に配置した一〇名を迎撃に廻せ。おそらくトラックの積み荷は兵隊だ。荷台から降ろす前に、車輌ごとRPGで吹き飛ばせ!」



「……始まったか」

「え? 警部……? 目を醒ましたんですか?」

 訊ねる由加里を無視してむくりと身を起こした武藤は、結城を呼び出して命じた。

「報告しろ。近場で戦闘があったはずだ。七時の方角で約一キロ。自動火器と爆発物──おそらくRPGと手榴弾が使用されている。何があった?」

『ええ、大橋JTC(ジャンクション)付近で検問を張っていた第五機動隊の封鎖線(ピケット・ライン)が、武装した車輌集団に破られて──何でそこまで詳しく判るんです?』

「銃声と爆発音が聴こえた。距離と方角と聴こえた音の種類で、大体何が起こったか見当がつく」

「……そんなの聴こえましたっけ?」

 呟く由加里を一瞥し、武藤は冷たく言い放った。

「寝てたんじゃないか、お前?」

「………………っ!」

 むかっときている由加里を鼻であしらい、武藤は続けて言った。

「戦場ではしっかり耳を澄まして、周囲の音をよく聴け。音の種類、方角、距離──それを常に地形にマッピングする習慣をつけろ」

「はぁ……」

「まあ、いい。結城、来たのはここを包囲している『敵』の増援か?」

『いえ、無人偵察機(UAV)からの熱源映像を見る限り、逆に包囲網から兵力を引き抜いていますね』

「お出迎え、ってところか」

 口許を歪めながら武藤が呟く。

 ああ、また悪い顔してるよ、と上司の顔を眺める由加里をよそに、武藤は結城に告げた。

「間もなく状況が動き出す。それに合わせて、こっちも動くぞ。『敵』と警察の配置状況を常時モニターして、こっちに転送しろ」

チャイナ・マフィアの登場と、機動隊の封鎖線突破戦。

次々に新しい勢力が参戦し、状況は混とんとしていきます。

……いやぁ、まだまだ増えるんですけどね。


このお話は基本コンセプトのひとつは、「現代の東京で特殊部隊やコマンド兵が市街戦をする」というお話を、どうリアリティを持って成立させるか、というのがあります。

皆さん、ご存じのとおり、私たちの暮らす今の東京はそこまで治安の悪い都市ではありませんから、作中でそれを壊す描写をひとつひとつ積み上げて、ようやくここまで来たかと思うと、書き手として感慨深いですね。

……いや、現実の街中で銃撃戦とか、ダメだからね、絶対!(強調)


次回は来週7月7日(月)6時更新予定です。

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